2話 愛しい人
玄関の扉を開け、ただいまと言っても返事はない。
寝ているのかもしれないと、そっとリビングのドアを開ける。
ワンルームの端に置いたベッドの中で、彼女は布団にくるまっていた。
「いとちゃん、ただいま」
ベッドに腰掛け彼女の髪を指で優しく撫でる。
「......凪くん?」
「ん、僕だよ」
彼女は顔だけこちらに向けて僕を見ると、安心したように微笑んだ。
目の下の隈が少し酷くなったように思う。
表情もどこか疲れているように見えて心配になる一方だ。
ご飯を食べたか聞くと、食べていないと一言返ってくる。
食べるように勧めても中々食べてはくれない。
このままでは余計に体調を崩してしまう。
ベッドから立ち上がりキッチンに向かおうとすると、服の袖を引かれ立ち止まる。
「またどこかに行くの?」
振り向くと不安げに揺れた瞳と視線が交わり合う。
「今日はもうどこも行かないよ」
「......ん、そっか」
呟いたあと僕の服から手を離してまた布団の中に包まってしまった。
少しでも食べやすく消化しやすいものをと思い、片手鍋に出汁と米を入れて煮込んでいく。
出汁の香りにつられたのか、リビングに目をやると彼女が体を起こしているのが見えた。
コンロの火を弱めてリビングへ向かい、ベッドに再び腰を掛けて彼女と向かい合う。
「体起こして平気?」
「ん、平気。凪くん、いつからそんなに過保護になったの?」
クスクスと笑う姿を見て、昔の彼女を思い出すようだった。
昔からずっと過保護だったよと言うと、そうだったっけと何気なく窓の外に目線を向けていた。
すると彼女は目を見張り、怯えたようにまた布団の中に潜ってしまった。
僕は慌ててカーテンを閉める。
「ごめんごめん、怖かったね。カーテン閉め忘れててごめんね」
布団越しから優しく撫でると、体が小刻みに震えているのがわかる。
キッチンの方でコトコトと鍋の蓋が踊る音が聞こえて、慌てて火を止めに向かった。
幸いにも雑炊は焦げていない。
器に雑炊をよそって彼女の元まで運ぶ。
「いとちゃん、ご飯出来たよ。食べれそう?」
「ご、めん......あとで、食べるから......」
「......そっか」
キッチンへと戻って器にラップをかける。
そのまま鍋も一緒に冷蔵庫へと入れてリビングへと戻った。
薄暗くなった部屋の中、彼女が安心するようにずっと背中をさすり続けた。
1時間程で漸く落ち着いたのか、布団からひょこっと顔を出す。
「落ち着いた?」
「......少し」
「ごめんね、僕のせいで」
「ううん、凪くんのせいじゃない......凪くんは、助けてくれたから......」
「ご飯食べる?」
「......うん」
彼女がこうなってしまったのも、ある事件がきっかけだった。