第十五話 友達 後編
今日一日の課題を終える。
それは決して褒められた結果ではないけど、やり終えた俺を待っていたのは、初めて感じる心地の良い疲労感だった。こんなに家が広く感じるのも初めてだったし、こんなに孤独を感じるのも初めてだった。
扉の鍵が開く音がする。
音を立てずに琴音が帰宅する。合わせるようにリビングを飛び出る。
「あっ、お兄ちゃん……」
「おかえり、琴音。……その。ごちそうさま。それと……ごめん。迷惑かけた」
戸惑う表情を見せていたが、顔を伏せながら首を左右に振る琴音。
「だから、お兄ちゃんは悪くないんだよ。悪いのは全部あいつ」
琴音の語気は荒かった。
俺の横を通り過ぎる。琴音の表情は見ることができなかった。琴音のことを考えると、胸が張り裂けそうになる。それともう一つ大事なこと。思い出さないように、見て見ぬふりをしてきたこと。
琴音の日々の偽装と、作り話を――。
都合のいいように理解し鵜呑みにして、目を逸らし続けてきた事実。俺も、琴音の物語に甘えていた。偉そうな事を言ったけど、俺はなんら父と変わらなかった。
ちゃんと向き合ってしまったら、自分自身とも対峙しなくちゃいけない。今すぐにはできない。
これだけ考えるだけで後頭部が激しく痛む。これ以上は限界だ。
シャワーを浴びて、再びA4の紙に言葉を書き出す。しっかりと罰を受けて、反省して学校に戻る。
また行くんだ。恋仲が居るあの教室へ。
『この停学中、ちゃんと反省して、課題もして面談もする。必要なら、三国にもちゃんと謝る。巻き込んで本当にごめん。俺と関わらなければ、こんな辛い目に合うこともなかった』
それだけ書いて送信。すぐに既読がつく。
恋仲からの返信はない。きっと、俺が次の文を打っていることに気づいている。
罰ゲームで告白して、バカにして泣いて謝って友達になって。気づけば好きになっていて、ほんとに意味不明で馬鹿な俺だけど……。
『でも、俺は……恋仲と出会えてよかったって、友達になれてよかったって思ってる。だから、良かったらこれからも俺と友達でいてほしい! 学校で会う時は絶対に変わった姿見せるから!』
最後は勢いに任せて送信した。恋仲からの返信を待つ。しかし、なかなか返ってこなかった。いきなりこんな感情爆発の長文を送られたって、返答に困るよな。と、一度スマホを閉じようとするが、グループチャットのメッセージ未読数が早送りされているかのように上がっていくのに気づいた。
何かあったのか? 覗こうとする指先が冷たくなっていく。
≪無言女と、勘違い主人公(坊主)≫
添付動画:後ろから抱きしめるように止めている恋仲の姿と、俺の姿。
≪そもそも恋仲って声出せないんでしょ? 喋れないくせに必死w≫
≪クソ恋愛ドラマかよw≫
≪蔦森のキレ顔、マジやっちゃてる顔でトラウマ。寝れないんだけどww≫
≪そいや蔦森、入口の隣の花壇でこの前乱入してきた女子と水やりしてたw≫
≪いきなり坊主にしてきたり、こいつの頭どうなってんのw誰か花咲かせてやれよw≫
≪一生停学でいいよ。ついでに恋仲も来るな。クラスに平穏を≫
≪正直、俺も蔦森のやり方にはちょっと……≫
三国の動画添付後、荒れ狂うようにチャットが流れていく。餌に貪りつくピラニアか何かのようだ。
≪画像もあるけど?w みんないいねと拡散よろしく!w≫
三国の追加の一言で更に熱を帯びる。画面越しからでも、その異様な空気にむせ返る。
俺はその流れを閉じることもなく、ただ眺めていた。ここで俺が何か発言しようものなら、この状態は収拾がつかなくなる……。
クラスメイトの無自覚な暴言、笑いを取る為だけに発言される言葉。スマホを持つ手が震えてきて途方に暮れたその時、
≪蔦森君を悪く言わないでください≫
送信元:恋仲
その一言でぴたり、とチャットの流れが止まる。
恋仲が発言した。俺が知る限りそんなことは一度も見たことがなかった。冷え切った指先が感覚を取り戻していき、全身を駆け巡るように血が巡る。
≪彼は、誰よりも優しい人です。それを知らないまま叩くのは、ただの暴力です≫
場は、恋仲に支配されたように静まり返っている。
≪自分が恥ずかしいと思わないのなら、どうぞ私にぶつけてください。私は逃げません≫
スマホを抱きかかけたまま丸くなる。クラスの真ん中に堂々と立つ恋仲の姿を想像する。周りの人間は壇上には上がらない。見ているだけで楽しいんだ。
恋仲は、一人でも、足を踏み入れる。中央で清らかにそう宣言した。恋仲を突き動かすのは優しさなのか、信念なのか。どれでもないかもしれない。
友達だから友達を守る。
それが俺への返答でもあった。恋仲だって傷だらけのはずなのに、クラスを敵に回そうとも、俺なんかのために進んで前に立つ。
絶対に戻らなくちゃいけない。
ただ戻るだけじゃない。今の現実もしっかり受け止めて、今度こそ自信を持って恋仲の傍に立つ。
俺も逃げたりなんかしない――。スマホを持つ手は、別の感情で震えていた。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
物語は後半です。一緒に駆け抜けていけたら嬉しいです。




