20話 異変
「貴方はカフェへ迎えに来た久住凪と合流しましたね?その時彼はどんな様子でしたか」
「はい......まるで私がカフェに居るのを初めからわかっていたような素振りでした」
証拠資料を提示します、と三木さんが言うと裁判官がそれを許可する。
「雛笠いとさんのスマホには、GPSが埋め込まれていました。久住は彼女の動向を逐一確認し、自分を殺させる準備を着実にしていたものと思われます」
「異議あり。GPSのみじゃ殺させる手立てを講じていたとは断言できません」
「異議を認めます」
では追加で資料を提示します、と三木さんは言う。
モニターに映されたのは一冊のノートだった。
「このノートは久住本人のものであり、日記帳になっています。中身を確認すると彼女への歪な愛がしたためられており、犯行当日の1月27日にも文言が残されておりました」
そして新たな画像が映し出されると、そこにはゾッとするようなことが書き出されていた。
"いとちゃんを自分のモノに出来ないのならいっそ、死んでしまおう。彼女に殺してもらえれば、彼女もきっと一生僕のことを想い続けてくれる。"
私はその場で泣き崩れた。
私がここまで彼を狂わせてしまっていたのかと苦しくなった。
ただの幼馴染という関係性が良くなかったのだろうか。
何が正解だったのか、今となってはもうわからない。
「以上により彼女の無罪放免を求めます」
裁判の結果、私は無罪となった。
過去の裁判でもあまり前例はなく、決まって過失致死や自殺幇助の罪に当たるような事例だったものの、私が無罪になったのは三木さんやちせちゃん、葵くんらが私の為にたくさん動いてくれた彼らのおかげだった。
巷を騒がせたカフネも、IPアドレスからの特定を避けるためにアカウントの運営は別の人間が行っていたらしい。
だが確実に私を手元に置く為に首謀していたのは事実だった。
「いとちゃん、田舎に帰るって本当?」
「うん。もう、都会は住めそうになくて」
「そっか。でもご家族と一緒ならきっと大丈夫ですよ。私も時間作って会いに行きます」
ありがとう、と礼を言って店を出た。
田舎に帰って家族と一緒に住むという選択はきっと間違いではないと思う。
事件があった場所周辺に住んでいると、あまりにも気が狂いそうで仕方なかったからだ。
都会を出るまで後数日とない。
荷造りをして、夜はちせちゃんと電話しながら夕飯を摂った。
「ちせちゃん、弁護士になったらお祝いさせてね」
「え、いいんですか?是非お願いします!」
可愛い妹ができたみたいで嬉しかった。
電話もそこそこにして、寝る準備をする。
一人でいるのは心細いが、事件も終わって安心しきっていた。
もう嫌がらせはないのだと。
眠りにつこうと電気を消そうとした時、パリンッと窓ガラスが割れる音がした。
嘘だと願いたかった。
しかしリビングの窓は明らかに割れてガラスの破片が飛び散っている。
呼吸が出来ない。
恐る恐る窓の外を見ると、見知らぬ男が笑ってこちらを見つめている。
私はゆっくりと後退り、スマホを開いた。
するとSNSには大量のDMやリプライが送られているのを見てギョッとしたのだ。
全く関わりのない人間達からの殺害予告や誹謗中傷、卑猥な内容までもが綴られている。
そしてあの事件の日を嫌でも思い出させた。