12話 事情聴取
プルルルル────
私のスマホに一件の着信が入る。
見知らぬ番号で出るのに躊躇ったが、意を決して出てみることにした。
「もしもし。雛笠いとさんの携帯でお間違いありませんか」
「......はい、そうです」
「刑事課の日向と申します。今回起きた殺人事件について参考人としてお話を伺いたいのですがよろしいでしょうか」
それからは都合の良い日程を伝え、その日に出向くことになった。
彼は講義や課題などで忙しくしているのを見ていた為、伝えるタイミングがないまま警察へと出向く日を迎えてしまう。
今日も彼は講義で家を空けている。
貰った合鍵で戸締りをしっかりとして、呼んでおいたタクシーに乗り込んで警察署へと向かった。
受付に事情を説明すると待合室で待つように促され、大人しくソファーに座って待っていると男性二人が私の目の前へやってきた。
「雛笠いとさんですか」
「はい」
「先日お電話いたしました、日向です。取調室までご案内します」
立ち上がり日向と名乗る男性の後ろを歩く。
通された部屋はドラマや映画で見るような取調室とは違い、談話室に近いようなイメージだ。
窓に鉄格子なんてものは付いていないし、閉鎖的だとも感じない。
椅子に座ると男も同じように席につき、左斜め後ろでは調書を担当するであろう人がパソコンと向き合い始めた。
「改めて、刑事課の日向と申します。早速お話伺っていきますね」
取り調べと聞くと堅苦しく少し威圧的な印象を持つが、実際被疑者でもない限りは緩やかな雑談に近いように思えた。
生い立ちから現在の仕事、家族構成やら個人的な情報を粗方話した後、本題の事件の夜の話に移った。
「事件発生時、貴方はどこにいらっしゃいましたか」
「仕事帰りで、居酒屋で少しお酒を飲んでから自宅へ向かっている途中でした」
「なるほど、ありがとうございます。自宅へ向かっている途中に事件を目撃した、ということで間違いありませんか」
「はい。間違いありません」
詳しく聞かせてほしいと言われ、ほんのニ週間前の記憶を思い出す。
「......その日もいつも通りの道をただ歩いて帰っていました。人気も街灯も少ない住宅街に入ったところから、後をつけられていることに気付いて怖くなって早足で歩きました。そしたら後ろから二人の男性が急に揉め始めた声が聞こえて、振り返ったら掴みあっていたんです」
「それで一人の男が相手の男を刺した、と?」
「はい......初めは刺されたなんて思いもしませんでした。急に倒れたので、どうしたのかと不思議に思いました」
今思い返しても恐ろしい出来事だ。
男が慌て出して、私を見つめて放った言葉はずっと頭から離れない。
「......"お前のせいだ"、と言われました」
「貴方のせい?」
「今でも言葉の意味はよくわかっていません」
「その男達と面識は?」
「暗がりで顔はあまり見えなかったので......」
そう言うと刑事さんは二枚の写真を取り出して私の目の前に置いた。
殺害された男と、殺害した男。
どうやらこの事情聴取は、犯人を探す手立ての為ではなく事実の裏付けの為らしい。
そう悟っていると面識はあるかと尋ねられた。
それでも私にはどちらとも覚えがなかった。
「他に何か心当たりはありませんか」
「......心当たりは、ありません。でも職場での嫌がらせは続いてて」
「嫌がらせ?どんな嫌がらせですか」
「最近だと虫の死骸がデスクの引き出しに詰まっていたり、鞄の中に爪が入っていたりするんです。いつか警察に相談する為にと、その爪は捨てずに残してました」
良い機会だから嫌がらせについても相談してしまおうと、私は鞄の中からジップロックに入った何枚かの爪を机の上に置いた。
刑事さん二人は互いに顔を見合わせた後、爪を預かってもいいかと言った。
微かに血のようなものが付いているのが不気味で恐ろしく、持っているのも辛かった私は二つ返事で了承した。
「最後に一つ、伺ってもよろしいですか」
はい、と返事をすると真剣な目で私を見つめる。
「何故、この日すぐに通報をしなかったんでしょう」
「......すみません。気が動転して、その場から逃げ出してしまいました。私が早く通報していれば男性も助かったはずなのに......本当に、申し訳ありません」
「......大丈夫ですよ。わかりました、以上で取り調べは終わりになります」
取り調べは2時間程かかった。
刑事さん二人が出口まで付き添ってくれ、ありがとうございましたと礼を言われる。
「何か分かればまたすぐにご連絡します」
「はい、今日はありがとうございました」
頭を下げ警察署を後にし、帰り道に私はカフェに寄った。
彼女は明るく、いつものようにいらっしゃいと言って迎えてくれた。
いつも気を遣って奥のテーブル席に案内してくれ、注文せずとも私の好きなカフェラテを持ってきてくれる。
彼女の兄的存在だと聞いていた葵さんにも会うことが出来た。
三人で他愛もない話をしている内はあの忌々しい記憶も無かったことのように思えた。