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リョウは我が目を疑った。頭の中にリピートされ、響き渡るアキの言葉。
どういう状況なのか全くわからない。放心状態でアキを眺めることしかできない。
ここにいるのは、本当にアキなのか?!
「ジーク、ジーク!!あぁ、血が出ているわ。起きられるかしら?リョウ団長様、急にいったいなんなんですか?こんな、一方的に夫を殴るなんて・・・」
「・・・・・・・・」
これは、いったいどいうことなんだ?
何が起こっているんだ・・・・
「あら皆様お揃いで。これは、、、どうされたんですか?!ジークさん?すぐに手当てをしなくては!」
ちょうどそこに、スコーンが帰宅した。三人のやりとりを少し前から見ていたため、なんとなくではあったが状況は理解していた。出るタイミングを見計らっての登場だ。
スコーンの登場で若干 雰囲気が和らいだ気がする。
「スコーン夫人、スコーン夫人!帰宅したばかりで申し訳ないが、ジークとアキを頼む!」
リョウはスコーンの返事も待たずに自室へ入っていく。
アキを支えに立ち上がろうとするジークだが身長差があるため、ほぼ自分の力で起き上がっているも同然。
苦痛に顔を歪ませるもスコーンやアキの手は不要だった。日々の訓練でこの程度のケガは自力で何とかしなくてはならない。戦場に出れば自分の力が一番に必要になる。
リョウだけでなくジークもまた同様に、ひどく狼狽えていた。
リョウと同じく理解が追い付かず、話の展開も全く読めない。
アキの姿に、中身はジークの妻マドレーヌ。
物語の中ならともかく、現実には到底起こりえぬ出来事だ。
「ジーク、大丈夫?ひどく腫れているわ。折れているかもしれないわ。本当にどうして突然・・・・」
「レーヌ、聞いてくれ。ッツ・・・すまない・・口の中も切れているようでうまく話すことができない。ッテ・・・ただ、団長が一方的だったわけではなく、理由があるんだ」
「理由ですか??どんな理由であっても愛する夫を目の前で・・・私は、、、許せません」
同じく状況がよく呑み込めていない、スコーンが穏便に二人に声を掛ける。
「まずは、傷の手当てをしましょう。お部屋に入ってくださいな。アキさんも手伝ってくださいね」
アキに向かって話しかけてくるスコーンをいぶかしげに見ながら、ジークと共にリビングへ入った。
リョウ・ロッシェのリビングには、不穏な空気が流れていた。
空気が思い。
凍るような冷たい空気。
アキの顔も目も、すでに凍りついて、近くに座っていても気持ちの面で寒い。
極寒の地にいる気がする。
買い物からも戻ったスコーンが間に入ってくれ、今は全員がリビングに集まっている。
ジークはスコーンの手当てを受け、殴られた直後よりだいぶマシになった。
血が出ていた部分は、きれいな布で拭き取られ、今はハレを引かせるために氷を当てている。
手慣れているのか、処置の手際がいい。
現役騎士の力で思い切り殴られているため、ハレがひどく口内も切れ、会話をするのも辛そうだ。
「それで?これは。どういう状況なのかしら?」
口火を切ったのはマドレーヌだ。
軽い口調で、場を明るくしようとしているのが伝わってくる。
「アキさんの・・・体の中に、ジークさんの奥様が入っている。中身と外身が違っているということですか?マドレーヌさんは、ジークさんの奥様だと証明できますか?ここにいる皆さん全員、現実で起こりえないない内容に戸惑っています。まずは!整理をしましょう。二人にしかわからない内容でいいと思うんです」
「何をお話すればよいのかわかりませんわ・・・」
アキの中のマドレーヌはだいぶ落ち着いてきたのか、口調が穏やかになり言葉も柔らかくなった。
それでも戸惑いを隠せない。
窓に映った姿は、自分ではない別の姿だ。
右手を上げれば、窓に映る女性も片手をあげ、にっこりと微笑めば、窓の女性も微笑む。
今まで付き合ってきた自分自身の顔が別人になっていれば、驚くのは当然だった。
リョウはどこを見ていいかわからず、スコーンが入れた紅茶のカップを一心に見続けている。
ジークは、目線を外しつつ、アキであるマドレーヌを見ていた。
誰もがマドレーヌの回答に集中していた。
「ジークとはじめて会ったのは、この街の花祭りで。。。。ごめんなさい。何をどうお話すれば皆さんが納得してくださるか、、、、リョウ団長様、何か聞いてくださらない?」
「・・・・・・・・・・・」
突然、自分に振られたリョウは、どう切り返し質問するか悩んだ。
尋問をすることは、日々の勤務でよくある。
質問すべき内容も、頭ではわかっている。
ただそれも、自分の身に関係がないからこそ冷静になれるだけ。
今回のように感情に左右される状況下においては、うまくできるとは到底思えなかった。
「あぁ・・・そうだな。取り合えず。名前、旧姓、出身国・・・・それを聞こうか・・・」
「名前はマドレーヌ・カヌレ。旧姓は、ホワイトストロベリー、出身国は、アップルティー国のショートケーキ」
「ジーク、あってるか?」
「・・・はい」
「ジークからも、、何か質問をしてくれるか?整合性が取れる」
ジークも質問に悩んでいるようだったが、アキの瞳をジッと見つめ、そのあと、リョウに目線を合わせるとリョウに向かって一つ頷いて、アキに質問をした。
「息子の 名前は?」
「・・・・・・ショコラ、、、、ショコラ・カヌレ」
「・・・・マドレーヌ、君は・・・・マドレーヌだね」
「ジーク」
「どういうことだっ?!」
リョウはジーク・カヌレに息子がいるという話を耳にしたことがない。
子供が生まれて、さらに夫婦仲が良くなり、独身騎士たちの理想な夫婦だった。
注目を浴びていた彼らに息子が産まれていたなら、リョウの耳に届かないはずがない。
ジークとマドレーヌはいったん深呼吸をしてから、互いに顔を見合わせ口を揃えて言った。
「・・・亡くなった息子の名前です」
ジークとマドレーヌは全く同じタイミングで同じ言葉を言った。
シリアスな場面でなければ、「わぁハモったね」と突っ込みたくなるほど、意思疎通ができている。
ジークが引き継いで言葉を繋ぐ。
「死産でした。結婚する以前に授かった子供です。息子のことは私たち夫婦と両親しか知りません。子供の名に至っては両親さえも知りません。その事実を知っているということは・・・」
「マドレーヌ・カヌレ、本人で違いないということか」
「はい。私の妻以外、ありえないのです」
ジークの妻であることが、夫であるジーク本人により証明されたが、疑問点はまだ残る。
なぜ、アキの中にいるのか。
アキの精神は、いまどうなっているのか。
二人は面識があるのか。
アキを取り戻す方法は。
元に戻ったとき、マドレーヌはどうなるのか。。。
疑問は尽きない。考えれば考えるほど疑問だらけだ。
マドレーヌに伝えるべきことは多くある。繊細な部分をどう伝えるべきか。
判断を誤った場合、二人はどうなってしまうのだろうか。
そもそも、マドレーヌは自分が他界していることを理解しているようには思えない。ましてや、自分だけでなく娘までも他界しているとは思っていないだろう。
その事実を知ったとき、マドレーヌの精神崩壊も十二分に考えらえる。
それが本体であるアキにどう影響を及ぼすか誰にも想像がつかない。
言葉選びが最重要になる。
「紅茶を入れなおしましょう。その間に夕食の準備しますから、まずはお腹を満たして、どうすべきか考えましょう。腹が減っては・・・って言いますでしょう?」
流石、年の功というべきか。タイミングが絶妙である。
夕食は下ごしらえが済んでいるので、あとはメインをオーブンで焼くだけだが、今日は人数が多い。
リョウとアキのいつも通りの二人分しか用意がない。
自分とジーク、二人分が追加となると量が足りない。
「さて、何を作ろうかしらね」
――― 捲いたタネが芽吹いた。花が咲くのは時間の問題だね ―――
キッチンからリビングの様子をうかがう様に耳をそばだてる。
ジークの声がする。
「マドレーヌ夫人、あなたは知らないと思うが、あなたの器になっているのは、アキという女性のものだ。今、、、彼女がどうなっているかわかるだろうか」
リョウは膝の上で手を組み握っている。力が入りすぎているのか指の色が変わっている。視線はマドレーヌをしっかり見据え、切なる想いをマドレーヌを通じアキに伝えているかのようだ。
ジークとマドレーヌは、リョウの心の奥を垣間見たような気がした。
「リョウ団長様。アキさんの存在は、感じられるような気がします。どこか・・・奥の方に。なぜ、私がこの女性の中に存在しているのかわかりませんが、私が離れれば・・・・アキさんは戻ってくる。そう肌で感じます」
ガタッ!
驚き、立ち上がるジーク。
「レーヌ・・・・そんな・・・・」
リョウの顔が曇る。言葉にせずとも、その表情で言いたいことが伝わってくる。
「落ち着いて、ジーク・・・これは確実よ、私が離れれば彼女は戻ってくるわ。それよりも、あなたに聞きたいことが。私・・・・私は・・・・・すでに、亡くなっているのね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「当たっているのね。当たってほしくなかったけれど。あなたの・・・・その顔が答えね。本当に表情は正直・・・」
「レーヌ・・・・」
「そして・・・・ミランジェも、もうこの世界にいないのね?どのくらいの時が流れたのか教えて頂ける?すべて、話してちょうだい」
マドレーヌはジークの手を取り優しく握った。
「すまな・・い。俺は、必ず君を守ると誓ったのに。守れなかった」
リョウは、そんな二人の姿に耐えることができず席を離れた。
経緯はジークが説明するだろう。
他人に聞かれることなく、会話をする時間が彼ら夫婦に必要な気がした。
席を離れたリョウは所在なさげに自室の前に立っていた。ドアノブに手を掛けたまま、開けるでもなく、ただ立っている。
鍛え上げられた大きな体は、今はとても小さく見える。
背中で泣く・・・とは、今のような姿だろう。必死に耐えているように見えた。
「リョウさん?何をしているんですか?」
「・・・・・」
声がした方へのっそりと頭を向けた。顔には生気がなかった。
これから、どうしたらいい?と、子供が親に問いかける表情をしている。
「できたのか?」
「もうすぐですよ、親を探す迷子の子供みたいな顔付きですよ。大丈夫ですか?」
「――あぁ、そうかな。アキが、住んでいた村・町に、魔女がいると言う噂がある。知らないか?」
「魔女?家に押し掛ける気ですか?」
「あぁ」
スコーンはギョッとした。
押し掛けてこられては、何をされるか今のリョウからは見当もつかない。
何をされるかわかったもんじゃない。無理難題を吹っ掛けられそうだ。
「魔女がいるなら、会ってみたいものですね」
「――そうだよな」
その時、リビングからジークの叫ぶ聞こえた。慌てて踵を返しリビングへ走って向かう。
「何があった!!」
「レーヌが、、、突然、意識を失ったんだ!」
ソファーに横たえたアキの隣へしゃがみこんだままジークが答える。
「マドレーヌじゃない。アキだ。この体は、アキのものだ。間違えるな」
リョウはアキの体の下に腕を差し入れると、軽々と抱き上げ二階へ続く廊下を歩き始める。
「どちらへ運ばれるんですか?」
ぴたりと足を止め、抱え上げたまま振り返り。
「寝室だ」
「誰のですか」
「・・・・・ジーク、俺は今、とても腹が立っている。今日ここへ来なければ、お前もアキもこうならなかった」
ジークは殴られた頬をおさえた。冷やし続けていたが腫れも痛みも引いていない。
このことを指しているんだろう。
「そうでしょうか?時間の問題だったと、そう思います。・・・・アキが・・・妻に似ていると先日、の会話の中でお伝えしたはずです」
「だったらなんだ?お前、考え違いをしてないか。酷なことをいうようだが、奥方はすでに亡くなっている。死者が生者に入り込むことは、あってはならない」
「神への冒涜・・・ですか」
「あ?冒涜・・ねぇ。俺は神なんぞ信じてない。無神論者だからな。俺からしたら・・・ジークがアキの体を器として使おうと思ってるように見えたけどな。それこそ、冒涜にならないか」
「・・そんなことは」
「ない、、か?スコーン夫人、ジークがお帰りだ。玄関まで見送りを頼む。ジーク、また後日話そう。お互い冷静に考える時間が必要だ」
短い時間の中で、許容範囲を超える出来事が多すぎた。情報過多で処理しきれない。
誰もが疲れ、誰もが癒しを欲している。
求める癒しは、、、三種三洋であったが、自身の求める癒しは得られそうもなかった。
これから起こる未知なる未来に、みな不安を感じている。
リョウは、ジークの返事を待たずにアキを寝室へ連れて行った。
このまま目覚めないこともあるのではないか。
目覚めてもマドレーヌ夫人が出てくるのではないか。
不安がよぎる。不安が募る。
―― アキ・・・・・頼む、早く戻ってきてくれ




