スマイル
不幸な人間にも、幸せになる権利はある。
私は私の笑顔というものを見たことがない。
勿論、表情筋が無い訳では無いので、鏡に映る自分の顔の口角が釣り上がり、目じりに皺が寄る、という表情は見たことはある。
しかし、真に笑顔と呼べる様な代物じゃなかったのは確かだ。
俗に言うお笑い芸人のギャグというものを見ても、何が面白いか分からない。
くすぐりも効かないから無理矢理笑うことも出来ない。
もしかしたら自分は感情というものが無くて、何処か人間として壊れているのかもしれないと、中学校の頃は思ってたが、それは若気の至りである。
別に泣いたことはあるし、恥ずかしがることだってある。
ただ、笑うという感情がどうにも理解できないだけ。
そんな人間、皆無という訳ではないだろう。
「ねぇ」
偉大なるコタツ様の恩恵を授かりながら、私は同じようにコタツ様に入り寝転んでいる『彼』に問う。
昔から仏頂面だったせいで、何処へ行っても孤立していた私の、大事な大事な唯一の友達だ。
「アンタってさ、毎日のように私ん家に遊びに来るけど……友達いないの?」
「んぐ」
突然の質問に、どうやら頬張ってたミカンを喉に詰めらせたようだ。
飲みかけのチューハイを渡してやる。
「げほげほ……あはは、なんでいきなりそんなことを?」
「別に、あえて言うなら話題作り?」
彼は、いつもの様に笑顔で、困った声を上げた。
私は彼の笑顔以外の表情を知らない。
私が笑顔を知らないように、彼はどうやら笑顔以外を知らないらしい。
産声を上げた瞬間から、今の瞬間まで、彼が笑顔を絶やした事は無い……らしい。
なんとも奇妙な縁だ。
「はは……そーだなー、友達は……いない、かなぁ、ずっと笑顔で気味悪がられてたし」
「私は?」
もしかして友達と思われてないのかと思い、一瞬胸がつまる 。
「君は、恋愛対象だよ、あはは」
「…………あっそ」
ああ、そうだった、コイツはこういうやつだった。
正直コイツの告白まがいなジョークは聞き飽きてるので、適当に流してミカンを取る。
「それで、君はどうなの? 毎日僕を歓迎してくれてるようだけど……友達いないの?」
彼はいつもより3割増しのいやらしい笑顔で私に訊いてきた。
どうやら意趣返しらしい。
だから私も、それをさらに返すように答える。
「いるよ、アンタがね」
「あはは……もしかして、脈無し?」
「さーねー」
っと、誤魔化す感じで返し、私はテレビに意識を移す。
元気な双子の男の子たちが、画面内を走り回りながら天気予報を伝えてくれる。
明日は雪か。
雪は嫌いなんだがなぁ。
「明日は雪かー、はは、雪合戦でもする?」
「二人で?」
「うん」
二人で雪合戦って……それはただの喧嘩じゃないのだろうか。
しかし雪と聞いただけで彼のいつもの笑顔は、より一層喜びを表すように深くなってる。
まるで子供みたいな人だ。
「はー、楽しみだなぁ、雪合戦」
「誰もやるとは言ってないわよ」
「えぇ!?」
今完全にやるながれだったじゃないかー、と、彼はわめくが、私はどちらかというと寒いのも雪も嫌いである。
逆に夏はわりと好きだ。だるそうな表情をしてても違和感が無い。
「じゃ、じゃあせめて雪だるまを作ろう」
「却下」
寒いのは嫌だ。
私はコタツでぬくぬくと温まっているから一人で作るが良い。
「ぐぬぬ……」
「笑顔でそのセリフは合ってないわよ」
ある種のポーカーフェイスである。
羨ましい。私は笑顔こそ見せないが、わりと感情が顔に出てしまうほうなのである。
笑顔の出来ない私と、笑顔しか出来ない彼、どっちが不幸なんだろうと、ふと頭をよぎった。
が、そんなの結論なんて出やしないし、どちらも不幸だってことだけは分かるから、即放棄した。
ミカンを食べ終え、電子タバコを咥える。
数年前の学生時代、タバコとかカッコいいとか思ってた思春期の誕生日、彼に買ってもらった代物だ。
「あ、まだそれ使ってるんだね」
「ん、もう壊れちまってるけどな」
もう電子タバコとしての機能は果たせないが、口寂しい時、たまに咥えてる。
「ふぅーん……」
「ニヤニヤしながらこっち見んな」
勘違いしないで貰いたい、私は別にコイツとの思い出の品だからいつまでも使ってるわけじゃ無く、単に口寂しいから使ってるだけである。
「まあ僕としては嬉しいけどねー」
「……全く」
ぷはっ、とタバコを吸う真似事。
この電子タバコが現役だったころの癖だ。
「……ところで」
「うん?」
「さっきからソワソワしてるけど……一体何?」
いつも笑顔でテンションの高い彼だけど、今日はいつもと違う感じがして、なんというか、その、うざい。
「結構うざいんだけど」
「あはは、うざいとは酷いなぁ……ほら、今日は何の日だ」
「んん? 今日?」
私の誕生日では無いし、彼の誕生日でもない……よな?
バレンタインデーにはまだちょっと早いし……。
「ああ、あれか」
「お、わかった?」
「あれだな、クリスマスイヴだ」
「なんでやねーん……って合ってる!? あれ? ここは見当違いの解答を言って僕がツッコミを入れる場面じゃないの!?」
何を言ってるんだコイツは。
私は別に笑顔が出来ないだけで異常者でも何でも無いというのに。
クリスマスくらい、知ってるさ。
「……で? 何かプレゼントでもくれるの?」
「おほほーい、その通りだけど、あれだ、僕の昨日から練ってた計画とかがパーになったからちょっと待って」
昨日から練ってたって……一体何を企んでるんだコイツは……。
まさか聖夜もとい性夜だからって……え、ええええ、え、えぇええええェッチなことを企んでるんじゃないだろうな。
悪いがその時は全力を持ってその企みを潰させてもらうぞ。
いやらしいことはいけません!
「……………………よし」
何が「よし」なのか皆目見当がつかないが、どうやら何かしらの決心を固めたようである。
すくっと立ち上がり、こちらに向き直る彼。
その手には、多分ポケットにでも入れられてたであろう、小さな箱。
「は、話がある」
「アッハイ」
緊張してても笑顔は変わらないようである。
いつも通りの、可愛い笑顔。
私には出来ない表情。
「えーっと、非常に今更かもしれないけど……良く考えたら真面目に言ったことなかったなーっと思い……」
……? 一体何の話だろうか。
とりあえず、あの箱の中身が何かが気になる……。
「……っあー、駄目だ。昨日散々考えたのに、言葉が思い浮かばないなぁ……はは」
「……ねえ、一体何の――」
「好きです。結婚してください」
ド直球。
ど真ん中ストレートで、結婚指輪と共に私に送られた言葉は。
正直――。
「いや、それ聞き飽きたわ」
「ですよねー」
愛してる、とか、結婚してくれ、という言葉は、わざわざ改めることもなく、毎日のようにコイツから送られてる言葉である。
はっはっは、と笑いながら泣くという高等技術を披露しつつ、
「で? 答えは?」
それなりに高級であろう指輪を私に渡しながら、キザったらしくそう訊いてきた。
ああでも確かに、こうして改めて言われると、少しだけ心臓が早まった。
3年と4カ月12日前、忘れもしない、彼が私に初めて告白した日。
当時荒れ狂ってた私は、勿論断ったが、その後もしつこく付き纏ってくる彼に、一つの質問をした。
『どうして、私みたいな無愛想な子を好きになっちゃったの?』
と。
すると彼は笑って言うんだ。
『お前の笑顔が見たいと思ったからだよ』
だから私は絶対に笑ってやらない。
少なくとも彼の前では死んでも笑ってやるもんか。
彼の目標なんて、絶対に達成させてやるもんか。
だって――。
「…………――――」
答えなんて決まっている。
だって私は彼のことが大好きなのだから。
今日も私は笑わない。
今日も彼は笑ってる。
電子タバコがポロリと落ちる。
もうこれは必要ないかもしれない。
口が寂しい時は彼にどうにかしてもらおう。
きっと、私は生涯笑わないし、
きっと、彼は生涯笑い続けるだろう。
そんな不幸な二人の関係は、これ以上ないくらい、幸せな関係で、幕を閉じるだろう。
Fin.
御拝読ありがとうございました。