4 期待は裏切られるもの?
やっとガールズバーの夜がやってきた。最近は特に携帯電話の件で虚しい苦闘が続き、ストレスが溜まっていたので、このオレンジ色のライトに照らされた薄暗い空間にいるだけで嬉しかった。
強力なライバルであった沙耶香さんが去った今、ひょっとしたら桐山さんを独占できるかもしれないなどと一人ほくそ笑んでみたりしていた。
しばらくすると桐山さんがやってきた。誰をリクエストするのかなあと思っていると、ママさんから5番テーブルに行くように言われた。リクエストではないし、お客さんは桐山さんではなかった。
なんだ、桐山さんはリクエストしてくれなかったんだ、と少しがっかりしつつも、では一体誰が相手をしているのかと思って2番テーブルの方を見ると、何と桐山さんが話しているのは、新人の真奈ちゃんだった。
二人とも楽しそうに話している。桐子はかなりのダメージを受けた。そういえばプルーストの「失われた時を求めて」には、現実は常に想像の期待値を下回るとか、恋愛当事者の熱中度は必ずしも一致しないとかいうようなことが記述されているが、その通りになってしまった。
けれども桐子は落胆した自分をすぐに立て直そうとして次のように考えた。真奈ちゃんは大学生になったばかりで19歳だと杉田さんが言っていた。
桐子は24歳だ。桐子は、確かに真奈ちゃんは美人で可愛いけど、19歳なんてまだ子供だから、じきに話の中身が薄くて幼稚でついてけないということになって、そこはいろいろと経験を積んでいる自分の方がいいと、きっと聡明な桐山さんは気づいてくれるだろう、今は忍耐の時で、きっと桐山さんは自分の方を向いてくれると信じることにした。
しかし現実はなかなか好転しなかった。桐山さんは常に真奈ちゃんをリクエストしていて、いつも楽しそうに談笑している。桐山さんとはしばらく会話していない。
おばあちゃんの介護に明け暮れる中でオアシスだと思ってきたこの場所が、桐子にとって辛い場所になりつつあった。そして遂にとどめを刺される時が来た。
真奈ちゃんは人気者なので、大抵はリクエストがかぶっている。その日も桐山さんとひとしきり話した後、別のテーブルに呼ばれた。
桐子は特に期待していなかったが、ママさんの指示でかなり久しぶりにヘルプで桐山さんのところに来た。桐山さんは真奈ちゃんと話していた時の楽しかった余韻が覚めやらぬ感じで上機嫌で
「あれっ、桐子ちゃんだね?久しぶりだね。しばらく見なかったから、てっきり沙耶香さんと一緒に辞めたんだとばっかり思ってたよ。
ところであの新人の真奈ちゃんて最高!若くてかわいいだけかと思ったら、いろんなことを知っていて、しかもどんな話題になっても話が深くて面白くてためになるんだよね。
相当本を読んでるみたいだし、頭脳明晰だねっ、ひょっとして国立大学?それとも私立なら早慶上智だったりする?って聞いたら何と東大生だって。
しかも現役合格だって。才色兼備そのものの人なんだよね。本当に、世の中にはすごい人がいるものだよね」
桐子は完全に打ちのめされた。もう何も言えなかった。どこかへ行ってしまいたかった。針の筵だった。ただただ彼の真奈ちゃんへの賛辞をうなずきながら聞き流し、一刻も早く真奈ちゃんが戻ってきて自分がこの場から他のテーブルに移動することを祈るばかりだった。今の話で、桐山さんは桐子のことを何とも思っていないことが証明されたのだ。




