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無口な彼女は分からない。

作者: 石田彩真
掲載日:2025/11/24

 昔から不思議と人の機微に敏感だった。

 と言っても心が読めるとかではない。

 ただ、雰囲気や声の加減、息遣いで相手の考えを読み解いてしまうことがあったのだ。

 第六感ってのが一番しっくり来る。

 中学生二年の頃、クラスメイトが教室で言い合いをしてたことがあった。

 なんでも彼の方が浮気をした、してないと割とどこにでもあるような喧嘩。

 普段の俺なら無視していただろう。

 けど、前日の寝不足で鬱陶しくなり、つい口を出してしまったのだ。

 しかも当事者しか知らないことを口にする形で。

 喧嘩の中で彼氏がなんの嘘を言ってたのか全て見抜いてた俺はそれを露呈させ、彼氏を追い詰めた。

 結果から言うと彼氏の方が謝罪しその二人は別れたのだが、その現場を見ていた一部のクラスメイトが俺を気味悪がり始めた。

 ──あいつ人の心読めるのか?

 ──詮索して気持ち悪い。

 そんなことを思われていたのだろう。

 それから親しく話していたクラスメイトにも距離を置かれ、俺が孤独になるのに時間は掛からなかった。

 まあ、それがいじめに発展とかは無かったし、遠巻きに見られる嫌な視線はあったが一人の時間も嫌いではなかったから問題はなかった。

 それでも密かに好意を寄せていた同級生に言われた一言は流石に忘れられない。


 ──もう私に話しかけないで。心を覗かれてるみたいで気持ち悪い。


 こうして俺は本格的に独りでいることを選んだ。




× × ×




 高校二年に進級し、ようやく一学年上がったことを実感し始めた頃、クラスに転入生がやって来た。

 名前は涼白花奏。

 日焼けなんて全く知らなそうな白い肌。それをより強調させるのが、漆黒の瞳と透き通るような黒髪。

 顔のパーツがこれ以上ないくらいの絶妙なバランスで、十人が十人見惚れてしまうほどの美しさ。

 現に俺含め、クラスの男子全員彼女に注目していたことだろう。


「お前ら静かにしろ、質問とかあれば休み時間にでも聞け。涼白はまだよく校内を知らないからな……今日の日直、案内とか諸々頼んだぞ」


「……いや、何でですか」


 見惚れはしたが、どうせ関わることはないと思った瞬間指定された。

 運が良いのか悪いのか、今日の日直は俺である。

 ちなみに本来二人いるはずなのだが、今日は体調不良で相方がお休み。俺一人で日直仕事全てをこなさなくてはならない。

 だというのに面倒ごとが一つ増えた。

 反論しようと席を立とうとすると、いつの間にか転入生──涼白が俺の前までやって来ており、ぺこりと頭を下げた。そして空いていた隣の席に腰を下ろした。

 周りの男子共は羨む視線。

 機微を読み取らなくても怨嗟の感情がひしひしと伝わってくる。

 俺はため息を吐きつつ椅子に座り、諦観することに決めた。




× × ×




 一限、二限、三限、の休み時間、始終涼白の周りにクラスメイトが集っていた。

 そして四時間目終了とともに昼休みにも群がり始める。主に男子たちが。

 大半の男子が昼ご飯に誘ってるのだろうが涼白はただ真っ直ぐ虚空を見つめているだけだった。

 その顔をつい凝視してしまう。

 ……なんだろう、この違和感。

 なんか心にぽっかり穴が空いた感じ。それを埋めようにもピースがどこにも見当たらない。

 それを無理矢理意識から外し、鞄を手にする。

 そしていつも昼食を取ってる場所に向かうため教室を出る……前に、涼白に声をかけた。


「そういや昼休み、先生が用事あるらしくて生徒相談室で待ってるってよ。時間かかるかもだから弁当持ってこいだってさ」


 それを聞いた涼白はこちらに顔を向けた一瞬の硬直の後、頷き、弁当を取り出して席を立つ。

 俺が歩き出すとその後ろをついてくる気配があった。

 クラスメイトの殺気はとりあえずスルーして、この後どうしようかと考えながら歩き出す。


「…………」


 涼白は自然と俺に並んだ。

 チラッと横顔を窺うと小顔でお人形みたいで可愛らしく、皆んなが仲良くしたくなるのも頷ける。

 ……けどおかしい。そういえば彼女の声まだ一回も聞いたことない気がする。

 いくらクラスメイトが騒がしいとはいえ、席が隣なんだから声くらい聞こえても良いはずだ。

 それなのに俺は耳にしていない。

 ということは彼女は一言も喋ってないことになる。

 それなのにクラスメイトが話しかけまくってたのは滑稽だなと思うのと同時、俺が感じた違和感にも気付けた。

 ──涼白のことが分からない、と。

 いやまあ読心術とか使えるわけじゃないから分からなくて当たり前なのだが、雰囲気とかに淀みがない。

 例えるなら真っさらなキャンパスとでも言えばいいだろうか。

 これは俺にとっては珍しいことだった。

 もちろん人の感情は千差万別だから、読みにくい人はいるにはいるが、こうまで何も俺の中に入ってこないのはやはりムズムズする。

 痒いところに手が届かないとかそんな感じで。

 そんなことを考えていたら気付けば俺がいつも昼飯を食べている校舎裏の非常階段下まで辿り着いてしまっていた。


「あ、いや……、先生が呼び出しがあったってのは実は──」


 嘘なんだ、と事実を口にしようとする前に涼白は座って弁当を広げ始めた。

 そしてポンポンと隣を叩いてくる。


「俺も座るのか……?」


 小さく頷く。

 まあ元々ここで弁当を食べるつもりでいたので抵抗することなく隣を失礼した。

 普段は親が忙しいから俺の弁当は中学二年生の妹が作ってくれている。

 俺の秘密を知ってる唯一の人だ。

 それを知った上でアイツはお兄ちゃんお兄ちゃんって構ってアピールしてくるから、完全なブラコンなのだろう。

 なんなら俺のそれを利用して無言で物をねだってくるのだからタチが悪い。

 ほんと、よく出来た妹だ。

 そんなことを考えつい口角が緩んでしまったところ、涼白と視線が交わった。


「わ、悪い。ちょっと思い出し笑いをな……」

「…………」


 無言である。

 まあ、流石にここまで反応なければなんとなくは理解した。

 彼女が無口で表情に乏しい子だってことは。

 ただ、俺に着いて来たってことは人の話は聞いてるし、ちゃんと自分の意思を持って行動してる事が分かるからそれは安心した。……誰目線だって話だけども。

 卵焼きを一口かじる。

 甘味が口の中に広がっていき、さすが妹は俺の好みがわかっていると大きく頷く。

 そして半分のカケラを口にしようとした時、隣からツンツンと肩を指差された。


「どうした?」

「…………」


 尋ねると、じっとこちらを凝視していた。

 正確には俺じゃなく、食べかけの卵焼きを。


「……欲しいのか?」

「…………」


 首を縦に振る。

 まあ別にもう一個あるし、あげること自体に抵抗はなかったのでそちらをあげようと考えていると、不意に涼白の顔がこちらに近づいて来た。

 ──はむっ。

 そして俺の箸から卵焼きのカケラが姿を消した。


「……は? いや、えっ……?」


 涼白は口元を抑えもぐもぐしている。

 あっ、リスみたいで可愛いないや違うそうじゃない。

 今涼白は俺の箸から".直接"卵焼きを奪取したわけで。

 つまりそれはいわゆるアレ的な……いやダメだ、考えたら負けだ。

 そもそも涼白とは初対面だし、そういうことを全く気にしない娘なのかもしれない。

 うんうん、たまに漫画とかでもいるしそうに違いない!

 それで無理矢理納得し、しかしこの箸を使い続けていいのか迷って涼白と箸に視線を交互にしていると、彼女は何かに気付いたように自分の弁当からハンバーグを摘み出し、それを俺の眼前へと差し出した。


「…………?」


 首を傾げて食べないの? って聞いているようだった。

 それがまた様になってるから彼女に視線が奪われてしまう。


「…………」

「…………」


 睨み合い、もとい視線が交錯し合う時間が続く。

 少し、ハンバーグを持つ涼白の腕がぷるぷる震えてきた。

 このままじゃ後数秒もしないうちに落としてしまいそうだ。

 それは作ってくれた人に申し訳ない。かと言って要らないって伝えるのは彼女を傷つける恐れがある。

 結論、俺に残された選択は一つだけだった。


「……いただきます」


 言って、口を開けると涼白の持つ箸が口へと差し込まれる。

 あーんされてるやら、間接キスやらで俺のキャパシティがダウン寸前だったが、それでも味覚を最大限働かせると肉汁が口の中いっぱいに広がってきた。


「これ、美味いな」


 率直な感想を伝えたら初めて彼女の感情が伝わってきた気がした。

 ──嬉しい。

 今まで聞こえてなく、急にだったからそれが涼白の感情とかではなく、ただ単に俺がそう思っていて欲しいだけの願望かもしれなかったけれど、若干白い肌が赤みがかってみえたので、俺のセンサーが間違ってないことを告げてくれる。

 ただそれは一瞬のことですぐに何も視えなくなってしまった。


「なるほどな……」

「…………?」

「いや、なんでもない」


 たった数分。されど数分。

 ほんの短い昼休み、少し彼女について分かったことがある。

 彼女は感情表現がかなり希薄なだけで、しっかりと対面で対話してる人と意思疎通をとる意思があるということを。

 クラスでの場合、他の人たちが我先にって感じで独りよがりだったから、涼白はついていけなかった。

 恐らく、一対一での対話ならそうはならなかったことだろう。

 現に、俺とここでやり取りしてる時はほぼ主導権を握られてた気もするし。

 ……まあそれは俺が積極的に会話しようってスタンスじゃ無いからかもだけど。

 とにかく、そんな彼女をもう少し知りたい、と思ってしまった。

 中学の件があってから俺は友人関係を構築しなかったし、今もそれは変わらない。

 けど、不思議と彼女と過ごしているこの時間は嫌いじゃない。むしろ居心地が良い。

 だけど改めて友達になってくれ、とかいうのは恥ずかしすぎる……と自分がそれを言う姿を想像して赤面したところで予冷が鳴り響く。


「やべ、涼白早く残りの弁当……って、いつのまに食べ終わったんだ?」


 涼白は既に弁当箱を片付けており、ティータイムに突入していた。

 俺も残りの弁当をかきこみ、お茶を飲み干し、教室に戻る準備を急いだ。


「……よし、じゃあ戻るぞ」


 涼白は頷いて立ち上がる。

 まあ特に何も伝えなくてもしばらくは案内役で近くに入れるから大丈夫だろう。

 そのうち言えば問題ない。

 これから涼白とは事あるごとにペアやグループを組むことになって親密になっていくのだが、この時の俺はまだそんな事思ってもいなかったのである。

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