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3. 何処にも居なかった、わたし

3話目です。全6話でお送りできる予定です。

4/14 傍点の崩れを修正しました

 ユィンファリシアはほぼ毎日皇宮へ通っていた。語学や政治学などの授業、マナーやダンスのレッスン、護身術や馬術などの鍛錬。候補とはいえ一国の王妃となろうというのだから、身につけなければいけないことは山のようにある。それは私がこちらに来ていた間も当然変わらなかった。

 忙しくはあるものの定期的に休日もあったし、教養という名目の歌劇鑑賞やマナーレッスンという名目の園遊会があったりもして、それなりに息抜きは用意されていた。

 だが、元の世界でエンタメにどっぷり浸かっていた私には、どれもこれもぬるかった。刺激が足りない。それに、就活を勝ち抜いてこれから夢だったゲーム制作に本格的に取り組めると思っていた矢先だったのだ。ゲームがしたい。何なら作りたい。

 とはいえこちらにはパソコンもタブレットもない。どうしてくれようかと数日考えあぐね、ふと、ゲームブックならいけんじゃね? と思いついてしまったのだ。

 そしてそのために記憶から引っ張り出したのが、配属願いに添付するポートフォリオ用に作った乙女ゲーム企画だった。存在感の薄いOLが秘められた才能を開花させ、攻略対象と共に産業スパイ横領暗殺テロ下剋上と波瀾万丈なストーリーを繰り広げつつ激甘のラブストーリーもあり、みたいなのをキャラとボリュームだけは多めに考えてあった。それをそのままこちら向けにリライトし始めたら、そりゃあもう猛烈に楽しくなってしまったのだ。

 主人公はこちらの世界から日本に異世界転生した貴族令嬢にして、日本の会社組織や職務やあれこれはなるべく簡略化して事件は大袈裟にしつつラブの方に重点を置いて、と皇国の貴族令嬢をターゲットに練り直し、共通ルート1冊と分岐4冊から成る『黄昏の乙女は深き闇に微笑む』が完成した。いま見るとタイトルどうなのと思わなくもないけど、エンド構想がその時点で15あって半分以上がメリバ。だから『闇』と『微笑』はマストだったのだ。仕方ない。

 4日ほど徹夜したけど楽しすぎてドーパミン出てて全然疲れなかったし、日々の勉強もいつもより捗ったくらいだった。


 皇国には魔法がある。魔力を持っている人間は限られているけれど、人には【貸与】、物には【付与】することが出来るので、あちらより科学の発達が低い分はそれで埋め合わされているように思う。

 出版も魔術で行われていて、原稿にするもの・本の原材料になるもの・魔術変換を定着させるための魔力物質を使い【書籍合成】で作られる。原稿が変換の根源素材なので1原稿からは1冊しか作れない。そのため【複製】を付与することもある。授業で使っている教材なんかはこの方法だ。

 新聞や雑誌みたいなものには定着素材を省いた上で【自動複製】という魔術を付与する。それを持った人が誰かに渡すと魔術が発動し複製される。原材料量と【自動複製】に込めた魔力量で複製数が変わり、定着素材が入ってないので魔力が尽きれば分解されるという仕組みだ。ちなみに根源素材である原稿は複製されないので、分解時点で最初の1冊のある場所に復元される。

 さて、こちらでの出版について理解したところで。

 作ったゲームブック原稿を製本したかったけれど、ユィンファリシアは【書籍合成】を習得していない。というか出来ない。魔力持ちは基本1つ以上の魔術体系に生まれつき属していて、それはファンタジーっぽい火とか水とかの元素系ではなく、【創成】や【破壊】、【修復】など魔術の作用そのものを言う。ユィンファリシアの持つ体系のひとつ【回帰】、大雑把に言えば『モノやヒトを元在った場所や状態に帰す』作用は、『分解して組み合わせ新たなものを作る』作用の【合成】系とは相性が悪い。

 ここで登場するのが皇太子リエルディアヴァルシス・ギルス=カザンだ。彼もいつも退屈していて、楽しいことが大好きで、そして魔術に関しては複数体系持ちの上とても器用だった。本を作りたいですこういう仕様で、とちょっと説明しただけで私の手書きの原稿を綺麗な装丁の上製本に作り替えてくれた。

「【複製】付与は3冊が限度かな。代わりにおまけをつけてあげよう」

 そう言って本に魔術を付与してくれた。

「主人公のとこに幻術かけたから、みんな自分の名前と容姿で読めるよ」

 夢小説の名前変換機能より凄いじゃん。神かよ。そう言ってふたりで笑ったっけ。

 ……彼のことはあんまり思い出したくない。

 とにかく、完成したら誰かに読んでもらいたい。だからこっそり皇宮の書庫に紛れ込ませておいて、噂を流した。なんだか不思議な恋物語を記した書籍があるらしいんですの、とか言って。

 結果、爆当たりした。

 皇宮書庫に出入り出来るのは五爵家以上の者のみと定められていたから、大した人数には読まれないだろうと思っていたのが、甘かった。書庫のものは持ち出せないよう魔術で管理されているけれどそれは正当な蔵書だけのことであって、私が忍び込ませたものはショールか何かに包んでしまえば簡単に持って出られたのだ。令嬢たちがお友達に薦める過程の何処かで誰かが原材料を足し【自動複製】を上掛けして廉価版を作り出し、それが使用人層に広がり--もともとはたった15冊の本が皇宮を、ひいては皇都のほぼ全ての女性のハートを熱狂と興奮を以て席捲した。

 そして誤算がもうひとつ。せっかく偽名を使ったのに皇太子殿下が、錬成した装丁にうちの紋章とユィンファリシアが御印として使っているユィニテの花を意匠としてこっそり組み入れていやがっ、じゃなくて、入れていたのだ。「だってバレた方が面白そうだったからさ」って、あっけらかんと笑って言いや、じゃなくて、言われてしまった。せめて謝れよ。ああ思い出したくない。

 当然、婚約者候補の令嬢たちがすぐに気づいて、授業前に顔を合わせるなりガン詰めされることとなった。

「続きはいつ読ませていただけますの?!」「こちらの緑衣の君のお話はございまして?!」と。

 婚約者候補同士と言われてはいるが実はユィンファリシアが当確なのは周知の事実で、皆の意識はもう皇太子が即位した後の人脈作りに向いていた。なので陰湿な蹴落とし合いとかは一切無く、寧ろ次代の王妃のサロンに近い様相だった。ていうか、割とみんな仲良しだったなぁ。

 斯くして私は、月に何度か皇宮の書庫で『秘密のお茶会』と言う名の新作発表会を行うこととなった。何せ攻略対象は初期設定で15人。話を進めていくうちに各ルートで新キャラが生まれたりもしてネタは尽きず、私は寝る間を惜しんでゲームブックを量産し続けた。そして皇宮でお披露目した本は最初のものと同じ手順で広がっていったのだ。

 そんな頻度で執筆を進められたのはもちろん楽しかったからだけど、寝不足でうっかり授業中に居眠りしちゃったりしても先生方が見逃してくれたおかげもあると思う。講師陣女性も漏れなく熱心な読者だったので。

 後日補講の時間を設けてくれた先生には、推しの出番をちょっとだけ増やしたりしてあげたりもした。

「それ広義には賄賂だね。贈賄で告発されたら……(わて)の【罪禍必罰】炸裂するやろねぇ」

 その話にリエルディアヴァルシス皇太子殿下は、片手間に新刊を錬成しながら皇家直系特有の青紫の瞳を細め、私の教えた似非(エセ)京都弁をわざとらしく使って笑いやが、じゃなくて、笑った。

 以前その狐目笑顔にどうしても京都弁を喋らせてみたくて教えたら、背筋が凍るようなヤンデレ腹黒美形が爆誕してしまった。破壊力が致死量を超えていて「それは封印で」と頼んだのが逆効果となり、私を揶揄うとき頻繁に使いくさ、じゃなくて、使ってくる。ていうかヤバくないその厨二病全開なスキル名。

 ……だから、彼のことは思い出したくないんだったら。



 ****



 ポーシェリィル嬢がこちらで目覚め、自分の置かれた状況を確認する段階に入ってすぐに「もしやここは『黄昏の()乙女は()深き闇に()微笑む()』の世界なのでは?!」となってしまっただろうとは、想像に難くない。社員証とか見たらそうなるよね、何せ会社名は1文字しか違わないのだ。ほんとにごめんなさい。

 皇宮のみなさまからも「こんなに緻密な世界設定、もしや本当に存在する異世界なのでは?」とか言われちゃって、まー存在するっちゃーするけどこのお話用にデフォルメしまくってるからもはや別物なんだよねー、なんて言う訳にもいかない。なので必殺【高位令嬢『お察しください』扇越し微笑】で全部スルーしていたのだ。そんなスキル無いけど。

 その私の誤魔化し方もポーシェリィル嬢の誤解を悪い方向に後押しした。「ここはあの自分が大好きな恋物語の世界の中で、自分は主人公(ヒロイン)に転生したのに違いない。物語を読むだけでもドキドキしたのに、リアルに推しに逢えてお話が出来てそのうえ愛されちゃう! なんて素敵!」と。

 彼女の最推しは初期本ではモブだった『勤務先の取締役専務』だったそうだ。もともとは裏切り者の方とのルートしかなかった会社乗っ取り編に阻止ルートも切りたくなって攻略対象に格上げしたら人気が出た。創業者一族だけど実は庶子で早くに実母を喪い家族に虐げられながら後継者の座を力ずくで奪い取った、人間不信を拗らせた無口で冷酷な経営者候補。それが主人公と触れ合い徐々に愛を知り、みたいなキャラだ。

 べったべたなありがち設定なんだけど、『貴族界にはほぼ無い実力行使での簒奪』がダークヒーローっぽく、でも自社を脅かす敵には敢然と立ち向かっていく行動が、主に良家の一人娘でお婿さん貰って家を継がないとならない層にめっちゃ刺さったらしい。ポーシェリィル嬢もそうだったという。

 彼女は意気揚々と出社し、そしてゲームブック通りに進行しようとした。コピー機を詰まらせれば攻略対象が現れて「世話が焼けるな」と助けてくれ、ちょっとしたアイディアを呟けば別の攻略対象が背後で聞いていて「きみは面白いことを言うね」と褒めてくれる。天真爛漫でちょっとドジなところもあるけど誰からも溺愛されるこの世界の主人公(ヒロイン)の、キラキラドキドキの毎日が待っている、そう思っていたのに。

 朝の電車でちょっかいを掛けて来るはずのイケメン同期は現れない。道で落とした社員証は誰も拾ってくれなくて自分で取りに戻るしかない。お昼にデスクでお弁当を広げていれば営業部のホープがやってきて褒めてくれるんじゃなかったの?

 思い描いた物語のようにはならない日々に、彼女の焦りは増していった。どこかで選択肢を間違えたんだろうか。こんな台詞もあったはず、こうすれば好感度は上がるはずと見当違いの努力を重ね、周囲のヘイトばかりが溜まっていく。この辺りは瑛子の喋ってた噂の通りだ。

 追い詰められて行った彼女に一筋の光明が射したのは今朝のことだった。ずっと接触できていなかった最推しの専務が午後の意見交換会には出席するという。これはきっと第六章の選択肢(イベント)だわ! と彼女は舞い上がった。お茶汲みでしかない自分が会議の内容を小耳に挟み、問題点を指摘して解決策を提示し、専務に気に入られるあのシーンの再現に違いない!

 そう思い込んだ彼女は盛大にやらかし、最推しのはずの専務にブチギレられた、と言うことだ。

 もう一度言い訳代わりに念押しをしておく。このキャラは入れ替わり前はモブだった。いまなら絶対、攻略対象になんかしない。怖いもん、専務。

 談話室で泣きじゃくるポーシェリィル嬢を懇々と慰め落ち着かせて、帰宅させた時にはとっくに定時を過ぎていた。自席に戻ったら同僚から次々「あれやっときました」「これ引き取りました」と私が放置していた仕事を処理したとの報告が寄せられる。皆の視線に労いを感じた。ありがたい。残業はほどほどにして、今日は早く眠ろう。


 そして翌日の夕方。

 やらかしの後始末についてポーシェリィル嬢と話し合う約束をしていたので、彼女が今住んでいるアパートまで足を運んだ。築古二階中住戸、1DKの慎ましい部屋は子爵令嬢にはさぞかし質素に感じただろうと言ったら、彼女は目を伏せて自嘲気味に微笑んだ。

「転生だと思ってテンションぶちあげだったので気になりませんでした……いまは後悔と自己嫌悪でそれどころじゃないので、やっぱり気になりません」

 不憫だ。言葉遣いに少々気になるところはあるけども。

 まず始末書をどう書くか。それから田中貴美恵さんの名誉回復をどう図るか。二人で考えてもなかなかいい案が出て来ない。夜もすっかり更けて、そろそろ終電を気にした方がいい時間になってきた。

 自棄になって、いっそ生き別れた双子の妹を捏造してそいつに罪をなすりつけましょうか、と言ったら彼女は「やはり妃殿下のお考えは物語のようで、面白うございます」と笑った。

 その『妃殿下』という呼称に、ちくりと胸が痛んだ。

 話は逸れるけど、訊いてしまおうか。なるべく明るく笑顔で、雑談っぽく話せば大丈夫よね。

「そういえば、皇太子とユィンファリシアの結婚式ってやっぱり盛大にやったの? 嫌がってたけど、皇太子」

「はい、あ、いえ、」

 ポーシェリィル嬢は口元に手を当て、ちょっと申し訳なさそうな顔をした。

「ご成婚の儀は確か芽月(三月)の終わりだったと思います。そうですね、ちょうど明後日ではと」

「え、でも妃殿下、って」

「神殿での祝福は昨年の翳月(十二月)にお済ませになったので、お立場としてはもう」

 神殿での祝福がこちらで言う婚姻届の提出で、成婚の儀が結婚式と披露宴だ。……去年の終わり頃に、神殿で、祝福?

「それって、正確な日付、発表された?」

「はい。翳月の十日です」

 去年の、十二月十日。あの事件の日だ。急に入れ替わって、言いたいことだけ言って、返事も聞かずにまた消えた、あの。

 言葉が出なくなった私を、ポーシェリィル嬢が気遣って声をかけようとしたその時。

 鞄からスマホのバイブ音が聞こえてきた。取り出すと、着信画面には『隆誠』の二文字。この番号を登録したのは私じゃない。ユィンファリシアだ。応答ボタンを押す指が、みっともなく震えている。

「……はい」

『この、GPS()うんはほんま便利なもんやね』

 へったくそな似非(エセ)京都弁が、耳元で笑った。慌てて立ち上がり、ベランダへ飛び出す。笠木を掴んで身を乗り出すと、宵闇にうすらさみしい光を落とす街灯の下、同じようにスマホを片耳に当て見上げる人影があった。目が合う。叫びたいのに声が出ない。勝手に涙が溢れてきて視界がぽやける。子供みたいにしゃくりあげる私に向かって、彼は、手を差し伸べた。

 夜露に(・・・)撓う(・・)蔓薔薇の(・・・・)ように(・・・)優雅に(・・・)

「ただいま、ユゥミ」

 額に落ちているのは黒髪だったけれど、その下で微笑む貌は専務のそれとは違って見えた。細められた目と片側だけ上がった口元。思い出したくなかった、思い出すと泣いてしまうから思い出さないようにしていた、私の愛するひとの、笑顔。

ようやくラブの気配が見えてきました。もう少し、お付き合いください。


ここまでお読みいただきありがとうございました。評価、ブックマークなどいただけると励みになります。よしなに。

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