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カフネ  作者: えこ
10/22

10話 運命の歯車

朝起きるとニュースが流れていた。

私があの場から逃げてしまったが為にあの男の人は死んでしまったのか。

そう考えると罪悪感に駆られ、自分が殺してしまったのだと感じた。

彼は朝から私のために食事を用意し、気晴らしにとカフェに行くよう勧められた。

正直行く気にはなれなかったが、彼の好意を無駄にしたくもない。

お昼ならきっと大丈夫だろうと重い腰を上げて外に出た。

昨日あんなことがあったとは思えないほどに空は晴れていて、それがすごく憂鬱だった。

カフェに着いてドアを開けると、カランカランとベルが鳴る。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


若い女の子がカウンターから顔を出しこちらへと向かってくる。

首を縦に振ると、こちらへどうぞと窓際の席を差した。


「ごめんなさい、出来れば奥の席がいいんです」


そう言うと女の子は、大丈夫ですよと店の奥にある角席へと案内してくれた。

メニュー表とお冷を運んでは女の子はカウンターへと戻って行った。

メニュー表を開いてカフェラテを注文すると、カウンターで作る様子が窺える。

注文してから提供までさほど時間はかからず、すぐにカフェラテは届いた。

スマホを見るわけでもない、本も読むでも仕事をするでもない私を不審に思ったのか、女の子の店員さんは私に近付いてくる。


「あの、何かお悩みでも......?」

「え、どうして......」

「何だかすごく、思い詰めた顔をしていらしたので」


余計なお世話ならすみません、と慌てて謝る彼女を宥める。

何となく彼女になら話してもいいと思えるのは、きっと彼女が本心で私を心配してくれているのが伝わるからだろう。

会社で嫌がらせがあることを話した。

つい昨日起きた事件に関しては話す勇気はなかった。

警察に通報もせずその場を逃げ出したなんて、初対面なのにも関わらず親身に話を聞いてくれる店員さんに嫌な顔をされたくないと少しでも思ったからだった。


「......もし、何かあればここのカフェでも私の家でも匿いますから。いつでもいらしてください」

「どうして......私はただの客ですよ」

「困ってる人が居ると放っておけないんです。嫌だったら全然断って頂いて結構ですから」

「......ありがとうございます」


後に連絡先を交換した。

糸我ちせという名前らしく、大学では法学部に所属しているようだ。

将来は弁護士になりたいと言っていて、私のような人間を放っておけないその正義感にも納得がいった。


「いつでもお話聞きますから。きっと女同士の方が話しやすいこともたくさんあると思いますし。私でよければ力になります」

「ご親切にありがとうございます。また近いうちにお店に伺います」


話し込んでいるうちに日が暮れそうだ。

明るいうちに帰らなくては、また昨日のことが起きないとも言えない。

会計をして店を出ると、少し肌寒かった。

10月も下旬、日が沈み始めると冬の片鱗が垣間見える。

家に帰り鍵を差し込んで回す。

ドアノブを掴んで開けようとすると、ガチャンと音が鳴った。

どうやら鍵が閉まっているようで、喉の奥がヒュッと締まる。

鍵を閉め忘れたなんてことはない。

しっかりと戸締りをして出掛けた為、そんなことはありえないのだ。

もしかして誰か家に居るのか。

昨日のことがフラッシュバックしてまた呼吸が乱れていく感覚に襲われる。

警察か、はたまたさっきのカフェに逃げ込むか?

一度ちせちゃんに連絡するか、私が恐怖への打開策を必死に考えているうちにドアの内側からカチャリと鍵が回った音がした。

私は鍵を差し込んでいない。

やはり中に誰か居るのだ。

わかっていてもその場から動けずにいると、ドアはゆっくりと開く。

慌ててスマホで110番を押して発信ボタンを押そうとしたその時。


「いとちゃん?おかえり」


中から顔を出したのは凪くんだった。


「ど、うして......」

「あれ、合鍵作るねって話したと思うけど」


いつそんな話をしただろうか。

正直何も覚えていない。

だが中に居るのが見知った人間で安心した私は、腕を引かれるまま家に入った。


「ごめん、合鍵の話覚えてなくて」

「最近色々あったからね、仕方ないよ。落ち着いてから話せばよかったね、僕の方こそごめん」


靴を脱いてリビングへ向かう途中、キッチンではコトコトと何かを煮込んでいるようだった。


「今日はなんとなく、いとちゃん自分の家に帰るんだろうなってわかってたから。連絡もなしに勝手に来てごめんね、驚いたよね」


彼は未だに勝手に家に上がったことを反省しているらしく、私の後ろをちょこちょこと歩き回っては謝っている。

大丈夫だよ、と言って鞄をクローゼットに仕舞い洗面所へと向かう。

手を洗ってふと鏡を見ると、心做しか顔色は戻ってきているように思えた。


「カフェどうだった?」


リビングに戻るなり彼はカフェの話を持ち出した。


「雰囲気も良かったし、カフェラテも美味しかった。それに、ちせちゃんって店員さんと仲良くなったの」

「へぇ、そうなんだ」

「すっごく優しくて正義感のある子で、私の話をたくさん聞いてくれたの」

「気に入ってくれたみたいでよかった。カフェではご飯は食べた?」

「ううん、食べてないからお腹空いてる」

「じゃあすぐご飯用意するね」


彼が用意してくれた夕飯を食べながら、私は彼にこう提案した。

一人でいるのは怖いから、暫く私の家で寝泊まりしてくれないかと。

幼馴染で気心も知れている。

同性の友人では少し心許ないのが事実で、今は少しでも頼りになる異性を近くに置いておきたかったのだ。


「僕でいいなら、全然」

「凪くんにしか頼めないよ、こんなこと」

「......そっか」


彼は快く受けてくれた、その事実が酷く私を安心させた。

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