おかしな彼
私の主は少しおかしい。
私を道具として使ってくださらない。時には剣として、そして時には盾として使ってくださらない。それは、とても危険な行為と思わざるを得ない。主の懐の広さには頭が上がらないが、そのような中途半端な優しさでは、誰かを救うことはおろか、自分の身を守ることすらも満足にできないだろう。
だが、我が主が、主たる自覚を持っていないのにも無理はない。なぜなら私とて、我が使命を思い出したのは、ごくごく最近のことなのだから。
私は今まで絵に描いたような普通の女子高校生だった。勉学も運動神経も、容姿も中の中であったし、人間関係もそつなくこなしていた。
しかし、我が主を見た瞬間に、私の全ては泡沫の夢のように儚く弾けた。
そう、この世界は偽りの世界だったのだ。
私と主が出会ったのは、遙か遠い過去。現代の私に蘇ったのは前世の記憶。主と私は、ご主人様と従者の関係だったのだ。当時は、身分の差がとてつもなく高い壁として立ちはだかり、私達の恋は悲恋であることは運命づけられていた。
だが、私達は確かに愛し合っていたのだ。
二人は逢瀬を重ね、そして築きあけてきた二人の絆は鋼よりも強固なものだった。そして、盟約したのだ。
永久に生きよう、と。
結ばれなくとも、一心同体であった我ら。その想いは、今の私にも確かに脈々と受け継がれている。
だが、古今東西、真実の愛を汚す輩は必ず物語に登場してくる。馬に蹴られ、涅槃へ堕ちるべき存在。六道輪廻の輪より外れるべき存在。絶対悪。
それは、主を殺した怨敵だ。
奴は大胆にも主の幼馴染として転生していたのだ。何も知らぬ者が見れば、それは仲睦まじいカップルのように見えるだろう。しかし、私から見れば、奴は虎視眈眈と主の首を掻っ切ろうとしているのは一目瞭然だ。
だからこそ、私は何度も主に進言しているのだが、聞き入れてくれない。寧ろ気味が悪いものでも見るような目つきだ。
これは推測だが、私から前世の記憶を消滅させたのも、今の主を人形のように操っているのも、宿敵だろう。そうでなければ説明がつかない。
一体どうすれば状況を打破できるか私は心底悩んだ。毎日、毎日、私は悩み、食事は喉を通らなかった。
そして私は痩せ細り、手足は骨と皮だけになった。索敵する鬼気迫った形相に、両親は少なからず動揺の様子は見られた。だが、私に一切の口出しをしなかった。そういう親なのだ。子どもがどうなろうが不可侵条約を破ることはしない。
普段は苛立つだろうが、そんな気を回している余裕はない。こうして私が頭を悩ましている間にも、主の命は危険にさらされているのだから。
主には、
もう、僕たちに構わないでくれ。
と、命令を頂いたのだが、その命令だけは従うことができない。恐らくは、奴の入れ知恵だろう。主の命令を聞くのは従者として至上の極み。だが、私にとって、一番守らなければならないことは、主を守り抜くという使命だ。ここでおめおめと撤退すれば、敵の思う壺だ。
そして、ついに答えはでた。
もう一度、私と主が生まれ変わればいい。そうすれば、主も私のことを認めてくださる。来世で愛し合うことができる。そうと決まれば、早速実行に移そう。
全ては、我が主の為に。