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父の手紙<伝説のブッチー・ブルー>

作者: アメメン

その手紙を見つけたのは、引っ越しの大掃除をしている時でした。

獣医として一人前にやっていける自信がついたので、昔、父さんが使っていた診療所に戻って来る事にしたのです。長い間使われていなかったので、何もかも埃だらけでした。

天袋の奧を覗いた時です。古い段ボール箱が仕舞い込まれているのを見つけました。

おっかなびっくり中をのぞいてみると,モコッとしたホコリと一緒に、懐かしい父さんの匂いがしたのです。


中から出てきたのは、男物の衣類でした。

きちんと畳まれた白いシャツは、あの日に父さんが着ていた物に違い有りません。

私の記憶の始まりは、5才の夏の日、この家の前で、バイクに乗った父さんを見送った事です。白いシャツを着た父さんの大きな背中が、ゆっくりと遠ざかって行くのを見ていました。

父さんは,バイバイと無邪気に手を振る私を残して、青い空に溶け込んでいったのです。

そして、戻って来ませんでした。


私に残されたのは、黒いリボンで飾られたモノクロの真面目くさった顔をした男の人の写真だけでした。

あの時、父さんが振り向いていたら・・何度そう思ったことでしょう。

私が獣医になったのは、少しでも父さんに近づきたかったからなのかもしれません。


段ボール箱の中の、少しシミで汚れたズボンを手に取った時でした。ポケットに入ったままの封書を見つけました。

27年前,もし事故に遭わなかったら、父さんはこの手紙をポストに入れていたのでしょうか・・・そう思うと悲しみが込み上げてきて、涙が溢れそうになりました。

でも、そこに書かれていた宛先を見た時、思わず吹き出してしまったのです。

住所は所番地までキチンと書かれているのに、宛名の欄には『ブッチー・ブルーの飼い主様へ』と書かれていました。

裏を返すと、父さんの名前と、この家の住所と電話番号が丁寧に書いてあります。

父さんが、いったいどんな内容の手紙を出そうとしていたのか知りたくなりました。

人の手紙を見るのは良くない事だけれども、27年も前の事だし,差出人である父さんは亡くなっている訳だし、宛名の書き方も可笑しかったので中を見る事にしました。


ブッチー・ブルーの飼い主様へ

前略、愛犬ブッチー・ブルー君の行方について、ご心配されている事と思います。

私は、北海道で獣医をしている者です。先年、ブッチーの父親である野良犬のブルーを引き取り、一緒に暮らしています。

ブッチー・ブルーのような小さな犬が、どうやって海を超えて北海道までやって来たのかは定かではありませんが、5日前に我が家に辿り着きました。二匹の犬は、3年ぶりに親子の対面を果たし、昼も夜も寄り添う様にしております。

メダルの裏側に彫られた住所を頼りに、この手紙を書きました。今後の事につきましては、追々相談する事といたしまして、取り急ぎブッチー君の無事をお知らせ致します。


そして手紙には、二枚の写真が添えられていました。

片方の目の周りだけが黒く,まるで殴られたボクサーのようにキョトンとした表情をしたブッチー・ブルーの写真が一枚。

もう一枚は,ブッチーが、青い目の黒犬に甘えるように寄り添っている写真でした。

両方とも出始めの頃のカラー写真だったので、色は褪せてしまっていたけれど、私の記憶の中のページは、パラパラと音を立ててめくれていきました。私は、二匹の犬の事を鮮明に思い出したのです。

ブルーは、父さんの後を追う様にして亡くなりましたが、ブッチー・ブルーの方は、私が高校を卒業する迄、この家で暮らしていました。近所の農場には、今もブッチーの血を引く犬達が暮らしています。

 

封筒に手紙を戻そうとした時でした。ブッチーのメダルが、ポロリと転がり出て来たのです。

その瞬間でした。

記憶の中では後ろ姿でしかなかった父さんが、振り向き、私に向かって笑いかけた気がしたのです。

私は,父さんの顔をはっきりと思い出していました。笑った時に右の頬だけにエクボが出来る父さんの顔を・・・。


その日の夕方,私は、父さんが使っていた古いデスクに向かって座っていました。

昔、子供だった頃、ブッチー・ブルーという名の子犬を飼っていた貴方へ・・という書き出しの手紙を書く為に。

おわり


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