第五話
第五話・前半
夕飯の後。
食堂を閉めて帰ってきた両親は、いつものようにぐったりしてソファに沈み込んでいた。
「ふぅ〜、今日もクタクタだわ」
母はタオルで額を拭きながら、テレビのリモコンをぽちっと押す。
父――いや、正確には「継父」の方は、黙ってビール缶を開けた。
そんな二人の横で、私はすっと立ち上がり、自分の部屋に戻ろうとした。
「……あれ?」
母の声が後ろから飛んできた。
「美莎、あんた、ただいまって言ったっけ?」
「……あ、うん」
私の口から出たのは、全然元気のない返事。
本当は「ただいま〜」とか「おかえり〜」って言うのが普通だよね?
でも最近の私は、口数がめっきり減ってしまった。いや、正確には、“考えること”が増えすぎて、口が追いつかなくなったのだ。
母と父は顔を見合わせて、ちょっと首をかしげる。
「なんか……変じゃない? この子」
「そうだな。靴も揃えてないし、手も洗ってないぞ」
言われて初めて気づいた。
え、私、靴脱ぎっぱなし? 手も洗ってない?
なんか……完全に“日本人モード”忘れてるじゃん!
内心めっちゃ焦ったけど、顔には出さない。
だって、出したらもっと怪しまれるし。
夜十時。
両親がようやく寝室に引っ込んでいった。
リビングには、私と義兄の透だけ。
こいつがまた、めんどくさいんだ。
「なぁ、美莎」
ソファに寝転びながら、透がニヤッと笑う。
「おまえ、最近、なんかおかしくね? ロボットにでもなったんじゃないの?」
「は? 何それ」
私はムスッと返す。
「じゃあさ、証拠を見せろよ」
透は私がトイレに行こうとした瞬間、後をつけてきた。
そして私が入った途端、外からガチャッと鍵をかけやがった。
「ちょ、ちょっと! 透!」
ドアをガンガン叩く私。
「おーいロボット美莎、開けられるもんなら開けてみろよ〜!」
くっそ、マジで性格悪い。
……でも。
今の私は、昔の“泣き虫美莎”じゃない。
深呼吸して、ドアの向こうに意識を集中させる。
“カチッ”
ほんの数秒で、鍵は勝手に回った。
ドアを開けて飛び出した瞬間、透の顔が固まった。
「えっ……は? 今……俺、鍵……閉めたよな?」
「知らないけど?」
私は知らんぷりしながら、わざと肩をすり抜ける。
心臓はバクバクしてたけど、なんかスカッとした。
リビングに戻ってみると、透はまだポカーンとしていた。
でも次の瞬間には、また意地悪そうに笑う。
「なぁ、美莎。おまえ……ほんとに人間?」
「うるさい!」ある晩。
夕飯のあと、私がテレビも見ずに黙ってノートに何かを書き込んでいたら、母と父(義父)がこそこそ相談を始めた。
「なぁ……やっぱりおかしいんじゃないか?」
「うん……最近ほんとに笑わないし。靴も揃えないし。まるで……」
「……ロボット?」
いやいや、聞こえてるから!
そこへ義兄の透が帰ってきた。高三で、部活帰り。汗臭いまま冷蔵庫を開けて牛乳をラッパ飲みしながら、私をじーっと見る。
「……おい美莎、おまえ。最近ほんと動きが機械みたいだぞ?」
「は? 別に普通だけど?」
私はペンを握りしめながら答える。
「普通じゃねーよ。昨日、玄関の靴、左右逆に置いてただろ」
「……あれは、わざと。芸術。」
「芸術!?」
母と父が青ざめる。
「やっぱり……先生呼んだ方がいいかもしれないわ」
こうして翌週――我が家に“家庭訪問ドクター”がやってきた。
その先生は、いかにも「お医者さまです」って感じの真面目そうなスーツ姿。
でも肩にはちょっとしたカバン一つで、なんか家庭教師にしか見えない。
「どうも、佐藤さん。往診依頼をいただきました鈴木クリニックの鈴木です」
父があたふたしてお茶を出し、母は「すみませんね〜こんなこと頼んじゃって」ってペコペコしている。
で、私はソファに座らされて、三人+先生に完全に取り囲まれた。
なんだこれ、家庭裁判所か!?
「えっと……じゃあ少し質問させてもらいますね」
先生はノートを開いて、私にやさしく微笑んだ。
「最近、夜はよく眠れていますか?」
「……うーん、まあまあ。夢の中で縄文時代に行っちゃったりしますけど」
先生のペンが止まった。
母「あの、夢ですからね、夢!」
「縄文!? 土器!?」
「では、学校は楽しいですか?」
「えーっと……楽しい……と言えなくもない……けど、
どちらかというと“他人の観察”の方がメインですね」
「観察……?」
先生が首をかしげる。
「はい。クラスメイトを見てると面白いです。
“人間はなぜこんなにも集団行動をしたがるのか”とか。
“なぜお弁当をわざわざ一緒に食べるのか”とか」
透「おまえ、それ完全に研究者目線じゃねーか!」
父「……観察対象って」
母「やっぱりちょっと変よね!?」
「じゃあ……将来の夢は?」
「将来の夢……? うーん……」
少し考えてから、私は答えた。
「世界を支配できるぐらいの知恵袋になりたいです」
一瞬、部屋の空気がフリーズ。
先生「し、支配……!?」
母「ち、違うんです、この子冗談で……!」
透「やべぇ、ラスボスのセリフじゃん……」先生はちょっと困ったように咳払いをした。
「えっと……じゃあ次の質問です。最近、食欲はどうですか?」
「食欲……?」
私は少し考えてから、胸を張って答えた。
「はい、めっちゃあります! この前なんて夜中の二時に急にお腹が空いて、冷蔵庫の中身を全部チェックしました!」
「全部!?」
母が悲鳴を上げた。
「ええ。卵もハムもプリンも。で、ついでに兄貴のカップラーメンまで」
「おい、それ俺の晩飯だったやつだろ!」と透が即ツッコミ。
「だって私、超お腹すいてたんだもん。あと、あの味噌ラーメン美味しかった」
先生のペンがまた止まる。
父が額を押さえ、母は「すみません、すみません」と謝っている。
「……なるほど。では、ご家族との関係は?」
先生が質問を変えた。
私は一瞬キョトンとして、それから正直に答える。
「うーん。お母さんとはまぁ普通。お父さん(義父)とも、まぁ普通。
でも――兄とは敵対関係です」
「敵対関係!?」
先生が思わず声をあげた。
「はい。冷蔵庫の食べ物をめぐる戦争をしています」
透父「……まぁ、事実ではあるな」
先生はノートに「兄=敵?」と書いて、首をかしげる。
さらに先生は続けた。
「では……最近、強いストレスや不安を感じることは?」
「ストレス……そうですね……。
あ、あります! 兄が夜な夜な私のプリンを勝手に食べることです!」
「おまえだろ! 俺のプリン食ったの!!」
透がテーブルを叩いて立ち上がる。
「いやいや、先に食べたのは兄の方でしょ!」
「はぁ!? 証拠あんのかよ!」
「証拠は胃袋に聞いてください!」
先生は完全に呆然。母は「ああ、もう恥ずかしい……」と頭を抱える。
ここで先生が最後の質問を投げてきた。
「では、美莎さん。あなたは今、自分をどう思っていますか?」
私は一呼吸おいて、真面目に答えた。
「私は……今、人類の進化の途中にいると思います」
「進化!?」
父が椅子からずり落ちそうになった。
「だって、頭の中に色んな声とか知識があるんです。
縄文時代の暮らしとか、古代ギリシャの哲学とか……」
透「おい、やっぱりロボットじゃなくてタイムマシンなんじゃねーの!?」
「いや、私はただの女子高生です! 進化系の!」
先生はノートを閉じて深くため息をついた。
「……結論から言います」
真顔で告げる先生に、家族全員がゴクリと息をのむ。
「美莎さんは――健康です」
「えっ!?」
「特に精神的な病気の兆候も見られません。
ただ……少しユニークすぎるだけですね」
母「ユニーク……」
父「……つまり変わってるだけか」
透「いや変わりすぎだろ!」
診察が終わったあと。
先生が帰った瞬間、母と父は脱力してソファに倒れ込んだ。
「もう……心配させないでよ、美莎」
「そうだぞ。せめて靴ぐらい揃えろ」
透はまだ納得してない顔で、私をじっと睨んでいた。
「なぁ。ほんとに何も隠してないよな?」
私はニヤッと笑って、冷蔵庫からプリンを取り出した。
そして兄の目の前で、わざと一口食べてやる。
「……進化した女子高生に、兄貴なんか敵うわけないでしょ?」
透「くっそーーー!!!」
母「こらぁ! ケンカするな!」
父「プリンくらいで……」
その夜、佐藤家のリビングには、またドタバタとした笑い声が響いていた。
ここまで読んでくれて、本当にありがとう〜!
ちょっと変な佐藤美沙ちゃんのお話、クスッと笑ってもらえたら嬉しいです。
感想とか「ここが好き!」ってコメントもらえると、めちゃくちゃ励みになります!
ブックマークや☆評価もポチッと押してくれたら、泣いて喜ぶからよろしくね〜!