21話 錆びついた
車を走らせている最中、赤信号で止まっている間に彼はスマホを取り出した。
何やらポチポチと文章を打っている様子に、やはり彼がカフネなのかと疑ってしまう。
「......ねぇ、どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみ」
一向に目的地を話してくれない彼に不信感を抱き続ける。
車はやがて山道へと入り、道が悪くガタガタと車が揺れる。
そして着いた場所は到底人目には付かないようなこじんまりとした倉庫だった。
不信感のせいか、私は車から降りたくないと思った。
降りてしまっては何が起きるかわからない、そんな恐怖が私の足を竦ませる。
ここから逃げ出すことも叶わず、私はいつものように手を引かれるまま車を降りて倉庫へと入った。
中は当然明かりなどは無く、薄暗くて寒い。
彼は倉庫の真ん中でピタリと足を止め、私と向き合った。
「ねぇいとちゃん」
「なに......?」
「話さないといけないことがあるんだ」
この状況には似つかわしくない笑顔で彼は話し始める。
「いとちゃんが受けてた嫌がらせ、あれ全部僕が仕向けたんだ。ごめんね」
ちせちゃんの憶測は正しかった。
カフネは彼自身で、金で人を釣り私に嫌がらせをし続けていたのだ。
理由を問うと彼は高らかに笑った。
暫く彼の笑い声だけが響き、私は恐ろしくてその場から一歩も動けずにいた。
「いとちゃんが約束を覚えてないのが悪いんでしょ」
「約束......?なんの、話」
「ほらやっぱり!何にも覚えてない!僕と結婚するって言ったのに」
「結婚って......そんな、小さい頃の約束......」
「小さい頃の約束だから何?僕はずっと一途にいとちゃんだけを見てきたんだよ」
彼は少女漫画にあるような、幼馴染特有の小さな頃の約束をずっと信じ続けていたようだった。
当の私と言えば、そんな約束はすっかりと忘れてしまっていたのだ。
それが癪に障ったのか、カフネとなり他人を使って私を恐怖の淵に落とした。
そして自分の物にすることが目的だったのだと言った。
「人が死んだのは想定外だったけど......でもそのおかげで思ったより早く僕のところに堕ちてくれて良かった」
おかしい。
私が知っている凪くんではない。
この人はおかしくなってしまったのだ。
「私のことが好きなら、そんなことしないで真っ直ぐ来てくれたらよかったじゃん......!」
「覚えてない癖によくそんなことが言えるよね」
先程までの笑顔とは打って変わり、私を睨みつけるような表情になった。
喉の奥がヒュッと締め付けられ、叫びすら上げられず足が震える。
「このまま二人で平和に暮らせると思ったのに、参加者が僕のことポロッと喋っちゃったみたいでね。警察にも嗅ぎ回られててもう時間がない」
どこからか取り出した刃物を握ってこちらへと歩み寄ってくる。
殺されるのだろうか。
後退りしても足がもつれてその場にへたり込んでしまった。
私と目線を合わせる為にしゃがみ、微笑む姿はいつもの優しい彼を思わせた。
何も言わず私の手を取ると刃物をギュッと握らせてきた。
「な、に......やめて......」
震えた声で漸く絞り出した言葉も、彼には届かない。
刃は私に向かうかと思ったが、彼の喉元にピッタリと沿わされた。
「大丈夫、怖くないよ」
まるで子供をあやすように、怖くない怖くない、大丈夫だと言い続けながら手の力はどんどん強くなっていく。
彼の喉元に刃はゆっくりと沈んでいく様を見て、私はボロボロと涙を流しながら訴えた。
「やだ、やだ......!」
「一生僕のことを思って苦しんでね」
愛してるよ、いとちゃん────。
派手に血が噴き出すなんてことはない。
グシャッと嫌な音が鳴るわけでもない。
ただ肉を切るのと同じ感覚。
彼は静かに倒れ込んだ。
先程まで生きていたはずの彼は大量に血を流し、ピクピクと痙攣を起こしている。
開いた目はしっかりと私を捉えたまま彼は痙攣すらも止まり、うんともすんとも言わなくなってしまった。
私はここへ来て初めて叫んだ。
喉が潰れて声が枯れていくのなんか感じないほど、私は叫び続けた。
気付けば警察が現場に駆け付けており、叫ぶ私を取り押さえた。
取り押さえられている最中ですら、彼の瞳は私をずっと捉えたまま離さなかった。