第八章・対峙
目線:一ノ瀬俊次
叫び声がおさまると、康介は再び黙り込んだ。
「…殺した理由も忘れたか。…わかったよ…」
俺は諦めたように、小さくため息をついた。これ以上言っても時間の無駄だ。右手で握った銃を下ろし、左手でセーフティを外す。カチャリ、という音が、静まり返った部室にこだました。
「…何も喋らなくていい。俺が美雪のもとへ送ってやる。そこで、灰になるまであいつに謝ってこい」
俺はゆっくり銃口を康介に向けなおし、狙いを彼の頭に定めた。
「…美雪の、そして俺の親友、高嶺康介」
彼の名前を呼ぶ。指を引き金にかけ、俺は続けた。
「お前の悪を、悔いろ」
そのとき、康介がふいに口を開いた。
「…そうだ…」
「………」
俺は撃つのを止め、康介の言葉に耳を傾けた。彼はうな垂れたまま、自分に言っているようにこう続けた。
「…俺が美雪を殺した…。俺が…俺が……」
そして彼は、俺が驚くようなことを言った。
「俺が美雪を、見殺しにしたんだ…!」
「……見殺し、だと…?」
「…助けることができなかった。あんなに近くにいたのに…」
康介は俯いたまま呟くように言っていた。
「…助ける…?どういうことだ…?」
意味が解らず俺が問う。見殺し?違う。こいつが殺したんだ。この男が、自殺に見せかけて美雪を殺した。
「…そうだ。助けることができなかったんだよ。いや…助ける気がなかったんだ。俺はなんてことを…」康介は下唇を噛みながら涙をこらえるようにして呟き続けている。
「…さっきから何を言ってるんだ…?お前が美雪を殺したんだろ…?お前があいつの手首を切って、浴槽に浸けて、自殺に見せかけて…」
「…違う…美雪は、本当に自殺したんだよ……!」
康介がようやく言葉らしい言葉を発した。そして俺は、その言葉に耳を疑った。本当に自殺した、だと…?
「……ふざけんなよ、康介。俺は知ってるんだ…お前があの日、美雪の家を訪れてたこと…お前が美雪を殺したってこと…!」
「違う!」
「じゃあなんであの日美雪の家にいたんだ!」
互いに張り上がった俺たちの声が、深夜の部室に響き渡る。それは一瞬だけふたりの間を包み、そして数秒の間、沈黙が訪れた。俺と康介の荒れた呼吸音だけが空間を支配した。康介は息を整え、覚悟を決めたように口を開いた。
「…俊次には黙っておくように言われたんだ、美雪に…でも、お前には知る義務がある。あいつが…美雪が抱えていた痛みを…」
「……痛み…?…なんだよ、それ…“俺に黙っておく”って、なんのことだよ…!」
思考が混乱する。頭が痛くなり、耳鳴りが始まった。俺は銃口を康介に突き出し、促すように問いかける。康介は生唾を飲み込み、静かに語り始めた。目には涙が浮かんでいた。
「……あの日……あの日俺は、美雪に呼び出されてたんだよ…“相談がある”って……」
「…相談…?」俺は無意識に、左手で頭を押さえていた。眉毛も吊りあがり、嫌な汗をかいている。何かが破裂しそうな感覚だった。「…美雪がお前を呼び出したのか…?」
「…ああ、そうだ。俊次……お前の、暴力のことで…」
「………!」
動悸が激しくなり、頭や胸の内側から硬いもので殴られている気がした。心臓が痛い。
俺の暴力で自殺…?
康介が小さく吐息を漏らす。目から地面に向かって涙が垂れている。彼は当時のことを思い出すようにこう続けた。
「…美雪は、ずっと悩んでたんだ…何かあるたび自分に暴力を振るってくるお前のこと…それで、俺に相談を…」
不思議とそのときの光景が、俺にも流れ込んでくるようだった。




