狂った妹と攻略本
……まだ眠たい、どこからか声が聞こえてくるがもう少しぐらいいだろう……
「起きろって蒼真!」
「……京介」
「……いやね、ほら、違うの……ねぇ、その高く上げている手を下ろして? 誤解よ! 俺は何も悪いことはしてないの!」
「気持ち悪い! その声を二度と出せないようにしてやるわ!」
俺を椅子から落とした恨みを今ここで晴らそう……少し痛む背中を摩りながら、京介へ近づくと一歩ずつ下がる京介……
「どこへ行く気だ……一発でいいから殴らせてくれ……」
「嫌に決まってるだろ! そ、それにお客さんもいるんだぞ!」
お客さんが来ている? こんなことをしている場合ではない! とりあえず京介の髪の毛を、二本ぐらい引っこ抜いて後ろに振り返る。
「いらっしゃいま……せ?」
「えへへ、来ちゃったお兄ちゃん! ずっとお兄ちゃんのお仕事してる姿を、近くで見てみたかったんだ!」
「……別にここに来なくても、ご飯は家に作り置きしてるだろ? どうしたんだよ?」
急に現れた莉奈に驚が、なぜ来たのかを聞かなければ……それにどうやってここまで来たのかが気になる。莉奈に場所を言った覚えはないし、ここの喫茶店にはあまりお客さんが来ることがない……
だから誰かに聞いた……ということはないだろうし、どうやって俺がここで働いていることを知ったのだろう……
「……その前に開店するんなら俺を起こせよ京介」
「ごめん……お客さん来ると思わなかったから……」
「そうか……それより、莉奈はどうやってここに来たんだ?」
「莉奈? お兄ちゃんの後をついて行ったんだよ?」
……店長の顔が見えた時、拗ねたようなような顔をしていたから話をそらしたつもりが……まさかこんなことを言われるとは考えていなかった……つけてたって、なんでそこまでしてここに来たのだろう?
お昼のご飯は、朝買ってきて作ったというのに……多分俺に何か用事があってきたのだろう、携帯に電話すればいいのでは? そうも思ったが気にしないでいいだろう。
「で、どうしたんだよ、何か用があるんだろ?」
「ううん、ないもないよ」
「……ならどうしてここまでついてきたんだ?」
「だって……お兄ちゃんがお仕事してる所見たかったんだもん……」
「……本当にそれだけか? 見てみたいからここまでついて来たのか?」
働いてるところを見たかったからって……お客さんがたまにしか来ないのに、これといったことは何もないぞ……困ったな……莉奈の方を見ると拗ねてしまったのか、頬を膨らませてメニュー表をテーブルに叩きつけている。
「やめろって……ほら、何か飲み物いるか? お金は俺が払うから……」
「……飲みたい、お兄ちゃんがいれてくれた、ジュースが飲みたい」
「何がいいんだ? いろいろあるけど……」
「なんでもいいよ……お兄ちゃんがいれてくれたら……」
メニューを取り上げたからなのか、少し元気がなくなっている莉奈、それくらいで拗ねなくても……急いでジュースをいれて持っていくが、椅子に座っているはずの莉奈がいない……
それに京介はいつの間にかジュースを飲んでいた……いつ入れたのかも気づかなかった。勝手に飲むとは……後でお金を払わせよう。
しかし莉奈はどこに行ったのだろうか……椅子に寝転んでいた店長の姿もない。京介に聞くのが一番早いか……
「おい、京介」
「どうしたんだよ? ま、まさか……このジュースは俺のだぞ! 絶対にやらないからな!」
「……莉奈と店長どこいったか知らないか?」
「……あっち……です」
煩いから思わず髪の毛を五本も抜いてしまった……だが場所を聞けたのでいいだろう。床に転がっている京介はほっといて……いつも寝転んでいるはずの店長がいないのはおかしい。
それに、京介が最後の力を出して教えてくれた莉奈達の行き先は、この店の厨房の方……あっちには特には何もないはず。少しだけ覗いてみるか……
莉奈が何か言っているのかもしれない、迷惑をかけていなければいいが……少しだけ顔を出して厨房を覗くと、莉奈と店長は何かを話している。ただ莉奈の顔は、今まで見たことがないほど怒っている……ように見えた。
何も喋ってはいない、ただ睨み合っている。莉奈の握り締められた手が震えていて、今にも殴りかかるようで怖い……
そんな莉奈とは対照的に、店長はただ胸の下で腕を組んでいる。あくびを噛み殺しているいるようにも見えた……ため息を吐いて、その身長差から莉奈を見下ろしている店長はどこか眠そうだ。
「そろそろいいかな? もう用も済んだだろう」
「待ちなさいよ……まだ答えてない」
「だから、私と蒼真はそういう関係ではないと言っているだろう」
「あんたなんかが兄ちゃんの名前を呼ぶな! 」
いきなり叫びだした莉奈は、今にも掴みかかりそうな勢いだ……あんなに怒った姿を見たのは初めてだ……それにさっき店長に向かって、俺の名前を呼ぶな……と。
なぜあんなに怒っているのかが分からない。名前を呼んだぐらいで怒り出すなんてのはあの借りてきたDVDで見たぐらいだ。
あれは名字を呼んだくらいで、殺しにかかるような妹だったが……莉奈がそうなることはない。あの映画は、妹が兄を一人の男として好きだったからそうなった……
莉奈達のやり取りを見て、まったく違うことを考えてしまったが……これは、あの場所に入るのを遅らせようとしているわけではない。ただ入りにくいから待っているだけだ。
「はぁ…昨日ゲームのやりすぎであまり寝ていないんだよ……今日の夜もする予定だから、そろそろ戻らせてもらうよ」
「おまえがいるから……おまえがいるからお兄ちゃんと一緒にいれないんだ! そうやってお兄ちゃんのこと騙してるんでしょ? 眠たいって言ってるけど、本当は寝るふりしてお兄ちゃんのこと見てるんでしょ! お兄ちゃんは優しいから……頼まれたら断れないの知ってるんだ……」
「……何を言ってるのかよくわからないな……ゲームのしすぎで寝不足なのは本当だよ、だから早く寝たい……もうわかっただろう? じゃあ私は戻るよ蒼真の妹さん」
「黙れ……おまえが……おまえがいるから、お兄ちゃんは莉奈と一緒にいれないんだ……おまえが……お兄ちゃんを騙して何かしてるからいけないんだ……お兄ちゃんは騙されてるから、莉奈を置いてここに来たんだ……全部おまえが悪いんだ……お兄ちゃんを騙す奴が悪いんだ……」
俯いて、独り言のように小さな声で何かを言っている莉奈の姿は、ホラー映画並に怖い……いや、それ以上かもしれない。店長も頬が引き攣っている……
俺の足も動かない、ただあの場所には近づかないほうがいい……いや、近づくなと何かが俺を止めているようだ……
「邪魔する奴は皆死ねばいいんだ……お兄ちゃんは莉奈のこと好きって言ってくれたもん……莉奈が一番……お兄ちゃんはずっと莉奈のことが一番好きなんだ……莉奈と両思いなんだよ? なんで邪魔するの? お兄ちゃんも莉奈と一緒にいたいって言ってたもん……ずっと……」
ゆっくりと時間をかけて、店長に近づいていく莉奈……ポケットに手を入れて、取り出した物は静かなこの部屋の中で、不気味な音をたてながら店長に向けられた……なぜポケットにそんなものが入っているのか……カッターナイフを店長へと突きつけた莉奈は笑っている。
「……どういうことかな? すまないが、私は眠たいから椅子に戻りたいといったんだ……そんな物で切りつけられては眠ることもできなくなるし、もし指を怪我でもしてみろ……ゲームができなくなっていしまうではないか」
「眠たいんでしょ? よかったね、これからはずっと寝ていられるよ……じゃあ、さようなら」
「やめろ莉奈!」
遅かった……今目の前で、莉奈の持ったカッターナイフが店長のお腹へと刺さっていった……呆然とした顔で立っていた店長が、自らの腹を見てゆっくりと崩れ落ちた……
カッターナイフから手を離した莉奈は、俺の方を向いた。笑っているその顔は、人を刺した時のものとは思えないほど無邪気だ……
「店長……店長! 大丈夫ですか? すぐに救急車を!」
「お兄ちゃん……なんでそんな奴の所へ行くの? ねぇ……褒めてお兄ちゃん! お兄ちゃんを騙してる奴莉奈がやっつけたんだよ! もうそんな奴の所に行かなくてもいいの! 莉奈が……お兄ちゃんを助けてあげるから……」
「蒼真……蒼真の妹は絶対に許さんぞ……この私の体の一部を刺してくれたのだからな……」
「すいません店長……すぐに俺が助けに入ってれば……」
今……俺の腕の中では、刺した莉奈に向かって怒っている店長がいる……ゆっくりと店長を床に下ろして、ポケットから携帯を出した俺の腕を店長が掴んだ……
なぜ止めるのかがわからないが、何か言いたいのかもしれない……番号を目で確認しながら電話をかけた俺に、店長は顔を横に振った……
「無理だよ……この破れた部分は修復不可能だ……新しく買うしかない……」
「買うって何をですか! 刺されたからって変なこと言わないでくださいよ……きっと助かりますから……」
「ありがとう蒼真……でも無理なんだよ……だって、穴の開いた攻略本を使うのは少し無理がある……」
「……は?」
そっと服を捲りだした店長から目を離すが、少しおかしいことに気がついた。血が出ていない……今も腹部に突き刺さっているカッターナイフ。
ただその場所から血が出ていない……別に血が出ていて欲しいわけではないが、刺されて血が出ないっていうのはおかしい。
胸の少し下の所まで服を捲った店長は、そのまま眠ってしまいそうだ……それは死にそうだから眠ってしまいそうなのではなく、ただ徹夜でゲームをしたから眠ってっしまいそうなのだろう。
服を捲られた所に肌があるわけではない。黒く、分厚い本が乗っている……その本に刺さっているカッターナイフは、莉奈が持っていたもので……
「……どういうことですか店長?」
話しかけても返事がないのは、眠ってしまったからだろう。お腹に乗っている分厚い本には大きな文字で、今店長がハマっているゲームの名前が書いてあった……
「え? いつからお兄ちゃんをつけてたかって? 最初からだよ……」