②『青年期の大賢者』
魔導将軍デクストラの執務室に、夕陽が差し込んでいた。机上の報告書に目を落とす度に、かつての戦場の記憶が蘇る。
「グレー・サンドル大賢者が逝去されました」
報告を受けた瞬間、デクストラの胸に静かな痛みが走った。義兄。師。戦友。様々な呼び方が頭をよぎる。
「最期に何か残されていたか?」
「はい。噂では最後の魔法を残されたと…詳細は不明です」
デクストラは目を細めた。かつての魔導、今で言う古式魔法の可能性が頭をよぎる。現代では使われなくなった、あの時代の魔導の。
***
馬を駆りながら、デクストラは過去を思い返していた。
数十年前。彼らは共に戦場に立っていた。グレーの魔導は圧倒的だった。敵陣を焼き尽くし、味方を守り、そして勝利をもたらした。
「甘い!」
稽古場でグレーに殴られた記憶。数えきれない。しかし、その後には必ず丁寧な指導が続いた。厳しさの中に慈しみがあった。
「人を殺める魔導も、人を生かす魔導も、その本質は同じだ」
当時は理解できなかったグレーの言葉。それが今、やっと分かる気がしていた。
***
村に到着したデクストラを、小柄な少女が出迎えた。グレーの孫、アイリだ。
「デクストラ叔父様」彼女は深々と頭を下げた。
「おじい様は、三人の弟子が揃うまで遺言を開けてはいけないと…」
デクストラは眉をひそめた。三人の弟子—。
アイリ。そして噂に聞くジョシュア。もう一人は誰なのか。
「他の弟子については、何か聞いていないか?」
アイリは首を振った。
「ただ、『時が来れば現れる』と言っていただけです」
デクストラは村を見渡した。平和な風景。かつて自分たちが血で勝ち取った平和。そして、その代償として失われた多くの命。
グレーは最期に何を伝えようとしているのか。もし、それが古い時代の魔導—人を殺める術であったなら。
デクストラは密かに決意を固めた。必要とあらば、それを闇に葬ることも覚悟の上で。
***
アイリの案内で、グレーの書斎に通された。
部屋の中央には、見慣れない魔法陣が描かれていた。デクストラにも見覚えのない古代文字。しかし、その中心にある印だけは分かった。
"四魂合一"—4つの魂が一つになる時。
「おじい様は、最期の一年をこの魔法陣の制作に費やしました」アイリが静かに語る。
「そして、『これが私の最後の授業になる』と」
デクストラは魔法陣を見つめた。これは単なる魔導ではない。むしろ、魔導と魔法の境界そのものを問うているような。
「待とう」デクストラは言った。
「君の兄弟子たちを」
夕暮れ時、デクストラは村はずれに立っていた。西空が真紅に染まる。
かつて、同じような夕陽の下で、グレーは言った。
「いつか人々が、魔法に怯えることのない世界を作りたい」
その言葉の真意を、今ならば理解できる気がした。
***
その夜、デクストラは宿で一通の手紙を書いていた。
「必要とあらば、私がすべてを終わらせる」
しかし、ペンを置く手が僅かに震えていた。
グレー。義兄よ。
あなたの最後の教えとは、一体何なのか。
三人の弟子が集うその日まで、デクストラは待ち続けることを決意した。それが、最後の教え子としての、そして義弟としての責務だと感じていた。
夜空に浮かぶ月を見上げながら、デクストラは思う。
かつての戦場で見た月と同じ月が、今も変わらず輝いている。




