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01 ズタボロの令嬢を拾った。

「お嬢様! お逃げください!!」


 剣を抜き構えた騎士が叫ぶ。


 向き合うのは薄汚れた身なりの賊。

 顔を隠す布に遮られ正体を見ることは難しいが、構えた剣が月光を弾きわずかにその姿を晒していた。

 他に賊の姿はない。

 だが騎士は気が付いていた。

 相対する賊──否、刺客の実力は己を優に超えていると。


 殺せば勝ちの暗殺者。

 傷一つ許されない護衛。


 状況は最悪だった。 


 護衛対象が一人、護衛が二人。

 馬を潰され振り切ることは難しい。

 二人がかりで挑んで勝てるか。

 戦っている最中に新手が来たら詰む。

 この闇夜の中に他にも潜んでないとは限らない。


 ならば──騎士は即座に判断を下した。


「イングリッド! お前はお嬢様をお連れしろ!」

「──っ、承知! お嬢様!」

「あっ……! ま、待って、アダムが──!」


 護衛の一人、イングリッドは意図を理解し承諾。

 即座に護衛対象を抱き、剣を抜いたまま森の中へと溶け込んでいった。


(こんな状況でも、俺達護衛を案じるとは。まったく……)


 己はここで果てる。

 そのことに悔いはなかった。

 幼い頃から見てきた貴族令嬢。母親譲りの美しさに侯爵家伝統の貴族教育も完璧にこなし、いずれは王太子妃の頼れる友人にと望まれているほどの優秀さ。


 そしてその立場に驕ることなく公の場では侯爵令嬢として振る舞い、私を出していい場所では心優しくユーモアに溢れる愉快な娘だった。


「なるほど。ああいうお嬢さんか」


 刺客がポツリと呟くいた。


「……貴様のような暗殺者には、指一本触れさせんぞ」

「安心しろ。苦しませるような趣味はない……っと。すまんすまん、俺はここら辺を根城にしてる山賊だからな。愉しませてもらうのが目的だ、勘違いするなよ」

「抜かせッ! 我らはファブアイル侯爵家直属護衛! 賊に遅れをとるわけには、いかんのだッ!!」


 だが、騎士アダムの脳裏には最悪の想定があった。


 トラブルによる護衛不足。

 薄暗い森を通過し逃げなければならない状況。

 そして腕利きによる襲撃。


 学園(・・)での騒ぎから始まったこの流れは、仕組まれていたのではないか、と。


 王太子がいるパーティーで騒ぎを起こす大胆さ。

 逃走経路を絞らせ、的確に刺客を配置する知謀。

 外交官を務める侯爵が不在であり、なおかつ親族ですぐに連絡が取れる者が皆遠く離れた地に手配されていたこと。

 これら全てが繋がるとすれば──なんとしてでも、令嬢だけは隠して逃さねばならない。


(頼むぞ、イングリッド……!!)






 世界は無情だ。

 物心ついた頃に母と兄を失ってからそう感じるようになった。


 だから、せめて自分だけは他者を救えるようになりたかった。


 そのための力が手に入る環境があった。

 努力して、磨き上げて、少しずつ手の届く範囲を広げた。

 決して全てを救えはしないけれど、出来る限りの不幸を取り払ってきた。誰に言われようと、そこだけは曲げることはなかった。


 だけど──やっぱり世界は無情だった。


「……お嬢様。ここからはお一人でお逃げください」


 護衛騎士、イングリッドが言う。


「……どうしても? 貴女は一緒に来れないの?」

「……優しいあなたのことだ。わかっているんでしょう」


 わかっている。

 その通りだ。

 私が死ねば二人の犠牲は無駄になる。だけど逆に言えば、私が生き残りさえすれば二人の犠牲は無駄にはならない。


 冷静に、公平に、そして貴族的価値観をもとに考えれば、論じるまでもない。


 護衛の二人を盾にして、なんとしてでも逃げ延びる。


 それが私に課せられた役目であり、義務だ。


 ──私の護衛騎士は、ずっと一緒だった。


 アダムは私が生まれた時から仕えていて、娘のイングリッドも側仕えと護衛騎士を兼任してくれている。母を亡くし塞ぎ込んだ私を友人として励ましてくれて、娘のように思っていると言ってくれて、本当に嬉しかった。父が二人いるようで、姉が出来たようで、ずっと、家族だと思っていた。


 父と同じ、私にとって大事な人。

 この人たちを守れるようになりたくて、少しでも不幸から遠ざけたくて、だから必死になってやってきた。


 なのに──私は、本当に大切なものは何一つ守れない。


「……短刀はお持ちですか?」

「ううん。会場に持ち込めなかったから持ってないの」

「ではこちらを。いざという時は……」

「ええ、わかってる。私とて貴族令嬢ですもの。辱められるくらいなら、自分で死にます」


 差し出された短刀を受け取る。

 イングリッドも女性なのに、彼女は私に渡してくれた。友達なのに、姉のように思っているのに、この人のことを助けることができない。


 貴族なのに。

 王族を除いて最も偉いのに。

 私には、力がない。


「森を進めば子爵領に入ります。ですが……」

「ディートおじさまかお父様に直接会うべきよね」

「はい。誠に残念ですが、どこまで息がかかっているかわかりません」


 この襲撃が偶然じゃないことくらいすぐにわかった。

 卒業パーティーで叩きつけられた婚約破棄、その後繰り広げられたバカげた茶番。平民上がりの女に群がる令息達が利用されたのか、あの中に主犯がいるのかはわからない。


 ただ少なくとも、これは事前に計画されていたものであり、目的は──ファブアイル侯爵家の弱体化。


「……最後に、お嬢様」

「なにかしら」

「貴女にお仕えできて光栄でした。どうかご無事で」

「──騎士イングリッド。大義でした」


 短刀を手にドレスの裾を切り裂く。

 サクサク断ち切ったそれらを捨て去って、一目散に走り出した。


 さようなら、私の良き友人。

 さようなら、家族のように思っていた人。


 涙はない。

 溢れんばかりの感情であったとしても、泣いている暇も余裕もないのだから。


 ────そうして、逃げて、逃げて逃げて、逃げ続けた。


 逃げる宛もないのに。

 暗闇の中を、ただひたすらに走った。

 冬の残り香も強く、日の当たらない森の中は雪も残っている。足の感覚がなくなっても、張ってでも進み続けた。

 枝が刺さって怪我もした。

 足は切り傷と擦り傷、そして刺さった枝を抜いて出来た穴が空いてる。

 手も霜焼けと凍傷で痛いし、痛すぎて感覚もわからなくなった。


 それでも逃げた。


 あの二人の犠牲を無駄にしてはならない。

 今ここで私が死んでは、全てが無駄になる。


 それだけは、絶対に許せない。

 そう心に誓って、絶対に生き延びてやると思って、こんなことを仕組んだ何者かを、酷く恨んで。


 ──意識が朦朧とする。


 とっくに歩けなくなって地面を這いずってる。

 腕の力をこめるのも限界で、無理やり体を引きずった。

 行かないと。

 逃げないと。

 進まないと、もっと、遠くへ。


 喉も乾いた。

 声を出すこともできない。


 私は、逃げないと。

 生きて、お父様に、会って。

 真実を、全部、お伝え、しないと……。


 ……………………。


 …………。


 ……






「今日も誰も来てないな、と……」


 入り口に建てたプレハブ小屋で監視カメラの映像をチェックする。


 不法侵入にそこまで厳密に対処する気はないが、田舎で人気のない山の中だ。

 反社会的行為に使われても責任を問われることはほぼないそうだが、自分の土地でそんなことをされるのはいい気分ではない。


 ちょっとした小金もあったことで気前よく導入した監視カメラは、今のところ自然動物観察が目的のものになっている。


 熊とか映ってたら笑えないが、せいぜい猪だ。

 なんなら鹿や外来種の方が多いので、引っかかった獲物は食卓に並ぶ日々。そのうち野食系ヨウチューバーになれないかなと目論んでいたりもする。


 しかし、今日は今のところ獲物はいなさそうだ。

 いくつかある監視カメラを確認するが変わった様子はない。今日の食卓には冷凍の猪肉が並ぶだろう。


 最低限の餌だけ入れて、今日は引き上げよう。


 そう思い監視カメラの映像を飛ばし飛ばしに確認していると、一瞬、違和感のある映像が写り込んだ。


「…………ん?」


 見間違えかと思い映像を戻す。


「…………んん?」


 映像の端。

 微妙に写り込んでいるそれは、本当に端っこだからよく見えないが……。


「……え。…………人?」


 手、だろうか。

 腕らしきものが見えて、力無く地面に倒れるそれは、人の手だった。


「…………侵入してる形跡ないよな?」


 念の為もう一度確認するが、どこにもない。

 そもそも野生動物の気配すらない。

 こんなことは珍しい。


「……フゥーッ…………」


 小屋の中に備え付けの鉈を取り出す。


 猟銃も……念の為、持っていこう。

 熊はまだ未発見だが、遠くからやってきた可能性もある。

 最悪、山の中で鉢合わせだ。もし怪我をして倒れ込んでいるだけだった場合、すぐに発見できれば間に合う可能性も否定できない。


 それに──人が侵入した形跡は、本当にないのだ。


 監視カメラの穴はほぼない。

 断崖絶壁から登られたらお手上げだが、おそらくはそうじゃない。


 疑問と不信はあるが、行かない理由はなかった。


 小屋を出て、いつもより警戒しながら山の中に入る。


 時刻は正午。

 そんな大きい山でもない。

 勝手知ったる標高100m程度の小山だ。


 動物の気配もわかるようになった。

 車が入れるような道はないが、自分で進んでいくちょっとした歩道くらいは作ってある。


 監視カメラの番号を頼りに進んで、およそ二十分程度。


 そこを一方的に見れるちょっとしたポジションに位置取って猟銃のスコープを覗き込んだ。


「……いない。でもあれはやっぱり……」


 自然動物の痕跡はなかった。

 俗にいう防衛痕のように現場が荒れているわけでもない。

 ただ、やはりというべきか、まさかというべきか。

 先程監視カメラの端に写っていたものは、人で間違いなかった。


 警戒しつつ近づくが、他になんの気配もない。


 そのまま人の倒れている場所に辿り着き──その姿を見て絶句する。


 血で染まった両手足。

 傷だらけで動かないが、爪にまでギッシリと詰まった土がどれだけ過酷な目に遭ったのか物語っている。


 纏めていたのか、長めの髪も散らばってる。

 日本人には見えない黄金色の髪──だが、それは今、汚れて燻んでいる。


 そして、最も脳を混乱させたのは、その服装。


 スコープで軽く見た時、どういう服なんだと思った。


 わからなくて当然だ。

 なぜなら、倒れ込んでいる()の服装は、日本じゃ滅多に見ないドレスなのだから。


 膝あたりからバッサリ歪に断ち切られたそれは、紛れもないドレスだった。


「は、え、…………あ、ええ!?」


 絶句し立ち尽くしていると、倒れ込んでいた女の身体がほんのわずかに動いていることに気がつく。


 背中の上下。

 つまり、息をしている。


「や、やば……! おい! 大丈夫か!?」


 揺するのはまずいとなんとなく聞いていたので声をかけるが返事はない。


 気を失っている。

 生きてるとわかった以上放っておくわけには行かない。


「ごめん、触るぞ……」


 こんな状況で躊躇っている暇なんてない。


 うつ伏せだったのを仰向けにする。

 肌は土埃と汗で汚れ、ドレスもボロボロで下着が見えてる。

 当然そんなことを気にする余裕もないが、自分のジャケットを脱いで袖だけ通させた。


 横抱きは危ない。

 なんとか位置を調整して背負って立ち上がる。


「軽っ……」


 想像していたよりも軽い。


 これなら山を降りるのも苦労しないぞ。


 そして、確かに感じる暖かさ。

 まるで冬に野晒しになっていたような冷たさだが、鼓動を感じる。


「がんばれ! もう大丈夫だからな……!」


 そして出来るだけ揺らさないように、藪を掻き分けて下山していった。


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