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第一章・邂逅

目線:高嶺康介



 薄汚い深夜の部室棟を、僕は訪れていた。廊下に足音を響かせながら、所属しているサークルの部室を目指す。ある人物に呼び出されていたからだ。








 「明日、俺たちの部室に来てくれ」



 同じサークルの同級生、一ノ瀬俊次から連絡があったのは、昨日の夜のことだ。バイトから上がると、留守電にそう残されていた。本来なら今日もバイトなのだが、休みをもらってここに来た。というのも、ここ最近、俊次の行方が掴めなかったからだ。声を聞いたのすら、五ヶ月ぶりだった。



 「重要な話がある」留守電はそう続いていた。「あの事件のことだ」と。あの事件とは、五ヶ月前、ある一人の女子大生が遺体として発見された事件のことである。



 そしてもうひとつ。信じられないようなことも彼は残していた。その真偽を確かめるために、今日ここにいる。









 階段を上ってすぐ手前にあるドアの前で、僕は足を止めた。ドアノブのそばに、汚い字で『映画研究会』と書いてある。僕たちの部室だ。僕はノブに手をかけて、鈍い音を立てながらゆっくりドアを開けた。奥に置いてあるベンチに、ひとりの男が座っている。一ノ瀬俊次だった。



 「…来たか」僕を見て、呟くように彼はそう言った。



 「悪いな、急にこんなところに呼び出して」



 「いいよ。俺たちの部室だろ」



 五ヶ月ぶりに言葉を交わす。彼の顔は少しやつれ、いささか瞳が曇って見える。声にも生気がこもっていないようだった。僕は靴を脱いで部室を歩き、俊次から見て右斜め横にあるベンチに腰をかけた。



 「…久しぶりだな、康介」彼が僕の名前を呼ぶ。



 「ああ。…今までどこ行ってたんだよ…?」



 「…留守電の内容、聞いたか?」俊次は僕の言葉を無視して続けた。



 「…聞いたよ。本当なのか?俊次」



 僕は昨日の留守電を頭の中で反芻させながら問いかける。「本当だ」と俊次が答えた。彼は上半身を前のめりに倒し、視線を地面に向けて言う。昨日、留守電で言っていたことと同じ言葉を。



 「人を殺した」



 重く落ち着いた声で、俊次は確かにそう言った。僕は目を閉じて、少しの間思考を停止させる。信じたくなかった。しかし、彼の表情は嘘を言っている様子じゃなかった。僕は目を薄く開いて、彼をじっと見た。



 「…どういうことだよ、人を殺した、って…」



 「…言葉のとおりだよ」



 俊次の姿勢は変わらない。まるで当然のことであるかのように、現実離れしたことを話し始めた。



 「最近この近辺で起きてる連続殺人事件…その犯人が俺だ」








 二週間前から、連続殺人事件が起きていた。被害者は五人に及ぶ。そのどれもが同一犯とは確認されていないが、すべての被害者に同じ拳銃の銃痕があったらしい。その犯人が自分だ、と俊次は言った。








 「なんで…そんなことを…?」



 信じられないながらも、僕は彼にそう訊いた。彼は僕のほうを見て、まるで僕がその答えを知っているかのような口ぶりで答えた。



 「お前も気づいてんだろ?被害者が全員、美雪の関係者だ、ってこと」



 場が凍りついた。美雪…その女性の名前は、僕にとってのトラウマで、今まで口に出すことも、思い出すことすら拒み続けていた名前だった。









 松本美雪が自殺したのは、五ヶ月前の彼女の誕生日のことだった。



 俊次の恋人であり、僕の親友でもあった美雪が、彼女の家の風呂場で遺体として見つかった。手首を切って浴槽に浸け、失血死だった。警察はこれを自殺とし、事件は終了した。



 しかし、僕らの間で事件は終っていない。大切な人を突然失ったという現実は、一生消えることがないだろう。


 

 そういうこともあって、俊次は行方不明になっていた。








 「…美雪が自殺して、五ヶ月が経った。なのに遺書は見つかってないし、理由もわからないままだ」と俊次。



 僕は俯き、彼女の死を再確認する。俊次が続ける。



 「俺は美雪の自殺の原因になりそうな人間を探して、片っ端から殺した……復讐のために」



 復讐、という言葉が、僕の耳に突き刺さる。俊次はそのために行方をくらました。そして美雪のために、人を殺した。



 「それで、何人もの命を奪ったのか」



 「ああ」



 「…その相手がたとえ、お前の友達だったとしても…?」



 「関係ない」俊次の言葉に重みがかかる。「美雪を殺した人間は、誰であろうと復讐する」覚悟が伝わってくるようだった。



 「…でも、あれからもう半年も経つんだぞ?自分の手を汚すくらいなら、関わらない方が…」



 「じゃあお前は忘れられるのか?五ヶ月前のあの日、美雪の誕生日に起きたことを…」



 俊次はそう言って目を閉じ、静かに吐息をついた。彼女の自殺を、第一発見者として思い出しているようだった。


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