11 何が悔しいの?
桐山さんは桐子の顔を見るといつもとは違って意外なことを言った。
「桐子ちゃん、何か悩みとかあったら聞くけど」
彼はいつもは一方的にいろいろな話やヘンテコなクイズなどを出していて、桐子はもっぱら聞き役だったので、この言葉は意外だった。
どういう心境の変化なのかな、と思った。彼女にとって目下最大の悩みはおばあちゃんのことではあったが、いくら悩みを聞いてくれるとは言ってもこの場でおばあちゃんの困った行状をあげつらねて同情してもらっても会話は盛り上がるはずはないし、お互いに楽しめるはずもないし、何よりも桐子はおばあちゃんとのことを何時間かでも忘れて精神的にリフレッシュするためにここに来ているのだから、その話は絶対に避けるべきだと瞬間的に思った。
では何を話したらいいのか。そこで桐子は急にある些細な事件を思い出した。
「あのね、悩みとは違うんだけど、今日とってもとっても悔しいことがあったんだけど、聴いてくれる?」
「もちろんさ。さあ、どうぞ」
「午前中にスーパーに買い出しに行ったの。今日と明日、明後日くらいまでの食事に必要なものを買っていたの。野菜とか、卵とか、果物とか、魚とか、納豆とか。で、普通は健康のこととか考えてお菓子とかは買わないようにしてるんだけど、あんまり好きなお菓子を我慢してると人生つまらないな、って思うから、たまーに買って美味しく味わって食べて、生きている喜びをかみしめるのよ」
「いいんじゃない。同感だね」
「で、今日は食べようって決めてお菓子のコーナーを見てどれにしようかと迷っていたわけ。私は洋菓子も好きだけど、和菓子の方がカロリーが少ないような感じがするから、なるべく和菓子を優先してるわけ。
まあ、クリスマスやバースデーはケーキだけどね。シュークリームやロールケーキの魅力にも負けそうな時があって、実際その魅力に抗し難くなって本能的に買って食べちゃうことも時にはあるんだけどね。それはともかくとして、和菓子も魅力的なのがいろいろあって悩んじゃうわけ」
「夏目漱石は、世の中で最も美しい菓子は羊羹だって書いてたね」
「そう、羊羹も表面がツルツルで美しくて美味しいわよね。あっ、私ね、特に小豆が好きな人なの」
「こしあん派?それとも粒あん派?」
「私は小豆が大好きだって言ったでしょ。それは取りも直さず粒あん派ってことよ」
「小豆が好きイコール粒あん派って決めつけすぎ、というか偏見なんじゃない?」
「そんなことどうでもいいの。それでね」
いつも静かにニコニコして桐山の話を聴いている桐子がだんだんエキサイトして別人のようになってきたので彼はやや驚くと共に、彼女の新たな一面を見て好ましく思いながらも、
「話が盛り上がってきているのはとっても楽しくていいと思うんだけど、そのどこが悔しさとつながるの?」




