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三国志演義

三国志演義・餓狼討滅戦【後編】~生と死の白門楼~

作者: 霧夜シオン


声劇台本:三国志演義・餓狼討滅戦がろうとうめつせん【後編】~生と死の白門楼はくもんろう


作者:霧夜シオン


所要時間:約70分


必要演者数:最低8人

      7:1


キャスト例:(他に良い組み合わせがあったら教えてください。)

曹操:

荀攸・高順:

呂布:

陳宮・関羽:

張遼:

魏続・張飛:

侯成・劉備:

ナレ・厳夫人・呂姫:


はじめに:この一連の三国志台本は、

     故・横山光輝先生

     故・吉川英治先生

     北方健三先生

     蒼天航路

     の三国志や各種ゲーム等に加え、

     作者の想像

     を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた

     め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事

     も多々あります。

     その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです

     。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい

     ております。何卒ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします

     。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場

     合がありますので、注意してください。

     なお、性別逆転は基本的に不可とします。



●登場人物


曹操そうそう・♂:あざな孟徳もうとく

     漢王朝かんおうちょう宰相さいしょう曹参そうしん末裔まつえいを称する。現王朝げんおうちょう司空しくうくらいについ

     て、自らの理想とする世をきずくべく、皇帝をも大義名分として

     利用する。人材収集癖があり、有能な人材を愛する事、女性を

     愛するかのごとくである。

     政治、軍事、文化等のあらゆる分野で後世こうせいに名を残す、

     ”破格の英雄”。


荀攸じゅんゆう・♂:あざな公達こうたつ

     曹操そうそうつか)えている荀彧じゅんいくおい謀略ぼうりゃくすぐれ、軍師として活躍。

     人柄を曹操そうそう絶賛ぜっさんされるほど終始しゅうし良好な関係だったという。

     軍の機密を厳守し、その生涯しょうがい献策けんさくした奇策は12あるとされ

     るが、本人は決して語る事はなく、後に編纂へんさんしようとした人物

     もなかばで死去。その為ほとんどが後世こうせいに伝わらなかった。


劉備りゅうび・♂:あざな玄徳げんとく

     漢の中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょう末孫まっそんを自称。

     乱れた世をただす為、義兄弟の関羽かんう張飛ちょうひと共に乱世らんせを駆ける。


関羽かんう・♂:あざな雲長うんちょう

     劉備りゅうび張飛ちょうひと共に義兄弟のちぎりを桃園とうえんに結び、乱世らんせたださんと

     戦い続ける。見事な顎鬚あごひげと酒に酔ったようなあかがおをしている

     。重さ八十二斤はちじゅうにきん青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを自在に操る。


張飛ちょうひ・♂:あざな翼徳よくとく

     劉備りゅうび関羽かんうと義兄弟のちぎりを結び、世をただすために戦う。

     一丈八尺いちじょうはっしゃく蛇矛じゃほこを振り回し、酒を愛する虎髭とらひげにどんぐりまなこ

     豪傑ごうけつ


呂布りょふ・♂:あざな奉先ほうせん

     五原郡ごげんぐん出身。武芸百般ぶげいひゃっぱんひいで、方天画戟ほうてんがげきを枯れ枝のごとく振るい

     、日に千里駆ける稀代きだいの名馬・赤兎馬せきとばまたがって戦場を駆ける。

     餓狼がろうの様な性質を持ち、背信はいしんと裏切りにまみれた生を歩む。

     現在は劉備りゅうびから徐州じょしゅうを奪い、領主の座に座っている。

     三国志最強と言われ、飛将軍ひしょうぐんの異名や「人中じんちゅう呂布りょふ馬中ばちゅう

     赤兎せきと」とうたわれる。


陳宮ちんきゅう・♂:あざな公台こうだい

     かつては曹操そうそうつかえていたが、次第にその人間性について行け

     なくなり、流浪るろうの身だった呂布りょふに接触、推戴すいたいして曹操そうそうから離反りはん

     。

     以来、呂布りょふ献策けんさくし続け、現在は徐州じょしゅうの実質的支配者とさせて

     いる。


張遼ちょうりょう・♂:あざな文遠ぶんえん

     後に泣く子も黙ると恐れられた武勇を持つ人物。この時は呂布りょふ

     配下で高順こうじゅんと二枚看板をなす猛将。己の意思とは裏腹に、丁原ていげん

     、董卓とうたく呂布りょふと次々につかえる主君を変えざるを得なかった。


高順こうじゅん・♂:あざなは伝わっていない。

     呂布りょふ配下で張遼ちょうりょう双璧そうへきをなす猛将。攻撃した敵部隊を必ず壊滅かいめつ

     した事から【陥陣営かんじんえい】の異名で恐れられる。寡黙かもくで酒は飲まず

     、贈り物も一切受け取らない清廉潔白せいれんけっぱくな人物であったという。


魏続ぎぞく・♂:あざなは伝わっていない。

     呂布りょふ縁戚えんせき関係にあったことから重用ちょうようされた。

     呂布りょふ高順こうじゅんうとんじるようになると、

     めいを受けて高順こうじゅんの兵を率いている。


侯成こうせい・♂:あざなは伝わっていない。

     呂布りょふ軍配下の八健将はちけんしょうの一人(序列第8位)。

     正史と演義えんぎがほぼ同じ人物。敵の曹操そうそう軍にも名が知れている。

     このヒの戦いの後、物語には一切登場しない。


呂姫りょき・♀:呂布りょふの娘。

     ゲームでは呂玲綺りょれいきとなっているが、便宜上べんぎじょう付けられた名前で、

     武勇にすぐれているという事もなく、本名も伝わっていない。

     父親の呂布りょふには目に入れても痛くないほどかわいがられており

     、袁術えんじゅつとの政略結婚に出されそうになる。


厳夫人げんふじん・♀:本名は不明。

      呂布りょふの正妻と伝わる。演義での記述を見る限り、いくさのことに

      口を出して呂布りょふまどわす役回りで、良いイメージはない。


ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。



※演者が少ない状態で上演の際は、被らないように兼役でお願いします。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



ナレ:呂布りょふヒ城に入ったと思われる頃、曹操そうそう軍本営では最後の詰めを

   協議するべく将たちが集まっていた。

   殺すか生け捕るか、いずれにしても四方しほうを敵に囲まれている以上、

   その一角である呂布りょふ始末しまつは、何らかの形でつけなければならなか

   ったのである。


曹操:呂布りょふヒ城へ退却したとのことだ。

   ヒは徐州じょしゅうにとって出城でじろに相当し、規模は小さいが守りは固い。

   まずは包囲せねばならんだろう。


荀攸:はい。

   遠火とおびで魚をあぶるがごとく、ゆるゆると攻め滅ぼすのが良いかと。

   あまりに急に攻めて押し詰めると、思慮しりょとぼしい呂布りょふ

   何をしでかすか分かりませぬ。


劉備:確かに…どこにも逃げられぬと分かれば、死に物狂いになるでしょ

   うな。

   そういえば、泰山たいざんの賊徒の敗残兵がおいおい集まってきているとの

   報告がありました。

   呂布りょふにとってはそれも頼みのつなの一つかと。


関羽:それに、いよいよ面子めんつを捨てて最後の手段を選ぶとなれば、

   無条件降伏してでも袁術えんじゅつに援軍を求める可能性があります。


曹操:うむ、いずれの意見もの考えと相違そういない。

   がもっとも恐れているのは、袁術えんじゅつ呂布りょふ緊密きんみつ間柄あいだがらとなること

   だ。

   山東さんとう方面はの軍で遮断しゃだんするゆえ、劉備りゅうび殿はヒから淮南わいなんにかけて

   の通路をすべてふさいでもらいたい。


劉備:はっ、つつしんでうけたまわりました。

   さっそく準備にかかりますゆえ、これにて…。


   【二拍】


荀攸:我がきみ、包囲を終えたあとですが…。

   城へせまって呂布りょふを呼び出し、降伏を呼びかけてくださいませ。


曹操:なに、自身に降伏勧告こうふくかんこくをせよというのか?


荀攸:はい。

   このいくさ、天下の注目するところとなっていましょう。

   それらを意識して動かねばならぬかと。


曹操:うむ、そちの申す通りだ。

   才ある人材ならば、前非ぜんぴは問わぬことを改めて知らしめるのか?


荀攸:それもあります…が、あくまで表向きでございます。


曹操:表向き……すると裏の意図いとは、離間りかんの計か?


荀攸:それに近いものが狙える可能性はあります。

   我がきみご自身が呼びかければ、目先のことしか見えぬ呂布りょふのこと、

   あるいは降伏しようと言い出すやもしれませぬ。

   …しかし、周りがそれを許すでしょうか?


曹操:!なるほどな…陳宮ちんきゅうか。


荀攸:そうです。

   我がきみを憎む彼のこと、必ず止めに入るでしょう。

   それに呂布りょふがどう反応するかは分かりませぬが、

   どちらに転んでも良い一手いって、打っておくべきかと。


曹操:ふ…我が軍師は頼もしくも恐ろしいな。

   うむ、包囲を終え次第しだい実行しようではないか。


荀攸:ははっ。


ナレ:曹操そうそう劉備りゅうびヒ城の包囲を開始。

   間道かんどう山伝やまづたいに軍を進め、関所せきしょや見張り小屋、さくにやぐらと、

   あらゆる手段をもってヒの地を陸の孤島ことうへ変えていく。

   かたや城へ追い込まれた呂布りょふは、空をあおいでは天候に祈っていた。


呂布:もうすぐ冬だ…雪よ、早く大地を埋めつくせ。

   そうすれば曹操そうそう軍は寒さに耐えられず撤退てったいするはずだ。


陳宮:将軍、曹操そうそう軍は遠路えんろを戦い続け、軍の配置も整わず、

   冬をしのぐ為の陣屋じんやの用意もまだできておりません。

   ここを奇襲すれば、勝利を必ずや収めることが出来ましょう。


呂布:いや、そう上手うまくはいかんだろう。

   負け続きで我が軍の方こそ士気が上がっていない。

   敵軍に突撃するほどの力はないだろう。

   ここはやはり待つしかあるまい。


陳宮:しかし、敵の方が疲れていることは確かです。


呂布:くどい!

   自然の力と味方の士気の回復を待つのだ!


陳宮:は…。


曹操:【若干遠くに聞こえる感じ】

   呂布りょふはいるか!!

   いるなら出てこい! 話がある!


呂布:! 誰だ…!?

   俺はここにいる!

   呼ぶ者は誰だ!!


曹操:の声をき忘れたか!

   曹操そうそうだ!


呂布:!曹操そうそうみずからお出ましとはな…。

   いったい何の用だ!!


曹操:本来、なんじは敵ではなく、ついこの間まで力を合わせ共に戦った

   仲間である!

   それを忘れたわけではあるまい!


呂布:黙れ!

   劉備りゅうびと示し合わせてこの俺をとうとしていたのはどこの誰だ!

   知らぬとは言わせんぞ!


曹操:それはなんじ袁術えんじゅつに自分の娘をとつがせようとしたからだ!

   皇帝を勝手に名乗った袁術えんじゅつは逆賊である。

   それと姻戚いんせき関係を結べば、なんじ逆賊ぎゃくぞくとなるぞ!


呂布:!! う…それは、確かに…!


曹操:縁談えんだん破談はだんにしてに従うならば、なんじの領土も名誉もの名にかけ

   て守る!

   約束しようではないか!


呂布:む…う…。


陳宮:【つぶやくように】

   く…なんたる口のうまさ…。


曹操:だがこのヒ城を攻め落とされてからでは遅いぞ!

   さあ、返事を聞かせてもらおう!


呂布:……。

   

   曹操そうそう殿、しばらく時間をくれ!

   皆と協議したうえで使者を出すゆえ!


陳宮:!!?

   なっ、し、将軍! 何を馬鹿なことをおっしゃるか!

   曹操そうそう希代きだい策略家さくりゃくか、あんな甘い言葉を信じてはなりませぬ!


   曹操そうそうッ! なんじは若いころから口先で人をだます達人だが、

   この陳宮ちんきゅうがおる以上、将軍だけはあざむかせぬぞ!

   この寒空さむぞらの下で無用な舌を動かしている暇があったら、

   さっさと、消えせろォッ!!


ナレ:言うやいなや、陳宮ちんきゅうはいつの間にか手に持っていた弓に矢をつがえる

   と、曹操そうそう目がけてる。

   矢はかぶとに当たると三つに折れた。


曹操:うッ! おっ…のれェ!!

   陳宮ちんきゅうッ! 誓ってなんじの首を土足どそくで踏みつけて、

   今の返答にしてくれるぞ! 忘れるなッ!

   者ども、総攻撃に移れッ!!


呂布:ま、待て曹操そうそう殿!

   今のはこの呂布りょふの考えではない!

   陳宮ちんきゅう一存いちぞんだ!!


陳宮:このに及んでまだそんな弱音を吐かれるのですか!

   曹操そうそうの人間性はご存じのはず! 

   甘い言葉に乗って降伏こうふくしたが最後、首が胴から離れますぞ!!


呂布:黙れッ! をわきまえず何を言うかッ!!

   成敗せいばいしてくれる!!


高順:ッお待ちください、将軍!


張遼:我々も陳宮ちんきゅう殿と同じ意見です!


高順:今ここで味方の将を失えば、曹操そうそうを有利にするばかりですぞ!


張遼:陳宮ちんきゅう殿も自分の為ではなく、忠義の心から申されていることです。

   ここはどうか!


呂布:む、むう…お前達も同じ意見か…。

   ……確かに頭に血がのぼっていたようだ。

   許せ、陳宮ちんきゅう


陳宮:…いえ、こちらも言いすぎました。


曹操:…。

   【つぶやくように】

   踏みとどまったか…まあよい、退くぞ。


ナレ:敵の目からも見える城壁の上である。

   主従しゅじゅうの言い争いは醜態しゅうたいというほかなかった。

   配下の将達の諫言かんげんわれに返った呂布りょふは、陳宮ちんきゅうに素直にびる。

   そして城内へ戻り、そのまま軍議に入った。


陳宮:曹操そうそうが戦いを長引ながびかせたくない理由はいくつもあります。

   まずひとつ、本拠地ほんきょち許昌きょしょう留守るすにしている事、

   ふたつにはそれに付け込んだ袁紹えんしょう劉表りゅうひょう張繍ちょうしゅうらの侵攻の可能性、

   みっつには冬の訪れにともない、寒さによる軍の動きや兵糧ひょうろうの輸送に

   活発さをくことがあげられます。


張遼:ですな。

   それゆえ曹操そうそうは、あのような事を言い出したに違いありませぬ。


高順:いくさ長引ながびほど曹操そうそうにとっては不利になるでしょうしな。

   魏続ぎぞく殿はどう思われる。


魏続:それがしも高順こうじゅん殿と同意見にござる。

   しかし、我らも城内にこもっているだけではなりますまい。

   のう、侯成こうせい殿。


侯成:うむ。

   できるだけ戦局を長引ながびかせつつ、敵に打撃を与えていく事が肝要かんよう

   かと。


呂布:ふむう…陳宮ちんきゅう、お前に何かよい策があるのか?


陳宮:はい、ここは掎角きかくの計を用いるべきかと存じます。


呂布:掎角きかくの計…それはどのような策略だ?


陳宮:鹿をらえるがごとき策にございます。

   かくがつのを取る、は足を取るという意味です。


呂布:ふむ、それでどう動くのだ?


陳宮:まず将軍が城外に精鋭部隊をひきいて出ます。

   そうすれば、曹操そうそうは必ず将軍へ軍を向けるでしょう。


呂布:確かに、曹操そうそうは俺の首を欲しがっているだろうからな。


陳宮:城へ背を向けた曹操そうそう軍の後方を、私が城を出て叩きます。


魏続:将軍に気を取られているところを襲うわけですな。


陳宮:そうです、魏続ぎぞく殿。

   そして曹操そうそうが我らへ軍を向け返れば、今度は将軍が曹操そうそう軍の後方を

   おびやかすのでございます。


侯成:おぉ実に妙計みょうけいだ。この侯成こうせい感服かんぷくいたしたぞ。

   将軍はいかが思われますか。


呂布:うむ、孫子そんし裸足はだしで逃げだすだろう策だ!

   すぐに準備しろ!


ナレ:呂布りょふは決断すると出陣の準備をするべく奥へ入り、

   妻の厳夫人げんふじんを呼んだ。


呂布:妻よ、妻よ!


厳夫人:あなた様、いったいどうなされたのですか?


呂布:出陣する。用意してくれ。


厳夫人:まあ、では鎧を…。


呂布:いや、その他にも肌着や毛皮の胴服どうふくなどの、

   風雪ふうせつをしのげる装備を渡してくれ。

   城外に出れば寒さは厳しいからな。


厳夫人:そんなに厚着あつぎをする必要があるのですか?


呂布:うむ。

   しばらく城外に出たままになるだろうからな。

   しかし陳宮ちんきゅうは、まるで智謀ちぼうの袋のごとき男だ。

   奴のさずけた掎角きかくの計があれば、勝利は疑いない。


厳夫人:えっ、この城を他の者の手にあずけて城外へ出るとおっしゃられま

    すか!?

    …うっ…うぅ…【泣きだす】


呂布:!? ど、どうしたのだ、何を泣く?


厳夫人:【すすり泣きながら】

    あなた様は、後に残る妻子さいしを何とも思われないのですか?

    陳宮ちんきゅう献策けんさくだそうですが、彼の前身ぜんしんを思い起こして下さい。


呂布:陳宮ちんきゅう前身ぜんしん……以前は曹操そうそうつかえていたが…。


厳夫人:その曹操そうそう主従しゅじゅうちぎりを結んでおきながら、途中から心変わりし

    て去った男ではございませぬか。


呂布:それはそうだが…。


厳夫人:ましてあなた様は、曹操そうそうよりも彼を重く用いて来なかったではあ

    りませぬか。


呂布:む、むうぅ…。


厳夫人:あなた様が最近までもっとも信頼なされていた陳珪ちんけい陳登ちんとう父子ふし

    さえ、あなた様を裏切りました。


呂布:うう…陳珪ちんけい…、陳登ちんとう…!


厳夫人:城に残る陳宮ちんきゅうはじめ、他の将が裏切らぬとどうして言いきれまし

    ょうか?

    そうなればわらわも、娘も、これが今生こんじょうのお別れでございます…!

    【号泣する】


呂布:う、うぅぅわかった、考え直す、考え直すからもう泣くな!


厳夫人:おぉぉ…あなた様…!


呂布:【つぶやくように】

   …たしかにこの策は城外と城内の呼吸が合ってはじめて成功する…

   、一人でも裏切り者が出ればおしまいだ…。

   そうだ、やはり籠城ろうじょうと自然の、雪の力に頼るべきだろう…。


ナレ:妻の言葉に呂布りょふの心は簡単に揺れ動き、掎角きかくの計をあきらめてしまう。

   そうとは知らない陳宮ちんきゅうは、二日、三日と出陣する気配けはいのない呂布りょふ

   苛立いらだち、再び彼の前へ出て進言した。


陳宮:将軍、一日も早く城を出て曹操そうそう軍に備えなければなりませぬ。

   敵はぞくぞく々と四方しほうからせまりつつありますぞ!


呂布:おお陳宮ちんきゅうか。

   やはり遠く城を出て戦うよりも、城にこもって固く守るのが良いと

   思うのだが。


陳宮:なんですと!?

   堅固けんごとはいえ、この小城こじろではいずれ防ぎきれなくなりますぞ!


呂布:案ずるな、お前をはじめ張遼ちょうりょう高順こうじゅんら、それに俺と赤兎馬せきとばがおる。

   防げぬ事などあるものか。


陳宮:いえ、士気を高める為にも出て戦うべきかと。

   と言うのも最近、曹操そうそう本拠地ほんきょち許昌きょしょうからおびただしい兵糧ひょうろう

   輸送されてきているとの事です。

   将軍が精鋭をひきいてそこを襲えば、敵の輸送路ゆそうろを断ちつつ致命的な

   打撃を与える事が出来ます。

   これこそまさに一挙両得いっきょりょうとくと申せましょう。


呂布:なに、曹操そうそうの本陣へ兵糧ひょうろうが輸送されてきているのか。

   それを襲撃するというのだな。

   ふうむ……たしかに成功すれば、曹操そうそう軍は雪の中で食料もなく

   我らと対陣する羽目はめになるだろう。

   よしッわかった、明日出陣する!


陳宮:なにとぞ、この機をのがしませぬよう。


呂布:うむ、明日は早くなるだろう。

   奥へ引き取る。


陳宮:ははっ。


   (おそらく家族の言葉に耳を貸されたに違いない…困ったものだ。

   だが、敵の兵糧ひょうろうを断つとなればご出陣くださるはず…!)


   【二拍】


呂布:妻よ、明日早くに出陣となった。

   もう休む……? どうしたのだ、何を泣いている?


厳夫人:【すすり泣きながら】

    おお、あなた様…。

    もうこの世で再びお会いできなくなるかと思うと、

    いくら泣いても足りませぬ。


呂布:な、なにを言うか。

   俺はこの通り健在けんざいだし、城にはこの冬をしのげるほど兵糧ひょうろうがある、

   万を超える精鋭もいる。


厳夫人:いいえ、わらわは聞きました。

    あなた様はわらわたちを捨ててこの城を出られるのでしょう。


呂布:勝利を得るために城を出て戦うのだぞ。

   何も死地しちおもむくわけではない。


厳夫人:でも…でも案じられます。

    ご家来けらい高順こうじゅん陳宮ちんきゅう日頃ひごろから仲が悪く、あなた様がいなければ

    、きっと敵にそのすきを突かれるに違いありませぬ。


呂布:なに、二人はそんなに仲が悪いのか?


厳夫人:陳宮ちんきゅうは前にも申しました通り、以前は曹操そうそうつかえていた人間です

    。

    高順こうじゅん不仲ふなかのあまり、裏切るなどという事になったら…。

    【すすり泣きが次第に号泣に変わる】


呂布:~~~ッ、も、もうそれを言うな!

   わかった、出陣は取りやめる!

   俺に方天画戟ほうてんがげき赤兎馬せきとばがあるうちは、誰であろうと征服せいふくできる者な

   どいない!


厳夫人:ええ、そうでございます!

    小手先こてさきの方法は、あなた様には似合いませぬ…!


呂布:うむ!

   妻よ、もう案ずるな。

   

ナレ:陳宮ちんきゅうの必死な献策けんさくにもかかわらず、ついに呂布りょふは妻の言葉を信じて

   出陣を取りやめてしまう。

   だがさすがに罪悪感を覚えたのか、次の日になると彼は陳宮ちんきゅうを呼び

   出した。


陳宮:将軍、ただいま参りました。

   ご出陣の準備は整ってございましょうか?


呂布:おお、陳宮ちんきゅう

   実は念の為、お前の話にあった輸送隊の存在を調べさせた。

   するとどうやら俺をおびき出す為の偽情報にせじょうほうだという事が分かった。


陳宮:虚報きょほう…ですと?

   (城から偵察ていさつを出していないはず…。とすればまたしても…!)


呂布:察するところ、俺を城外へおびき出して一気に殲滅せんめつしようとする

   曹操そうそうはかりごとだろう。

   そんな手に乗る俺ではない!

   それゆえ籠城ろうじょうすると決めた!


陳宮:!! そう、でございますか……。

   失礼します。


   【二拍】


   ああ、これで我らの運命のなかばは決まってしまった…。

   悪くすると、身をほうむる地も無くなるだろう…。

   何か他に策は…策はないか…。


ナレ:そうして日をむなしく送っているうちに、曹操そうそう劉備りゅうび連合軍はヒの

   城の包囲をちゃくちゃく々と進めていく。

   その間、呂布りょふ日夜にちや酒におぼれ、娘や妻に囲まれる日々を過ごしてい

   た。

   だが、しばらくしてまた陳宮ちんきゅう献策けんさくのため彼の前に現れる。


呂布:雪よ…もっとれ、山野をおおいつくせ!

   …酒が足らんぞ、持ってこい!


陳宮:将軍、少しよろしいでしょうか。


呂布:…なんだ、陳宮ちんきゅう


陳宮:ここにひかえている許汜きょし王楷おうかいから献策けんさくがございます。

   将軍、敵は包囲の為の砦構築とりでこうちくを日々進めております。

   いずれ、ヒ城はありい出る隙間すきまも無くなりましょう。


呂布:確かにそうだ。


陳宮:聞けば淮南わいなん袁術えんじゅつは、その後勢いを盛り返して勢力は盛んであると

   のことです。

   婚姻こんいんの件はまだ正式に破談はだんとなったわけではありませぬし、今こそ

   この件をし進め、それと共に援軍を要請ようせいするのです。

   二人を使者としてつかわし、説得させればうまく行くかと思います

   。


呂布:!…そうだ…そうだった。

   あの件はまだ終わったわけではなかったな。

   では許汜きょし王楷おうかいを使者として淮南わいなんおもむかせるわけか。


陳宮:はい。

   いま落城らくじょうか生き延びるかの瀬戸際せとぎわ、命はしまぬと申しております

   。

   願わくば彼らが無事に淮南わいなんと城を往復できるよう、

   守護の兵を付けていただければと存じます。


呂布:よしわかった!

   二人には張遼ちょうりょう兵千騎へいせんきを付けて守らせる。

   今夜、闇にじょうじて一気に淮南わいなんまで駆け抜けさせろ!

   張遼ちょうりょう、いるか!


張遼:はっ、おんまえに!


呂布:聞いての通りだ。千の兵を率いて許汜きょし王楷おうかいの護衛に当たれ!


張遼:心得こころえました!


呂布:陳宮ちんきゅう、これで万全であろう。


陳宮:ははーっ、早速さっそくのお聞き届け、感謝いたします。


ナレ:呂布りょふ一筋ひとすじ光明こうみょう見出みいだした気分になると、

   すぐに書簡しょかんをしたためて二人に持たせ、出発させる。

   張遼ちょうりょう夜更よふけを待つと城門を開かせ、ひそかに城を出た。


張遼:良いな、皆の者。

   一息ひといき淮南わいなんまで駆け抜けるのだ。

   この張文遠ちょうぶんえんについて参れ!


張遼役以外全員:おうッ!【SE代用可】


張遼:行くぞッッ!


ナレ:張遼ちょうりょうひきいる精鋭ははじめに曹操そうそう軍の包囲網ほういもうを、

   続けて次の日の夜も劉備りゅうび軍の警戒線けいかいせんを見つかることなく見事みごとに突破、

   淮南わいなん無事ぶじに使者を送り届けることに成功する。

   だが、その帰り道。


張遼:兵五百へいごひゃくはこのまま淮南わいなんに残り、使者の帰り道を護衛せよ!

   残りの五百は我と共に城へ帰還きかんする!

   続けッ!


   【二拍】


   今度も無事ぶじ通れるといいが…。


関羽:む…?

   多くの馬のひづめの音が近づいてくる。

   こんな夜遅くに…?

   ! まさか!

   はあッ!


   そこへ行くのは何者だ!!


張遼:うっ、しまった!

   劉備りゅうび軍の警戒線けいかいせんに引っかかったか!


関羽:あれは…!

   そこにいるのは張遼ちょうりょう殿ではないか!?


張遼:!! まずい敵に会った…。

   関羽かんう殿! 悪いがここを通してもらおう!


関羽:それがしとてここを任されている身、張遼ちょうりょう殿と言えど、

   やすやすと通すわけにはいかん!

   参る!はああッ!!


張遼:おぉうッッ!!

   さすがは関羽かんう殿…ぬぅうんッッ!!


関羽:っぐうぅ!

   相変わらずの技のえ…恐るべき男だ…!

   これはどうだ! でぇぇいッッ!!


張遼:ぬぅおおッ!!

   むかし虎牢関ころうかんで将軍と一騎討いっきうちする貴公を見て、

   それがしは青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう得物えものとし、己の武をみがいてきた!

   はああッ!!


関羽:ふっ!

   張遼ちょうりょう殿にそう言われるとは、冥利みょうりきるな!


張遼:今よりもさらに武を高めるには、貴公のような強者きょうしゃと戦い、

   討ち倒さねばならん!

   だが今はその時ではない…!


関羽:任をまっとうする為、決して逃がさぬ!

   皆の者、包囲せよ!


張遼:くっ…さすがに不利か…?


ナレ:そのころ、闇にまぎれて劉備りゅうび軍の包囲を脱出した兵が、

   城にのがれ帰ると援軍を求めていた。


高順:何ッ、行きは首尾しゅびよく行ったが、戻る際に関羽かんうに気づかれ、

   包囲されていると…!?

   いかん侯成こうせい殿、すぐに救援に向かおう!


侯成:うむ!

   張遼ちょうりょう殿は味方の重鎮じゅうちんの一人、見殺しにするわけにはいかん!

   将軍、我らが参ります!


呂布:おお、二人とも頼んだぞ!


侯成:門を開け! 味方を救うのだ!


高順:いま参るぞ、張遼ちょうりょう殿…!

   急げ!!


   【二拍】


張遼:くっ…次々と味方の兵がたれてゆく…!


関羽:いさぎよく馬を降りて降伏されよ、張遼ちょうりょう殿!


張遼:むうう、いよいよいかんか……むっ?


関羽:なにっ、城の方角から…!

   まさか敵の援軍か!?


侯成:突っ込め!! 敵を蹴散けちらせッ!


【喚声:SE代用可】


張遼:おお、援軍だ!

   ならば協力し、包囲を突破するのだ!

   うぉぉおおおおッ!!   


関羽:ぬうっ、これはいかん!

   逆にはさちにあっている!

   退け! 包囲をいて密集し、態勢たいせいを整えよ!


侯成:張遼ちょうりょう殿! 張遼ちょうりょう殿はいずこだ!


張遼:その声は侯成こうせい殿か!

   それがしはここだ!!


侯成:おお張遼ちょうりょう殿、無事ぶじで何よりだ!


高順:首尾しゅびよくいったな、侯成こうせい殿!

   さあ城へ戻ろう!


張遼:関羽かんう殿! 勝負はまた後日!

   はあっ!


関羽:…【溜息】

   のがしたか…。

   おそらく奇襲や攪乱かくらんを狙ってのものであろうか。

   ともあれ、負傷者の手当てをせよ!

   私は報告に行ってくる!


   【二拍】


   兄者、失礼します。


劉備:おお雲長うんちょう

   小規模しょうきぼながら敵の部隊が現れたと聞いたが。


関羽:は、隊をひきいていたのは張遼ちょうりょう、兵の数はおよそ五百ほどでした。

   少々不審に感じましたが、おそらく奇襲や攪乱かくらんが目的だったので

   はないかと。


劉備:うむ、呂布りょふも手段を選ばず戦局せんきょくを有利に運ぼうとするであろうな

   。


張飛:兄貴、入るぜ!

   おう雲長うんちょう兄貴、敵はもう片付いちまったのか?


関羽:いや、城から救援が現れてな。

   残念ながら逃げられた。


張飛:そうか、俺様が間に合ってりゃ逃がさなかったんだが…。


劉備:雲長うんちょうが感じた違和感いわかん、もしかすると別の目的だったのかもしれん。

   ともあれ、これからは夜をてっして警戒を強めねばなるまい。

   二人とも、頼むぞ。


関羽:はっ、お任せあれ。


張飛:おう! より警戒を厳しくするぜ!


ナレ:窮地きゅうちおちいった張遼ちょうりょうは救援を得て虎口ここうのがれ、

   劉備りゅうびらは一抹いちまつの不安を感じ警戒を強めた。

   いっぽう淮南わいなんでの婚姻こんいん外交は、条件付きで袁術えんじゅつ承諾しょうだくを得ることに

   成功する。

   しかしその帰り道、彼らもまた劉備りゅうび軍の警戒網けいかいもうにかかってしまった。


張飛:ううーっ、さみぃなぁオイ。   

   こういう時ゃ、やっぱりむに限るってもんだ。

   さっさと見回りを終わらせて……ん? この音は…大勢の馬のひづめ

   音か!?

   夜更よふけに、しかも大勢で馬を急がせてるってことァ敵だな!

   お前ら、かかれッ!!

   包囲して一人も逃がすな!!


【喚声:SE代用可】


関羽:…? なんだ、喚声かんせいが聞こえる…もしやまた呂布りょふ軍か!?

   皆、それがしに続け!

   はぁッ!


   【二拍】


   あの辺は翼徳よくとくの受け持ちだったはず…むっあれは…!

   翼徳よくとく、これはいったい何事だ!?


張飛:おう雲長うんちょう兄貴!

   呂布りょふ軍だ! 俺様の目を盗んで駆け抜けようとしやがった!


関羽:そうか、わかった!

   聞け、皆の者! 翼徳よくとくに加勢し、敵を殲滅せんめつするのだ!


【喚声:SE代用可】


ナレ:使者の許汜きょし王楷おうかいは運よく包囲からのがれ、ヒ城への帰還きかんに成功。

   しかし彼らを護衛していた五百の兵はほぼ壊滅かいめつ、隊の部将は張飛ちょうひ

   捕らえられてしまう。

   容赦ようしゃない拷問ごうもんを受けた部将は全てを自白じはく

   一連の動きの真意を二人は知り、急ぎ劉備りゅうび幕舎ばくしゃを目指していた。


関羽:先日と今回の呂布りょふ軍の動き…淮南わいなん袁術えんじゅつ婚姻こんいん外交を行う為であっ

   たとは…!


張飛:まずいぜ雲長うんちょう兄貴!

   袁術えんじゅつが話をのめば、俺達は前後から挟撃きょうげきされる可能性も出てくるっ

   てわけだ!


関羽:うむ。

   一刻も早く曹操そうそうと対策を協議するよう具申ぐしんせねばならぬ。


張飛:ちくしょう、厳重に備えていたってのにやすやすと淮南わいなんへの往来おうらい

   見逃みのがすなんてよ…。


関羽:過ぎた事をやんでもどうにもならん。

   それよりも今は、袁術えんじゅつ呂布りょふが再びつながるのを何としても阻止する

   必要がある。


張飛:そうだな!

   兄貴、いるか!


劉備:おお翼徳よくとく雲長うんちょうも一緒か。

   また敵襲があったと報告を受けたが。


関羽:それが、こちらを狙っての襲撃ではありませんでした。


張飛:敵の部将を捕らえたんで、拷問ごうもんにかけたら全部吐いたぜ!


関羽:それによれば、呂布りょふは以前うやむやになったままでいた袁術えんじゅつの息子

   と自分の娘を婚姻こんいんさせるべく、使者を出したとの事です。


劉備:何ッ、それは本当なのか!?


張飛:おらっ、来いッ!

   こいつが、その護衛の部隊の将だったんでさ。


劉備:むうぅ、それで縁談えんだんはどの程度まで進んでいるのだ?


張飛:こやつの話だと、娘を先に淮南わいなんに送り届ければ話はまとまるらしい

   ぜ。


劉備:いかん、それを許せば袁術えんじゅつ大挙たいきょして援軍を差し向けてくるぞ。


関羽:はい、それゆえ至急しきゅう曹操そうそうと協議なされた方が良いかと。


劉備:うむ、すぐに参ろう。

   馬を引けッ!


   はあッ!


ナレ:劉備りゅうびは二人の報告に驚愕きょうがくすると、すぐに曹操そうそうの本陣へと馬を走らせ

   る。

   曹操そうそうもまだ起きていたのか、待つもなく奥へ通された。


曹操:おう劉備りゅうび殿、こんな夜更よふけにどうされた。


劉備:実は先ほど敵の小部隊しょうぶたい警戒網けいかいもうに引っかかり、これはほぼ殲滅せんめつしま

   した。その際、部隊を指揮していた将を捕らえて尋問じんもんしたところ、

   呂布りょふから袁術えんじゅつへの使者を護衛していた事が分かりました。


曹操:何っ、袁術えんじゅつへ向けた使者だと!?

   して、その内容は。


劉備:どうやら縁談えんだんの件を、今になって急にし進めているようです。


曹操:くっ…やはりそれにすがってきたか…!

   彼奴きゃつらの縁談えんだんは以前から今日まで二転三転にてんさんてんしていたが…ついに面子めんつ

   を捨てたか。

   それで、話はどの程度まで進んでいるのだ?


劉備:呂布りょふの娘が淮南わいなんに着いた時、縁談えんだんはまとまるという事です。


曹操:それと共に、袁術えんじゅつが援軍を差し向けてくるというわけか。


劉備:おそらくそうなりましょう。


曹操:まずいぞ…呂布りょふの娘を淮南わいなんに行かせてはならん。

   あの二人が姻戚いんせき関係を結べば、大きな脅威きょういとなる。

   せっかくここまで呂布りょふを追い詰めたと言うのに、そうなれば盤面ばんめん

   ひっくり返されかねん。

   荀攸じゅんゆう!!


荀攸:はっ、おんまえに。


曹操:全軍に伝令でんれいを飛ばせ!

   呂布りょふが自分の娘を淮南わいなんへ送り届け、婚姻こんいん同盟を結ぼうとしている。

   近いうちに必ずや城を出て、包囲を突破しようとするだろう。

   絶対に抜かせてはならん、よいな!


荀攸:心得こころえました、ただちに!


曹操:劉備りゅうび殿もいよいよ警戒を厳しくし、呂布りょふの使者など再び断じて通さ

   ぬように。


劉備:承知いたしました。

   では。


ナレ:その頃、ヒ城へ命からがら戻った許汜きょし王楷おうかいの二将から呂布りょふ

   陳宮ちんきゅうと共に縁談えんだんについての報告を受けていた。


陳宮:袁術えんじゅつも用心深い…やはり姫を先に淮南わいなんへ送り届けることを条件とし

   てきましたか。

   しかし、今はこれ以外に戦局せんきょく好転こうてんさせる手段はありませぬ。


呂布:娘を淮南わいなんへやるのは良いが、しかし幾重いくえにも包囲されたこの状況下じょうきょうか

   でどうやって連れていくか…。


陳宮:やはりここは、将軍みずから送っていただかねばなりますまい。


呂布:娘は俺の命の次に大事なものだ。

   戦場はおろか、世間の風にもあてた事もなく、ちょうよ花よと今日まで

   育ててきた。

   よし、俺自身が淮南わいなんさかいまで送って行こう。


陳宮:今日は不吉な日柄ひがらゆえ、明日の夜更よふけに出発するのがよろしいでし

   ょう。


呂布:よし、張遼ちょうりょう侯成こうせいを呼べ!


ナレ:呂布りょふはついに心を決めると妻を説得、将二人に兵三千を率いて次の

   日の夜更よふけに城門をひそかに開かせた。

   そして彼の娘は、父である呂布りょふ自身の背中に幾重いくえにもくるまれ、

   しっかりと結び付けられていたのである。


呂布:娘よ、寒くはないか?


呂姫:お父様…これからいずこへ参るのですか…?


呂布:お前はこれから淮南わいなん輿入こしいれするんだ。

   怖いことはないからな。

   何不自由なく贅沢ぜいたくに暮らせるのだぞ。


呂姫:嫌…わたくし、お父様のおそばがいい…。


呂布:わがままを言うんじゃない。

   お前は未来の皇帝のきさきになるんだ。

   これは喜ばしい事なんだぞ。


呂姫:う…は、はい…。


魏続:将軍、そろそろ…。


呂布:うむ。

   俺が娘を淮南わいなんの境へ無事ぶじに送り届けて戻るまで、

   陳宮ちんきゅうらと協力してこの城を守り抜いてくれ。

   頼むぞ、魏続ぎぞく


魏続:ははっ、命にえましても。


張遼:娘よ、恐れることは無い。俺が付いているからな。

   よし、城門を開け!


侯成:将軍、万が一の場合はそれがしが、御車みくるまに姫が乗っておられるかの

   ようにふるまいます。

   少しは敵を引き付けられるかもしれませぬ。


呂布:おお、それは良い。

   だがいざとなったら車は捨てても構わん。

   とにかく娘を無事ぶじ淮南わいなんへ送ることが第一だ、侯成こうせい


侯成:はっ、心得こころえております。


張遼:では、それがしが先頭に立ちます。

   偵察ていさつを常に放ちながら進みましょう。


ナレ:寒空さむぞらに月がこうこう々とえる中、薄氷はくひょうを踏む思いで呂布りょふと三千の兵は

   一歩一歩進んだ。

   赤兎馬せきとば子煩悩こぼんのうな父と白珠しらたまのごとき娘を乗せ、淮南わいなんへの道を行く

   。


呂布:物見ものみからの知らせはどうだ?


侯成:はっ。敵兵もこの寒さをしのごうと隠れているのでしょう。

   辺りに敵の影はないとの事です。


呂布:おう、天の与えだ。

   このまま先を急ぐぞ。


侯成:ははっ。


ナレ:だが呂布りょふ達が城から百里ひゃくりほど進んで森の中にさしかかった時、

   突如とつじょあたりにときの声が上がった。


【喚声:SE代用可】


呂布:うっ、こ、この喚声かんせいは!


張遼:将軍、ご用心あれ!!

   関羽かんうの隊のようです!


侯成:見つかってしまうとは…!   

   早く先へ!


呂布:くっ、くそっ!

   こんなところで…!


関羽:そこへ行く部隊はどこの所属だ!

   答えられぬ時は敵とみなし、殲滅せんめつする!


呂布;ええぃ突っ走れ!!


呂姫:ひいッ、助けてッッ!


呂布:娘よ案じるな! 父が付いている!

   どけェい!!


関羽:ぬうっ、答えぬとは敵か!

   皆の者、矢を浴びせてやれ!!


【矢が大量に降り注ぐSEあれば】


呂布:【矢を戟で振り払いつつ】

   くっ、おのれ!

   【つぶやくように】

   む、娘に当たっては…!!


呂姫:いやあっ、怖いぃッッ!


呂布:!!! ぬ、ぬぅぅうう!!


ナレ:敵を喚声かんせいを聞き、赤兎馬せきとばは猛然と悍気かんきだった。

   だが今宵こよいばかりは呂布りょふも、その勢いを引き止めるのに汗をかく。

   娘の背に一本の矢でも、一太刀ひとたちでも浴びせられたらと、それにばか

   り気を取られていた為である。


関羽:網にかかった敵はどうも雑魚ざこではなさそうだな…!

   !ッあれは!

   待てッ呂布りょふ!!


呂布:! か、関羽かんうか!


関羽:むっ、背負せおっているのはもしや…娘か!

   淮南わいなんへ送り届けるつもりだな、そうはさせん!!


呂布:くそっ、娘の身に何かあっては取り返しがつかん!

   無念だが、引き返そう…!

   退けッッ!


関羽:ぬうっ、逃げるな呂布りょふ

   待てッ!!


呂布:娘を背負せおっていて全力で戦えるか!

   貴様の相手は後日だ!

   退けッ、全軍城まで戻れッ!!


関羽:ええい駄目か!

   あの赤兎馬せきとばにはとても追いつけん!

   だが呂布りょふめ、これにりてしばらくは城から出てこないだろう。


呂布:お、おのれ関羽かんうめ…邪魔だてしおって…!

   !? あれは!


張飛:おうおう、そこへ行くのは天下の飛将軍ひしょうぐんサマじゃねえか!

   背中に何を大事そうに背負せおってやがんだァ!?


呂布:ち、張飛ちょうひ…!!

   いかん、関羽かんう以上に厄介やっかいな奴が…!


張飛:娘を袁術えんじゅつンとこに連れて行こうってのか、そうはさせねえぜ!!

   お前ら! 呂布りょふを逃がすんじゃねえ!!

   行くぞォォォォォ!!


【喚声:SE代用可】


呂布:まずい、一刻も早く城まで戻らねば…!!

   駆けろ、赤兎馬せきとば!!


張飛;待ちやがれィ、呂布りょふ!!


呂布:【セリフの合間ごとに鞭打っている】

   城へ、一刻も早く、城へ…ッ!!


張飛:ッちくしょう、相変わらずなんて速さだ!

   ヤツに赤兎馬せきとばさえなければ逃がさねえのによ!

   やめだやめだ! お前ら、引き上げるぞ!!


ナレ:張飛ちょうひ追撃ついげきをからくも振り切った呂布りょふだったが、その後も曹操配下

   の徐晃じょこうきょチョにいどみかかられる。

   だが彼は無我夢中むがむちゅう赤兎馬せきとばの尻に鞭打むちうち、一息ひといきヒ城まで駆け戻

   って来た。

   対陣たいじんは二カ月にわたり、冬の深まりと膠着こうちゃくした戦況は心に焦躁しょうそうをも

   たらす。

   それは曹操そうそうも例外ではなかった。


曹操:公達こうたつ凍死者とうししゃの数は増えているか。


荀攸:はっ、日を追うごとに増しております。


曹操:ぬうう…恐れていた事が起こり始めた。

   こう城攻めが長引ながびいては、周囲の敵勢力てきせいりょくが足元を見て攻め込んで

   来ないとも限らん。


   …やむをえん! 許昌きょしょうへ引き返そう!

   無念だが、またをうかがって遠征するとしよう!


荀攸:! お待ちください。

   そのお言葉、いつもの我がきみとも思えませぬ。

   確かにこれほど戦が長期にわたれば、否応いやおうなしに心があせるもの。

   しかし、それは敵も同じでございます。


曹操:確かにそうだが…。


荀攸:城の敵は退くに退けない立場にあるだけ、我ら包囲側よりも強みが

   あります。

   それゆえ、攻め手側の将たる者は、ゆめゆめ帰る場所があるなどと

   ご自身思ってはならないし、士気を下げぬ為にも兵達に思わせては

   ならないのです。


曹操:……そうか。

   そちの言う通りだ。が弱気になってはならぬな。

   いや、目が覚めたぞ公達こうたつ

   あくまで呂布りょふとの根競こんくらべを続けねばなるまい。


荀攸:はい。

   その上で我がきみ献策けんさくいたします。


曹操:うむ、申せ。


荀攸:このヒの城が容易にちないのは、城を取り巻くようにして流れ

   る、二すじの川の存在のせいでございます。

   ゆえに敵に地の利をさせている、この泗水しすい沂水きすい両河川りょうかせんを、

   まず味方につけるのです。


曹操:…!

   水攻めか!


荀攸:はい、川をせき止め、城に向かって流すのです。

   さすれば、先日のように城を打って出て袁術えんじゅつに援軍を求める…

   などという事もできますまい。


曹操:うむ! 実に妙計みょうけいだ!

   さっそく明日より、人夫を二万人動員してやらせよう!


ナレ:荀攸じゅんゆう献策けんさくに活路を見出みいだすと、曹操そうそうはすぐに行動を開始。

   暖気だんきによる雨も味方し、ヒ城は見るまに濁流だくりゅうおかされていく。

   城兵が右往左往うおうさおうして高所こうしょに登っていくさまは、

   曹操そうそう軍の陣地からもよく見えた。

   いっぽう、籠城ろうじょう側の呂布りょふ軍は将兵を問わずうろたえ、当の呂布りょふ

   城の奥で酒びたりになっていた。


呂布:【酔っている】

   酒だ! 酒が足らんぞ!!

   何をぼんやりしてる! 酒をげッ!!


張遼:将軍、少し酒が過ぎますぞ…!


高順:さよう、そろそろひかえられては。


呂布:黙れッ!

   娘を淮南わいなんへ送る事も出来ず、こちらは城の中で息をひそめているだけ

   だぞ!

   これがまずにいられると思うのか!!


魏続:り、呂布りょふ将軍! 一大事です!!


呂布:何ィ、一大事だと!?

   今以上に一大事があるとでもいうのか!


魏続:曹操そうそうが…曹操そうそうが水攻めを仕掛けてきました!


呂布:な、何だと!?

   案内しろ!


魏続:はっ、こちらへ!


   【二拍】


   ご覧くだされ。

   昨夜から急に水かさが増し、城内に流れ込んできたのです!


呂布:こ、これは…!

   む? 侯成こうせいか!?


侯成:おお、将軍! 

   どうやら敵は川をせき止め、この城に流れの向きを変えたようです

   !


呂布:ぬうう……えぇい騒ぐな!!

   川をせき止めたからと言って、城が完全に水没するわけではない!

   将である貴様らがうろたえてどうする!


侯成:は、はっ、申し訳ございませぬ…!


呂布:高所こうしょ物資ぶっしをすべて移せ!

   敵への警戒をおこたるな!

   そのうち雪がますますひどくなって、曹操そうそう軍を生き埋めにしてしま

   うだろう!


侯成:すぐに兵どもの騒ぎをしずめます!

   魏続ぎぞく殿!


魏続:うむ! 将軍、我らが指揮しますゆえ、奥へ…!


呂布:任せたぞ…!


   【二拍】


   ええい、上下を問わずうろたえるとは…!

   さすがに浮足立うきあしだってきたか……む?

   …!うっ、こ、これは…!?


ナレ:ふと、水面に映った自分の顔を見て呂布りょふ愕然がくぜんとした。

   髪の毛は白髪しらがが混じり、灰色に染まっている。

   目の周りも青黒く、くまができている。

   己の目を疑ったか、彼は急いで部屋に戻ると妻を呼び立てた。


呂布:妻よ! 鏡をもてッ!


厳夫人:えっ、鏡ですか? いったいどうなされたというのです?


呂布:早くしろっ!


厳夫人:は、はい、ただいま…!


    どうぞ…!


呂布:よく見せろ!

   【呟くように】

   …うう、な、なんという疲れた顔をしているんだ、俺は…!


   【多少声を張る】

   ッそうか…酒だ! 毎日まいにち酒浸さけびたりの生活を送っていたからこうなった

   のだ! 酒が俺の体をおとろえさせたに違いない!

   よし…決めたぞ!


陳宮:将軍、いかがなされたのですか?

   何やら大声が聞こえましたが…。


呂布:おお陳宮ちんきゅう、俺は決めたぞ。

   今から城内で酒を飲むことを禁ずる!


陳宮:えっ、何と申されました!?


呂布:皆に伝えろ!

   今日から酒を飲んだ者は、誰であろうと首をはねるとな!!


陳宮:は、ははっ。


ナレ:よほど自身のおとろえに衝撃を受けたのか、呂布りょふ極端きょくたんにも自分を含め

   、全軍に飲酒を禁じる法令を出してしまう。

   それから数日後、事件が起こる。


侯成:雪よ、もっとだ、もっと降り積もれ。

   寒さよ、もっと厳しくなれ。

   そうすれば、曹操そうそう軍は雪に埋もれ、寒さで凍死する…。


魏続:おお侯成こうせい殿、ここにおられたか。


侯成:魏続ぎぞく殿か、どうされた?


魏続:貴公、馬を二十頭もどこへ動かしたのだ?


侯成:馬? 馬がどうしたというのだ?


魏続:貴公の配下の部将が、命令を受けたと言って馬を連れてどこかへ

   行ったそうだ。


侯成:そんな命令は出しておらぬぞ。

   ! もしや、裏切りか!

   魏続ぎぞく殿、それはいつのことだ?


魏続:つい先ほどの話だ。

   まだ遠くまでは行っておるまい。


侯成:よし、追うぞ!

   馬二十頭ともなれば無視はできん!


魏続:承知した!

   すぐに動ける兵を集める!


ナレ:侯成こうせいらはすぐに追撃。馬をすべて取り返して裏切り者を皆殺しにす

   ると、城内へ戻ってきた。


侯成:よかった、ひとまずは安心だ。

   …だが、兵達はまるで無気力になってきている。

   放っておくと、第二第三のああいう奴が出てこないとも限らん。


魏続:侯成こうせい殿、今戻った。


侯成:おう、魏続ぎぞく殿。

   首尾しゅびはどうだ?


魏続:ははは、大漁だ。

   見ろ、十数頭も猪が獲れたぞ!

   で、これをどうするのだ?


侯成:もちろん、皆でいただくのだ。

   あったまるし、力もつく。

   酒も出して飲ませよう。


魏続:しかし、先日禁酒の法令が出たばかりだぞ。


侯成:そうではあるが、兵たちの士気が目に見えて低下してきている。

   何か楽しみを与えねば、またこういう事が起きるかもしれん。


魏続:ううむ、確かにそうだな。


侯成:将軍にはそれがしから説明しておこう。

   魏続ぎぞく殿はうたげの準備をお願いいたす。


魏続:承知した。


侯成:では…。


   【二泊】


   申し上げます、将軍。


呂布:侯成こうせいではないか。何かあったのか?


侯成:はっ、実は先ほど配下の裏切り者に馬を二十頭盗まれかけましたが

   、すべて取り返し、裏切り者は処断してまいりました。

   つきましては魏続ぎぞく殿が裏の山からいのししってきたとのことで、

   将軍にもよく油ののった一頭を献上し、それをさかなに一杯やっていた

   だければと思った次第です。


呂布:何ィ……酒だとォ…!!

   貴様ッ、俺自身が酒を禁じているというのに、貴様ら大将格たいしょうかく酒宴しゅえん

   を開くとは何事だ!!


侯成:しかし将軍、配下の者たちは城から一歩も出られぬ状況が続いてお

   り、士気が下がり続けています。

   時には何か楽しみを与えねば、今回のようなことがまた起きます。


呂布:黙れッ!

   自分たちが酒を飲みたいがための言いわけなど誰が聞くか!!

   成敗せいばいしてくれる!


侯成;なっ…!


魏続:将軍、これは何事にございますか!?


呂布:おお魏続ぎぞく、貴様らも見ておけ!

   酒を飲んだものは首をはねると申しておいたはずだ!

   俺の命令にそむいたものがどうなるか、よく見ておけ!!


魏続:お、お待ちください将軍!

   侯成こうせい殿を斬ってはなりませぬ!


呂布:なぜ止めるか!

   法令を破った者を成敗せいばいして法をただそうというのがなぜいかん!


魏続:侯成こうせい殿は敵方てきがたにも名がとどろいている将です。

   その首をはねるなどしたら、喜ぶのは曹操そうそうですぞ!

   それに侯成こうせい殿の部下も戦意を失いましょう!


呂布:し、しかし、俺の命令にそむいた者をこのままにしておくわけには…

   !


魏続:そこを! なにとぞ!!


張遼:将軍、我らも同じ気持ちです。


高順:どうか、侯成こうせい殿をお許し願いたく存じます!


呂布:き、貴様らもか…!!


   ~~ッッ、ええぃわかった!

   斬首ざんしゅは取りやめる!

   だが罪は罪だ! 百叩ひゃくたたきの刑にしろッ!!


魏続:侯成こうせい殿…。


侯成:…死を免じて下さり、感謝いたします…。


呂布:よしっ、やれッッ!!


侯成:【硬い物を棒で殴るようなSEあれば】

   うッ! グッ、うぐああッッ!!


ナレ:呂布りょふおのれの命をないがしろにされたことで激怒。

   侯成こうせいの言いぶんも聞かず、棒で百回打ちえさせてしまう。

   この見せしめで命令が守られると彼は思い込む。

   それゆえ気づかなかった。

   叛逆はんぎゃくの芽がひそかに育ち、おのれの足元をすでにからめ取っている事に。


侯成:う…うぅ…っ。


魏続:おお、侯成こうせい殿。

   気がつかれたか。


侯成:それがしはたしか、棒叩ぼうたたきの刑を受けて…。


魏続:うむ。

   あの後、それがしとそこにおる宋憲そうけん殿とで部屋に運んで、手当てし

   たのだ。


侯成:そうか…かたじけない。


魏続:何を水臭みずくさい。我々は盟友めいゆうの仲ではないか。


侯成:【こらえながら泣く】

   う…く…っ。


魏続:どうされた、傷が痛むのか?


侯成:それがしも武人だ。傷などで泣くのではない。

   酒の事は、自分が飲みたいがためにやったのではなく、

   良かれと思って兵達の士気を高めるためにやったのだ。

   そのことを分かってもらえなかった…それがくやしくて泣くのだ。


魏続:うむ…。


侯成:将軍は妻や寵愛ちょうあいするめかけの言葉には耳をかたむけるが、我ら武人の事は

   軽んじられている。


魏続:確かに、我らの言う事は取り上げてもらえん事が多いな…。


侯成:陳宮ちんきゅう殿が献策けんさくした掎角きかくの計の時も、妻の言葉でやめたという。

   こんなことでは、もう先が見えている…。


魏続:……。

   侯成こうせい殿、それは我らも感じていた。

   これ以上、呂布りょふにはついていけん。

   たとえ姻戚いんせき関係とはいえ、このまま彼奴きゃつに引きずられて死ぬのは

   御免ごめんだ。

   なあ侯成こうせい殿…いっそのこと、曹操そうそうの軍門に下らないか?


侯成:な…将軍を見捨てるというのか?


魏続:呂布りょふと運命を共にするほどむくわれた覚えは無い。

   貴公もそうではないか?


侯成:【唸る】

   ……確かにそうだ。

   …よし、やろう。

   だがどうやって城を出る?

   四方しほうはすでに濁流だくりゅうに飲まれ、出るに出られないだろう。


魏続:いや、実は東門だけは山のすそに掛かっているため、

   水はまだ来ておらぬ。


侯成:そうか…ならば今をおいて他に機会は無いな。

   呂布りょふが頼みにしているのは赤兎馬せきとばだ。我々よりもあの馬を重んじて

   いる。

   それがしが赤兎馬せきとばを盗んで曹操そうそうの元へ行き、降伏の段取だんどりをつける

   。その間に貴公達は呂布りょふを捕らえてほしい。


魏続:おう、承知した!

   ッ侯成こうせい殿、いま起き上がっても大丈夫なのか?


侯成:なんの、これしきの傷…。

   では、頼む。


ナレ:その足で侯成は呂布りょふの愛馬、赤兎馬せきとば奪取だっしゅ

   ひそかに城の東門を抜けると曹操そうそうの陣へ辿たどり着き、拝謁はいえつを求めた。


荀攸:我がきみ、お目覚め下さいませ。


曹操:…なんだ、公達こうたつ

   まだ夜は明けきっておらんぞ。


荀攸:それが…敵方てきがたより侯成こうせいという将が、我が軍の軍門にくだりたいと申し

   て参っております。


曹操:なに、侯成こうせいだと!

   侯成こうせいと言えば、我が軍にもその名がとどろいている一方のゆうだぞ。

   それほどの男が降伏してきたというのか。

   …偽りではあるまいな。


荀攸:おそらく真実でしょう。

   その証拠に、呂布りょふ赤兎馬せきとばいてきております。


曹操:! 赤兎馬せきとばを…!

   なるほど、それならば偽りはないな。

   よし会おう、通せ。


荀攸:ははっ。


   【二拍】


侯成:お目通りいただき、感謝いたします。

   侯成こうせいにございます。


曹操:うむ、曹操そうそうだ。

   我が軍門にくだりたいそうだな。


侯成:はっ、曹司空そうしくう閣下のお許しをいただけるならば。


曹操:うむ、事の経緯けいいは聞いた。

   呂布りょふ理不尽りふじんな扱いを受けたそうだな。


侯成:はい。それゆえ我慢の限界に達し、我が盟友の魏続ぎぞく宋憲そうけんの二人と

   語らって、まずそれがしが呂布りょふ赤兎馬せきとばを盗んで降伏し、二人は

   城の中にあって呂布りょふを捕らえ、成功したならば白旗しろはたを振って合図し

   、東の門を開いてお迎えいたすことになっております。


曹操:そうか!

   よし、喜んでそち達を迎え入れるぞ!


侯成:ははーっ、ありがたき幸せ…!


曹操:まずは体を休めるがよい。

   誰ぞ、案内してやれ。


侯成:お心遣こころづかい、感謝いたします…!

   では…。


   【二拍】


曹操:ただちに総攻撃の準備だ!

   今日をもってヒ城を落とす!

   よいな!!


曹操・荀攸役以外全員:おうッ!【SE代用可】


荀攸:我がきみ、ついにやりましたな。


曹操:ふふふ…お前達の言葉を信じ、ねばって良かったぞ。

   急げ! 侯成こうせいくだってきている事をさとられぬよう、

   敵に息をつかせず攻めるのだ!


ナレ:戦局はついに動いた。

   呂布りょふ失策しっさくによる内応者の出現。

   荀攸じゅんゆうの助言をれた曹操そうそうの忍耐。

   両者の人物の差が、ここにきてついに勝敗を分ける。

   曹操そうそう軍は夜明けと共に総攻撃を開始。

   朝の静寂を破られたヒ城は、上下をあげて防戦に追われることと

   なる。   


陳宮:申し上げます!

   将軍、曹操そうそう軍が総攻撃を仕掛けて参りました!


呂布:なにィッ!

   うろたえるな陳宮ちんきゅう

   このヒ城は堅牢けんろうだ!総攻撃を掛けられたとて、びくともせん!

   俺に続け!!


高順:おおっ、将軍!

   曹操そうそうめ、しびれを切らしたと見えます。

   あれあの通り、いかだを山ほど用意して攻めかけてきております!


張遼:おそらく凍死者が増えているのでしょう。

   それに耐えかねたのではないかと!


呂布:かもしれん。

   いずれにしろ、俺たちのやる事はひとつだ。

   矢、石、大木、あらゆるものを使って敵を追い散らせ!

   一人として城壁を越えさせるな!!


高順:ははっ! 皆、行くぞ!


張遼:者ども、この張文遠ちょうぶんえんに続け!!


呂布:俺は友軍として押されているところに駆けつける!

   陳宮ちんきゅう、お前は南門に当たれ!


陳宮:ははっ、心得こころえました!


ナレ:呂布りょふ軍は必死に防戦し、曹操そうそう軍も犠牲ぎせいかえりみずに次々と城壁に取り

   付く。この日の攻撃は今までの中で一番激しく、そのため曹操そうそう軍の

   将兵の死体が、城壁の下を埋めつくさんばかりに浮いていた。


陳宮:将軍、今日の曹操そうそう軍はやけに執拗しつようですな。


呂布:うむ。

   だが見ろ、誰一人としてまだ城壁を越えられておらん。

   そして城壁の下を見ろ。彼奴きゃつらの被害はあの通りだ。

   この調子で続ければいいのだ。


陳宮:そうですな。

   ところで将軍、朝から防戦に追われて、まだ食事もなさっておられ

   ぬはず。

   敵は攻めあぐねたのか、少し下がったようです。

   今の内に食事を済まされては。


呂布:そうだな。

   後はしばらくお前たちに任せる。


陳宮:ははっ。


   【二拍】


呂布:誰か、食事をもて!

   …ふう、まずは一息つけるか…。

   

ナレ:朝から一滴の水も飲まずに奮戦していた呂布りょふは、またたく間に食事を

   たいらげると、椅子いすに座ったまま方天画戟ほうてんがげきつえ居眠いねむりを始める。

   そこへ足を忍ばせて入ってきた者達がいた。

   魏続ぎぞく宋憲そうけんである。

   魏続ぎぞく呂布りょふがもたれているげきをつかむやいなや、思い切り引っ張

   って支えを外した。


呂布:!? うっ、なッ!?!


魏続:今だッ!!


呂布:ぬっ、ぐっ、お、お前達は魏続ぎぞく宋憲そうけん!?

   なっ何をする!?


魏続:それッ、呂布りょふを捕らえろッ!!


呂布:うっ、ぬっ、ぐおおおお!!


魏続:よし、宋憲そうけん殿は呂布りょふを奪い返されぬように頼む!

   それがしは曹操そうそう軍に合図を送る!


ナレ:魏続ぎぞくは東門を部下に開けさせ、自らは城壁へ駆けあがると白旗しろはた

   振る。

   だが曹操そうそう軍は疑っているのか、動こうとはしなかった。


曹操:む、見ろ公達こうたつ白旗しろはただ。


荀攸:そのようですな。

   しかし、こちらの被害が大きくなっていますゆえ、

   もしかしたら罠と言う可能性も…。


曹操:ふむう…もうしばらく様子を見るか。


魏続:…むうぅ、動かんな。

   もしや疑っておるのか?

   いかん、張遼ちょうりょう高順こうじゅんが気づく前になんとかせねば……そうだ!

   呂布りょふ方天画戟ほうてんがげきを投げてやれば…。

   これで…気付けェいッッ!!


曹操:? 城壁から何か投げてよこしたな…げきか?


荀攸:我がきみ! あれは、呂布りょふ得物えもの方天画戟ほうてんがげきです!


曹操:と言う事は、呂布りょふを捕らえる事に成功したという事だ。

   よし、全軍、東門から城内へ進めィ!!


【喚声:SE代用可】


魏続:おお、動いたか…信じたようだな。

   よし、宋憲そうけん殿と共に陳宮ちんきゅう達を生けるとするか。


ナレ:その頃、城内では呂布りょふが捕らえられた事が伝わり、城兵は大混乱に

   おちいっていた。

   降伏する者、迷っているうちに殲滅せんめつされる者、さながら地獄の光景

   である。

   陳宮ちんきゅう高順こうじゅん張遼ちょうりょうおもだった将達は魏続ぎぞく達や曹操そうそう軍に生けられ、

   日没とともにヒ城は曹操そうそうの手に落ちた。

   明くる日、ヒ城の白門楼はくもんろうにて。


劉備:曹司空そうしくう殿、このたびの戦勝せんしょう、おめでとうございます。


曹操:おう、劉備りゅうび殿もご苦労であった。

   袁術えんじゅつの援軍を阻止できたのは、劉備りゅうび殿の軍の力による所が大きい。

   さあ、の隣へ。


劉備:ははっ。


曹操:いざ、捕虜ほりょたちをこれへかせよう。

   連れてくるのだ!


   【二拍】


呂布:ぐッ! えぇいッ、放せッ!

   【膝をつかせられる】

   ッ曹操そうそう、これほど俺をはずかしめなくてもいいだろう。

   苦しいゆえ、もう少し縄目なわめゆるめてくれないか。


曹操:【苦笑】

   虎を縛るのに人情を掛けてはおれん。

   だが、口がきけないのは困るな。

   もう少し縄をゆるめてやれ。


魏続:お、お待ちください!

   呂布りょふの勇猛は尋常じんじょうな者とは違います!

   滅多めったあわれみを掛けてはなりませぬ。


呂布:お、おのれ、いらん口出しを!!

   魏続ぎぞく!! 宋憲そうけん!! 侯成こうせい!!

   貴様ら、どのつら下げてこの俺の前に立っている!!

   俺の恩を忘れたか!!


魏続:ははは…その愚痴ぐちは、日ごろ将軍が寵愛ちょうあいされていた妻や寵姫ちょうき達に

   おっしゃられたら良いでしょう。


侯成:我ら武臣ぶしんは将軍から棒百叩きの刑や過酷かこくな束縛、理不尽りふじんな命令は

   頂戴ちょうだいした覚えはあるが、将軍の婦女子ふじょしに対するほどな寵愛ちょうあいを受け

   た覚えはござらぬ!


呂布:ぐっ、ぬううぅぅうう……!


曹操:陳宮ちんきゅう、久しいな。

   今日、こうしてなんじの前に捕虜ほりょとして引きえられたが、

   なぜこのような事になったと思う?


陳宮:ふん、勝敗は時の運だ!

   将軍が私の献策けんさくを用いなかった為、こうなったに過ぎん!


曹操:そうか。

   …では次に、年老いた母や妻子はどうするつもりだ?


陳宮:【若干声を詰まらせながら】

   ッ…、天下を治める者は人の親を殺したり、妻子を途絶とだえさせたりしないも

   のだ。母の生死は私の手中しゅちゅうには無い…!


曹操:っ…。


劉備:【呟くように】

   …そうか、陳宮ちんきゅうとは旧知きゅうちの仲…、それゆえ斬るに忍びないのか…。


陳宮:すみやかに処刑するがいい。

   これ以上生きるのは…はじだ。


曹操:! ああ……!【涙ながらに嘆息】


陳宮:曹操そうそう! 最期に問答もんどうを仕掛けてくれた事、感謝するぞ!


ナレ:処刑人が剣を振り下ろす。陳宮ちんきゅうの首は黒血こっけついて、首は四尺よんしゃくも飛ん

   だ。

   曹操そうそうはそのさまを見届けると、酔いがめたかのごとく、次に呂布りょふ

   処刑を指示した。


曹操:次は呂布りょふだ! 呂布りょふ成敗せいばいしろ!!


呂布:ッ曹操そうそう殿、曹司空そうしくう殿!

   俺はもうこの通り降伏しているではないか!

   俺が騎兵を、司空しくう殿が歩兵をひきいれば、天下はあっという間に平定

   できる! 無用の殺戮さつりくをせず、助けてくれ!

   俺はすでに心から降伏している!


曹操:…劉備りゅうび殿、彼の訴えを聞いてやったものか、どうか?


劉備:…さあ、そのはいかがしたものでしょうか。

   いま思い起こされるのは、その昔、彼が養父ようふ丁原ていげんを殺害して董卓とうたく

   付き、またその董卓とうたくを斬って洛陽らくようの都に争乱を起こしたことなどですが…。


呂布:く、くそっ、この大耳野郎おおみみやろうめ!

   こいつこそが一番信用できんのだ!!

   かつて袁術えんじゅつに攻められた時、俺がげきを弓で射て和睦わぼくさせた恩を忘れた

   のか!


張遼:見苦しいぞ将軍!! 死すべき時に死なぬのははじ心得こころえられよ!!


高順:……。


曹操:処刑人ども、その首を早くめてしまえ。


呂布:うっ、ぐっ、ぬぅぅううおおおおおあああぁぁぁああああ!!!


ナレ:いよいよ逃れられぬと悟った呂布りょふは、暴れに暴れて容易よういに処刑人達

   の手に掛からなかったが、ついに無理矢理その場におさえつけられた

   まま、くびり殺された。


曹操:次に高順こうじゅん

   どうだ、に仕えて騎馬隊をそのままひきい、陥陣営かんじんえいと称されるその

   武勇、の為に、いや、この乱れた天下をしずめる為に貸してくれぬか

   。


高順:……お断り申す。

   曹操そうそう忠臣ちゅうしん二君にくんにはつかえぬものだ…早く斬れ。


曹操:【溜息】

   あくまで呂布りょふを主君として共にじゅんじるか…。

   実にしい…が、よかろう!………やれ。


高順:【呟くように】

   これで良い…さらば…。


曹操:張遼ちょうりょう、そちはどうだ。

   つかえぬか?


張遼:最強の武をほこった呂布りょふ将軍はすでに死んだ。

   それがしの生きる意味もすでにないに等しい。

   斬っていただこう。


劉備:お待ち下され、司空しくう閣下!

   張遼ちょりょう呂布りょふ軍の中でただ一人心正しき者、どうか命を助けてやって

   ください。


曹操:ふむ。

   としても、ぜひ臣下に欲しいのだがな。


張遼:これ以上、生きはじさらさせないでいただきたい!


関羽:張遼ちょうりょう殿!

   真の武人たる者がこのような所で犬死にしてはならん!

   呂布りょふの武は暴勇、真の武には程遠ほどとおい。

   呂布りょふの武を追うのではなく、己の中にある武を見つめ直し、みがくべ

   きではないのか?


張遼:か、関羽かんう殿…。

   むぅぅ………。


   【三拍】


   …承知した。

   この張文遠ちょうぶんえん、今より曹司空そうしくう閣下を主君しゅくんあおぎ、この武をお預け致す

   。


曹操:うむ!

   歓迎するぞ、張遼ちょうりょう


   さて皆の者、許昌きょしょう凱旋がいせんするぞ!

   劉備りゅうび殿も共に参られよ。

   この機会にみかど拝謁はいえつするとよい。


劉備:はっ。お供いたします。


曹操:長き遠征であったわ。

   さあ、出立しゅったつ準備に入れ!

   数か月ぶりの帰郷ききょうだ! はっはっはっは……!


劉備:……。


張飛:? どうしたんだ、兄貴?

   呂布りょふの死体なんざ見て。


劉備:…いや、これでまた、天下は大きく揺れ動くことになるのだろう、

   そう思ったのだ。

   さあ行こう、雲長うんちょう翼徳よくとく


   【複数人の歩み去るSEあれば】


ナレ:呂布りょふあざな奉先ほうせん

   ヘイしゅう五原郡ごげんぐん出身。武芸百般ぶげいひゃっぱんひいで、飛将軍ひしょうぐんまたは人中じんちゅう呂布りょふ

   異名を持つ。

   しかし思慮しりょ浅く餓狼がろうの様な性質を持ち、時代がそうさせたとはいえ

   背信はいしんと裏切りにまみれた人生を歩んだ。

   そして最期は家臣の裏切りによって、建安けんあん三年十二月二十四日、

   じょう白門楼はくもんろうのもと、波乱の生涯しょうがいに幕を閉じたのである。




END




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