プロローグ
——キィィィン。金属同士のぶつかり合う鋭い音がエリックの鼓膜に突き刺さる。必殺の威力を持って振り下ろされたエリックの剣をしかし、アスランは同等以上の威力で切り上げた剣をぶつけることで弾き返したのだ。
「グうっ!?」
弾かれた勢いのまま、エリックの身体は大きく後ろに仰け反る。エリックは左足を後ろに引いてストッパーにすることでそれを耐えると、追撃せんと迫るアスランへ左手を向けた。
「【金剛城塞】」
紡がれたのは鍵詠唱。源力を帯びて発声された言霊は、エリックの右手に握られた剣型の現象器を起動する起動命令となる。
現象器に刻まれた文字列がにわかに光り、突き出されたエリックの左手を起点に現象術が発動した。
虹色の光を帯びた不落の堅牢が顕現し、エリックを守る盾となる。
堅牢は、つまりは城塞だ。それも金剛で築かれた、竜の咆哮すらも阻む難攻不落の城塞である。たかだか一振の剣ごときに、打ち破れようはずがない。
しかし、だ。
「【王滅剣】」
アスランは唱える。王殺しの剣に与えられた銘を。
それは言霊だ。アスランの振るう剣に、力を与える。
言霊に込められし意味は、王殺し。つまりは『権威』に対するカウンターの力。
淡い光を帯びたアスランの剣、現象器。
発動するは、『反権威』の現象術。
エリックの【金剛城塞】は城塞という概念を擬似的に再現する現象術だ。城塞とはつまりは揺るがぬ絶対の『権威』を象徴するものであり、そこに不滅不変の金剛という概念をエンチェントすることで不落の堅牢を再現している。
対してアスランの【王滅剣】は王殺し、つまりは『反権威』の概念を再現する現象術であり、エリックの【金剛城塞】の根幹である揺るがぬ権威を撃ち崩すことが可能な特効術理なのだ。
——キシッ、ミシッ。不落が軋む。その音にエリックは歯噛みした。
「兄さん、もう終わりだよ」
アスランはエリックに語り掛ける。
「ここで降伏したら、せめて追放だけは免除するよう父上に嘆願する。だから、もう」
「抜かせ! 俺は負けない! 王となるのは俺だ!! ——【爆華】」
自ら【金剛城塞】を解除することで発生した衝撃波によってアスランを弾き飛ばすと、即座に鍵詠唱を唱える。
現象器に刻まれた文字列が光を帯びる。
次の瞬間。鮮やかな深紅の花が咲いた。
いや、違う。それは花などではなかった。
それは、爆炎だった。
突き出されたエリックの左手。その左手を起点として咲き誇った爆炎の花弁は、アスランを呑み込まんとする。
大気すらも焼き焦がさんとする高熱の爆炎。
触れたものすべてを塵と化すほどのその大火を前にしてアスランは、しかし。
——一歩、前へと踏み出した。
「!!?」
エリックは目を見張る。
炎に強い耐性を示す水棲の魔物さえも焼き払う灼熱だ。
そんな大技を前にしてアスランはしかし、臆することなく立ち向かったのだから。
周囲からは悲鳴が上がる。
それでもアスランは一歩、また一歩とその大火へと。否、その先にいるエリックへと迷うことなく一直線に突き進んでゆく。
アスランは剣を振り上げる。
アスランは剣を振り下ろす。
こともなげに行われたその一連の動作によって爆炎は真っ二つに切り裂かれる。
紅蓮の花弁が散る。
エリックは、その光景に呆然と目を見開いて立ちすくむ。
思考が停止し、動くことができないエリック。そんなエリックに対してアスランは、着実に距離を詰める。
「おおおおおおおお!!」
アスランの咆哮。再び振り上げた剣をアスランは、エリックへ向かって振り下ろす。
「っ! ……は!?」
数瞬。ようやく我を取り戻したエリックは、己の首元に鋭く冷たい感覚があることに気付く。
それは、アスランによって振り下ろされた剣であった。
「王手だよ。兄さん」
アスランの声が聞こえた。何が起こっているのかも分からないまま、エリックの手からは力が抜ける。
握られていた剣は音を立てて地面へと取り落とされる。
やがて、エリックはゆっくりとひざから崩れ落ちてゆき——
「こう、さんだ」
零れ落ちたのは自らの敗北宣言だった。
その声からしばし遅れて、周囲から歓声が上がる。
今この瞬間から、このウォーケン王国の王位継承者はエリックからアスランへと変わった。
そうしてそれは同時に、エリックの国外追放が決定した瞬間でもあったのだった。




