1話 もしもの話
前作「レンタルガーディアン」に登場する人物が含まれます。
是非前作も愛読頂けると幸いです。
「もしさ、自分の大切な人が何かに巻き込まれてたら...どうする?」
晴れた日の午後、とあるカフェに訪れていた。
比較的静かで落ち着いた雰囲気で、課題をするにも適している。
大学の同期が働いていることもあり、頻繁に訪れるようになっていた。
カウンター席の真向かいで同期は僕の問いかけに瞬きを繰り返しており、少し訝しげに僕を見ていた。
彼女は食器を拭く手を止めて聞き返す。
「......どういうこと?」
「例えばの話だよ。そんな顔しないで」
顔を下げ、少し冷めたコーヒーを一口飲む。
緩く束ねた髪から毛束が少し垂れ下がり、頬をくすぐった。
耳にそっと掛けながら顔を上げると、彼女は未だに答えに迷っているようだった。
「......それって例えば、どんなの?」
「んー......万引きとか、盗撮とか、虐待とかー......殺人とか」
彼女はピクリと肩を揺らして僕を一瞥する。
嫌味じゃないよ、と言えば再び手を動かしながら考え始めた。
きっと"虐待"という言葉に敏感なのだろう。
本当に悪気はなかったのだが、申し訳ないことをしたと思っている。
そんなことを考えながら答えを待っていると、漸く彼女は口を開いた。
「私なら、頼りになる大人に相談してみる、とか?」
「それって例の?」
「やめてよ」
と彼女が頬を赤らめていると、呼び出しのベルが鳴る。
明るく返事をしながら注文を取りに行く背中を見て、彼女の答えを反芻させていた。
自分だったらどうするだろう、と想像を膨らませていると気付けば彼女は戻ってきていた。
「なんでそんなこと聞くの?」
「ちょっとした課題でね。もしもの話だから、別に身内にそんな人はいないよ」
「ふーん、そっか。なんか難しそうな課題だね」
さして興味もなさそうな返事にハハッと笑う。
そういえば語学専攻じゃなかったっけ、と首を傾げる彼女に、この課題は個人的なものだと伝えればまた不思議そうな反応をしていた。
店内は午後ということもあってか賑やかな雰囲気になってきた。
冷めたコーヒーを飲もうとカップに手を伸ばした時、カランカランとドアのベルが鳴る。
「ちせちゃん〜!また来ちゃった〜」
「もう葵くん、来すぎ。お仕事は?」
「今日は仕事終わり!」
どうやらここの常連のようで、彼女と親しげに話している。
邪魔になったら悪いだろうと鞄を持って席を立つと、彼女はもう帰るの?と聞く。
お金をテーブルに置いてご馳走様とだけ伝えて店を出た。
今日も愛しい人が家で待っていることだろう。
彼女達を見ていると僕も早く家に帰りなくなったのだ。
10月と言えどまだまだ暑い日はある。
緩んだ髪を一度解いて結び直し、家までの道を歩き始めた。