前世女のヤンデレ王子に愛されて夜もぐっすり眠れる
人間には相性というものがある。
「美しい僕だけの姫。君を愛してるよ」
冷血王子と裏で呼ばれている男が、自分の前だけ、甘く蕩けた笑みを浮かべるなんて、乙女の夢ではなかろうか。
そうだ、乙女ならのぼせ上がるものなのだ。
自身に言い聞かせ、胡乱な目を向けてしまいそうになるのを必死に堪える。
「ありがとうございます、殿下」
「ん?」
「光栄の極みでございます」
「どうしてかな、よく聞こえない。もう一度言ってくれる?」
あー、腹が立つ!!!
「感謝!感謝!」
「…違うだろ」
蜂蜜色の惚けた瞳を輝かせ、私の髪を一房掬い上げ、口付ける。
「僕が君を愛してると言ったら、君も相応なものを返すべきだ」
王子だからなの?傲慢が過ぎない?
これで女どもからモテモテなのだから、世の不条理を感じる。
こんな男が、メインヒーローでいいはずがない!
作者は本当にこんな男がかっこいいと思ったのか、正気か。
私はギリギリと歯を食い縛りながら、なんとかひきつった笑みを浮かべて、
「クソヤロウ」
違った違った。
だから、どさくさに紛れて髪を引っ張るな!
「…あー…いしていますわ」
「聞こえないな」
「愛してるっつってるだろうが!!」
青筋を浮かべて怒鳴り散らした私に、王子はゆっくりと唇を落とし、
「嬉しいよ、僕のフィアンセ」
「は、ははは」
ひきつり笑いを溢す私に、フィアンセの単語が重くのし掛かる。
そうなのだ、こんな男と結婚しなければならないのだ。
一体どうしてこんなことに?
私たちはヒーローと当て馬だったはずのに。
もともと私は、少女向け小説の編集者をしており、来る日も来る日も、作者たちと折り合いをつけながら、出版という形で大衆受けのする本を模索する日々を過ごしていた。
そんな中、気が合わない作者ももちろんいる。
人間だもの。
得てして、そういう作者の作り出した作品も私の好みではなく、それでも理解できないなりに努力したのだ。
私が交通事故に合うまでは。
死ぬ直前までその作品のことを考えてたからなのだろうか。
私はその作品の世界に生まれおちてしまった。
編集者やってると、死んでも本にとりつかれるわけ?
しかも、おそらく私が死んだからなのだろう。
私の大部分の意見を取り入れ、小説の内容を変更してくれた。
なんやかんやいい人だったのだな。
ヒロインに王子をとられたと思いこんで身を引いた悪役令嬢に猛烈アタックを繰り返す当て馬の男に私の名前に似た外国風の名前をあてがい、小説の中でヤンデレ王子が嫉妬に狂って殺してしまうという展開にした時には頭はたいてしまったけれど、内容を変更してくれたのだ。
当て馬男を女性にし、ヒロインにするというとんでもない改変を。
元々のヒロインや悪役令嬢はどうなったのか、見る影もなく消えている。
しかもこの王子。
私を膝に載せたまま、読書を始めた王子は嫌がる私を物ともせず、隙があればセクハラを繰り返し、頬や首筋に口づけてくる。
うざい、黙って本を読め。
「くだらないな、どうしてこんな展開にするのか、理解できない」
私のこの世界でお気に入りの本をボロクソに批判してくる。
モラハラ男と呼んでやろうか。
「愛しているならどんな手段を用いてでも奪えばいいじゃないか」
どうせ、どんな手段でもに括弧がつくんだろ。
暗殺、毒殺、罪を着せて処刑とか、そんなヤンデレ男は私の会社のレーベルと色が違うからやめろって言ってるじゃないか!
読者層は少女なの!乙女!
後半血みどろ展開は乙女のトラウマになるからやめろって何度言ったら聞き入れてくれるんだよこのポンコツ!!
「何をそんなに怒っているの?
この世界は君の望んだ平穏で愛に満ちた世界じゃないか?」
「…私を殺した運転手はどうなった?」
「誰のことかな、記憶にない」
「私の家族は?」
「もちろん、平穏に暮らしているよ。君の大事な家族は、僕を愛する君の一部だ」
「クソヤロウ」
私が憎々しげに呟くと、男は笑い、
「君が僕を愛してくれるだけで、世界は平和そのものだ。僕も世界を好きになった気持ちになれる」
どう育てばこんな歪んだ人間になれるのか。
前世で肉親からの愛を貰えず、渡る世間は鬼ばかりと苦渋を嘗めてきた作者の気持ちは、平和ボケした私には理解できない。
だけど、相性が合わない、そもそも前世は同性同士で恋愛感情を持てない、ないない尽くしなのに、家族を質に取られているとは言え、私が大人しく婚約者に収まり、べたべた甘えてくるのに耐えているのは、何故なのか。
同情?こんな好き勝手やってる男に同情してたまるか。
愛があるから?
恋愛小説のヒロインなら、そんなありきたりな答えが正解なんだろうな。
「君の好きなハッピーエンドだろ?」
前世であんなにも苦労して這い上がり、庶民には手の届かない金も名誉も権力も手に入れたというのに、どうして知り合ってから数年しか経ってない私を追いかけたのか。
友情では駄目か。駄目だろうな。
私もこいつに友情を抱けない。
「これがハッピーエンドで堪るか」
吐き捨てる私に、男は浮かれたような口調で言うのだ。
「でも、僕を愛してる」
「ああ、ああ、愛してますとも!
これで満足かっ!!」
「相思相愛も悪くない」
前世では見たこともない幸せそうな表情をして顔を近づけてくる男に、私は何も言えなくなり、唇を閉ざすしかなくなるのだ。




