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10 音楽を楽しもう

ばあちゃんの気晴らしの一つはピアノだ。


おばあちゃんは人生において今まで一度もピアノを習った事はない。桐子の母、つまりおばあちゃんの娘が小学生の時から弾いていた普通のアップライトのピアノを、お嫁に行くときに置いていったのをいつのまにかおばあちゃんが見よう見まねで自己流で毎日少しずつ弾くようになり、20年位が経つ。


おばあちゃんが弾いている曲は

「柱の傷は一昨年の〜」とか

「頭を雲の上に出し〜雷様を下に聞く富士は日本一の山」などといった一昔前の小学校の音楽の時間に歌っていたような曲ばかりだが、時々つっかえつつもなかなか様になっているのだ。


おばあちゃんはピアノを弾く前には必ず

「これからピアノを弾きたいんだけど、いいかな?うるさくないかな?迷惑じゃないかな?」

と聞いてくる。


認知症ではあっても、こういったことに心配りができるのは素晴らしい。桐子は正直言っておばあちゃんのピアノが聞こえてくると不思議と心が和むのを感じていて、無意識のうちに楽しみにしているようなところがあるので、いつでも優しく

「もちろんいいわよ。いつでも好きな時に弾いていいのよ。おばあちゃんのピアノ大好きだから」


おばあちゃんを傷つけないように気を使って言うのではなく、本音でこのように言えるのが嬉しい。


かの名指揮者で名作曲家でもあるレナードバーンスタインは、音楽はとにかく楽しむものだというようなことを日頃から力説していたということだが、音楽はコンクールで賞を取るようなすごい人たちだけのものではなく、上手い下手は関係なく、演奏している本人が楽しみ、聞いている人たちも楽しませるものなんだろうな、と桐子は思っている。


 桐子は一番話をしたいのは桐山だが、元来話をするのも聴くのも好きな性格なので、経験を積むにつれて他のお客さんとの会話も楽しめるようになってきていた。


中には嫌なことを言ってくる人もいるが、大方は楽しく話せる人たちだなと思う。


今夜は桐子は角田さんというお客さんと話をしている。彼はアマチュアのジャズバンドでサックスを吹いている人だ。


桐子はクラシックだけでなくジャズも好きなので、ビル・エバンス、セロニアスモンクなどミュージシャンの話で盛り上がっていた。


そのまま何時間でも話し続けられそうなくらいエキサイティングな会話になっていたのだが、急にママさんから別のテーブルに行くように言われた。


楽しいとは言っても仕事なので、こればかりは仕方がない。言われたテーブルに行くと、そこには桐山さんがいた。さっきまで真奈ちゃんと盛り上がっていたので、きっといつものように人気者の真奈ちゃんは他のお客さんにリクエストされたということなのだろう。

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