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【本田凪:二】うちは、うちだ

「ね、綺麗に抱きしめてほしいな」


「えっ、急になに? いいよ、いくらでも抱きしめちゃうよ。ほら、綺麗だよ、凪ちゃん」


「……あは、ありがと~」


 その夜、いつもの男と会って二人きりになったとき、どうしても再現してみたくて頼んでみた。

 ぎゅっと体がまさぐられるように抱きしめられる。服が擦れる音と、男の荒い息が耳元を舐めるように音を立て、思わず身の毛がよだつ。


 そんなんじゃない。うちはそんなの求めてない。

 うちは生きるためにやってるんだ。あんな家から出て行って一人で暮らして、自分らしく生きていくために。

 うちはあんな母親になんて負けないくらい男を手駒にとって、今よりもっといい生活をして見せつけてやるんだ。


 んんー、楽しくないし、よくもないな。

 そもそもなに、綺麗に抱きしめるって……。


 あの後、あの子が動いたからとっさに逃げたけど、絶対放課後どっかで続きやってるでしょ。声が出ないのに、どうやって興奮するんだろう。

 うちならこうやって、いくらでも声出せるし――。


 ふと、揺れる体が映る自分の姿を見た。

 自分が出している声が聞こえてしまった。


 ――誰、こいつ……!


「……っ!!」


 男を突き飛ばして、トイレに駆け込む。便座にしがみ付いて、胃の中のものを全部吐き出した。気持ち悪い笑顔で上下に揺れて、棒読みの声だった。


 一緒だ……母親と。一緒だ!!


「ううっ――」


 そう見えてしまったら吐き気が止まらない。涙を流しながら、みっともない声を出して嗚咽を繰り返す。トイレの向こうから「大丈夫?」と、聞こえるがバカにしているような笑い声が混ざっていた。

 違う、一緒なんかじゃない。


 うちは、うちだ。


 思い浮かぶのは、屋上の前で抱きしめ合っていた二人の姿だった。



* * *



 ぜんきちの家なんて、あの男子に聞けば一発で分かった。信じたくないけど、ぜんきちのことが気になってる。その感情が何なのか確かめたくて、上手く誘って家に連れていくことができた。

 ほら、ちょっとソレっぽくすればすぐ付いてくる。ううん、ここは正直に言うけど、家に来てくれて嬉しかった。うちのことをやっぱり気にしてるんだって思った。


「俺は恋仲が好きだ。お前を見ることはない」 


 ああ……。


「知ってるか? それは、自分だけが傷つくやり方なんだよ……」


 なんて真っすぐな瞳なんだろう。 


「……凪」


 名前を呼ばれて呼吸が止まった。

 すごく静かで、柔らかくて、純粋で……綺麗な声だった。


「名前で呼ばないでよ……。うち、嫌いなんだよね。自分の名前」


 ほんとはもっと呼んでほしかった。

 呼んでもらうたび、何かが吸い込まれて、その場所が綺麗になっていく感じがしたから。でも、そんなことはみっともなくて言えなかった。



* * *



 その夜、ぼーっと過ごしていると母親が一人で帰ってきた。ハイヒールを脱ぎ捨て、冷蔵庫からチューハイを取り出して居間であぐらをかく。

 顔を見ると、化粧が崩れていた。

 目元が腫れていて赤いし、涙の跡もついていた。


「また捨てられたの?」


「……嘘ばかりつくから、あたしから捨ててやったんだよ」


「あっそ。ボロクソ泣いてるのバレバレだよ」


「……ふん。代わりなんていくらでもいるわ。あんたこそ、なんで泣いてるのよ」


「え……?」


 自分の目元に触れて濡れているのに気づく。なんで、泣いているんだろう。


「うちも捨てられた。一緒」


 実際はちょっと違うけど、自分を切り替えたくてこんなことを言ってみた。 


「そりゃまあ、母娘だからね。……飲む?」


「うん」


「あーあ、どっかにいい男いないかな。ねえ凪?」


「ねえ凪、じゃないよ。一緒にすんな。……やっぱマズ。これ」


 久しぶりに二人で笑った。ほんとにバカみたいで、どこが面白いのか謎だったけど、こんなのも悪くないかなってちょっとだけ思えた。



* * *



 その翌日。たまたま早く学校に着いて花に水やりした日、善吉が停学になった。 あの金髪の男子をぶん殴ったらしい。動画も回ってきた。

 ぜんきちの顔をキモいとバカにする声、学校に来るなとコメントは好き放題言われてた。


 うちは、なんだかカッコよく見えたけどな。

 ……やるじゃん。


 その次の日かな、たまたま早く学校に着いたら、あの子が一人で登校していたのを見かけた。今にも消えそうなくらい背中が小さく見えたから声を掛けた。驚いたように大きな目でうちを見ていた。


 うわ、よくみるとお人形みたいに可愛い顔してんじゃん……。


「はい、これ。あげる」


 無理やりあの子の手の中に飴を押し込む。直ぐにスマホを取り出して、何かを伝えようとしてきたので腕を押えて止めた。


「別にお喋りしに来たんじゃないよ。ただ……その、ごめん……。そのお詫び。じゃあね、ばいばい!」


 まともに顔見てられなくて逃げちゃった。別に投げ捨ててくれても良かったのに、ぺこってして、鞄にしまうんだもん。


 はあ……変になっちゃってる、うち。



* * *



『凪ちゃん、今夜も一緒にいたいな』


『ごめんね! 今日はあの日でちょっと具合悪いんだあ。それでもいい?』


『そうなんだ。じゃあまた連絡するよ』


 スマホを見ると相変わらず溢れかえるお誘いのメッセージ。断る理由が適当なうちもうちだけど。結局、返ってくるのはこんな感じ。

 ……なーんか、つまなんなくなっちゃった。どうしようかな、これから。


 お母さんなんて久々に言うけど、なんか男に振られた腹いせに、部屋の掃除なんて始めちゃってめっちゃ広くなったし。

 なんでか手伝わされてるし。新しい生活だって言ってるし。うちも巻き込まないでよね、勝手にづかづか入ってくるのほんとウザい。

 でも、お母さん。その笑顔、むかつくけど、悪くないじゃん。

 よし、決めた。お母さんがそう笑うなら、うちも負けてられない。それ以上のとびきりスマイルできるようになってやる。


 そんな気持ちになった次の日の放課後、あの子が心配だから後ろで見守ってた。

 階段から落ちたってのに、健気に学校に来るんだもん。

 頭おかしいんじゃない? ったく。


 一年生かな? 女の子に声を掛けられてた。そうしたら隠れるように一緒に階段を上っていった。

 鍵が閉まって入れないはずの屋上の鍵が開いていて二人は外に出ていった。


 顔を少しだけ出して様子を伺う。扉は開けっ放しだ。

 あの子と、一年生? の子の二人。なんか喋っているけどよく聞こえないな。

 もう少し、ゆっくり近づいてみよう……。


「全部ぜんぶ、お前のせいだ!!」


 鬼気迫った叫びのように聞こえた瞬間、体が勝手に動いていた。

 恋仲っち!

 笑える名前を呼びながら走ってたら、どん、とお腹に衝撃が走った。

 

 ――刺されるってこんな感じなんだ。なんて、涙と笑顔と怒りと嫉妬で、ぐちゃぐちゃになってる女の子の顔を見ながらそう思った。


 全身の力が抜けてそのまま倒れる。


 めちゃくちゃ痛いし、いつでも意識は飛びそうだったけど、ぜんきちが来てからは最高に楽しかったから、見届けるまで寝るわけにはいかなかった。


 向こうに隠れているもう一人の女のこともやけに気になったし。



ここまで読んで下さりありがとうございました。


【本田凪:三】へ続きます。

どうか最後までお付き合いください。

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