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「くそっ!このタイミングでこの量か!毎日毎日!」


団長である、リョウの執務机に積まれた大量の書類。

決済しなければいけない書類の多さにリョウはうんざりしていた。

片づけても片づけても、新しい書類が次々と決裁箱に届く。

その合間に会議やら打ち合わせが入るため、捌いても捌いても減ることがない。

その日常にリョウは疲れといら立ちを感じていた。


1週間前に保護したアキの様子が気になり、集中力が散漫する日々が続いている。

まだ副団長であるジークに、アキを自宅で保護していることを伝えていない。

伝えなければならないのだが。

どう切り出すか悩んでいた。

アキには「ジークに伝えてある」と仄めかしている以上、先延ばしにするのは得策ではない。


ジークの性格上、豪雨の中、アキを一人で歩かせることは、ありえない。

とすれば、二人の間に何かあったと推察できる。

ジークとアキは、ジークの娘の世話役・友人として呼びよせ一緒に暮らしていた間柄だ。

どしゃぶりの中を歩かせ、探しに行かないなど、やはり考えられない。

ただ、それは、ジークの精神状態が【通常】だった場合だ。


一年ほど前、ジークの愛妻愛娘が旅行へ出かけた。途中 暴漢に襲われ、妻は殺された。

知らせを聞き、現場に向かったジークは無残な妻の姿を見つけた。しかし、その場に愛娘の姿はなく、必死に娘の行方を捜しても死体はおろか生きているかどうかの痕跡すら見つけられなかったのだ。


―― 俺もあの場にいたが、とてもジークを見ていられなかった・・・


それでも諦めることなく、ジークは必死に探し続け、やっと探し当てたのだ。

やっと探し当てた娘は、記憶喪失ときた。


娘のミランジェを保護していたのは、アキだ。

記憶のない娘のために、娘と一緒に自宅へ来てくれるよう頼み、現在に至ったと聞いていた。

その娘も、先日他界した。


「俺には妻と子はまだいないが、、、」


―― 耐えられないな・・・・それでも、俺は生きて行くんだろうか・・・


耐えられる人間などいるんだろうか。

娘の葬儀が終わってから、まだ2週間ほどしか経っていないが、ジークは勤務も稽古もこなしている。

だが、無機質にこなしているだけだ。

当然だが、以前のような覇気がない。

自分の最愛を。二人も失ったのだ。

誰もその気持ちを癒すことなどできないし、しようと思うのは、とても自分勝手で思い上がりも甚だしい。


「なーんて切り出すかなぁ。。。言わないのも・・・問題だよなぁ」

「何が問題ですか?」

「いやー ノックくらいしたらどうだ、ジーク」

「気配や殺気を感じる団長であれば、すでにご存じだったのでは?」


言いながら、リョウの執務室にある客用のソファに腰を下ろした。


―― んーまぁな。気づいてはいたが


団長の部屋は副団長のジークより広く、机・椅子・キャビネットなど誰でも仕事で必要な事務用品だけでなく、来客用のテーブル、ソファ、コートハンガー、ミニキッチン、簡易ベッドルームが備えられている。

休みなく働けっ!犬になれ!と言われているような穿った見方をしてしまう。


「なんか飲むか?話があるんだろう?」


コップを差し出しながらジークの目の前のソファへ腰を下ろした。

ズズズーと茶をすする音をワザと立てながら「当ててやろうか?」とちゃらけた感じで、向かいのジークに水を向けた。


「女が一人、居なくなった。雨の日だ」


口火を切ったのは、リョウだ。


「・・・・・・」

「行方を捜している。違うか?」

「団長は、ここ1週間ほぼ定時で帰宅されますね。ご存じなのでは?」

「ふぅぅ。・・・確信している口ぶりだな。想像通り、俺の家にいる。だが、今も高熱とケガで安静が必要な状態だ。動かすことはできない」


ジークは、ハッ目を見張り、口を閉じた。


「・・・そうですか」


リョウは少し大げさにアキの様子を伝えた。1週間前に高熱を出し、数日下がらなかったが今は平熱に戻っている。ケガは当分完治には至らないが、自分一人でゆっくりと歩けるまでには回復している。

通常生活に戻れるのも時間の問題だ。


あの雨の日のことは、さりげなくアキに聞いたが、お茶を濁した返事しか返ってこない。

あの日何があったのか、リョウには知るすべがなかった。

この機会にジークの口から話を聞こうと思っていた。

亡くなった娘ミランジェも関係しているのかもしれない。そうなれば、ジークの口が重くなるのは当然で、真相を究明するのは難しい。

娘が他界して間もないこの時期に、ジークに語らせるのは酷な気がした。


―― このまま、うちで預かる方向で終わればいいんだがな


「彼女を迎えに行きます」


押し黙っていたジークは、リョウの黒い瞳を正面から見据えおもむろに口を開いた。


―― うーん、やはりそうくるか


「・・・ジーク。アキが迎えに来ることを望んでいると思うか?」

「それは、、、わかりません」

「迎えに来て、その後・・・どうするつもりだ?」

「それは、、、、完治したら彼女が住んでいた場所へ送ろうと思っています」


―― うーん、やはりそうなるか


「それを、アキが望んでいなかったら?」


リョウとアキは1週間ほどしか同じ屋根の下で暮らしていないが、そんな短い期間に泣いている声をよく耳にした。

枕に顔を埋めて泣いているのか、くぐもっている。リョウに聞かれないよう声を押し殺しているのかもしれない。

別の日には寝入っていると思えば、夜中にうなされることもあった。


アキの頭を撫で「ダイジョウブだ」と落ち着くまで繰り返し頭を撫でる日々が続いている。

この状況下で、ジークの元へ行かせるわけにはいかない。


「・・・アキが、亡くなった妻に似ているんです。娘が生きているときは全く感じませんでしたが、他界してから、仕草や表情、言葉遣いにハッすることが増えて。あの雨の日、私はアキに彼女がいた村へ戻るよう勧めました。妻を思い出し辛いといって。気づくと…アキは家からいなくなっていました」


トツトツと、語り始めるジーク。

表情からは感情が読み取れない。

喜怒哀楽の何も。

今のジークは感情が欠落しているのかもしれない。

アキが亡き妻に似ていると感じるのは、ジーク自身がアキに対し、妻の面影を追い求めているだけではないのか。

その気持ちが、その想いが、重なった姿に見せているだけではないのか。

リョウは、ミランジェが亡くなる以前、亡くなってからのアキを知っているが、どちらも同じアキにしかみえなかった。

ジークの妻マドレーヌのこともよく知っているが、似ていると感じることは一度もなかった。

アキに幻想を抱き、亡き妻を重ね、現実から逃れようとしている気がする。


「この街に、残りたいと言ったら、どうするつもりだ?それでも『帰ってほしい』と言えるのか?ジーク」

「残る・・・・とは、言わないと思います。ですが、その時は、私の家にいてもらうつもりでいます」


コンコン

ノックの音が聞こえた。


「団長、失礼します!」


扉を開けて顔を覗かせたのは、統率を任せているウィルフォード・カヌレだった。

今日は、朝の訓練終了後、団長直接の指導が行われている日であった。

今日は、その日だった。

一般の騎士たちの訓練が終わった為、呼びにここへ来たようだ。


「副団長もこちらにいたんですね。部屋にいらっしゃらないので、どちらにいらっしゃるんだろうと思っていました。ご準備、お願いできますか?」


「わかった。先に行って待っててくれ」


リョウが答えた。

ウィルフォードが扉を開ける直前に手を止め、ジークに向かって話しかけた。


「副団長、その後、落ち着かれましたか?俺たち団員は、副団長と共に歩いていくので、一人で溜め込まず、俺たちを頼ってください!あ、そういえば。アキさんはお元気ですか?あの笑顔と差し入れに騎士たち全員、大ファンなんです!!特に差し入れで持ってきてくださるお菓子は全部絶品で・・・・顔だけでも見せてくれるように伝えて頂けますか?」


―― ウィルフォード、お前、今、アキの話をするタイミングじゃ・・・空気をヨメッ!

馬鹿野郎。いや、読めない男だったな、残念な男だったのを忘れていた


リョウは頭を抱えて、手を額に当てる素振りをする。

ジークは表情に全く出さないまま、


「ありがとう。アキは今、団長の家にお世話になっている。団長からアキに差し入れのことは伝えてもらおう」

「えっ??えっ??団長の家にアキさんいらっしゃるんですか?なんで??」

「疑問は、時期が来て話すタイミングが合ったときに」


―― おい、話すタイミングなんて永遠にこねぇだろ、ジーク!


「なんすか、それ。俺、めっちゃ気になるんすけど!!団長、どういうことですか?アキさんの差し入れ期待してもいですかぁ??」


―― ジーク、どういうつもりだ、おいっ!こっちに水を向けるな。

ウィル、お前も突っ込んでくるんじゃない。

お前、騎士たちに話すつもり満々だろう!!

いや、絶対に話す!


リョウは、三人のベクトルが違っていることに焦りを感じる。


「俺にきくなっ!戻って整列して待ってろっ」


話を遮るように慌てて、怒鳴り部屋から追い出そうとする。


「はいっ!申し訳ありません!!」


―― これでもぅ決まりだな、噂は嵐のごとく広まっていくな。ジークも余計なことを・・・


「ジーク」

「はい。なんでしょう」


―― 飄々(ひょうひょう)としやがって


「余計なことを」

「事実を言ったまでですが、なにか問題でも?」


いけしゃあしゃあサラッと返答するジークが子憎たらしい。


コンコン


「なんだ?!」


怒気を孕んだ声で、リョウは答えた。気配を追わなくても誰だかわかる。

ノックをしたのは、先ほど出て行ったばかりのウィルフォード。


「どうしたんですか?」


腹立ちが収まらないリョウの代わりに、ジークが聞いた。


「アキさんの居た村って、エクレア村ですよね?」

「そうですが、、、戻ってきてまで聞きたいことですか?」


ジークはさも不思議という顔をしながらウィルフォードに質問した。


「いえ、エクレア村って魔女がいるといわれている村なので、もし宜しければ、その点もアキさんに聞いていただきたいな・・・と、思いまして。。。。失礼しましたっ」


ウィルフォードは、リョウの顔を伺うと居心地悪し!と、いいたいことだけ吐き、一目散に部屋を出て行った。


「・・・ジーク、エクレア村の魔女の話、知ってるか?」

「・・・・」


ジークは無言だ。

もう一度、リョウはジークに質問した。


「ジーク、魔女の話を知ってるか?俺は初めて聞いたが」


「・・・・知っています」

「どんな噂だ?」


「私の知りえる情報が、正しいとも、実在するとも申し上げられませんが。人の姿を模倣する女がいると耳にしています」


「それがアキかもしれないと?」

「わかりません。それは。その考えが私の中でシックリきたんです」

「俺は、奥さんのこともアキのことも知ってるが、そう、感じたことは一度もないがなぁ」


―― ジークは本当に魔女の存在を信じてるのか?


「妻とは数回会っただけの団長には感じない、細かい点があると思います」


「そうだな・・・」


初耳の魔女の話、ジーク自身がアキを魔女かもしれないと危惧しているのを感じた。

仮に魔女だったと仮定しよう。

なぜ魔女はジークの亡き妻の姿に似せているのだろうか。

このご時世、魔女など存在するのだろうか?


別口でウィルフォードに詳細を確認しなくてはいけないな、、とリョウは思い、騎士たちの待つ練習場に向かった。


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