第1章3話 「犯罪だろ、これは」
いよいよ皇帝達との会談です。
おっさん達に課せられた使命とは。
それは、突然の福音だった。
「大変だ、ニッシー、ヨッシー、こっち来てくれ」
最後のワインも後半分といったところで、トイレに立った石井ちゃんが部屋に駆け込んで来た。
「ん、どうした、ボットン便所でオツリでももらっちまったか?」
とヨッシー。
「ヨッシー汚いよ、それ」
今では余り見る事も無くなった汲み取り式トイレ。
それでたまに見られたのがオツリという現象。
するものしたら、ハネた雫が帰って来るという現象だ。
詳しくは語らないが食事時には想像したくない状況だ。
「そんなわけあるかよ、水洗なんだから」
「あー、そりゃ助かる。
ここは水洗式か」
とヨッシー。
「ちょ、マジで水洗式なの、石井ちゃん。
ここって異世界だよ、しかも剣と魔法の?」
呑気なヨッシーをスルーして、僕が驚きの声をあげると、
「マジだ、マジで洋式の水洗トイレだった」
そう石井ちゃんが返す。
結論から言うとその通りだった。
部屋の前に控えている護衛?(監視?)役の衛士の人に聞くと、他国の異世界からの勇者によってもたらされたものだそうだ。
なんでも大陸の方の国で召喚された勇者が、その王家と共に亡命してきた際、この国にもたらされた技術だそうだ。
しかもこの勇者、この国で存命中だそうだ。
僕等以外にこの世界に召喚された人がいる。
それは驚きと共に喜びをもたらした。
更に、僕には朗報があった。
パイプである。
水洗トイレの配管に使われてたパイプは、日本と違いステンレスでは無く鉄のようだった。
その為、塗装されてた。
まあ、サニタリー規格なんてないだろうしなあ。
そして、ベンド曲げらしき加工で曲げられ便器にはネジ込みで接続されてた。
なんて、素晴らしいんだ。
喜び、はしゃぐ僕に、ヨッシーと石井ちゃんは引いていたが仕方ないだろう。
まず、僕等の計画の一つに火砲の開発があった。
これは当然大砲、鉄砲の両方を考えていた。
最低でもフリントロック(火打石)式マスケット銃、出来ればミニエー弾使用のライフルマスケット銃を目指したいと思っていた。
ここで僕が問題視してたのはネジの技術だ。
現代日本ではありふれたネジだが、鉄砲伝来で国産化の一番問題になったのがこれだ。
当時、日本にネジはなかった。
そして、当時の火縄銃にネジは欠かせなかった。
火縄銃を含むマスケット銃に使われた黒色火薬は、使用するとススがでる。
しかも、紙薬包(一回分の火薬と弾を蝋を塗った紙で包んだもの。装填を早くする為考えられた。)を使ったりすれば、その灰も発生する。
それを定期的に掃除しなければならない。
その為、銃身の後端は掃除しやすくする為、栓をネジで止められていたのだ。
いわゆる尾栓というやつだ。
これが当時の日本ではうまく理解、加工できなくて苦労したらしい。
ぼくはこの世界でもそうなる事を心配してた。
それが、既にネジがあり、しかも実用化されているのだ。
それとパイプだ。
パイプの技術が銃身作成には、初期では利用出来るかもしれないというのもある。
某南国果実軍隊な漫画で主人公がパイプで間に合わせの小銃を作っていたしね。
でもそれ以上に、産業革命を起こせる可能性がある。
例え耐圧10キロ程度の低圧配管で伝達出来る水や油、蒸気でも人力とは比べものにならない力がだせる。
夢が広がる。
これは僕にとって、まさに福音だ。
「これで勝てる。
我がドイツの技術は世界一ィィー」
ドイツ人じゃないけどね。
更に二人がドン引きしてるけどね。
明日の皇帝との会見が更に楽しみになって来た。
ただ、一抹の不安も僕にはある。
僕達のやろうとしている事がこの世界に及ぼす影響についてだ。
物事にはいい面と悪い面がある。
例えば、航海技術の発展は多くの発見をもたらした。
だが、同時に多くの奴隷や植民地という未来への禍根をもたらした。
ましてや僕等がもたらそうとしているのは戦争の為の技術だ。
功罪どちらが多いのか、後世の人はどう思うだろうか。
「え、魔王はいないんですか?」
僕の発言に、皇帝の右隣に座った50代位の美丈夫が答えた。
「この世界では魔王は伝説の存在ですな。
我等の崇め奉りしアマス神率いるジンダ神族と戦い敗れ滅んでおります。
ただ、その残滓としてこの世界に魔域と呼ばれる瘴気だまりを残していますが」
この美丈夫、宰相を務めるラドクリフ・ド・セイルズ選帝候という人物だ。
選帝候で宰相という事は、この人が皇帝の後ろ盾の筆頭かもしれない。
でも、第一印象は騎士団長なんだよなあ。
がっしりとした肩幅の体格で身長も190センチ弱位はありそうだ。
また、髪も短く刈揃えられており、文官のイメージが無い。
最も貴族=騎士と考えれば、宰相の様な文官でも武芸に通じていても不思議は無いのかもしれない。
皇帝との会見でイニシアチブを取ろうと、魔王討伐計画をプレゼンしようと発言した僕だが失敗した。
「そもそも御三方を召喚した我等の意図はその様なものでは御座いません」
と宰相。
ちなみに、この部屋は皇帝の後宮にあるプライベートリビングの様な物だそうだ。
僕等の部屋も後宮内にある。
勇者召喚の儀は帝国首脳部以外まだ秘密のようだ。
その為、僕等は後宮を出る事を許されていない。
最もこの世界について、ろくに知識の無い現状で外に出ようとは考えていないが。
現在テーブルを挟み僕等3人の前に座っているのは5人。
中央に皇帝アレクシア・ラ・ソラキス。
右隣に宰相ラドクリフ・ド・セイルズ選帝候。
左隣に近衛騎士団長兼、帝国元帥グラハルト・ラ・アスラム王子。
その隣にその姉君であり宮廷魔術師長のソフィリア・ラ・アスラム王女。
この二人、典型的美形キャラである。
グラハルト王子は細面ではあるが、決して弱々しい感じは無く、ラインハルトなんて名前の方がしっくりきそうな精悍な印象の20代前半位の青年だ。
マズイ、こちらのおっさん3人がかりでもかなわない、主に女性の好感度的に。
ソフィリア王女については、多くは語れない。
余りにも戦闘力が高すぎる。
僕のスカウターはG以上、Hクラスを示している。
不躾に見てはいけないとわかっていても、チラ見せずにはいられない。
しょうが無いだろ、男なんだから。
男のチラ見は女のガン見というから、気がついてはいるのだろうが、目があっても柔和な笑を浮かべているのみだ。
どこかフワフワした印象で、余り研究者的印象はない。
宮廷魔術師長というよりただの王女様という感じだ、外見上は。
最後に宰相の右隣にいるのが宮廷錬金術師長ジョアン・シン・ノード公爵。
皇帝側人物で唯一僕等でもかないそうな人物だ。
主に女性の好感度的に。
特に美形というわけでも無く、隣の宰相に比べると圧倒的に存在感で負けている。
年齢的印象は50代位で宰相と同じ位なのだが、地味な感じがして影が薄い。
いや、着てる服とかは貴族的で、金糸や銀糸も使われ十分に煌びやかなのだが、周りに存在感で負けているせいか輝きがくすんで見える。
うん、彼はこちら側の人間かもしれない。
勿論女性の好感度的に。
宰相が言った。
「此の度、御三方を召喚せしめた理由は、王配になっていただく為です」
はあ、王配だと。
「あの、王配というのは?」
と石井ちゃん。
「石井ちゃん、王配というのは国王の配偶者のことだよ。
王妃、后なんて言葉があるので主に男性に使われるね。
地球ではエリザベス2世女王の旦那、エディンバラ公フィリップ王配が有名かな。
ちなみに元ギリシャとデンマークの王子様だよ」
と僕が答える。
なんて事を考えるんだこの人達は。
思わず声が出た。
「犯罪だろ、これは。」
「確かにそちらの意思を無視した召喚、誘拐と受け止められても仕方ありません。
しかし、我らにも」
宰相の言葉を遮り僕は声を荒らげ言う。
「其処じゃ無い、YESロリータ、NOタッチ。
こんなおっさんが未成年に手を出すのは犯罪だろ。
決して許される事じゃ無い」
皆が呆気にとられたようだった。
しかし、ここは譲れないだろう。
ここが変態という名の紳士か、鬼畜の分水嶺だ。
沈黙を破り皇帝が不機嫌さを隠せない様子で言った。
「私、こう見えても先月15となり成人しております」
あれ、15歳?てっきり12、3歳位と思ってた。
身長も140センチにも満たない感じだしスカウターもA以下を示してるし。
マズイ、怒らせた?好感度暴落?フォローしないと。
「失礼いたしました皇帝陛下。
しかしながら僕達の世界では20歳で成人ですので。
更に18歳未満の男女は合意の上でも、その、ナニすれば罰せられる法律がありまして。
それでつい。
申し訳ありません」
正直15歳で成人は予想していた。
日本も昔はそうだったし。
しかし、ここは方便だ。
頭を下げつつ同意を求める様にヨッシーと石井ちゃんを見る。
「うん、まあそうだね。
特に近年厳しくなってたからねえ」
と石井ちゃん。
ナイスだ石井ちゃん。
「え、でも結婚してれば問題ないんじゃなかったか?その法律。
まあ16まで結婚出来無いけどよ」
ヨッシー、なんて事言うんだ、お前は。
せっかくの石井ちゃんのフォローを。
「とにかくそう云う事でしたので申し訳ありません。」
頼むから空気読んでくれヨッシー。
思わぬ召喚理由に戸惑うおっさん達。
そして明らかになっていくアマスラント帝国の現状。
次回 第一章4話「体がもたんだろ」
読者様とおっさんに幸多からんことを。