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第二章・過去

目線:一ノ瀬俊次(五ヶ月前)



 「ほんとによかったの?誕生日当日にプレゼントなんか買いに行って」



 携帯越しに女が言った。先ほどまで会っていた女だ。立花亜紀という。



 「大丈夫、大丈夫。用意してないと思わせて、サプライズだって」



 俺は揚々とした声で答える。これから美雪の誕生日プレゼントを渡すのだ。亜紀にはそのプレゼント選びに協力してもらった。



 「別にいいけど、ちゃんと大切にしてやりなよ」と亜紀。



 「あいよ。じゃ、またね」



 「バイバイ」



 お互いに挨拶して、電話を切る。俺は足を止め、目の前の建物を見た。美雪の部屋があるマンションだ。



 2時ごろまでは、ここで美雪と一緒に今日で二十歳になる彼女の誕生日を祝っていた。ちょうどクラッカーを鳴らし、盛り上がってきたくらいに亜紀から電話がかかり、部屋を抜けてきた。



 ずっと前から計画していたことで、誕生日プレゼントは当時買いに行き、いきなり渡してびっくりさせる予定だったのだ。そのために今日は手ぶらで彼女の家を訪れた。きっと喜んでくれる。俺は彼女の笑顔を想像して気分を躍らせながら、マンションの正門のロックナンバーを入力した。



 全体的に黒色でコーティングされたこの真新しいマンションは、結婚したての夫婦が新居用に購入することが多く、学生が一人暮らしをするには少し不自然だった。14階建てで、各階に6部屋ほどある。美雪の家は804号室。大学進学と同時に一人暮らしを始め、本人曰く、「親がその辺には躊躇しない」だそうだ。俺が親なら、まず娘の一人暮らしに反対するだろうが。しかしそのおかげで、こうして遠慮なく彼女の部屋を訪れることができる。週に一回は泊まっているし、バイトがない日は極力訪れるようにしている。



 マンションに入って突き当りの左手にエレベータがふたつある。玄関から見て手前のエレベータは使用中で、位置表示は“4”とあった。次に“3”に切り替わったから、誰かが降りてきているのだろう。奥のエレベータは“1”で止まっていた。俺は上のボタンを押し、奥にあるエレベータに乗った。“8”のボタンを押すと、扉が閉まり、小さな箱は美雪の部屋がある8階に向かって上がりだす。俺は小さく吐息をつき、エレベータの壁に寄りかかった。



 位置表示が“2”、“3”へと変わる。その表示が“4”になったとき、エレベータが停止した。扉が開き、ひとりの青年と目が合った。



 「よう」とその青年。



 「よう」と俺も同じように挨拶を交わす。福田祐樹という、同じ映画研究会の同級生だった。



 「これから美雪ん家?」



 「ああ。誕生日プレゼント買ってきた」



 プレゼントを入れた袋を上着の右ポケットからチラっと見せると、祐樹はにやり笑った。人の恋愛をからかうのが彼の趣味だった。



 「うらやましいねえ、ラブラブでさ」



 「まあね」俺もにやり笑いながら答える。「お前は何してんの?」



 「屋上でたそがれに行こうと思ってさ。次の映画のネタが浮かばなくて」



 「大変だな、脚本兼監督は」



 「大変だよ。ま、その分楽しんでるけどさ」



 祐樹が笑顔で言う。彼は、映画研究会の若手エースと呼ばれる存在だった。年に4回ほどある自主制作映画の上映会で、彼は2年生にして脚本と監督の両方を兼任している。毎回文句なしの映画を作る男だ。俺も彼の映画が好きだし、たまに出演もする。



 そうこうしている間に、エレベータは目的の8階に到着した。扉が開く。



 「じゃ、またな」



 「おう」



 エレベータを出ると、後ろの方で扉が閉まる音がする。彼には映画作りを頑張ってほしいものだ。そう思いながら、俺は美雪の部屋を目指して足を進める。



 楽しみで震える指を上げて、チャイムを押す。



 しかししばらくしても、反応がない。出てくる気配もない。



 「…美雪~?」



 俺は玄関越しに彼女の名前を呼んでみた。やはり応答なし。ドアノブに手をかけると、それは軽くひねるだけで大きく回った。



 「…なんだ、鍵開いてんじゃん」



 ガチャリ、と鈍い音を立てて扉を開ける。



 「ただいま~」と声をかけたが、それでも返答はない。不在か?しかしその疑問は、耳にかすかに入ってくる音で解消された。ジャー、というシャワーの音。どうやら入浴中らしい。



 「なんだよ、こんな時間にシャワーなんて」と、小さく胸を高鳴らせながら、俺はシャワールームへと足を進める。



 「美雪、帰ったけど、部屋で待ってるから」



 「………………」



 応答なし。鳴り止まないシャワーの音



 「……美雪…?」



 胸の奥のほうで、高鳴りとは違う、何か重苦しい不安のようなものが蠢きだした。なんだろう、この感覚…。



 「…入るよ?」



 俺は無意識のうちにシャワールームに入ろうとしていた。押しドア式のしきりを開けて、足を踏み入れる。ふと横に目をやる。



 そこに広がっていた景色は、俺の視界を一瞬にして真っ暗に奪うには充分な光景だった。



 降りしきるシャワー。排水溝に流れる赤い液体。浴槽に体を前のめりに倒している美雪。そのそばに落ちている真っ赤なカミソリ。浴槽に浸かった美雪の手首。血に染まった湯船。



 死んでいる美雪。


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