二
気持ちの良い朝を告げる鳥の鳴き声、日の光、なんて事ない普通の朝が来た。武はベッドから体を半分起こして頭をかいた。
「痛てて、酒でも飲んだっけ?なんてね」
誰も聞いていない自分だけの部屋でポツリと冗談を言うと、むなしくなってやれやれとベッドから台所へと向かう武。
今朝は簡単なサンドイッチを二つと牛乳。すべて食べ終えると歯を磨き、顔を洗い、髪を整える。学生服に着替えると鍵を閉めて高校に向かった。
いつものようにぼーっと学校へと向かう。武の家から学校は徒歩15分。自転車でもいいのだが武はいつも歩きで向かっている。
「よぉよぉ、元気ないな。どうした?」
その理由の一人がこの人物。朝から陽気に話しかけてくるこの人物は同じクラスで小学校から仲良くしている『遠藤 繁-えんどう しげる-』。短めの薄い茶髪で不良のような風貌だが決して悪い人ではない。今はやめているのだが昔水泳をやっていて髪の色が変わったらしい。髪のせいでクラスメイトからは怪しまれているが本人は、こんなことでビビらない親友がいればいいのさ、と少し暑苦しい事を言うところもある。しかし実は少しへこんでいたりする。
「おはよう。ちょっと昨日いろいろあってね・・」
武は何も憶えていない。
「そっかぁ・・・カルシウムとれよっ!」
意味が分からない。
「今日はいつもより元気だね。なにかいいことでもあった?」
武自身は昨日の事を覚えていない。
おっ?さすが気が付くねぇ、すごい良いことあったのさぁ。といいたげな表情をしてる。分かりやすい男だ。
「実はよぉ・・」
「いいことなくてもこのテンションでしょ?まったく朝から暑苦しいのよあんたは、少し武を見習いなさいよ」
繁の大事な大事な自慢話をしようとしている後ろから割り込んできたこの女性は同じくクラスメイトの『竹田 真理-たけだ まり-』。武の近所の文房具屋の一人娘で家が近いこともあって武や繁と小学校の頃からから仲が良い。黒髪の長髪、さらに美人なので、おしとやかな女性と周りの評判も高い。黙っていれば本当に美人なのだがこの通り実は気が強い。しかし男たちの幻想は未だ消えずにいる。
「んだようっせーなぁ。女がでしゃばりすぎるとかわいくねーぞ?心もブスだなホント・・あっ、禁句か」
真里がかばんをあさりだした。鋼鉄で指をはめる穴がある何かとてもつもなく危なそうな物が見えたので武は焦りだした。
うっ・・これはまずい予兆だ・・・逃げておこうかな・・。
突然繁が真面目な顔つきになった。いきなりどうしたというのだろうか。真理の怒りはおさまっていないというのに。
「さてここで問題です。ブス+ブスはなんでしょうかー?三秒以内にどうぞー」
そして急に悲しげな表情で天を見上げる。
「答えは・・・真理です。・・・・」
カッコよく決めたあとプッと自分で吹いた。武も苦笑いである。こういったからかいは長く親しい関係だからといって許される行為ではないが普通の女子には絶対してはいけない行為なので要注意だ。
「あんた・・・・いい加減にしなさいよ・・・・」
普通の女子にしたら泣かれるかもしれないけど真理にそういうことするってことは自殺行為なのに・・・・・あ、みなさんここテストに出ますよ。
チャイムが鳴ると先生が教卓に着く。
「はぁ・・えーっと、ホームルームに入りまーす・・・・ん?おい遠藤、その顔どうした?保健室行くか?」
「大丈夫れふ(大丈夫です)」
その日は、繁が初めて喧嘩に負けた、新たなる帝王が君臨した、などと様々な噂は広まったが繁の喧嘩回数は0である。
「えーっと、最近はですねぇ。このあたりに通り魔が出没しているそうです。みなさん気を付けてくださいねぇ」
通り魔?・・・・先生の雑さにも驚いたけど今はそんなことどうでもいいか。帰りは出来るだけ人と帰るようにしないと。
四時間目が終わるとみんなで昼食をとることにした。
「そういえばさ、朝繁が言ってたことって何?ちょっと思いだしてさ」
よくぞ聞いてくれたと、得意げな表情をする繁。
「実はさ・・・・・・今日の俺の弁当豪華なんだぜー」
「・・・・・・・・・・・」
武と真理は一瞬固まった。あれだけ自慢そうにしておいてただの弁当とは。
「へ・・へぇ・・・でもどうして?」
武が上手いパスをする。ここで話を振りかえさなければ場の空気が悪くなる。たしかにどうでもいい話だが繁にとってはすごいことらしい。おそらく自慢なのは理由も関係しているのだろうと予想した。
ナイス、と親指を立てる真理。
「昨日さ、久しぶりに兄貴が帰ってきたんだよ。それで親がご機嫌でさぁ、ラッキーラッキーって感じよぉ」
繁の兄はアメリカ住みだと昔聞いたことあったなぁ・・ここ数年会ってないらしいし繁もうれしそう。繁の兄とも昔遊んだことがあるけどすごいやさしい人だったなぁ・・ここにいる間に会いにいこうかな。
弁当をひたすら武の顔に押し付けてこれ見よがしにみせびらかす繁に苦笑いな武。これがいつもの光景だ。
「でも実際うらやましいよ。僕は手作りだからそういうのないやぁ。もう少し料理のレパートリーを増やしてみようかなぁ・・・でも不器用だからこの量で精一杯だしなぁ・・んー、悩みどころだ」
無理して笑う武の表情を見て繁が何かを察したのか自分の弁当からコロッケを一つ箸で取って武の弁当に入れた。
「しかたねぇなぁ・・ほれっ、おれのコロッケ一個やるよ。これ食って味覚えて自分でも作れるようになれ」
元気づけるように強い口調で励ます繁。
「おお、ありがとぉ。これでしっかり味を覚えておいしいコロッケ作れるようになったら繁にもあげるよ。へへ」
あ、これおいしい・・・よし、この味を忘れないようにしないと・・・。
「私にも一つ恵んでほしいなー」
真理の弁当は比較的健康重視であまりカロリーの高い物はない。ここにコロッケが入ったら丁度いいだろう。
「だめだね。コロッケ様はあと一個しかないんだ、そうすると他の物だねぇ。えーっと・・・卵焼きとかどうよ?」
「おっ、いいの?サンキュー。いつもと違って気前がいいじゃん。」
卵焼きは自分の弁当にもあるのになぜか喜ぶ真理。
「あーあ、そういうこと言っちゃいますかぁ。じゃあ罰として卵焼きに代わってらっきょにしてやらぁ」
たしかにらっきょもおいしいが今真理の弁当に必要なのはカロリーなのだ。もう一度言うが必要なのは高カロリーだ。
「あっ・・ちょっ・・そういうのなしだよー。せめて昆布とかたくあんあたりにしてほしいなぁ・・・」
そこはもっと大きいの要求してもいいんじゃあ・・・らっきょか昆布って・・・・。個人的にはしば漬けが欲しいなぁ。
それからも他愛のない会話がはずんだ昼休み。五時間目のチャイムが鳴ると三人は大慌てで弁当箱をしまい、机を元に戻した。
何事もなく六時間目が終わり、それぞれ放課後の清掃場所へと向かう。ちなみに武は保健室、繁は教室前廊下、真理は階段だ。
「なぁ、通り魔事件の話なんだけどさ・・・」
「ああ、最近よくニュースで見かけるよなぁ。でもあんま現実味ないかも、小学校の時からそういうの聞くけどいまいち近くでそんなことある自覚でないよなぁ・・」
男子二人が今朝のホームルームで先生が注意を促していた話題について話していた。たしかにそういう話はいまいち現実味がない。
「なんでも通り魔は目撃情報ではいろんな集団に紛れながら様々な方法で殺人を働くらしい。特に人通りの多い交差点とかが多いとか、多くの人の中に紛れて殺人をすることが多いってさ。犯行の範囲からしてこの町に潜伏しているらしいんだけど監視カメラにも映っていないんだよ。どうやって殺しているのかが警察にも分かっていないんだってさ。おれの予想では超能力を使うんじゃないかな」
彼は何回『多く』と言ったのだろうか。
「嘘くせっ。お前ほんとそういうの好きだよなぁ。いるんだよなぁ学校に二、三人くらいこういう事件好きがさー。ほとんどガセだけどー」
「いや確かにいるけどさ。今回のはマジなんだって。いとこが現場みたらしいよ。まじでこのあたりなんだってさー」
教室に戻るときにこの会話を武は聞いていた。
「繁、真理。ちょっと話があるんだけど・・」
「ん?どうした?」
「何そんな焦ってるのよ。らしくないじゃない」
急いで教室に戻って来た武はカバンを取って帰ろうとしている繁と真理にさっき聞いた噂をすべて話した。
「んー・・つまり人通りが多い所は行かない方がいいかも。いなさすぎるとそれも危ないから少しいる程度のとこで帰ろうって事か?」
「うん」
「しかたないわねぇ。武がこういうの信じるの珍しいし、今回だけはしたがってあげようじゃないの」
安心したのか一気に息を吐き出す武。その姿を見て笑う二人。いつもはこんなに焦らないが今回は妙に噂を信じる武だった。
「なぁさ、そんなに心配なら今日誰かん家で勉強しねぇ?丁度いいしさ」
「それなら今日私ん家大丈夫だと思うよ」
たしかに三人でいればとりあえずの所は問題ないかな・・・。
「おっ、りょうかーい。もちろん武も行くよな」
「うん。僕もさんせー」
真理の家は学校からだいたい徒歩十五分。町にある唯一の文房具屋なためか結構繁盛してたりする。かれこれ三十年近くやっている。
家に着くと意外と皆勉強に励んだ。繁は部屋にゲームや漫画、ギターなど煩悩が多すぎるだけで飲み込み自体は悪くはない。いつもテスト前日に一夜漬けをしているがそれでもクラスで真ん中か少し上にいくくらいだ。ちなみに繁はかなりのゲーマーで、特に格ゲーを得意としている。先月の大会にでて準優勝した経験の持ち主だ。
「なぁここよくわかんないんだけどさ。どうすればいいんだ?」
「ああ、これかぁ。これはね・・・」
「ちょっと甘やかしちゃだめよ武。馬鹿には厳しく指導しなきゃ頭に入らないんだから。すべてを教えるんじゃなくてヒントを与える、それが重要」
まるで孫に対する祖父のようにやさしい武はすぐに繁を甘やかしてしまう所がある。その度に真理が間に入って説教する。
真理の厳しい指導にもまるでこたえてないかのように繁はぼーっと真理を見る。そのあほ面を見て真理はまた説教を始めた。それを見て武は知らん顔して勉強を続ける。
「まったくこやつは何もわかっていないようだな。いいか?おれは天下の繁様だ。気安く馬鹿呼ばわりはやめてもらうか」
真理は静かに座り教科書をめくり、武は一度繁を見てからまた勉強を続けた。こういう流れはなんども経験積みだ。
「あ・・・・すいません・・ほんと・・すいません」
ぺこりぺこりと頭をさげながら腰を下ろしてまた真面目に答えを書き始めた。なぜこう余計な発言ばかりをするのだろうか。
真理の家での勉強会は武と真理の頭がいいので繁はとても助かった。途中、真理の父が部屋に飲み物を届けに来た時。
「彼氏二人とはなかなかやりますなぁ。うふっ」
って言ってきた時の真理のなんともいいがたい表情が印象的だった。とりあえず明日のテストもなんとかなりそうだ。
「んじゃまたなー」
「また明日ねー」
「二人ともおつかれ。また集まろっ」
真理は自分の部屋に戻り、武と繁はそれぞれ自分の家に戻った。帰り道には決めた通り人通りが多い場所は避けた。
武は家に帰ると鍵を閉め、冷蔵庫を開けた。冷蔵庫には武の大好きなオレンジジュースの缶がたくさん入っており、学校帰りにキンキンに冷えたそれを飲むのを武は一日の楽しみにしているくらいオレンジジュースが好きだ。
「くぅ、キンキンに冷えてやがる・・・」
普段こんな口調にはなったりしない。
「それにしてもなんかやけに肩が重いなぁ。勉強疲れってわけでもないし・・・とりあえず今日は早く寝るとするかなぁ・・・」




