3話 支えになりたい
彼女からの相談が事の始まりだったように思う。
夜に電話が掛かってきて、どうしたのかと首を傾げた。
いつもなら約束がないと電話なんかは掛けて来ない。
急ぎの用かもしれないとスマホを手に取り電話に出ると、彼女の声は少し震えていた。
「凪くん、ごめん。夜遅くに電話して」
「全然大丈夫。なんかあった?」
「ちょっと、相談したいことがあって」
どうやら、会社の人から嫌がらせを受けているらしかった。
初めは目の前で一発芸を見せられるような軽いものだったらしい。
彼女自身も自分を笑わせてくれているだけだと思っていたが、日を増す事にデスクの引き出しに虫が入っていたり、更には人の爪と思わしきものが鞄の中に入っていたりするのだと言う。
つい最近の話かと問かければ大学を卒業してからずっと、そういったことが立て続けに起きると嘆いていた。
「どうして早く相談しなかったの」
「こんなの、誰にも言えなくて......凪くんだって大学で忙しいだろうし」
大学生なんて講義に出る以外の時間は殆ど暇と言ってもいい。
それなのにこんな僕を気遣ってくれる。
彼女は昔からそういう節があった。
自分のことは話さず、誰にも迷惑をかけまいとする心。
彼女の優しさに惹かれたのはもう随分と前の話だ。
好いているなんて、本人を目の前にして言えた試しは一つもないが。
しかしこうして今日話してくれたということは、彼女にとって余程辛いことなのだろう。
何か気を紛らわせてあげようと次の休みに久々に出掛けることにした。
待ち合わせ場所で落ち合うなり彼女はごめんと一言謝る。
「謝ることないでしょ」
「私の為に休み合わせてくれたんだよね」
「元々休みだったよ。ほら、大学生って基本暇だし」
「でも専攻は語学でしょ?2年生なんて1番忙しいんじゃ......」
「平気平気。行こ」
今日は彼女に気を遣わせる為に約束を取り付けたわけじゃない。
少しでも嫌な現実を忘れさせる為に呼んだのだ。
その日はカフェでお茶したりショッピングをして、彼女の好きなことをたくさんした。
最初こそぎこちなく笑っていたが、時間が経つにつれ僕の大好きな笑顔へと戻っていった。
あっという間に夕方になり、彼女を家まで送ることにした。
一人で帰れると言っていたが、嫌がらせをしてくる奴らと出会したりでもすれば大変だ。
彼女が帰る間際に御手洗に行くと言って待っている間、スマホでSNSを開いてポストを投稿する。
ここ最近じゃSNSをやっているのが当たり前となり、自分の投稿にいいねがつく度、誰かの共感を呼んでいるのだと感じたりもせる。
「お待たせ」
彼女が御手洗から戻ってくる。
スマホをポケットに仕舞い、肩を並べて再び歩き出した。
夕日が彼女を照らし、髪がサラサラとそよ風に靡く。
そんな横顔をジッと見つめていると視線に気づいてしまったのか、彼女はこちらを見て照れくさそうにはにかんでいた。
いとちゃんが僕の彼女になってくれたら、と起きていない現実に想いを馳せる。
臆病な僕は告白する勇気なんてないまま、今日も彼女の隣を歩くだけだった。
気が付けば彼女の家の前。
今日はありがとうなんて可愛らしい笑顔を見せてくれる。
「またなんかあったら言って。会社のことだしあまり手助けは出来ないかもしれないけど、話はいくらでも聞くから」
「ありがとう。なんか頼もしくなったね、凪くん」
彼女の中で僕はいつまで経っても小さい頃のままなのだろう。
それが少し悔しくて、早く家に入りなと促した。
彼女が玄関の扉を閉めるのを見届けて再び歩き出す。
橙色の空は夜の色に染まり始めている。
帰ったら課題を片付けようと足早に帰った。