三国志演義・餓狼討滅戦【後編】~生と死の白門楼~
声劇台本:三国志演義・餓狼討滅戦【後編】~生と死の白門楼~
作者:霧夜シオン
所要時間:約70分
必要演者数:最低8人
7:1
キャスト例:(他に良い組み合わせがあったら教えてください。)
曹操:
荀攸・高順:
呂布:
陳宮・関羽:
張遼:
魏続・張飛:
侯成・劉備:
ナレ・厳夫人・呂姫:
はじめに:この一連の三国志台本は、
故・横山光輝先生
故・吉川英治先生
北方健三先生
蒼天航路
の三国志や各種ゲーム等に加え、
作者の想像
を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた
め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事
も多々あります。
その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです
。
なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ
て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい
ております。何卒ご了承ください<m(__)m>
なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。
また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします
。
ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、
または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場
合がありますので、注意してください。
なお、性別逆転は基本的に不可とします。
●登場人物
曹操・♂:字は孟徳。
漢王朝の宰相、曹参の末裔を称する。現王朝の司空の位につい
て、自らの理想とする世を築くべく、皇帝をも大義名分として
利用する。人材収集癖があり、有能な人材を愛する事、女性を
愛するかの如くである。
政治、軍事、文化等のあらゆる分野で後世に名を残す、
”破格の英雄”。
荀攸・♂:字は公達。
曹操に仕えている荀彧の甥で謀略に優れ、軍師として活躍。
人柄を曹操に絶賛されるほど終始良好な関係だったという。
軍の機密を厳守し、その生涯で献策した奇策は12あるとされ
るが、本人は決して語る事はなく、後に編纂しようとした人物
も半ばで死去。その為ほとんどが後世に伝わらなかった。
劉備・♂:字は玄徳。
漢の中山靖王・劉勝の末孫を自称。
乱れた世を正す為、義兄弟の関羽、張飛と共に乱世を駆ける。
関羽・♂:字は雲長。
劉備、張飛と共に義兄弟の契りを桃園に結び、乱世を正さんと
戦い続ける。見事な顎鬚と酒に酔ったような赤ら顔をしている
。重さ八十二斤の青龍偃月刀を自在に操る。
張飛・♂:字は翼徳。
劉備、関羽と義兄弟の契りを結び、世を正すために戦う。
一丈八尺の蛇矛を振り回し、酒を愛する虎髭にどんぐり眼の
豪傑。
呂布・♂:字は奉先。
五原郡出身。武芸百般に秀で、方天画戟を枯れ枝の如く振るい
、日に千里駆ける稀代の名馬・赤兎馬に跨って戦場を駆ける。
餓狼の様な性質を持ち、背信と裏切りに塗れた生を歩む。
現在は劉備から徐州を奪い、領主の座に座っている。
三国志最強と言われ、飛将軍の異名や「人中の呂布、馬中の
赤兎」と謳われる。
陳宮・♂:字は公台。
かつては曹操に仕えていたが、次第にその人間性について行け
なくなり、流浪の身だった呂布に接触、推戴して曹操から離反
。
以来、呂布に献策し続け、現在は徐州の実質的支配者とさせて
いる。
張遼・♂:字は文遠。
後に泣く子も黙ると恐れられた武勇を持つ人物。この時は呂布
配下で高順と二枚看板をなす猛将。己の意思とは裏腹に、丁原
、董卓、呂布と次々に仕える主君を変えざるを得なかった。
高順・♂:字は伝わっていない。
呂布配下で張遼と双璧をなす猛将。攻撃した敵部隊を必ず壊滅
した事から【陥陣営】の異名で恐れられる。寡黙で酒は飲まず
、贈り物も一切受け取らない清廉潔白な人物であったという。
魏続・♂:字は伝わっていない。
呂布の縁戚関係にあったことから重用された。
呂布が高順を疎んじるようになると、
命を受けて高順の兵を率いている。
侯成・♂:字は伝わっていない。
呂布軍配下の八健将の一人(序列第8位)。
正史と演義がほぼ同じ人物。敵の曹操軍にも名が知れている。
この下ヒの戦いの後、物語には一切登場しない。
呂姫・♀:呂布の娘。
ゲームでは呂玲綺となっているが、便宜上付けられた名前で、
武勇に優れているという事もなく、本名も伝わっていない。
父親の呂布には目に入れても痛くないほどかわいがられており
、袁術との政略結婚に出されそうになる。
厳夫人・♀:本名は不明。
呂布の正妻と伝わる。演義での記述を見る限り、戦のことに
口を出して呂布を惑わす役回りで、良いイメージはない。
ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。
※演者が少ない状態で上演の際は、被らないように兼役でお願いします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ナレ:呂布が下ヒ城に入ったと思われる頃、曹操軍本営では最後の詰めを
協議するべく将たちが集まっていた。
殺すか生け捕るか、いずれにしても四方を敵に囲まれている以上、
その一角である呂布の始末は、何らかの形でつけなければならなか
ったのである。
曹操:呂布は下ヒ城へ退却したとのことだ。
下ヒは徐州にとって出城に相当し、規模は小さいが守りは固い。
まずは包囲せねばならんだろう。
荀攸:はい。
遠火で魚を焙るがごとく、ゆるゆると攻め滅ぼすのが良いかと。
あまりに急に攻めて押し詰めると、思慮に乏しい呂布は
何をしでかすか分かりませぬ。
劉備:確かに…どこにも逃げられぬと分かれば、死に物狂いになるでしょ
うな。
そういえば、泰山の賊徒の敗残兵がおいおい集まってきているとの
報告がありました。
呂布にとってはそれも頼みの綱の一つかと。
関羽:それに、いよいよ面子を捨てて最後の手段を選ぶとなれば、
無条件降伏してでも袁術に援軍を求める可能性があります。
曹操:うむ、いずれの意見も余の考えと相違ない。
余がもっとも恐れているのは、袁術と呂布が緊密な間柄となること
だ。
山東方面は余の軍で遮断するゆえ、劉備殿は下ヒから淮南にかけて
の通路をすべて塞いでもらいたい。
劉備:はっ、謹んで承りました。
さっそく準備にかかりますゆえ、これにて…。
【二拍】
荀攸:我が君、包囲を終えたあとですが…。
城へ迫って呂布を呼び出し、降伏を呼びかけてくださいませ。
曹操:なに、余自身に降伏勧告をせよというのか?
荀攸:はい。
この戦、天下の注目するところとなっていましょう。
それらを意識して動かねばならぬかと。
曹操:うむ、そちの申す通りだ。
才ある人材ならば、前非は問わぬことを改めて知らしめるのか?
荀攸:それもあります…が、あくまで表向きでございます。
曹操:表向き……すると裏の意図は、離間の計か?
荀攸:それに近いものが狙える可能性はあります。
我が君ご自身が呼びかければ、目先のことしか見えぬ呂布のこと、
あるいは降伏しようと言い出すやもしれませぬ。
…しかし、周りがそれを許すでしょうか?
曹操:!なるほどな…陳宮か。
荀攸:そうです。
我が君を憎む彼のこと、必ず止めに入るでしょう。
それに呂布がどう反応するかは分かりませぬが、
どちらに転んでも良い一手、打っておくべきかと。
曹操:ふ…我が軍師は頼もしくも恐ろしいな。
うむ、包囲を終え次第実行しようではないか。
荀攸:ははっ。
ナレ:曹操と劉備は下ヒ城の包囲を開始。
間道や山伝いに軍を進め、関所や見張り小屋、柵にやぐらと、
あらゆる手段をもって下ヒの地を陸の孤島へ変えていく。
かたや城へ追い込まれた呂布は、空を仰いでは天候に祈っていた。
呂布:もうすぐ冬だ…雪よ、早く大地を埋めつくせ。
そうすれば曹操軍は寒さに耐えられず撤退するはずだ。
陳宮:将軍、曹操軍は遠路を戦い続け、軍の配置も整わず、
冬をしのぐ為の陣屋の用意もまだできておりません。
ここを奇襲すれば、勝利を必ずや収めることが出来ましょう。
呂布:いや、そう上手くはいかんだろう。
負け続きで我が軍の方こそ士気が上がっていない。
敵軍に突撃するほどの力はないだろう。
ここはやはり待つしかあるまい。
陳宮:しかし、敵の方が疲れていることは確かです。
呂布:くどい!
自然の力と味方の士気の回復を待つのだ!
陳宮:は…。
曹操:【若干遠くに聞こえる感じ】
呂布はいるか!!
いるなら出てこい! 話がある!
呂布:! 誰だ…!?
俺はここにいる!
呼ぶ者は誰だ!!
曹操:余の声を聴き忘れたか!
曹操だ!
呂布:!曹操みずからお出ましとはな…。
いったい何の用だ!!
曹操:本来、汝と余は敵ではなく、ついこの間まで力を合わせ共に戦った
仲間である!
それを忘れたわけではあるまい!
呂布:黙れ!
劉備と示し合わせてこの俺を討とうとしていたのはどこの誰だ!
知らぬとは言わせんぞ!
曹操:それは汝が袁術に自分の娘を嫁がせようとしたからだ!
皇帝を勝手に名乗った袁術は逆賊である。
それと姻戚関係を結べば、汝も逆賊となるぞ!
呂布:!! う…それは、確かに…!
曹操:縁談を破談にして余に従うならば、汝の領土も名誉も余の名にかけ
て守る!
約束しようではないか!
呂布:む…う…。
陳宮:【つぶやくように】
く…なんたる口の巧さ…。
曹操:だがこの下ヒ城を攻め落とされてからでは遅いぞ!
さあ、返事を聞かせてもらおう!
呂布:……。
曹操殿、しばらく時間をくれ!
皆と協議したうえで使者を出すゆえ!
陳宮:!!?
なっ、し、将軍! 何を馬鹿なことをおっしゃるか!
曹操は希代の策略家、あんな甘い言葉を信じてはなりませぬ!
曹操ッ! 汝は若い頃から口先で人を騙す達人だが、
この陳宮がおる以上、将軍だけは欺かせぬぞ!
この寒空の下で無用な舌を動かしている暇があったら、
さっさと、消え失せろォッ!!
ナレ:言うや否や、陳宮はいつの間にか手に持っていた弓に矢をつがえる
と、曹操目がけて射る。
矢は兜に当たると三つに折れた。
曹操:うッ! おっ…のれェ!!
陳宮ッ! 誓って汝の首を余の土足で踏みつけて、
今の返答にしてくれるぞ! 忘れるなッ!
者ども、総攻撃に移れッ!!
呂布:ま、待て曹操殿!
今のはこの呂布の考えではない!
陳宮の一存だ!!
陳宮:この期に及んでまだそんな弱音を吐かれるのですか!
曹操の人間性はご存じのはず!
甘い言葉に乗って降伏したが最後、首が胴から離れますぞ!!
呂布:黙れッ! 分をわきまえず何を言うかッ!!
成敗してくれる!!
高順:ッお待ちください、将軍!
張遼:我々も陳宮殿と同じ意見です!
高順:今ここで味方の将を失えば、曹操を有利にするばかりですぞ!
張遼:陳宮殿も自分の為ではなく、忠義の心から申されていることです。
ここはどうか!
呂布:む、むう…お前達も同じ意見か…。
……確かに頭に血がのぼっていたようだ。
許せ、陳宮。
陳宮:…いえ、こちらも言いすぎました。
曹操:…。
【つぶやくように】
踏み止まったか…まあよい、退くぞ。
ナレ:敵の目からも見える城壁の上である。
主従の言い争いは醜態というほかなかった。
配下の将達の諫言で我に返った呂布は、陳宮に素直に詫びる。
そして城内へ戻り、そのまま軍議に入った。
陳宮:曹操が戦いを長引かせたくない理由はいくつもあります。
まずひとつ、本拠地の許昌を留守にしている事、
ふたつにはそれに付け込んだ袁紹、劉表、張繍らの侵攻の可能性、
みっつには冬の訪れに伴い、寒さによる軍の動きや兵糧の輸送に
活発さを欠くことがあげられます。
張遼:ですな。
それゆえ曹操は、あのような事を言い出したに違いありませぬ。
高順:戦が長引く程、曹操にとっては不利になるでしょうしな。
魏続殿はどう思われる。
魏続:それがしも高順殿と同意見にござる。
しかし、我らも城内に篭っているだけではなりますまい。
のう、侯成殿。
侯成:うむ。
できるだけ戦局を長引かせつつ、敵に打撃を与えていく事が肝要
かと。
呂布:ふむう…陳宮、お前に何かよい策があるのか?
陳宮:はい、ここは掎角の計を用いるべきかと存じます。
呂布:掎角の計…それはどのような策略だ?
陳宮:鹿を捕らえるがごとき策にございます。
角がつのを取る、掎は足を取るという意味です。
呂布:ふむ、それでどう動くのだ?
陳宮:まず将軍が城外に精鋭部隊を率いて出ます。
そうすれば、曹操は必ず将軍へ軍を向けるでしょう。
呂布:確かに、曹操は俺の首を欲しがっているだろうからな。
陳宮:城へ背を向けた曹操軍の後方を、私が城を出て叩きます。
魏続:将軍に気を取られているところを襲うわけですな。
陳宮:そうです、魏続殿。
そして曹操が我らへ軍を向け返れば、今度は将軍が曹操軍の後方を
脅かすのでございます。
侯成:おぉ実に妙計だ。この侯成、感服いたしたぞ。
将軍はいかが思われますか。
呂布:うむ、孫子も裸足で逃げだすだろう策だ!
すぐに準備しろ!
ナレ:呂布は決断すると出陣の準備をするべく奥へ入り、
妻の厳夫人を呼んだ。
呂布:妻よ、妻よ!
厳夫人:あなた様、いったいどうなされたのですか?
呂布:出陣する。用意してくれ。
厳夫人:まあ、では鎧を…。
呂布:いや、その他にも肌着や毛皮の胴服などの、
風雪をしのげる装備を渡してくれ。
城外に出れば寒さは厳しいからな。
厳夫人:そんなに厚着をする必要があるのですか?
呂布:うむ。
しばらく城外に出たままになるだろうからな。
しかし陳宮は、まるで智謀の袋のごとき男だ。
奴の授けた掎角の計があれば、勝利は疑いない。
厳夫人:えっ、この城を他の者の手に預けて城外へ出るとおっしゃられま
すか!?
…うっ…うぅ…【泣きだす】
呂布:!? ど、どうしたのだ、何を泣く?
厳夫人:【すすり泣きながら】
あなた様は、後に残る妻子を何とも思われないのですか?
陳宮の献策だそうですが、彼の前身を思い起こして下さい。
呂布:陳宮の前身……以前は曹操に仕えていたが…。
厳夫人:その曹操と主従の契りを結んでおきながら、途中から心変わりし
て去った男ではございませぬか。
呂布:それはそうだが…。
厳夫人:ましてあなた様は、曹操よりも彼を重く用いて来なかったではあ
りませぬか。
呂布:む、むうぅ…。
厳夫人:あなた様が最近までもっとも信頼なされていた陳珪・陳登父子で
さえ、あなた様を裏切りました。
呂布:うう…陳珪…、陳登…!
厳夫人:城に残る陳宮はじめ、他の将が裏切らぬとどうして言いきれまし
ょうか?
そうなれば妾も、娘も、これが今生のお別れでございます…!
【号泣する】
呂布:う、うぅぅわかった、考え直す、考え直すからもう泣くな!
厳夫人:おぉぉ…あなた様…!
呂布:【つぶやくように】
…たしかにこの策は城外と城内の呼吸が合ってはじめて成功する…
、一人でも裏切り者が出ればおしまいだ…。
そうだ、やはり籠城と自然の、雪の力に頼るべきだろう…。
ナレ:妻の言葉に呂布の心は簡単に揺れ動き、掎角の計を諦めてしまう。
そうとは知らない陳宮は、二日、三日と出陣する気配のない呂布に
苛立ち、再び彼の前へ出て進言した。
陳宮:将軍、一日も早く城を出て曹操軍に備えなければなりませぬ。
敵は続々と四方から迫りつつありますぞ!
呂布:おお陳宮か。
やはり遠く城を出て戦うよりも、城に篭って固く守るのが良いと
思うのだが。
陳宮:なんですと!?
堅固とはいえ、この小城ではいずれ防ぎきれなくなりますぞ!
呂布:案ずるな、お前をはじめ張遼、高順ら、それに俺と赤兎馬がおる。
防げぬ事などあるものか。
陳宮:いえ、士気を高める為にも出て戦うべきかと。
と言うのも最近、曹操の本拠地・許昌からおびただしい兵糧が
輸送されてきているとの事です。
将軍が精鋭を率いてそこを襲えば、敵の輸送路を断ちつつ致命的な
打撃を与える事が出来ます。
これこそまさに一挙両得と申せましょう。
呂布:なに、曹操の本陣へ兵糧が輸送されてきているのか。
それを襲撃するというのだな。
ふうむ……たしかに成功すれば、曹操軍は雪の中で食料もなく
我らと対陣する羽目になるだろう。
よしッわかった、明日出陣する!
陳宮:なにとぞ、この機を逃しませぬよう。
呂布:うむ、明日は早くなるだろう。
奥へ引き取る。
陳宮:ははっ。
(おそらく家族の言葉に耳を貸されたに違いない…困ったものだ。
だが、敵の兵糧を断つとなればご出陣くださるはず…!)
【二拍】
呂布:妻よ、明日早くに出陣となった。
もう休む……? どうしたのだ、何を泣いている?
厳夫人:【すすり泣きながら】
おお、あなた様…。
もうこの世で再びお会いできなくなるかと思うと、
いくら泣いても足りませぬ。
呂布:な、なにを言うか。
俺はこの通り健在だし、城にはこの冬をしのげる程の兵糧がある、
万を超える精鋭もいる。
厳夫人:いいえ、妾は聞きました。
あなた様は妾たちを捨ててこの城を出られるのでしょう。
呂布:勝利を得るために城を出て戦うのだぞ。
何も死地に赴くわけではない。
厳夫人:でも…でも案じられます。
ご家来の高順と陳宮は日頃から仲が悪く、あなた様がいなければ
、きっと敵にその隙を突かれるに違いありませぬ。
呂布:なに、二人はそんなに仲が悪いのか?
厳夫人:陳宮は前にも申しました通り、以前は曹操に仕えていた人間です
。
高順と不仲のあまり、裏切るなどという事になったら…。
【すすり泣きが次第に号泣に変わる】
呂布:~~~ッ、も、もうそれを言うな!
わかった、出陣は取りやめる!
俺に方天画戟と赤兎馬があるうちは、誰であろうと征服できる者な
どいない!
厳夫人:ええ、そうでございます!
小手先の方法は、あなた様には似合いませぬ…!
呂布:うむ!
妻よ、もう案ずるな。
ナレ:陳宮の必死な献策にもかかわらず、ついに呂布は妻の言葉を信じて
出陣を取りやめてしまう。
だがさすがに罪悪感を覚えたのか、次の日になると彼は陳宮を呼び
出した。
陳宮:将軍、ただいま参りました。
ご出陣の準備は整ってございましょうか?
呂布:おお、陳宮。
実は念の為、お前の話にあった輸送隊の存在を調べさせた。
するとどうやら俺を誘き出す為の偽情報だという事が分かった。
陳宮:虚報…ですと?
(城から偵察を出していないはず…。とすればまたしても…!)
呂布:察するところ、俺を城外へ誘き出して一気に殲滅しようとする
曹操の謀だろう。
そんな手に乗る俺ではない!
それゆえ籠城すると決めた!
陳宮:!! そう、でございますか……。
失礼します。
【二拍】
ああ、これで我らの運命の半ばは決まってしまった…。
悪くすると、身を葬る地も無くなるだろう…。
何か他に策は…策はないか…。
ナレ:そうして日を空しく送っているうちに、曹操・劉備連合軍は下ヒの
城の包囲を着々と進めていく。
その間、呂布は日夜酒に溺れ、娘や妻に囲まれる日々を過ごしてい
た。
だが、しばらくしてまた陳宮が献策のため彼の前に現れる。
呂布:雪よ…もっと降れ、山野を覆いつくせ!
…酒が足らんぞ、持ってこい!
陳宮:将軍、少しよろしいでしょうか。
呂布:…なんだ、陳宮。
陳宮:ここに控えている許汜、王楷から献策がございます。
将軍、敵は包囲の為の砦構築を日々進めております。
いずれ、下ヒ城は蟻の這い出る隙間も無くなりましょう。
呂布:確かにそうだ。
陳宮:聞けば淮南の袁術は、その後勢いを盛り返して勢力は盛んであると
のことです。
婚姻の件はまだ正式に破談となったわけではありませぬし、今こそ
この件を推し進め、それと共に援軍を要請するのです。
二人を使者としてつかわし、説得させればうまく行くかと思います
。
呂布:!…そうだ…そうだった。
あの件はまだ終わったわけではなかったな。
では許汜・王楷を使者として淮南へ赴かせるわけか。
陳宮:はい。
いま落城か生き延びるかの瀬戸際、命は惜しまぬと申しております
。
願わくば彼らが無事に淮南と城を往復できるよう、
守護の兵を付けていただければと存じます。
呂布:よしわかった!
二人には張遼と兵千騎を付けて守らせる。
今夜、闇に乗じて一気に淮南まで駆け抜けさせろ!
張遼、いるか!
張遼:はっ、おん前に!
呂布:聞いての通りだ。千の兵を率いて許汜・王楷の護衛に当たれ!
張遼:心得ました!
呂布:陳宮、これで万全であろう。
陳宮:ははーっ、早速のお聞き届け、感謝いたします。
ナレ:呂布は一筋の光明を見出した気分になると、
すぐに書簡をしたためて二人に持たせ、出発させる。
張遼は夜更けを待つと城門を開かせ、密かに城を出た。
張遼:良いな、皆の者。
一息に淮南まで駆け抜けるのだ。
この張文遠について参れ!
張遼役以外全員:おうッ!【SE代用可】
張遼:行くぞッッ!
ナレ:張遼率いる精鋭は初めに曹操軍の包囲網を、
続けて次の日の夜も劉備軍の警戒線を見つかることなく見事に突破、
淮南へ無事に使者を送り届けることに成功する。
だが、その帰り道。
張遼:兵五百はこのまま淮南に残り、使者の帰り道を護衛せよ!
残りの五百は我と共に城へ帰還する!
続けッ!
【二拍】
今度も無事通れるといいが…。
関羽:む…?
多くの馬の蹄の音が近づいてくる。
こんな夜遅くに…?
! まさか!
はあッ!
そこへ行くのは何者だ!!
張遼:うっ、しまった!
劉備軍の警戒線に引っかかったか!
関羽:あれは…!
そこにいるのは張遼殿ではないか!?
張遼:!! まずい敵に会った…。
関羽殿! 悪いがここを通してもらおう!
関羽:それがしとてここを任されている身、張遼殿と言えど、
やすやすと通すわけにはいかん!
参る!はああッ!!
張遼:おぉうッッ!!
さすがは関羽殿…ぬぅうんッッ!!
関羽:っぐうぅ!
相変わらずの技の冴え…恐るべき男だ…!
これはどうだ! でぇぇいッッ!!
張遼:ぬぅおおッ!!
むかし虎牢関で将軍と一騎討ちする貴公を見て、
それがしは青龍偃月刀を得物とし、己の武を磨いてきた!
はああッ!!
関羽:ふっ!
張遼殿にそう言われるとは、冥利に尽きるな!
張遼:今よりもさらに武を高めるには、貴公のような強者と戦い、
討ち倒さねばならん!
だが今はその時ではない…!
関羽:任を全うする為、決して逃がさぬ!
皆の者、包囲せよ!
張遼:くっ…さすがに不利か…?
ナレ:その頃、闇に紛れて劉備軍の包囲を脱出した兵が、
城に逃れ帰ると援軍を求めていた。
高順:何ッ、行きは首尾よく行ったが、戻る際に関羽に気づかれ、
包囲されていると…!?
いかん侯成殿、すぐに救援に向かおう!
侯成:うむ!
張遼殿は味方の重鎮の一人、見殺しにするわけにはいかん!
将軍、我らが参ります!
呂布:おお、二人とも頼んだぞ!
侯成:門を開け! 味方を救うのだ!
高順:いま参るぞ、張遼殿…!
急げ!!
【二拍】
張遼:くっ…次々と味方の兵が討たれてゆく…!
関羽:潔く馬を降りて降伏されよ、張遼殿!
張遼:むうう、いよいよいかんか……むっ?
関羽:なにっ、城の方角から…!
まさか敵の援軍か!?
侯成:突っ込め!! 敵を蹴散らせッ!
【喚声:SE代用可】
張遼:おお、援軍だ!
ならば協力し、包囲を突破するのだ!
うぉぉおおおおッ!!
関羽:ぬうっ、これはいかん!
逆に挟み撃ちにあっている!
退け! 包囲を解いて密集し、態勢を整えよ!
侯成:張遼殿! 張遼殿はいずこだ!
張遼:その声は侯成殿か!
それがしはここだ!!
侯成:おお張遼殿、無事で何よりだ!
高順:首尾よくいったな、侯成殿!
さあ城へ戻ろう!
張遼:関羽殿! 勝負はまた後日!
はあっ!
関羽:…【溜息】
逃したか…。
おそらく奇襲や攪乱を狙ってのものであろうか。
ともあれ、負傷者の手当てをせよ!
私は報告に行ってくる!
【二拍】
兄者、失礼します。
劉備:おお雲長。
小規模ながら敵の部隊が現れたと聞いたが。
関羽:は、隊を率いていたのは張遼、兵の数はおよそ五百ほどでした。
少々不審に感じましたが、おそらく奇襲や攪乱が目的だったので
はないかと。
劉備:うむ、呂布も手段を選ばず戦局を有利に運ぼうとするであろうな
。
張飛:兄貴、入るぜ!
おう雲長兄貴、敵はもう片付いちまったのか?
関羽:いや、城から救援が現れてな。
残念ながら逃げられた。
張飛:そうか、俺様が間に合ってりゃ逃がさなかったんだが…。
劉備:雲長が感じた違和感、もしかすると別の目的だったのかもしれん。
ともあれ、これからは夜を徹して警戒を強めねばなるまい。
二人とも、頼むぞ。
関羽:はっ、お任せあれ。
張飛:おう! より警戒を厳しくするぜ!
ナレ:窮地に陥った張遼は救援を得て虎口を逃れ、
劉備らは一抹の不安を感じ警戒を強めた。
いっぽう淮南での婚姻外交は、条件付きで袁術の承諾を得ることに
成功する。
しかしその帰り道、彼らもまた劉備軍の警戒網にかかってしまった。
張飛:ううーっ、さみぃなぁオイ。
こういう時ゃ、やっぱり吞むに限るってもんだ。
さっさと見回りを終わらせて……ん? この音は…大勢の馬の蹄の
音か!?
夜更けに、しかも大勢で馬を急がせてるってことァ敵だな!
お前ら、かかれッ!!
包囲して一人も逃がすな!!
【喚声:SE代用可】
関羽:…? なんだ、喚声が聞こえる…もしやまた呂布軍か!?
皆、それがしに続け!
はぁッ!
【二拍】
あの辺は翼徳の受け持ちだったはず…むっあれは…!
翼徳、これはいったい何事だ!?
張飛:おう雲長兄貴!
呂布軍だ! 俺様の目を盗んで駆け抜けようとしやがった!
関羽:そうか、わかった!
聞け、皆の者! 翼徳に加勢し、敵を殲滅するのだ!
【喚声:SE代用可】
ナレ:使者の許汜・王楷は運よく包囲から逃れ、下ヒ城への帰還に成功。
しかし彼らを護衛していた五百の兵はほぼ壊滅、隊の部将は張飛に
捕らえられてしまう。
容赦ない拷問を受けた部将は全てを自白。
一連の動きの真意を二人は知り、急ぎ劉備の幕舎を目指していた。
関羽:先日と今回の呂布軍の動き…淮南の袁術へ婚姻外交を行う為であっ
たとは…!
張飛:まずいぜ雲長兄貴!
袁術が話をのめば、俺達は前後から挟撃される可能性も出てくるっ
てわけだ!
関羽:うむ。
一刻も早く曹操と対策を協議するよう具申せねばならぬ。
張飛:ちくしょう、厳重に備えていたってのにやすやすと淮南への往来を
見逃すなんてよ…。
関羽:過ぎた事を悔やんでもどうにもならん。
それよりも今は、袁術と呂布が再び繋がるのを何としても阻止する
必要がある。
張飛:そうだな!
兄貴、いるか!
劉備:おお翼徳、雲長も一緒か。
また敵襲があったと報告を受けたが。
関羽:それが、こちらを狙っての襲撃ではありませんでした。
張飛:敵の部将を捕らえたんで、拷問にかけたら全部吐いたぜ!
関羽:それによれば、呂布は以前うやむやになったままでいた袁術の息子
と自分の娘を婚姻させるべく、使者を出したとの事です。
劉備:何ッ、それは本当なのか!?
張飛:おらっ、来いッ!
こいつが、その護衛の部隊の将だったんでさ。
劉備:むうぅ、それで縁談はどの程度まで進んでいるのだ?
張飛:こやつの話だと、娘を先に淮南に送り届ければ話はまとまるらしい
ぜ。
劉備:いかん、それを許せば袁術は大挙して援軍を差し向けてくるぞ。
関羽:はい、それゆえ至急曹操と協議なされた方が良いかと。
劉備:うむ、すぐに参ろう。
馬を引けッ!
はあッ!
ナレ:劉備は二人の報告に驚愕すると、すぐに曹操の本陣へと馬を走らせ
る。
曹操もまだ起きていたのか、待つ間もなく奥へ通された。
曹操:おう劉備殿、こんな夜更けにどうされた。
劉備:実は先ほど敵の小部隊が警戒網に引っかかり、これはほぼ殲滅しま
した。その際、部隊を指揮していた将を捕らえて尋問したところ、
呂布から袁術への使者を護衛していた事が分かりました。
曹操:何っ、袁術へ向けた使者だと!?
して、その内容は。
劉備:どうやら縁談の件を、今になって急に推し進めているようです。
曹操:くっ…やはりそれにすがってきたか…!
彼奴らの縁談は以前から今日まで二転三転していたが…ついに面子
を捨てたか。
それで、話はどの程度まで進んでいるのだ?
劉備:呂布の娘が淮南に着いた時、縁談はまとまるという事です。
曹操:それと共に、袁術が援軍を差し向けてくるというわけか。
劉備:おそらくそうなりましょう。
曹操:まずいぞ…呂布の娘を淮南に行かせてはならん。
あの二人が姻戚関係を結べば、大きな脅威となる。
せっかくここまで呂布を追い詰めたと言うのに、そうなれば盤面が
ひっくり返されかねん。
荀攸!!
荀攸:はっ、おん前に。
曹操:全軍に伝令を飛ばせ!
呂布が自分の娘を淮南へ送り届け、婚姻同盟を結ぼうとしている。
近いうちに必ずや城を出て、包囲を突破しようとするだろう。
絶対に抜かせてはならん、よいな!
荀攸:心得ました、ただちに!
曹操:劉備殿もいよいよ警戒を厳しくし、呂布の使者など再び断じて通さ
ぬように。
劉備:承知いたしました。
では。
ナレ:その頃、下ヒ城へ命からがら戻った許汜・王楷の二将から呂布は
陳宮と共に縁談についての報告を受けていた。
陳宮:袁術も用心深い…やはり姫を先に淮南へ送り届けることを条件とし
てきましたか。
しかし、今はこれ以外に戦局を好転させる手段はありませぬ。
呂布:娘を淮南へやるのは良いが、しかし幾重にも包囲されたこの状況下
でどうやって連れていくか…。
陳宮:やはりここは、将軍みずから送っていただかねばなりますまい。
呂布:娘は俺の命の次に大事なものだ。
戦場はおろか、世間の風にもあてた事もなく、蝶よ花よと今日まで
育ててきた。
よし、俺自身が淮南の境まで送って行こう。
陳宮:今日は不吉な日柄ゆえ、明日の夜更けに出発するのがよろしいでし
ょう。
呂布:よし、張遼と侯成を呼べ!
ナレ:呂布はついに心を決めると妻を説得、将二人に兵三千を率いて次の
日の夜更けに城門を密かに開かせた。
そして彼の娘は、父である呂布自身の背中に幾重にもくるまれ、
しっかりと結び付けられていたのである。
呂布:娘よ、寒くはないか?
呂姫:お父様…これからいずこへ参るのですか…?
呂布:お前はこれから淮南へ輿入れするんだ。
怖いことはないからな。
何不自由なく贅沢に暮らせるのだぞ。
呂姫:嫌…わたくし、お父様のおそばがいい…。
呂布:わがままを言うんじゃない。
お前は未来の皇帝の后になるんだ。
これは喜ばしい事なんだぞ。
呂姫:う…は、はい…。
魏続:将軍、そろそろ…。
呂布:うむ。
俺が娘を淮南の境へ無事に送り届けて戻るまで、
陳宮らと協力してこの城を守り抜いてくれ。
頼むぞ、魏続。
魏続:ははっ、命に代えましても。
張遼:娘よ、恐れることは無い。俺が付いているからな。
よし、城門を開け!
侯成:将軍、万が一の場合はそれがしが、御車に姫が乗っておられるかの
ようにふるまいます。
少しは敵を引き付けられるかもしれませぬ。
呂布:おお、それは良い。
だがいざとなったら車は捨てても構わん。
とにかく娘を無事に淮南へ送ることが第一だ、侯成。
侯成:はっ、心得ております。
張遼:では、それがしが先頭に立ちます。
偵察を常に放ちながら進みましょう。
ナレ:寒空に月が煌々と冴える中、薄氷を踏む思いで呂布と三千の兵は
一歩一歩進んだ。
赤兎馬は子煩悩な父と白珠のごとき娘を乗せ、淮南への道を行く
。
呂布:物見からの知らせはどうだ?
侯成:はっ。敵兵もこの寒さをしのごうと隠れているのでしょう。
辺りに敵の影はないとの事です。
呂布:おう、天の与えだ。
このまま先を急ぐぞ。
侯成:ははっ。
ナレ:だが呂布達が城から百里ほど進んで森の中にさしかかった時、
突如あたりに鬨の声が上がった。
【喚声:SE代用可】
呂布:うっ、こ、この喚声は!
張遼:将軍、ご用心あれ!!
関羽の隊のようです!
侯成:見つかってしまうとは…!
早く先へ!
呂布:くっ、くそっ!
こんなところで…!
関羽:そこへ行く部隊はどこの所属だ!
答えられぬ時は敵とみなし、殲滅する!
呂布;ええぃ突っ走れ!!
呂姫:ひいッ、助けてッッ!
呂布:娘よ案じるな! 父が付いている!
どけェい!!
関羽:ぬうっ、答えぬとは敵か!
皆の者、矢を浴びせてやれ!!
【矢が大量に降り注ぐSEあれば】
呂布:【矢を戟で振り払いつつ】
くっ、おのれ!
【つぶやくように】
む、娘に当たっては…!!
呂姫:いやあっ、怖いぃッッ!
呂布:!!! ぬ、ぬぅぅうう!!
ナレ:敵を見、喚声を聞き、赤兎馬は猛然と悍気だった。
だが今宵ばかりは呂布も、その勢いを引き止めるのに汗をかく。
娘の背に一本の矢でも、一太刀でも浴びせられたらと、それにばか
り気を取られていた為である。
関羽:網にかかった敵はどうも雑魚ではなさそうだな…!
!ッあれは!
待てッ呂布!!
呂布:! か、関羽か!
関羽:むっ、背負っているのはもしや…娘か!
淮南へ送り届けるつもりだな、そうはさせん!!
呂布:くそっ、娘の身に何かあっては取り返しがつかん!
無念だが、引き返そう…!
退けッッ!
関羽:ぬうっ、逃げるな呂布!
待てッ!!
呂布:娘を背負っていて全力で戦えるか!
貴様の相手は後日だ!
退けッ、全軍城まで戻れッ!!
関羽:ええい駄目か!
あの赤兎馬にはとても追いつけん!
だが呂布め、これに懲りてしばらくは城から出てこないだろう。
呂布:お、おのれ関羽め…邪魔だてしおって…!
!? あれは!
張飛:おうおう、そこへ行くのは天下の飛将軍サマじゃねえか!
背中に何を大事そうに背負ってやがんだァ!?
呂布:ち、張飛…!!
いかん、関羽以上に厄介な奴が…!
張飛:娘を袁術ンとこに連れて行こうってのか、そうはさせねえぜ!!
お前ら! 呂布を逃がすんじゃねえ!!
行くぞォォォォォ!!
【喚声:SE代用可】
呂布:まずい、一刻も早く城まで戻らねば…!!
駆けろ、赤兎馬!!
張飛;待ちやがれィ、呂布!!
呂布:【セリフの合間ごとに鞭打っている】
城へ、一刻も早く、城へ…ッ!!
張飛:ッちくしょう、相変わらずなんて速さだ!
ヤツに赤兎馬さえなければ逃がさねえのによ!
やめだやめだ! お前ら、引き上げるぞ!!
ナレ:張飛の追撃をからくも振り切った呂布だったが、その後も曹操配下
の徐晃や許チョに挑みかかられる。
だが彼は無我夢中で赤兎馬の尻に鞭打ち、一息に下ヒ城まで駆け戻
って来た。
対陣は二カ月にわたり、冬の深まりと膠着した戦況は心に焦躁をも
たらす。
それは曹操も例外ではなかった。
曹操:公達、凍死者の数は増えているか。
荀攸:はっ、日を追うごとに増しております。
曹操:ぬうう…恐れていた事が起こり始めた。
こう城攻めが長引いては、周囲の敵勢力が足元を見て攻め込んで
来ないとも限らん。
…やむをえん! 許昌へ引き返そう!
無念だが、また機をうかがって遠征するとしよう!
荀攸:! お待ちください。
そのお言葉、いつもの我が君とも思えませぬ。
確かにこれほど戦が長期にわたれば、否応なしに心が焦るもの。
しかし、それは敵も同じでございます。
曹操:確かにそうだが…。
荀攸:城の敵は退くに退けない立場にあるだけ、我ら包囲側よりも強みが
あります。
それゆえ、攻め手側の将たる者は、ゆめゆめ帰る場所があるなどと
ご自身思ってはならないし、士気を下げぬ為にも兵達に思わせては
ならないのです。
曹操:……そうか。
そちの言う通りだ。余が弱気になってはならぬな。
いや、目が覚めたぞ公達。
あくまで呂布との根競べを続けねばなるまい。
荀攸:はい。
その上で我が君、献策いたします。
曹操:うむ、申せ。
荀攸:この下ヒの城が容易に陥ちないのは、城を取り巻くようにして流れ
る、二すじの川の存在のせいでございます。
ゆえに敵に地の利を得させている、この泗水と沂水の両河川を、
まず味方につけるのです。
曹操:…!
水攻めか!
荀攸:はい、川をせき止め、城に向かって流すのです。
さすれば、先日のように城を打って出て袁術に援軍を求める…
などという事もできますまい。
曹操:うむ! 実に妙計だ!
さっそく明日より、人夫を二万人動員してやらせよう!
ナレ:荀攸の献策に活路を見出すと、曹操はすぐに行動を開始。
暖気による雨も味方し、下ヒ城は見るまに濁流に浸されていく。
城兵が右往左往して高所に登っていく様は、
曹操軍の陣地からもよく見えた。
いっぽう、籠城側の呂布軍は将兵を問わずうろたえ、当の呂布は
城の奥で酒びたりになっていた。
呂布:【酔っている】
酒だ! 酒が足らんぞ!!
何をぼんやりしてる! 酒を注げッ!!
張遼:将軍、少し酒が過ぎますぞ…!
高順:さよう、そろそろ控えられては。
呂布:黙れッ!
娘を淮南へ送る事も出来ず、こちらは城の中で息を潜めているだけ
だぞ!
これが呑まずにいられると思うのか!!
魏続:り、呂布将軍! 一大事です!!
呂布:何ィ、一大事だと!?
今以上に一大事があるとでもいうのか!
魏続:曹操が…曹操が水攻めを仕掛けてきました!
呂布:な、何だと!?
案内しろ!
魏続:はっ、こちらへ!
【二拍】
ご覧くだされ。
昨夜から急に水かさが増し、城内に流れ込んできたのです!
呂布:こ、これは…!
む? 侯成か!?
侯成:おお、将軍!
どうやら敵は川をせき止め、この城に流れの向きを変えたようです
!
呂布:ぬうう……えぇい騒ぐな!!
川をせき止めたからと言って、城が完全に水没するわけではない!
将である貴様らがうろたえてどうする!
侯成:は、はっ、申し訳ございませぬ…!
呂布:高所に物資をすべて移せ!
敵への警戒を怠るな!
そのうち雪がますますひどくなって、曹操軍を生き埋めにしてしま
うだろう!
侯成:すぐに兵どもの騒ぎを鎮めます!
魏続殿!
魏続:うむ! 将軍、我らが指揮しますゆえ、奥へ…!
呂布:任せたぞ…!
【二拍】
ええい、上下を問わずうろたえるとは…!
さすがに浮足立ってきたか……む?
…!うっ、こ、これは…!?
ナレ:ふと、水面に映った自分の顔を見て呂布は愕然とした。
髪の毛は白髪が混じり、灰色に染まっている。
目の周りも青黒く、くまができている。
己の目を疑ったか、彼は急いで部屋に戻ると妻を呼び立てた。
呂布:妻よ! 鏡をもてッ!
厳夫人:えっ、鏡ですか? いったいどうなされたというのです?
呂布:早くしろっ!
厳夫人:は、はい、ただいま…!
どうぞ…!
呂布:よく見せろ!
【呟くように】
…うう、な、なんという疲れた顔をしているんだ、俺は…!
【多少声を張る】
ッそうか…酒だ! 毎日酒浸りの生活を送っていたからこうなった
のだ! 酒が俺の体を衰えさせたに違いない!
よし…決めたぞ!
陳宮:将軍、いかがなされたのですか?
何やら大声が聞こえましたが…。
呂布:おお陳宮、俺は決めたぞ。
今から城内で酒を飲むことを禁ずる!
陳宮:えっ、何と申されました!?
呂布:皆に伝えろ!
今日から酒を飲んだ者は、誰であろうと首をはねるとな!!
陳宮:は、ははっ。
ナレ:よほど自身の衰えに衝撃を受けたのか、呂布は極端にも自分を含め
、全軍に飲酒を禁じる法令を出してしまう。
それから数日後、事件が起こる。
侯成:雪よ、もっとだ、もっと降り積もれ。
寒さよ、もっと厳しくなれ。
そうすれば、曹操軍は雪に埋もれ、寒さで凍死する…。
魏続:おお侯成殿、ここにおられたか。
侯成:魏続殿か、どうされた?
魏続:貴公、馬を二十頭もどこへ動かしたのだ?
侯成:馬? 馬がどうしたというのだ?
魏続:貴公の配下の部将が、命令を受けたと言って馬を連れてどこかへ
行ったそうだ。
侯成:そんな命令は出しておらぬぞ。
! もしや、裏切りか!
魏続殿、それはいつのことだ?
魏続:つい先ほどの話だ。
まだ遠くまでは行っておるまい。
侯成:よし、追うぞ!
馬二十頭ともなれば無視はできん!
魏続:承知した!
すぐに動ける兵を集める!
ナレ:侯成らはすぐに追撃。馬をすべて取り返して裏切り者を皆殺しにす
ると、城内へ戻ってきた。
侯成:よかった、ひとまずは安心だ。
…だが、兵達はまるで無気力になってきている。
放っておくと、第二第三のああいう奴が出てこないとも限らん。
魏続:侯成殿、今戻った。
侯成:おう、魏続殿。
首尾はどうだ?
魏続:ははは、大漁だ。
見ろ、十数頭も猪が獲れたぞ!
で、これをどうするのだ?
侯成:もちろん、皆でいただくのだ。
あったまるし、力もつく。
酒も出して飲ませよう。
魏続:しかし、先日禁酒の法令が出たばかりだぞ。
侯成:そうではあるが、兵たちの士気が目に見えて低下してきている。
何か楽しみを与えねば、またこういう事が起きるかもしれん。
魏続:ううむ、確かにそうだな。
侯成:将軍にはそれがしから説明しておこう。
魏続殿は宴の準備をお願いいたす。
魏続:承知した。
侯成:では…。
【二泊】
申し上げます、将軍。
呂布:侯成ではないか。何かあったのか?
侯成:はっ、実は先ほど配下の裏切り者に馬を二十頭盗まれかけましたが
、すべて取り返し、裏切り者は処断してまいりました。
つきましては魏続殿が裏の山から猪を獲ってきたとのことで、
将軍にもよく油ののった一頭を献上し、それを肴に一杯やっていた
だければと思った次第です。
呂布:何ィ……酒だとォ…!!
貴様ッ、俺自身が酒を禁じているというのに、貴様ら大将格が酒宴
を開くとは何事だ!!
侯成:しかし将軍、配下の者たちは城から一歩も出られぬ状況が続いてお
り、士気が下がり続けています。
時には何か楽しみを与えねば、今回のようなことがまた起きます。
呂布:黙れッ!
自分たちが酒を飲みたいがための言いわけなど誰が聞くか!!
成敗してくれる!
侯成;なっ…!
魏続:将軍、これは何事にございますか!?
呂布:おお魏続、貴様らも見ておけ!
酒を飲んだものは首をはねると申しておいたはずだ!
俺の命令に背いたものがどうなるか、よく見ておけ!!
魏続:お、お待ちください将軍!
侯成殿を斬ってはなりませぬ!
呂布:なぜ止めるか!
法令を破った者を成敗して法を正そうというのがなぜいかん!
魏続:侯成殿は敵方にも名が轟いている将です。
その首をはねるなどしたら、喜ぶのは曹操ですぞ!
それに侯成殿の部下も戦意を失いましょう!
呂布:し、しかし、俺の命令に背いた者をこのままにしておくわけには…
!
魏続:そこを! なにとぞ!!
張遼:将軍、我らも同じ気持ちです。
高順:どうか、侯成殿をお許し願いたく存じます!
呂布:き、貴様らもか…!!
~~ッッ、ええぃわかった!
斬首は取りやめる!
だが罪は罪だ! 百叩きの刑にしろッ!!
魏続:侯成殿…。
侯成:…死を免じて下さり、感謝いたします…。
呂布:よしっ、やれッッ!!
侯成:【硬い物を棒で殴るようなSEあれば】
うッ! グッ、うぐああッッ!!
ナレ:呂布は己の命をないがしろにされたことで激怒。
侯成の言い分も聞かず、棒で百回打ち据えさせてしまう。
この見せしめで命令が守られると彼は思い込む。
それゆえ気づかなかった。
叛逆の芽が密かに育ち、己の足元をすでに絡め取っている事に。
侯成:う…うぅ…っ。
魏続:おお、侯成殿。
気がつかれたか。
侯成:それがしはたしか、棒叩きの刑を受けて…。
魏続:うむ。
あの後、それがしとそこにおる宋憲殿とで部屋に運んで、手当てし
たのだ。
侯成:そうか…かたじけない。
魏続:何を水臭い。我々は盟友の仲ではないか。
侯成:【こらえながら泣く】
う…く…っ。
魏続:どうされた、傷が痛むのか?
侯成:それがしも武人だ。傷などで泣くのではない。
酒の事は、自分が飲みたいがためにやったのではなく、
良かれと思って兵達の士気を高めるためにやったのだ。
そのことを分かってもらえなかった…それが悔しくて泣くのだ。
魏続:うむ…。
侯成:将軍は妻や寵愛する妾の言葉には耳を傾けるが、我ら武人の事は
軽んじられている。
魏続:確かに、我らの言う事は取り上げてもらえん事が多いな…。
侯成:陳宮殿が献策した掎角の計の時も、妻の言葉でやめたという。
こんなことでは、もう先が見えている…。
魏続:……。
侯成殿、それは我らも感じていた。
これ以上、呂布にはついていけん。
たとえ姻戚関係とはいえ、このまま彼奴に引きずられて死ぬのは
御免だ。
なあ侯成殿…いっそのこと、曹操の軍門に下らないか?
侯成:な…将軍を見捨てるというのか?
魏続:呂布と運命を共にするほど報われた覚えは無い。
貴公もそうではないか?
侯成:【唸る】
……確かにそうだ。
…よし、やろう。
だがどうやって城を出る?
四方はすでに濁流に飲まれ、出るに出られないだろう。
魏続:いや、実は東門だけは山のすそに掛かっているため、
水はまだ来ておらぬ。
侯成:そうか…ならば今をおいて他に機会は無いな。
呂布が頼みにしているのは赤兎馬だ。我々よりもあの馬を重んじて
いる。
それがしが赤兎馬を盗んで曹操の元へ行き、降伏の段取りをつける
。その間に貴公達は呂布を捕らえてほしい。
魏続:おう、承知した!
ッ侯成殿、いま起き上がっても大丈夫なのか?
侯成:なんの、これしきの傷…。
では、頼む。
ナレ:その足で侯成は呂布の愛馬、赤兎馬を奪取。
密かに城の東門を抜けると曹操の陣へ辿り着き、拝謁を求めた。
荀攸:我が君、お目覚め下さいませ。
曹操:…なんだ、公達。
まだ夜は明けきっておらんぞ。
荀攸:それが…敵方より侯成という将が、我が軍の軍門に降りたいと申し
て参っております。
曹操:なに、侯成だと!
侯成と言えば、我が軍にもその名が轟いている一方の雄だぞ。
それほどの男が降伏してきたというのか。
…偽りではあるまいな。
荀攸:おそらく真実でしょう。
その証拠に、呂布の赤兎馬を曳いてきております。
曹操:! 赤兎馬を…!
なるほど、それならば偽りはないな。
よし会おう、通せ。
荀攸:ははっ。
【二拍】
侯成:お目通りいただき、感謝いたします。
侯成にございます。
曹操:うむ、余が曹操だ。
我が軍門に降りたいそうだな。
侯成:はっ、曹司空閣下のお許しを頂けるならば。
曹操:うむ、事の経緯は聞いた。
呂布に理不尽な扱いを受けたそうだな。
侯成:はい。それゆえ我慢の限界に達し、我が盟友の魏続、宋憲の二人と
語らって、まずそれがしが呂布の赤兎馬を盗んで降伏し、二人は
城の中にあって呂布を捕らえ、成功したならば白旗を振って合図し
、東の門を開いてお迎えいたすことになっております。
曹操:そうか!
よし、喜んでそち達を迎え入れるぞ!
侯成:ははーっ、ありがたき幸せ…!
曹操:まずは体を休めるがよい。
誰ぞ、案内してやれ。
侯成:お心遣い、感謝いたします…!
では…。
【二拍】
曹操:ただちに総攻撃の準備だ!
今日をもって下ヒ城を落とす!
よいな!!
曹操・荀攸役以外全員:おうッ!【SE代用可】
荀攸:我が君、ついにやりましたな。
曹操:ふふふ…お前達の言葉を信じ、粘って良かったぞ。
急げ! 侯成が降ってきている事を悟られぬよう、
敵に息をつかせず攻めるのだ!
ナレ:戦局はついに動いた。
呂布の失策による内応者の出現。
荀攸の助言を容れた曹操の忍耐。
両者の人物の差が、ここにきてついに勝敗を分ける。
曹操軍は夜明けと共に総攻撃を開始。
朝の静寂を破られた下ヒ城は、上下をあげて防戦に追われることと
なる。
陳宮:申し上げます!
将軍、曹操軍が総攻撃を仕掛けて参りました!
呂布:なにィッ!
うろたえるな陳宮!
この下ヒ城は堅牢だ!総攻撃を掛けられたとて、びくともせん!
俺に続け!!
高順:おおっ、将軍!
曹操め、痺れを切らしたと見えます。
あれあの通り、筏を山ほど用意して攻めかけてきております!
張遼:おそらく凍死者が増えているのでしょう。
それに耐えかねたのではないかと!
呂布:かもしれん。
いずれにしろ、俺たちのやる事はひとつだ。
矢、石、大木、あらゆるものを使って敵を追い散らせ!
一人として城壁を越えさせるな!!
高順:ははっ! 皆、行くぞ!
張遼:者ども、この張文遠に続け!!
呂布:俺は友軍として押されているところに駆けつける!
陳宮、お前は南門に当たれ!
陳宮:ははっ、心得ました!
ナレ:呂布軍は必死に防戦し、曹操軍も犠牲を顧みずに次々と城壁に取り
付く。この日の攻撃は今までの中で一番激しく、そのため曹操軍の
将兵の死体が、城壁の下を埋めつくさんばかりに浮いていた。
陳宮:将軍、今日の曹操軍はやけに執拗ですな。
呂布:うむ。
だが見ろ、誰一人としてまだ城壁を越えられておらん。
そして城壁の下を見ろ。彼奴らの被害はあの通りだ。
この調子で続ければいいのだ。
陳宮:そうですな。
ところで将軍、朝から防戦に追われて、まだ食事もなさっておられ
ぬはず。
敵は攻めあぐねたのか、少し下がったようです。
今の内に食事を済まされては。
呂布:そうだな。
後はしばらくお前たちに任せる。
陳宮:ははっ。
【二拍】
呂布:誰か、食事をもて!
…ふう、まずは一息つけるか…。
ナレ:朝から一滴の水も飲まずに奮戦していた呂布は、瞬く間に食事を
平らげると、椅子に座ったまま方天画戟を杖に居眠りを始める。
そこへ足を忍ばせて入ってきた者達がいた。
魏続と宋憲である。
魏続は呂布がもたれている戟の柄をつかむや否や、思い切り引っ張
って支えを外した。
呂布:!? うっ、なッ!?!
魏続:今だッ!!
呂布:ぬっ、ぐっ、お、お前達は魏続、宋憲!?
なっ何をする!?
魏続:それッ、呂布を捕らえろッ!!
呂布:うっ、ぬっ、ぐおおおお!!
魏続:よし、宋憲殿は呂布を奪い返されぬように頼む!
それがしは曹操軍に合図を送る!
ナレ:魏続は東門を部下に開けさせ、自らは城壁へ駆けあがると白旗を
振る。
だが曹操軍は疑っているのか、動こうとはしなかった。
曹操:む、見ろ公達、白旗だ。
荀攸:そのようですな。
しかし、こちらの被害が大きくなっていますゆえ、
もしかしたら罠と言う可能性も…。
曹操:ふむう…もうしばらく様子を見るか。
魏続:…むうぅ、動かんな。
もしや疑っておるのか?
いかん、張遼や高順が気づく前になんとかせねば……そうだ!
呂布の方天画戟を投げてやれば…。
これで…気付けェいッッ!!
曹操:? 城壁から何か投げてよこしたな…戟か?
荀攸:我が君! あれは、呂布の得物の方天画戟です!
曹操:と言う事は、呂布を捕らえる事に成功したという事だ。
よし、全軍、東門から城内へ進めィ!!
【喚声:SE代用可】
魏続:おお、動いたか…信じたようだな。
よし、宋憲殿と共に陳宮達を生け捕るとするか。
ナレ:その頃、城内では呂布が捕らえられた事が伝わり、城兵は大混乱に
陥っていた。
降伏する者、迷っているうちに殲滅される者、さながら地獄の光景
である。
陳宮、高順、張遼ら主だった将達は魏続達や曹操軍に生け捕られ、
日没とともに下ヒ城は曹操の手に落ちた。
明くる日、下ヒ城の白門楼にて。
劉備:曹司空殿、このたびの戦勝、おめでとうございます。
曹操:おう、劉備殿もご苦労であった。
袁術の援軍を阻止できたのは、劉備殿の軍の力による所が大きい。
さあ、余の隣へ。
劉備:ははっ。
曹操:いざ、捕虜たちをこれへ曳かせよう。
連れてくるのだ!
【二拍】
呂布:ぐッ! えぇいッ、放せッ!
【膝をつかせられる】
ッ曹操、これほど俺を辱めなくてもいいだろう。
苦しいゆえ、もう少し縄目を緩めてくれないか。
曹操:【苦笑】
虎を縛るのに人情を掛けてはおれん。
だが、口がきけないのは困るな。
もう少し縄を緩めてやれ。
魏続:お、お待ちください!
呂布の勇猛は尋常な者とは違います!
滅多に憐れみを掛けてはなりませぬ。
呂布:お、おのれ、いらん口出しを!!
魏続!! 宋憲!! 侯成!!
貴様ら、どの面下げてこの俺の前に立っている!!
俺の恩を忘れたか!!
魏続:ははは…その愚痴は、日ごろ将軍が寵愛されていた妻や寵姫達に
おっしゃられたら良いでしょう。
侯成:我ら武臣は将軍から棒百叩きの刑や過酷な束縛、理不尽な命令は
頂戴した覚えはあるが、将軍の婦女子に対するほどな寵愛を受け
た覚えはござらぬ!
呂布:ぐっ、ぬううぅぅうう……!
曹操:陳宮、久しいな。
今日、こうして汝は余の前に捕虜として引き据えられたが、
なぜこのような事になったと思う?
陳宮:ふん、勝敗は時の運だ!
将軍が私の献策を用いなかった為、こうなったに過ぎん!
曹操:そうか。
…では次に、年老いた母や妻子はどうするつもりだ?
陳宮:【若干声を詰まらせながら】
ッ…、天下を治める者は人の親を殺したり、妻子を途絶えさせたりしないも
のだ。母の生死は私の手中には無い…!
曹操:っ…。
劉備:【呟くように】
…そうか、陳宮とは旧知の仲…、それゆえ斬るに忍びないのか…。
陳宮:すみやかに処刑するがいい。
これ以上生きるのは…恥だ。
曹操:! ああ……!【涙ながらに嘆息】
陳宮:曹操! 最期に問答を仕掛けてくれた事、感謝するぞ!
ナレ:処刑人が剣を振り下ろす。陳宮の首は黒血を噴いて、首は四尺も飛ん
だ。
曹操はその様を見届けると、酔いが醒めたかのごとく、次に呂布の
処刑を指示した。
曹操:次は呂布だ! 呂布を成敗しろ!!
呂布:ッ曹操殿、曹司空殿!
俺はもうこの通り降伏しているではないか!
俺が騎兵を、司空殿が歩兵を率いれば、天下はあっという間に平定
できる! 無用の殺戮をせず、助けてくれ!
俺はすでに心から降伏している!
曹操:…劉備殿、彼の訴えを聞いてやったものか、どうか?
劉備:…さあ、その儀はいかがしたものでしょうか。
いま思い起こされるのは、その昔、彼が養父の丁原を殺害して董卓に
付き、またその董卓を斬って洛陽の都に争乱を起こしたことなどですが…。
呂布:く、くそっ、この大耳野郎め!
こいつこそが一番信用できんのだ!!
かつて袁術に攻められた時、俺が戟を弓で射て和睦させた恩を忘れた
のか!
張遼:見苦しいぞ将軍!! 死すべき時に死なぬのは恥と心得られよ!!
高順:……。
曹操:処刑人ども、その首を早く絞めてしまえ。
呂布:うっ、ぐっ、ぬぅぅううおおおおおあああぁぁぁああああ!!!
ナレ:いよいよ逃れられぬと悟った呂布は、暴れに暴れて容易に処刑人達
の手に掛からなかったが、ついに無理矢理その場に抑えつけられた
まま、縊り殺された。
曹操:次に高順。
どうだ、余に仕えて騎馬隊をそのまま率い、陥陣営と称されるその
武勇、余の為に、いや、この乱れた天下を鎮める為に貸してくれぬか
。
高順:……お断り申す。
曹操、忠臣は二君には仕えぬものだ…早く斬れ。
曹操:【溜息】
あくまで呂布を主君として共に殉じるか…。
実に惜しい…が、よかろう!………やれ。
高順:【呟くように】
これで良い…さらば…。
曹操:張遼、そちはどうだ。
余に仕えぬか?
張遼:最強の武を誇った呂布将軍はすでに死んだ。
それがしの生きる意味もすでにないに等しい。
斬っていただこう。
劉備:お待ち下され、司空閣下!
張遼は呂布軍の中でただ一人心正しき者、どうか命を助けてやって
ください。
曹操:ふむ。
余としても、ぜひ臣下に欲しいのだがな。
張遼:これ以上、生き恥を晒させないでいただきたい!
関羽:張遼殿!
真の武人たる者がこのような所で犬死にしてはならん!
呂布の武は暴勇、真の武には程遠い。
呂布の武を追うのではなく、己の中にある武を見つめ直し、磨くべ
きではないのか?
張遼:か、関羽殿…。
むぅぅ………。
【三拍】
…承知した。
この張文遠、今より曹司空閣下を主君と仰ぎ、この武をお預け致す
。
曹操:うむ!
歓迎するぞ、張遼!
さて皆の者、許昌へ凱旋するぞ!
劉備殿も共に参られよ。
この機会に帝へ拝謁するとよい。
劉備:はっ。お供いたします。
曹操:長き遠征であったわ。
さあ、出立準備に入れ!
数か月ぶりの帰郷だ! はっはっはっは……!
劉備:……。
張飛:? どうしたんだ、兄貴?
呂布の死体なんざ見て。
劉備:…いや、これでまた、天下は大きく揺れ動くことになるのだろう、
そう思ったのだ。
さあ行こう、雲長、翼徳。
【複数人の歩み去るSEあれば】
ナレ:呂布、字は奉先。
ヘイ州五原郡出身。武芸百般に秀で、飛将軍または人中の呂布の
異名を持つ。
しかし思慮浅く餓狼の様な性質を持ち、時代がそうさせたとはいえ
背信と裏切りに塗れた人生を歩んだ。
そして最期は家臣の裏切りによって、建安三年十二月二十四日、
下ヒ城白門楼のもと、波乱の生涯に幕を閉じたのである。
END




