番外1 在りし日の僕等
番外編です。
タクシードライバーだったのがただの設定になってしまっているので。
どうぞ宜しくお願い致します。
僕は南営業所の乗務員室のテーブルに突っ伏していた。
そしてそばにいる石井ちゃんに言った。
「石井ちゃん、もう良いよね。
ゴールしても良いよね。
僕と162は頑張ったよ。
上原の丘にも伊勢山皇太神宮にも負けなかった。
日付が変わる前にはチェーンもつけてパワーアップもしたよ。
それで上永谷から丸山台の坂も制覇し、南高のルートも制覇したんだ。
羽田から美しが丘に行くのに246で足止めされて辛かったけど、山下のじいさんに抜け道聞いて何とか三時間かけて無事到着出来たよ。
普段なら一時間もかからないけどさ。
精一杯頑張ったよ。
だから石井ちゃん。
もう良いよね。
ゴールしても良いよね。」
記録的大雪により全国的に大混乱となった昨日から今日。
昨日の昼過ぎに営業所を出庫した僕等だったが、その業務環境は過酷を極めた。
いたるところで立ち往生する車やそれによる渋滞。
その中で頻発する無線配車。
高速道路も次々クローズしてゆき、その分の車が幹線道路を埋め尽くす。
元々スタッドレスタイヤを履いているとはいえ、FRの駆動方式を採用してるタクシー用車種は雪に強く無い。
重量のあるエンジンが前。
駆動輪は後ろだ。
重量によるトラクション(駆動力)が稼げない。
四輪駆動までいかなくてもFFの駆動方式の方がこの様な場合強い。
まあ、値段の関係で仕方の無い事なので僕等ドライバーは諦めているけどね。
技術と経験から来る知識や感覚でカバーする事もある程度は出来るから。
コツとしてはアクセルワークを細かくする事だ。
とにかく駆動輪を滑らせない。
滑ったらアクセルを戻してから、再度ちょん踏み。
それと止まらない事かな。
後、止まってしまったら後ろに下がってから再度前進も手だ。
後ろにはここまで来た轍があるので下がり易くなっている。
そして下がれば前に轍がある。
そこを勢いをつけて前進する。
とは言っても駆動輪を滑らせないようアクセルは控えてね。
「ニッシー、私には何のネタか解らないから反応出来無いよ。
解りそうな三崎、森田コンビのいる時にでもしてくれよ」
そう石井ちゃんが苦笑いしながら言う。
彼等では葉鍵と言っても何の事か知らないだろう。
「いや、あの二人はヲタといってもガ○ダム専門のガンヲタって奴だから。
パソコン用泣き系エロゲと、それを原作にしたアニメのネタなんて知らないよ」
顔を上げて答える僕に更に笑いながら石井ちゃんが言う。
「じゃあ、なおさら私に解る訳ないでしょう。
あんまり馬鹿な事してないで早く精算しちゃいなよ。
こっち見てる副長の目が段々怖くなってるよ。
横にいる徳ちゃんが居づらそうだよ」
ちなみに本日所長は休みだ。
僕が昨日の深夜、チェーンを着けに来た時は陣頭指揮をとってた。
その後朝まで居て副長の出勤で引き継いで帰宅したそうだ。
どこぞの役所のトップ達と違い頑張ってた。
なんせ無線配車はパンク状態。
そろそろスタッドレスでは限界になりスタックして救援を求める車両も出てきた。
そこへ限界を感じて戻って来る僕みたいなドライバーもいる。
そして営業所の敷地内の除雪をしないと車の入れ替えも出来無い。
それを陣頭指揮していたのだ。
通常、僕等遅番の精算は経理の関係上十時までに終了してくれと通達されている。
現在時刻、十一時四十分。
246の渋滞に捕まり、その後も雪で混乱する道路をなんとか帰ったのはつい先程だった。
石井ちゃん自身も三十分位前にようやく帰庫して精算を終えたばかりだ。
精算が終わったので一息ついていた処に僕がヘバリながら帰って来たのだ。
精算の期限時間を過ぎるドライバーが多過ぎるのだ。
仕方無いとはいえ事務方としては遊んで無いで早くしろ、ってことなのだろう。
気を取り直して精算を始めるとヨッシーが現れた。
制服では無く私服状態だ。
「石井ちゃん、ニッシー、丁度良い処にいた。
救援要請だ。
手伝ってくれとよ」
「いや、ちょっと待ってよ、ヨッシー。
救援は渋谷君が連絡車で出て戻って無いでしょ。
どうすんのよ?」
渋谷君というのは営業所内の整備工場の整備員だ。
こういう時の頼れる存在だ。
連絡車というのは営業所にある社用車の事である。
営業車と区別する為こう呼ばれている。
タクシー(営業車)も社用車と言えなくも無いからね。
「早乙女さんが工場長と交渉してUDを出すってよ。
後輪だけでなく前輪にもつけて出すって。
なんせ立ち往生してるのはチェーン着けた車両だからよ。
UDなら重量も有るしガソリンでパワーもあるからってよ」
UDというのはユニバーサル・デザイン・タクシーの略称だ。
福祉目的で車両後部に車椅子に乗ったまま乗客を乗せる事が出来る。
国内メーカーの五ナンバー業務用ワンボックスをベースにしており、神奈川県のタクシー協会等で普及に力を入れている。
乗務員からは評判が悪いのだが行政や協会は聞く耳を持っていないのが現状だ。
「副長の許可は取ったの?
工場長が良くてもこっちはどうよ?」
石井ちゃんが聞くと
「すぐ早乙女さんが上がって話するってよ」
とヨッシーが答えた。
そうこうしてると早乙女さんがやって来た。
早乙女さんは組合支部の副支部長だ。
それで貧乏くじを引いてUDのドライバーをしている。
なり手がいなかったのだ。
こちらを一捌するとそのまま副長のいる事務室に入って行く。
UDの営業外使用の許可を得るのだろう。
どうやら副長は許可を出す様だ。
救援を求めているのが遅番車で帰庫時間が法律の上限を大きく越えているのが理由の様だ。
まあ、緊急時の特別処置って事だね。
「おー、そこの三人。
当然手伝ってくれるよなあ」
早乙女さんが笑いながら近づいて来る。
「僕は精算中なんですけど」
そう答えると早乙女さんは言った。
「助け求めてるのは赤岡さんだぜ。
奴さんは呑んべ会だろう。
行かなくてどうするよ幹事長」
それに続いてヨッシーが言う。
「そうだぜニッシー。
チェーン着けに十分待つからそれまでに精算出来るだろ」
そう言われちゃしょうが無い。
「解りましたよ、人数に入れて下さい。
誘っておいて勝手に行かないで下さいよ」
ああ、帰って来てもまだ苦難が待ってたか。
とは言えほっとける相手じゃないしな。
もうひと頑張りするとしますか。
第1章37話 「プリンですか」
読者様とおっさん達に幸多からん事を。




