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リョウ様の家に来てからもう十日になる。

熱も下がって、手のひらの傷もだいぶ塞がって食事もできるようになった。

手でものを持つことができることが、ありがたいと思う日が来るとは思わなかった。


―― やっぱり健康が一番ね


太ももの傷はまだ痛みで顔を歪めてしまうけど、なんとか日常生活が出来るくらいには回復した。

痛みはあるけどゆっくり歩けるし、このくらいなら問題ないわ。支障があっても自分で何とかできる!

そろそろ荷物を取りにジーク様のお家へ寄らせてもらおう。

図々しいけど、頂けるお金は頂いて、それをリョウ様にお礼としてお渡しして。

残ったお金で住んでいた我が家へ帰ればいい。それがいい。

受け取ってくださるかが大問題。

・・・お金が残るかって問題もあるけど。

現実ってせちがらいわぁ・・


ふと、時計に目を向ける。


「そろそろリョウ様がお帰りになる時間ね」


そわそわ どきどき ふわふわ 気持ちが揺らぐ。

鏡をながら身だしなみを整え少しでもきれいに見せようと努力をしている自分に、笑ってしまう。


―― わたしって、こんな顔するんだ・・・


鏡に映る姿は、色白で血色が悪く見えのに、頬のあたりがほんのり紅い。

痩せているといえば聞こえがいいが、棒切れのような自分の体躯に毎日げんなりする。


もともと色白ではあったが、あまり外にでないため、拍車がかかっていた。

出るところがでて、引っ込むところは引っ込む。

そんな女性が羨ましい。残念で仕方がない。まな板のような胸を見て、ハァとため息をついた。


リョウが帰宅すると、家政婦であるスコーン婦人は入れ違いで自宅へ帰っていく。

本来はもっと短い勤務らしいが、リョウとスコーン本人のために時間延長してくれているようだ。

リョウに頼まれたと言っていた。


「気にしなくていいのよ~私もアキさんと一緒にいられて嬉しいし」


スコーンは相変わらず優しい。

笑うと目じりにしわが刻まれて、彼女が穏やかに年を重ねてきたのが垣間見れる。


―― 私も こんな風に年をとれたらいいな


「アキさん、もうすぐリョウさんが戻ってくるから、一緒にお茶でもどう?」


スコーンがアキの部屋に顔を覗かせる。


「嬉しいです。スコーンさんが入れて下さるお茶も、お料理もすべて美味しくって。リョウ様が羨ましいです。毎日食べられて」

「あら、じゃ、ずっとここにいたら?リョウさんも喜ぶわ」

「本当ですか?お願いするかもしれませんよ~」


他愛もない会話を口にしながら、キッチンのある一階へ降りていく。

階段の上り下りは太ももに力が入るため、歩くよりさらに速度が落ちる。

スコーンは「先に降りてお茶を入れてるわね」と言い、階下へ一人降りていった。

待たせてしまう負い目を感じることなく、ゆっくり自分のペースで降りていける。


キッチンにつくと、椅子に座るように促され、いつも座っている席につく。

お茶の良い香りが充満しているキッチンはとても心地よい。

今日はバラの香りのお茶を飲ませてくれるようだ。

毎日の出されるお茶は、飲んだことがないものばかりで、この時間は至福の時間だ。


「うーん、どうしよう」

「あら、さっきの話で悩んでいるの?リョウさんなら問題ないわよ。もうそのつもりかもしれないわ」

「いえ、悩んでいるのはそのことではなくて・・・」


今、私が悩んでいたのは。

リョウ様へのお礼のこと。

当たり前のように、リョウ様の好意に甘えていつまでもここにお世話になるわけにもいかないわ。


ジーク様から頂いたお金は、きっと受け取ってはくれない。


とはいえ、「ここに住んだら?」と言われても、ほいほい住むことなど、私にはできない。

やっぱり、リョウ様不在・スコーンさん不在の時に、置手紙と共に去るのが良案かもしれない。

もっと一緒にいたいという気持ちには、、蓋をしよう。

私には分不相応の相手だわ。

そして何よりも、ジーク様に辛い思いをさせることが苦しい。


「・・・あなた、真面目なのねぇ。色々疲れちゃうわよ~」


―― スコーンさんは、いささか楽観的すぎません?


「一期一会って知ってる?チャンスは一度!逃がしちゃだめ。人との出会いも、チャンスは一度しか巡ってこないかもしれないわ。そのチャンスを掴み損ねる前に、見つけたチャンスを逃さないことがなにより、大事、きっとね」


ティーカップから湯気が立ちのぼりバラの匂いが部屋に香って、バラ園にいるような気分になる。


「バラのお茶も美味しいわね」


スコーンはティーカップを口に持っていき、鼻で香りを楽しんだ。

アキも見習って同じように香りを楽しむ。


「スコーンさんは、チャンス・・・掴めたんですか?これが、チャンスだって」


「そうね。。チャンスを掴んだともいえるし、チャンスを見つけられなかった、、ともいえるし。別の人生、別の選択肢を選んでないからわからないけど。きっと、この命が尽きても後悔することはないわ。アキさんとの出会いも、一期一会よ。なるべくして、私たち出会ったのよ。出会えて嬉しいわ。男女の恋愛も同じ。プリンセスやプリンスもきっと、このチャンスを掴んだのね」


アキは心からスコーンをすごいと思った。

テーブルを挟んでお互いに目を合わせ、どちらも視線を外さない。

スコーンの溢れる魅力に惹かれてしまう。まじまじと呆けた顔で相手を見つめ続けた。


すごい・・・

言われてみれば、そうだと思う。

ミランジェに出会ったこと。

それがきっかけで、ジークに出会い、屋敷の人たち、そして騎士団の皆さん。

団長やスコーンさんにも出会えた。


あの時、私がここへ来ることを拒んでいたら、出会わなかった人たちだ。

ミランジェという女の子が繋いだ不思議な縁。


アキは、何かに導かれ、ここにいるような気がした。


―― 私、ここにいたい。


ほんの少し、わがままになってもいいのだろうか。

そう願うことは、許さるのだろうか。

許されるのであれば、、、、


そう願わずにはいられない。


あの雨の日、ジークと会話をしてから、いろいろな記憶が混濁している。過去の自分も子供の頃も。

ミランジェと出会った頃の記憶すら曖昧になっている自分に不安を覚えていた。

自分がどうなってしまったのか、これからも記憶が欠如していくのか。

これからさらに大事な人や、物事を忘れてしまうのではという思いが、常に心の片隅にあって、拭いきれない恐怖にかられていた。


家の門の扉が開く音が聞こえる。


―― リョウ様が帰ってきた・・・


気持ちが高揚するのがわかる。

会えるだけで、こんなに幸せで落ち着いた気持ちになれるなんて知らなかった。

この家に来た時の「距離を保とう」と考えていた私にはもぅ戻れない。


門が開閉される音が聞こえるとすぐに玄関のカギを開けに行く。リョウには「誰が来ても不用心に扉を開けるな」と注意をされているが、この時間のこの足音はリョウで間違いない。

ゆっくりと扉を開けると、リョウが立っていた。

私が扉を開け出迎えるようになってから、開くまで待っていてくれている。


「ただいま、アキ」

「おかえりなさい」


アキを見るなり、微笑み見つめるリョウの黒い瞳。

その瞳の中に、同じように笑みを返すアキの顔が映っている。

リョウもまた同様に、アキの瞳の中に自分を見つけ、彼女の瞳に自分が映っていることに幸福を感じた。


「体調はどうだ?変りはないか?」

「ゆっくり休ませて頂いてるので今朝よりいいです」


互いにほころばせて笑いながら。

帰宅時のこの短いやり取りも、日々のルーティンになっていた。

2-3日は、少し変化があり、「ただいま」のあとにリョウに抱きしめられるようになった。


―― どうしましょう。どきどきします。ちっとも慣れません。詰所でお会いしたときとは、まったく違う距離。


会話を交わさなくても、力強い腕に抱きしめられる心地よさ。私は図々しいのかも。

それでも。

あとちょっと。

もう1日・・・・

この幸せを願わずにいられない。


「アキは、腕を回してくれないのか?」


リョウはアキの瞳を覗き込んだまま、抱きしてていた片方の手を離し、だらんと垂れるアキの手を掴み、自分の腰へもっていく。

おずおずともう一方の腕を伸ばし、遠慮がちにリョウの腰に手を回す。


―― いいのかな。いいのかな。私からも抱きしめさせてもらっても。

勘違いしてしまいそうデス、リョウ様。

お傍にずっといたいと、さらに、さらに強く願ってしまいます。

これは、私には分不相応な願いなのかもしれません。


リョウもまた、アキと同様に気持ちが満たされていた。

仕事での疲れもアキの顔を見れば吹き飛び、会話をし笑顔を向けられれば、愛おしい気持ちが募り、溢れ、止まらなくなる。

騎士団の皆が、口を揃えて「恋人や奥さん、子供がいると張り合いがでるぞ!」と言っていたのを、改めて実感する。

なぜ、いままでこの幸福感を知らずに生きてこれたのだろう。


知ってしまってからは、手離せない。

もう、離してやれない――

逃げられないよう、すべての問題を片づけなければ。


―― しかし、俺とアキは年が離れているからな。まぁ年齢差など気にならないほど、幸せにするさ


リョウは、これからの未来に向け、新たに決意しほくそ笑んだ。

アキは、この決意など知らず、ここに残っていいものか悩んでいた。



「あら、あら。おかえりなさい、リョウさん。可愛くてしかたがないのはわかるけど、私、帰ってもいいかしら?」


「??????!」


―― スコーンさんがいたの、忘れてたっ!!!


アキは慌てて離れようとリョウの体を押すもビクともしない。

両手で何度も押し返すが、微動だもしない。優しい腕からは逃れることができない。


「あぁ、すまなかった。食事の支度はこちらでするから、もう大丈夫だ」

「まぁぁぁ!気持ちが固まったのねぇ、良かったわ。じゃあ、明日いつも通りに来るわね」


スコーンはこちらの反応お構いなしで言いたいことだけいうと、二人の間をすり抜けて玄関を出ていく。玄関扉を開け放した状態で抱き合っている二人の姿は、微笑ましい。


「ちょっと、待ってください。何か、誤解してます、スコーンさんっ!!!」

「誤解しているのは、アキさんの方よ」


すり抜けざまにアキに向かって言葉を投げかける。


「言ったでしょう?一期一会って」


―― そうです、一期一会・・・・一生に一度だけの機会・・・


投げかけられた言葉はリョウの耳にも届いた。


「なんの話だ?」

「いえ、なんでもないですよ。女同士の話です。それより、スコーンさんが作ってくださった食事を頂きましょう。リョウ様も、お腹が減っていらっしゃるでしょう?」

「女同士の話、ねぇ。気になるな。俺にはいってくれないのか?」


にやりと口端を釣り上げ、からかうように問うと、アキの頬をひと撫でする。


びくっ


瞬間、どきっの心臓の音と共に、体の血流が開いてカッ熱くなり興奮状態になる。緊張しているとき、ミスをしたとき、あらゆる血管が開いて、汗が噴き出る感じとは、少し違う。

触られた頬が熱を持ち、離れたいようで、さらに触られたくない。矛盾した気持ちが沸き起こった。


「し、心臓が止まりますっ!過度な、過度なお触りはご遠慮くださいっ」


恥ずかしさのあまり、アキはリョウの胸に顔を埋めた。リョウの腰に回していた手を離し、センスのようにパタパタと両頬仰いだ。小さな手ではたいして風はおきないが、火照った体を冷やすには必要だった。


顔があつい。

もぉもぉもぉ。

なんなんですか。

お触り増量中のキャンペーン期間ですかっ?!


いまやデフォルトになるつつある、日々増えるリョウからの接触に恋愛初心者のアキはたじたじだ。

年の差もあり、たくさんの恋愛をこなしてきているだろうリョウには太刀打ちできない。

リョウという大きな存在の中で、自分自身の感情に振り回されていた。


「さて、食事にしようか」


言いながら、アキの手を繋ぎ、玄関からキッチンへ歩いこうとする。


「ひ、ひとりで歩けます」


「俺がひとりで歩けないんだ」


「?!」


瞬間湯沸かし器のように体中が熱くなる。本当にリョウの言動に翻弄(ほんろう)させられる。


「どこから、そんなウソが・・・私をからかうのは、楽しいですか?」

「嘘じゃない。本当だ」

「・・・なぜ、そんなからかうようなことを仰るのですか?」

「からかってない」

「ですが、以前のリョウ様とは、まったく違いますっ」


「あぁ。やめたんだ」

「・・・やめた?」


「そう、諦めるのをな。さぁ食事にしよう、それよりも俺はお前と早く食事がしたい」


あまい。あますぎます。

砂糖がたっぷり入った甘々のホットチョコレートより、このくだりは甘すぎますっ!

リョウ様、ホントーに心臓が止まりそうですっ!

もぉもぉ。私の容量オーバーです。


「整った精悍なお顔に、その素敵なお声。耳元で囁かれたら、もぉ。もぉ。ドキドキしすぎて泣いてしまいそう。。。」


不意にリョウの顔が近づき、アキの耳元で小さいな声で。


「そうか。泣かせるのは本意でないが、俺を忘れないように今後は耳元で話しかけよう」


「!? リョリョウサマっ!!」


え?!

私、今声に出してた??

ワザとですよね、絶対ワザと耳元で、普段よりも数百倍・・・よく話しましたよね?!


「どうだ?」


「ずるい、声が好きなのを知っててワザと。。。」


「ほぉ、お前は、俺の声が好きなのか。覚えておこう」


アキは、足の力が抜けヘナヘナその場に座り込んだ。


無理ですっ

その顔・その声 反則です。

無理ですっ

堪えられません、その色香。


繋がれた手を振りほどき、両手で顔ふさぎ、外界からの視界をすべてシャットアウトする。

免疫がない初心者には刺激が強く、覆っている顔だけでなく、隠しきれない耳元まで真っ赤に染まっている。

リョウは膝を折り、隣にしゃがみこんだ。顔を覆っている両手を自分の手で包みむと、ゆっくりと顔からどかす。気恥ずかしさからか、下を向いている。顎を持って自分に向かせると、アキの目にはうっすら涙が溜まり、下からリョウを見上げる顔が妙に色っぽい。


「すまないな。俺は、もう」


リョウの顔がアキに近づき。


「お前を手離しやることはできない・・・」


そっと唇を押し当てた。

アキが躊躇いがちにリョウの背中に手を回すと、それに応えるようにリョウは角度を変えながらアキの唇を思う存分堪能した。




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