第4話 「夜の冷蔵庫とイタズラ兄」
病院を出て、しばらく学校に復帰して、なんとか日常を取り戻した――つもりだった。
でもね、家に帰るとぜんぜん違うの。
まるでスイッチが切れたみたいに、体が急にふにゃ~ってなる。
あれだけ学校では反射神経バリバリで黒板消しキャッチまで決めた私が、家の玄関くぐった瞬間に「やる気スイッチどこですか?」状態になるなんて、ちょっと情けない。
「ただいまー」って声を出すけど、返事がない。
まあ、うちの両親は夜遅くまで食堂やってるから、帰ってくるのはだいたい23時過ぎ。
だから家には、だいたい義兄の透しかいない。
リビングの電気は半分だけ点いていて、テレビではお笑い番組が流れてる。
透はソファにだらーんと横になって、ポテチ食べながら爆笑してる。
ほんとこの人、大学生なのに全然頼りがいゼロ。
「おかえり、美沙。…って顔色わるっ。大丈夫?」
「うん、まあね。なんか眠くて…」
「お、ついに廃人モード突入か」
透の口調はいつも軽い。
でも、ほんとに体が重いんだよ。ランドセルじゃないけど、カバンを置いた瞬間にベッド直行コース。
私の部屋は二階。階段をのぼる足が鉛みたいに重くて、部屋にたどり着くともう、制服も脱がずに布団にダイブした。
――ああ、なんだろう。この感じ。
昼はやたら元気で、夜はひたすら無気力。
これってもしかして、一万年前の魂の副作用?
「賢者モード」ならぬ「廃人モード」ってわけ?
私は枕を抱きしめながら、心の中でぶつぶつ文句を言う。
でももう頭がぼーっとして、思考はどんどん霧の中へ…。
気づいたら透が部屋に入ってきてた。
「おーい美沙。寝る前に歯くらい磨けよー」
「…むり」
「むりって何だよ。ほら立て」
透はわざとらしくお兄ちゃんぶって、私を布団から引っ張り出した。
私はヨロヨロ歩いて洗面所へ。
歯ブラシに歯磨き粉をつけて口に突っ込んだら――
「おい美沙、それ飲み込むんだぞ」
「え、そうなの?」って素直にゴックンしちゃった。
途端に口の中がミント爆弾。
「ゲホッ、ゲホッ! ちょ、なにこれ! 辛っ!」
透は腹抱えて笑ってる。
「マジで飲んだの!? 歯磨き粉だぞ、それ!」
「はぁ!? あんた嘘ついたの!?」
私は歯ブラシをブンブン振り回しながら抗議したけど、もう遅い。
お腹の奥がスースー冷たい感じになって、涙目になった。
「バーカ、まだまだチョロいな美沙は」
「うぅ…もう信じないから!」
透は結局、タオルで私の頭をガシガシ拭いて、鬼ごっこみたいに逃げていった。
…ほんと、調子に乗りすぎ。
22時半ごろ。
両親が帰ってきた。
玄関から「ただいま~」って声はしたけど、私はもう布団の中で半分夢の世界。
母はちらっと部屋をのぞいて「美沙、寝ちゃったのね」と小さくつぶやき、父は「明日の仕込みもあるし、起こさないでやろう」と。
結局そのまま、私は誰にもかまわれず眠り続けた。
家族がバタバタしている音も、やがて消えていった。
透はまたどっかに遊びに行ったらしい。ドアの閉まる音が遠くで響いた。
そして――夜中。
気づいたら時計の針は12時を指していた。
お腹が……やばいくらい空いてる。
「ぐぅぅぅ~~~」
自分の腹の音で目が覚めるとか、どんなギャグだよ。
私はフラフラしながら階段を下りて、真っ暗なリビングへ。
月明かりがカーテンの隙間から差し込んで、冷蔵庫の銀色の扉をぼんやり照らしてる。
ゴクン。私の喉が鳴った。
冷蔵庫を開けた瞬間、目がキラーン!
まるで宝箱。肉、卵、漬物、カレーの残り、プリン、牛乳…。
「いただきまーす!」
気づいたら私は、ほぼ無意識で食べていた。
唐揚げをバクッ、卵焼きをパクッ、牛乳をごくごく…。
一口食べるたびに体が熱くなる。お腹が全然満たされない。
なんだろうこれ、まるで底なしの胃袋。
「やば、全部食べちゃうかも…」
でも止まらない。冷蔵庫の中はどんどん空っぽに。
気づいたら皿の山。私は口の周りをテカテカさせながら、まだ「もっと…」ってつぶやいてた。冷蔵庫の中身は、ほぼ壊滅状態だった。
カレーのタッパーも空っぽ、卵パックも殻だけ、母が明日のために仕込んでいた漬け魚まで、気づいたら皿の上。
「はぁ~…食べた食べた……でも……」
私はテーブルに突っ伏しながら、腹をさすった。
いや、満腹なはずなんだよ。常識的に考えて。
でも体の奥が「まだまだいけるぞ!」って叫んでる。
(ちょっと待って、私の胃袋どうなってんの? 大食いYouTuberもびっくりでしょ…)
喉の奥がカラカラして、気づいたら立ち上がっていた。
「コンビニ行こ……」
夜中の12時半。
家の前の道はしんと静まり返っていて、街灯がぽつんぽつんとオレンジ色に光っていた。
秋の風が頬をなでる。ちょっと肌寒い。
私はパーカーを羽織って、自転車を押しながら歩き出した。
でも歩きながら、自分でもちょっと笑ってしまう。
(いやいや、女子高生がこんな時間にコンビニ行くとか、完全に不良っぽくない?
でも不良がラーメンとかお菓子食べに行くのと違って、私、ただ「お腹すいた」だけって…なんか情けない…)
頭の中でツッコミながらも、足は自然に動いていた。
商店街を抜けると、遠くに白い光。
そう、コンビニの看板。救世主!
店に入ると、真夜中なのに妙に明るくて、ちょっとホッとする。
冷蔵ケースの中に並ぶサンドイッチ、おにぎり、唐揚げ棒…。
私はカゴを持った瞬間、スイッチが入った。
「これも、これも、これも!」
ツナマヨおにぎり2個、からあげ棒3本、サンドイッチ、プリン、肉まん…。
気づけばカゴは山盛り。
(いやいや、私、いま財布に千円しか入ってないんだけど!?)
レジのお兄さんがじーっと私を見てくる。
「夜食ですか?」って顔。
私はにっこり笑ってごまかす。
「はい、ちょっと夜更かしのお供に♪」
(ほんとは「夜食」じゃなくて「深夜の大宴会」なんだけどね…)
店を出て、袋を片手に公園へ。
街灯の下、ベンチに座ってひとり晩餐会。
「いただきまーす!」
からあげ棒をガブッ。肉汁じゅわっ。
おにぎりをぱくっ。海苔の香りが広がる。
プリンをズルッ。あま~い。
ひと口食べるごとに、さっきのだるさが少しずつ消えていく。
体の奥に眠ってる「一万年前の魂」が、「もっと食わせろ!」って暴れてるみたい。
「私って……もしかして戦士とかだったの?」
「それとも大食いの神様が憑いたとか?」
ひとりでブツブツ言いながら食べ続ける。
完全に変な人。でも真夜中の公園だから誰も見てない。セーフ。
ふと、夜空を見上げる。
星がびっくりするくらい綺麗。
学校ではいじめられて、家では放置されて、ほんとに自分ってちっぽけだなって思ってたけど――今はなんか違う。
「私、変わっちゃったんだなぁ…」
胸の奥で、さっきまで眠ってた“もうひとりの私”が、ちょっとだけ目を覚ました気がした。
でも、次の瞬間――
「ぐぅぅぅ~~~~」
……まだ鳴るのかよ、私のお腹!ベンチに座って、プリンをちゅるちゅる吸い込む。
おにぎりをぱくり、唐揚げをバクッ。
夜の公園は静かで、秋風が吹いて肌寒いけど――私にはそんなの関係なし。
「ふぅ…夜食天国…」とひとりごちる。
でもその静けさは、突如として破られた。
「おい、~、こんな夜遅くにひとりで何してんの?」
声の方を見ると、ベンチの端に立つ数人の影。
暗闇で煙草の煙がふわっと漂って、ヤンキー感マックス。
四人組、どうやら高三くらいみたい。制服の上着を腰でだらーん、手には缶チューハイ、一本煙草が煙ってる。
「え、えっと…」
私、無意識におにぎりを抱きしめる。
でも、妙な予感が体の奥からひゅーっと湧いてくる。
彼らのリーダーっぽい奴がニヤッと笑って、私に近づいてくる。
「、ひとりで夜の公園とか、勇気あるね~。ちょっと遊ぼっか?」
そして、あろうことか――
その手が私の顔に触れようとして伸びてきた。
「ちょ、やめ――!」
でも次の瞬間、体が勝手に反応した。
胸の奥が熱くなり、視界がスーッと鋭くなる。
「え……!? なにこれ……!」
その瞬間、私は理解した。
――一万年前の魂が、今、目を覚ました。
手が触れかけた瞬間、私は動いた。
すごいスピードで体が反応する。
力も、力が強すぎる。
普段の自分ではありえないくらい、体が軽く、でもめちゃくちゃ強い。
「うわっ、ちょ…ちょっと待って!? なにこれ、私……!」
でも考える暇もなく、リーダー格のチンピラの手首をつかむ。
「いやいや、触るとかマジ無理だから!」
その瞬間、指先に力を集中。
「ぐぎぎ……!」
バキッ。
彼の手の指が折れる音が聞こえた。
リーダーは叫ぶ――
「い、いやあああああ!!」
そして次の瞬間、私はその手を振り回して、彼をベンチにぶん投げた。
「えええっ!?」
残りの三人が一斉に私に突っ込んでくる。
でも、体が勝手に避ける、避ける。
ちょっとジャンプして、横にスライディングして…。
まるでアクション映画のヒロイン。
「おお…これが……一万年前の力……?」残りの三人が一斉に私に突っ込んでくる。
「ちょ、ちょっと待てよ!お前…!」
リーダーの叫び声も、もう聞き流す。
体が勝手に反応して、私の足が宙を蹴った。
スッ、と一人をかわして横に回り込むと、バランスを崩したヤツがそのまま芝生にドサッ。
「うわっ!な、なんだよ…!」
次に突っ込んできた二人が同時に私を押さえつけようと手を伸ばす。
でもその手も、スルッとかわす。
まるで自分の体がワイヤーアクション映画の主人公みたいに動く。
「え、ちょっと待って、私、何この力!? 手が勝手に動くんだけど!」
心の中で叫びながらも、私は集中する。
目の前の三人、どんどん近づいてくるけど、体が自然に判断して攻撃と防御を繰り返す。
まず、リーダー格の次の攻撃をキャッチ。
「お前、触ろうとすんなよ!」
指先に力を集中――パキッ。
またもや、彼の手の関節がぐにゃりと音を立てる。
「ぎゃあああっ!」
残りの二人が唖然とする間に、私は片手で彼らを吹き飛ばす。
一人は前転して芝生にコロコロ、もう一人はベンチに頭をぶつけてゴホゴホむせている。
「うわ、なんだこの子…?」
「ま、まさか…!?」
チンピラたちは完全にパニック。
でもまだ諦めない。三人同時に飛びかかってくる。
「ま、まじで止めろよ!」
「やべ、ボコられる!」
私は力をためて――ジャンプ!
足を回転させながら、三人まとめて芝生にドーン。
ゴロン、ゴロン、ゴロン…。
気づけば四人全員が地面に倒れて、もがいている。
息も絶え絶え、手足をばたつかせる。
私はベンチに戻って、おにぎりをもう一口。
「ふぅ…これが…一万年前の私の力…」
背筋がゾクッとする。
同時に、ちょっと笑っちゃう。
「ま、まさか…女子高生にボコられるとは思わなかったぜ…」
「痛…痛すぎる…!」
「ひ、ひでえ…!」
四人の唸り声が夜の公園に響く。
でも私は淡々と、芝生に散らばった彼らを見下ろして、にっこり笑う。
「ごめんね、もう前の私じゃないんだ」
秋の風が吹いて、落ち葉がカサカサ舞う。
チンピラたちは起き上がる気力もない。
夜の公園に私一人、月明かりに照らされながら、静かに呼吸を整える。
「ふふ、やっぱり力って楽しい…」
心の奥で、もう一人の私――一万年前の魂がクスクス笑う。
でも、同時にちょっと怖くもある。
この力、抑えないと自分も大変なことになる気がするから。
ふと振り返ると、遠くの街灯の下にチラリと人影。
「あれ…? 誰か見てた?」
それでも、今は気にせず夜食の続きを楽しむ。
だって――お腹がまだ空いてるんだもん。
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