③『三人目の弟子』
王都魔法学園の窓辺で、マリンは優雅に足を揺らしていた。長い銀髪が夏の風に揺れる。エルフ特有の尖った耳には、金の飾りが輝いていた。
「マリン先生、大変です!」
同僚の魔法教師が慌てて飛び込んできた。
「なあに?また生徒が禁術実験?」
マリンは退屈そうに言った。
「いいえ…グレー・サンドル様が…」
その言葉で、マリンの動きが止まった。
***
馬車に揺られながら、マリンは過去を思い返していた。
戦後間もない頃。エルフの集落に人間の使者が訪れた。
「王都に魔法学園を設立する」
戦争で多くの同胞を失ったエルフたちは、魔導に対して複雑な感情を抱いていた。忌避と必要性。その狭間で、彼らは一人の「変わり者」を送り出すことを決めた。
それが私、マリンだった。
最初の頃は大変だった。エルフと人間の文化の違い。そして、あの頑固な校長…いや、師匠の厳しい指導。
「マリン!エルフだからって特別扱いはせんぞ!」
げんこつをくらった回数は数えきれない。でも、その後には必ず温かい助言があった。
「魔法に種族は関係ない。大切なのは、それを使う心だ」
***
「まったく、最後に何を考えていたのかしら」
マリンは街道を行き交う人々を見下ろした。馬車の窓から覗く景色は、師匠と共に過ごした日々を思い出させる。
エルフの寿命は人間の何倍もある。多くの別れを経験してきた。でも、今回は少し違う。
「泣き顔は似合わないって言われそうね」
マリンは小さく笑った。
そういえば、あの時の同級生たちは今どうしているのだろう。噂では、最後の弟子がいるとか。
「楽しみが増えたわね」
マリンの目が細くなる。
***
夕暮れ時、マリンは目的の村に到着した。
村はずれの古い家の前で、三つの影が立ち話をしていた。
「あら、かの高名なデクストラ将軍も来ているのね」
馬車から降りたマリンの声に、三人が振り向いた。
「あなたは?」
若い男性—ジョシュアが驚いた声を上げる。
「まあ、みんな揃っているじゃない。私はマリン。王都魔法学園一級講師」
マリンは軽やかに歩み寄った。
デクストラが厳かな表情で頷く。
「これで師の言った三人の弟子が揃ったな」
アイリが小さく手を振る。
「エルフの魔法使いの先生…おじい様がよくお話ししていました」
「そう、懐かしいわね」
マリンは月を見上げた。
「もう随分と時が経ったものね」
「では、グレー様の最後の言葉を…」
デクストラが静かに言った。
四人は古い家へと歩を進めた。月明かりに照らされた庭には、かつて咲き誇っていた花々の面影が残っている。
「先生は何を私たちに伝えたかったのでしょう」
アイリの問いかけに、誰も即答はしなかった。
家の中には、見慣れない魔法陣が描かれていた。その中心には、まだ開かれていない一通の手紙。
「準備はいい?」
マリンが微笑む。
「最後の授業を受けましょうか」
夜風が窓を抜けて、四人の髪を優しく撫でていった。




