③神の領域
ゲームでは、王子ユーリスには婚約者のエルティナがいた。
けれど隣に居たのは、現世記憶のあるユニアミ。転生者。
『そう、リセが戻った世界の少し未来に生きたユニアミの前世記憶。それがゲームであり、その知識がこの世界の人々を救う事に繋がる。全てに意味があるなら。この世界は消滅ではなく…………』
あぁ、これは魔法なのか。
ループで何があったのか。聞くよりも。
百聞は一見に如かず。確か、そんなことわざがあった気がする。
目覚めると、そこは自分が普段使用していたベッドの上。
手は震え、全身を伝う汗。熱が奪われるような寒さ。
思い出せるのは、手を伸ばした先に居る婚約者と聖女。
仲睦まじく寄り添い。自分に向ける婚約者の視線は鋭く、怒りの表情で。
声を張り上げて告げる。婚約破棄と、断罪の言葉。
否定する間もなく、そこで意識は途切れた。
一体、自分の身に何が起こったのか。
「お嬢様!あぁ、目覚めたのですね。」
ベッドで身を起こした私を見つけ、侍女が歓喜の表情で駆け寄る。
婚約破棄された私に。
まだこの家にとって、私の価値などあるのだろうか。
あんな断罪を大勢が目にし、噂もあっという間に広がっただろう。
「そうだわ、皆に知らせなければ。主治医も呼んで……」
取り乱し、慌てて走り去る侍女に問う時間もなく。
私はあの後、気を失ったのだろうか。
しかし何か違和感がある。
汗を拭おうと、手をこめかみに当てると髪の毛先が腕に触れた。
横髪が短い。血の気が引くのが自分でも分かる。
髪を切られてしまった?いつ。どうして。
理解できない状況に言い表せない恐怖。
ベッドから降り、鏡の前に走って向かう。
化粧台の鏡。目にしたのは幼い顔の私。
手を両頬に恐る恐る。指先が触れる感覚。
込み上げた感情に伴う叫び声が、部屋に響いた。
……私は時を遡ったのだ…………
これは何度目だろうか。
王との謁見。
「エルティナよ、今回は記憶があるか?」
「はい。幾度となく繰り返した記憶があります。リセ様はいない。繰り返す原因は私。偶然見つけた星形の石。それに願ったのです。やり直したいと。」
「やはり。女神レイラリュシエンヌ様の加護を受けたのはエルティナ、そなたであったか。」
「それでも私は聖女ではありません。リセ様以外の誰かを聖女と認めることなど、出来ません。」
「聖女リセがこの世界に来ることは、二度とない。一度、この世界の犠牲になったのだ。それを救ったのも、エルティナの願い故。もう繰り返す必要などない。間違いを犯したのはユーリス。悔いている。繰り返す度に。許してやってくれないか。」
私は首を振る。
許すなど。私の犯した罪の方が、余程。
「私に出来ることをします。ユーリスには、相応しい女性が現れました。聖女リセ様の意志を継ぎ、未来を回避した女性。私に救えなかった国民を救ったのです。」
「ユニアミが転生者だと知っていたか。」
「リセ様に近い存在だと思いました。未来を回避したのですから。それから何度目かに、魔法使いマリーが言っていたのを聞いたのです。召喚。転移。転生。前世。神の領域。私は、女神レイラリュシエンヌ様の加護を受けたのではありません。魂に触れたのです。自分の願いを叶えてしまった。その結果が……」
私の死を回避し、リセ様の死を回避したとはいえ。
繰り返す意味は。もうない。
「エルティナよ、希少な双子を覚えているか。」
「……ガーネットとオリアンヌ。魔王討伐に参加したのを記憶しております。」
「前回、勇者ジークハルトから報告を受けたのだが。女神レイラリュシエンヌ様の加護の生まれ変わりが、オリアンヌだと判明した。」
聖女の適性者。オリアンヌが。
「しかし、彼女は。」
魔法を使う事を減らし、剣技に没頭していた。表情も無く。
姉、ガーネットを守るように。常に。
「では、姉の。双子の姉のガーネットは何者ですか。」
「勇者ジークハルトが言うには、ガーネットとジークハルト。オリアンヌと、ユニアミの兄ロレインは。天使から人に転生した者たちなのだと。……オリアンヌは女神レイラリュシエンヌ様であり、ロレインは魔王と呼ばれるリューテサッセウス。しかし、魔王は別にいる。もう人知を超えた領域なのだ。それが今回、どう影響が出るのか未だに分からぬ。」
王は頭を抱え、過去に戻って若返っているはずなのに。
心労なのか老けて見えた。
神の領域。私は触れてはいけないものに触れてしまった。
前に聖女は生贄だと、魔法使いマリーが言っていた。それは。
「わかりました。今回、私が聖女になりましょう。決して逃げません。魔王討伐に向け、私がこの世界を人として。担うはずだった国民の為に命を掛けます。進んで生贄になりましょう。今回で最後。必ず、終わらせてみます。この世界を救うのは私エルティナ。回避した死をもって、この世界の為に死にましょう。」
私の決意。
これが神の領域だと言われても。
この世界で生きているのは私達、人だから。
例え滅んでも、消滅するにしても。
最後まで諦めずに、抗ってみせる。この世界の為に。




