私の好きな人は神様に恋してる。
私には、好きな人がいる。
そして、私の好きな人には好きな人がいる。
でも、彼の恋も実らない。
その優しい目がこちらを見ることは無くて、
その大きな手が私に触れることもない。
彼は神様に恋している。
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「あれ?美月ちゃん?」
後ろから声をかけられて、振り替える。
声だけで、誰か分かってしまうのが嫌になる。
輝かんばかりの笑顔に、私も笑みを返す。
「こんにちは、基樹さん」
後ろを振り替えれば、少し伸びた黒髪に眼鏡の彼がいた。
2人の間を詰めて何気ない話をする。
「最近はどう?元気?」
「元気ですよー、基樹さんは?」
「ん?あぁ…僕も元気にやってるよ」
その、よくある会話。
元気かと問われて、少し遠くを見るような目。
まるでここではないどこかを見るような。
「基樹さんは買い物ですか?」
明るく、決して気付かれないように、笑いながら言う。
「そうそう、ちょっと使ってた靴が駄目になっちゃってさぁ」
「あぁ、こないだ凄い雨でしたもんね」
そうして、「じゃぁ、また」とお互いに手を振り離れていく。
私は、彼が、好きだ。
****
基樹さんと私が出会ったのは、大学時代の先輩に頭数を揃えるために連れられて参加した飲み会だった。
最初はただ、明るくて優しそうな人だなという印象だった。
話してみると気を配るのが上手く、話上手。
名字は同じ人がいるから、と名前で呼んだ。
「ね、基樹さんって彼女いるんですか?」
私の聞きたかったことを他の女の子が尋ねた。
彼は人気者で私は同じテーブルに居るだけの存在だった。
「あー…いないんだけど、好きな人はいるかな」
私は、思わず彼の方を見ていた。
なんて、なんて、寂しそうなんだろう。
彼の表情は笑っているのに、目がとても寂しそうだった。
その後、特に私は彼と話すこともなく解散となった。
そこから、たまたま行きつけの古本屋で彼と再会することになるとは思わなかった。
「あれ?美月ちゃん?」
あの時も、さっきみたいに声をかけられた。
名前を知られていて驚きながらも「久しぶり」と言葉を交わした。
好きな作家が一緒だったことから話が盛り上がり、私は基樹さんの友達の枠に滑り込むことになった。
「そういえば、好きな人がいるんでしたっけ?」
ずっと胸の奥にあったこと。
それを聞いた瞬間、再び彼の目が暗くなった…気がした。
「あ、なんか、聞いちゃ駄目だったらごめんなさい」
慌てた私に彼も慌てたように言葉を重ねた。
「いやいや!大丈夫!」
「結構前のなんだけど、なんだろう?幼馴染みっていうのかな?そんな女の子がいたんだけど…」
「5年くらい前かな?病気で亡くなっちゃって…」
ぎょっとした私に、基樹さんは苦笑いしながら話す。
「その子、ちょっと家族仲が悪くてさ」
「送る時に僕が棺に入れたんだよね」
少しの沈黙の後にポツリと言った。
「多分、僕は彼女が好きだったんだ」
そう言った、基樹さんを見て私は胸が締め付けられた。
あぁ…彼は、神様に恋しているんだ。
その後は、暗い話をしてごめんね!と慌てたように話が変わって、好きな作家の新刊の話や気になる書籍の話をした。
帰り道、基樹さんは「ありがとう」と私に言った。
なにが?とは聞かなかったし、聞けなかった。
必死に笑顔を作り「こちらこそ!」と言った私に、基樹さんは虚を突くような表情を一瞬見せてから、ぎこちなく笑った。
帰り道、私は泣いていた。
まごう事なき、失恋だった。
多分、恋ともいえない恋だった。
芽生える前には踏まれていってしまった。
たぶん、きっと、この恋は枯れていく。
私はその日、失恋をした。
****
基樹さんを見送り、昔の事を思い出していた。
私は、基樹さんに何があって、幼馴染みの女の子に何があったのか知らない。
ただ、今も変わらずに基樹さんの中には神様が居る。
一途な聖職者のように、ただそちらを見ている。
「馬鹿だなぁ…」
自分が、途方もなく。
好きだと思ってしまう、どうしたって叶わないのに。
じわ…と熱くなる目にが、滲んで歪む。
多分、私では駄目で。
変わりなんて無い、大切な事で。
一番柔らかくて繊細な部分。
私にはそこに踏み入る資格がない。
ぽたぽたと落ちる涙に、回りの人の視線を感じた。
ここから離れないと。
迷惑になってしまう、と頭を切り替えて歩き出した。
「美月ちゃん」
後ろから聞こえた声にぴたっと歩みが止まる。
「え…どうしたんですか?」
慌てて目を拭う私に、眉間に皺を寄せた基樹さんが近寄る。
どうして、なんで、という感情が埋め尽くす。
「どうしたのはこっちの台詞だよ…」
手を引かれて、人の少ない通路に移動した。
苦虫を潰したような表情に、思わず笑ってしまう。
笑われて更に変な顔をする基樹さん。
「ちょっと、目にゴミが入っちゃって」
我ながら苦しい言い訳だなぁ…と思いながらも言い訳を重ねる。
納得はしていなさそうな基樹さんだったけど、ため息をついてから私を見た。
「力になれるか分からないけど、無理しないでよ…」
その言葉に、また笑う。
無理、なんて。
無理なんてずっとしてるよ。
私は、基樹さんの目を見る。
彼の少し焦げ茶色の瞳と視線が交わる。
あぁ…充分だ。
私は、彼の中に居れ無いけど。
それでも、こうして心配して自分を見てくれるなら。
また、視界が歪む。
溢れないように我慢しながら、笑顔を作る。
あのね、
「基樹さんが、好きです」
どうしたって私は神様にはなれない。
なろうとも思わない。
ただ、私はこの神様に恋してる彼を愛している。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




