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思いのほか、長くなってしまいましたー
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マドレーヌの発言はリョウとジークとって衝撃だった。普段、飄々としているジークが動揺する姿は見もので、からかうポイント。ネタになる。ただ今回はリョウも同様だ。
想定外もいいとこだ。
二人は言葉を失い二の句がつげない。
互いの顔を見て目くばせする。目で会話する。
―― どういうことだ?!
―― わかりません。マドレーヌの母は別にいます。私が何度も合っているので別人です。
スコーンはマドレーヌを見、言葉を繋げることなくキッチンへ戻っていった。夕食の準備の続きを始めたようだ。
マドレーヌは花がほころぶような、角度を変えてみれば妖艶ともとれる笑みを浮かべジークを見た。
―― ああ、こんな笑いも出すのだな。人格の違い故か、、、やはりアキであってアキではないんだな。
リョウの知るアキの笑顔も花がほころぶような感じだが、今の笑みとは違い可憐さがあった。
いつも穏やかな彼女の笑みは、周囲の人間も思わず費いこまれ笑顔を引き出した。その笑みに、いつも助けられ、やる気をもらっていたのだと痛感する。
と同時に、苛立ちが募った。
今日、今、目の前にいる女性は、アキであってアキではない。
ジークに微笑みを浮かべても、リョウには向けられることがない笑顔。
―― このままマドレーヌのままだったら。
常に頭の片隅なった不安は、さらに領域を広げ、リョウの心を侵食していく
「アキ。『母』とはどういう意味かな?レーヌの実母は今も健在だろう」
「やめてっ!ジーク!!!私はアキさんという方は存じ上げないわ。私は、、私は、マドレーヌなのよっ!」
悲鳴とも似たマドレーヌの叫び。
「レーヌ、すまない。そうだったな。でも、俺の目に映る君の姿は、私が知るレーヌではないんだ。アキの姿なんだよ」
ぽつりとつぶやくジーク。マドレーヌは声を失った。
マドレーヌ本人からすれば、自分の外見が見えない。生きていた頃と何も変わらない夫に、自分の姿が違うことなぞ、忘れてしまう。
「夫人・・・」
リョウは、静かに夫人に話しかけた。呼ばれたマドレーヌはリョウを見る。
「ここに・・・来てくれないだろうか?」
リョウは玄関そばにかけられている鏡の前に立った。この鏡は、普段外出する直前の最後の身だしなみ確認でかけたものだ。
―― こんな使い方をするとは思わなかった。
リョウはマドレーヌに認知させる気でいた。その体はアキのものであり、今後もずっとそうであると。
そう、この夫婦に改めて知らしめるためだ。
ジークには悪いと感じている。悪いと思っているのだが、先ほどの夫人の言葉はいただけない。
彼女はすでにこの世に存在していないし、存在してはいけない。
ましてや、他人の体を乗っ取ってまで。
リョウはマドレーヌが自分から鏡を覗くのを辛抱強く待った。しかし、一向に足を動かさない。
もう一度、リョウはマドレーヌに声を掛ける。
「ここに来て鏡を見てはいただけませんか?夫人が今体を借りている、夫人が先ほどご存じないと仰った女性が鏡に映るでしょう。どうか現実を見てくださいませんか?スコーン夫人を母と呼び、鏡の前に来てくださらない。貴方は、本当に、ジークの亡くなった奥方なんでしょうか」
ジークがリョウとマドレーヌの間に立ちはだかる。
「団長!感情を抑えてください。どうか私に免じて。レーヌ、鏡の前に立って。そして私たちの目に映る君の姿がレーヌでないことを知ってほしい」
ジークは手を差し出した。そしてマドレーヌの手を握る。自ら先に歩き、マドレーヌの手を引いて鏡の前に立つ。正面を向くように立たせると、後ろからマドレーヌの肩に手を置いた。
マドレーヌは泣き出した。
声も出さず、ジークに肩を抱かれたまま。鏡をじっと見つめ、溢れる涙を拭おうとせず。
頬を伝い顎の先から涙が滴ってゆく。次第に鼻声に変り、嗚咽に代わってゆく。静かなリビングにマドレーヌの鳴き声だけが聞こえる。
たまらなかった。
アキの姿で、アキの声。
アキ本人を泣かせた気分になる。
ジークはマドレーヌが現実と向き合ったこと、また、消えてしまった後の寂しさ、不安、二度目の焦燥感に苛まされる。
「お食事ができましたよ。リョウさんも、女性を泣かすほど追い詰めてはだめですよ」
この場の雰囲気をものともせず、マイペースにスコーンが食事を持ってリビングへやってきた。てきぱきと持ってきた皿を食卓に並べていく。そして新しいタオルをもってくるとマドレーヌのそばに行った。
「ほら涙を拭いて」
「・・・・・・・・・」
差し出されたタオルを受け取り、涙を拭き始める。スコーンはマドレーヌの背中を押し、テーブルの椅子を引いた。何も言わず、マドレーヌは腰を落とす。
着席したマドレーヌを見た後、リョウとジークにも座るように促した。ジークは躊躇うことなく、マドレーヌの隣に座った。次々と料理が並べられていく。
「おいしそう」
「お腹を満たしてからなら、いいアイディアが浮かぶわ」
「スコーン夫人。夫人は彼女の母なのか?先ほど、会話していただろう?」
「まさかっ!私の娘が他界したってお話ししましたよね?こんな可愛らしい方なら、娘の欲しいくらいですよ」
スコーンは笑いながらマドレーヌを見た。
「私もです。さっきなぜあんな言葉が出てきたのか。。。」
鼻を啜りながらスコーンを見る。二人が目くばせをして話を合わせている。
リョウは一瞬の二人のやりとりを見て、眉根にしわを寄せた。ほんの些細な違和感。何がどう、とは明確に言葉で伝えられない。しかし二人の言葉に嘘を直感で悟る。
―― ジークの意見は明日聞いてみるか。夫人が表面に出ている今は、些末なことも気づいていないか。
食事が合成だった。妙も雛もいつもよりも多い。騎士二人が食卓につくので、品数を増やしてくれたのだろう。笑い溢れる楽しい食卓ではなかったの残念だった。従って食事を口に運び咀嚼することで時間を延ばしているようなものだ。
今後の方針が決まったのは、マドレーヌ夫人の一言だった。
「私、私が亡くなった場所へ行こうと思っております。リョウ団長様もジークも、同じ意見をお持ちだと考えておりますがいかがかしら?」
「否やはない」
即答でリョウが答えた。もとより、そのつもりだった。
「では、急ではございますが、明後日の出発はいかがでしょうか?」
マドレーヌの言葉を皮切りに話がすんなりと纏まっていく。
「そうしましょう。団長と私の休暇申請を明朝すぐに提出いたします」
とんとん拍子にまとまることが、マドレーヌの何らかの糸を感じずにはいられない。
「上司二人が不在、、、許可は下りるでしょうか?」
ジークは不安げにリョウを見た
「休みはな、もぎ取るもんだ。お前の申請は俺が受理する、あとは、俺の問題だ。まぁ何とかするさ」
「でしたら、私もご一緒させてくださいな。アキさんとマドレーヌさん、お二人のこと心配しているのは同じです」
会話をずっと聞いていたスコーンが間に入ってくる。
「もちろんですわ。ね?ジーク?宜しいですわよね?リョウ団長様」
二人は旅行にでも行くような雰囲気で手を取り合い喜んだ。




