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ずいぶん長いこと間が空いてしましました。なかなか筆が進まず苦戦しております。続きを読んで頂ければ嬉しく思います。
私はジーク・カヌレが妻、マドレーヌ・カヌレでございます。今日はリョウ団長様、夫のジーク、スコーン夫人とともに、私が亡くなった現場へと馬車で向かっているところでございます。
自分が死んだ場所へ出向くなんて辛くないのか?とお優しい事を感じて下さる方もたくさんいらっしゃると思いますけれど。
特にそういったセンチメンタルな気持ちはございませんわ。
アキさんという女性の体の中に意識が芽生え、今はお身体をお借りしている状態ですの。
私の体はこの世にはもうございませんから仕方ないのですけど・・・・
借りたものはお返ししなければ・・・と思う反面、このまま生きていきたいという思いに揺れ動いております。
・・・ふふ。
というのは、真っ赤なウソ。
この体を乗っ取る気満々で事故現場に向かっておりますの。できれば彼女が自ら生を放棄して下されば簡単に終わるんですが、なかなかアキさんもしぶとくて明け渡してはくれませんわ。
では、どうしたらいいのかしら??
町から現場までは馬車に揺られて丸二日。もう間もなく現場付近に到着いたします。
頭痛と吐き気がひどくなってきたのが、その証拠です。
「大丈夫か?」
向かいに座るジークが気遣いの言葉をかけてくれる。
「大丈夫よ・・と言いたいのですけどちょっと・・・」
「馬車を止めよう」
リョウは御者にとめるように指示を出す。馬車はゆっくりと止まり「外に出るか?」と聞かれた。今は一人で座っているのもつらく隣に座るリョウにしだれかかった形になる。
意識が・・・切り替わる気がする。
ダメよ、、、だめ。まだ変わっては・・・・待って。
リョウ、ジーク、スコーン、三人から不安と心配が入り交ざった視線を受けながらマドレーヌは気を失った。遠くで「アキ」「マドレーヌ」と呼び続ける三人の声を聞きながら。
「気絶したわね。このままここにいても仕方ないですよ。前に進みましょう。次に目覚めるときはどの人格になるのかしらね」
スコーンが意味深な言葉を投げる。
―― どの人格・・・どちらの人格ではないのか。いや、細かいことを気にしすぎなのか。
あたかも人格が二人以上いるように聞こえる言葉に聞こえた。ナーバスになっているのかもしれないな。
車内が狭い分まっすぐ横にはなれない。リョウは自分の膝にアキの頭を乗せ上半身だけ体が横になるように寝かせた。腰に負担がかかるだろうが肩にもたれかかるより楽だと思った。
「リョウさん、それ。未婚女性に対してどうかと思いますよ。夫婦ならいざしらず、アキさんが起きた途端にまた卒倒されますよ」
呆れた顔をリョウに向ける。
「それなら私が代わります」
すかさずジークが交代要員として名乗り出る。女性以外であれば、どちらも同じだということがなぜわからないのだろうと再び呆れる。
「ジークさん・・・・あなたでも同じですよ。なんでわからないんですかね」
ため息を零しながらも交代する気がないリョウをジーッと眺める。
「リョウさん。まだお付き合いの申し込みすらしていないんでしょう?相手の承諾もなしにベタベタと触りまくるなんてセクハラですよ」
「セクハラ?!いや、これは!やむを得ずだな」
リョウは焦りつつ、なんのかんのとボソボソ小声で言い訳をしている。
「あー男として情けないっ」
騎士団長としての威厳などかたなしだ。体は大きいままだが、小さい猫のように体をまるめる姿と重なって見える。リョウのその様子をジークは複雑な思いを想いを胸に抱き見ていた。
ジークのその視線、その意味に気づいていながら、リョウは敢えて無視した。たがいに何を言えばいいのか、結局どちらも困ること明白だ。
ジークは・・・マドレーヌを求めているのか。それともアキなのか・・・
はたまた二人に惹かれているのだろうか。いや、ジーク本人も答えが出ていないのかもしれないな。
アキの頭をそっと撫でながら流れる外の景色に目を移す。
「止めてくれ!団長、このあたりです」
ジークが馬車を止めた。ほどなくして馬車が止まる。事故現場付近に到着したようだ。
リョウは返事をせず周囲の気配を探る。
「何も感じられないな。ジークはどうだ?」
「私も何も」
「念のため、俺たちだけ先に外に出て安全を確認しよう。スコーン夫人、アキを頼む」
リョウとジークは剣を携え、馬車を下りた。昨晩雨が降ったため地面は濡れているがぬかるんではいない。昨日と変わって天気も良かった。周囲は以前の襲撃の出来事など忘れたように、静かで穏やかだ。
高い木々の合間から燦燦と太陽の光が降り注ぐ。人間が起した事など些末なことだというように森は悠然とそこにあった。
「アキさん、起きて。森へ着いたわ。確認しに来たのでしょう?自分探しに来たのでしょう?」
スコーンは対面の席に横たわるアキに声を掛けた。返事はない。意識が戻らない。
スコーンはカバンから瓶を取り出し、中身をアキの口の中に注ぎ入れた。不思議なことに水色の液体をアキの口の中に入ると、零れることなくコクンと喉を通過した。スコーンは呪文を唱え彼女を見守った。一瞬アキの体が水色に光ると、瞼を開けた。
「ここはぁ?」
上半身を起すとキョロキョロと周囲を見渡した。見知った者がそばにいない。前にいるのは顔も知らないお婆さんだけだ。不安が押し寄せてくる。
「お父様とお母様はどこ?おかあぁまーーーーーーー」
アキは大きな声で叫んだ。
「「!!」」
少し離れた場所にいたリョウとジークは互いに顔を見合わせ走って馬車に戻る。馬車の扉を開けるとアキが涙をこぼしすすり泣いていた。ジークの顔を見つけると「お父様!」と抱き着いた。
鳩が豆鉄砲を食ったように二人は硬直し、動けない。
「アキさん、、、どうされたんですか?」
ジークは戸惑いつつ抱きしめ返しアキに尋ねた。
「お父様。ここどこ?お母様はどこにいるの?」
「「・・・・・・」」
新しい人格か?ジークの娘・・・だよな。父親といっているんだから。
スコーン夫人が言っていた言葉の意味は、これを指していたのか?!
だがなんで、娘に・・・・アキの体はどうなっているんだ。
ジークはアキを抱きしめ返し「アキさん、大丈夫ですか?」戸惑いながら訪ねる。
「だぁれそれ?お父様、ミランジェのことわからないの?お母様はどこ。お母様に会いたい」
「ミランジェ?・・・・ミランジェなのか?」
アキの中に三人の人格が存在していることを認識するまで時間がかかる。妻であるマドレーヌの次は娘のミランジェに代わり、戸惑いを隠せなかった。ジークは娘の名を何度も呼びながらアキの体を抱きしめた。涙が止まらない。
神よ・・・あなたはなんて残酷なことを・・・・
妻の次は娘ですか。私にどんな試練を与えるおつもりなのですか・・・
生涯二度と会えない存在を二人も目の前に現させ、何をさせたいのですか。
「お母様は、、、、今日は家で留守番だ・・・」
「ホント?よかったぁ、じゃあお家に帰ったらアエルネ」
「・・・・・・」
「お外、見てきてもいい?」
幼児特有のキラキラする目を向けジークに問う。不思議なことに違和感を感じない。体は大人、言葉遣いは幼児。目をつむれば本当に娘と会話をしている気になる。
ジークの返事を待たず、腕の中から抜け出ると馬車のステップを下りた。リョウはアキから少し離れた場所で彼女を見守る。次いでスコーンも馬車から下り、アキの後ろをついて歩く。
アキであるミランジェは森の中を見渡すと、進む場所がわかるかのように歩き出した。馬車からどんどん遠ざかり見えなくなる。後ろを振り返ることなく目的の場所に向かって歩いているように感じた。
中身が幼児とはいえ、体は大人だ。進む速度も速い。誰も会話をすることなくアキであるミランジェのあとを周囲を警戒しながらついていく。帰りの方角がわかるよう記憶に留め、木に目印を刻みながらリョウは後を追う。鳥のさえずり、木の葉が風にさらさらとそよぐ音だけが聞こえる。
ピタッ
アキの歩が止まった。そして振り返ってジークを見た。
「お父様、ここよ。この場所よ」
「なにがだい?」
「お母様がここで血を出したの。私に逃げてって言ったの。でも言うことを聞けなくて・・・お母様怒ってる?でもね、お母様が私の中に入ってきて。足が動いたのよ。お母様と一緒に走ったの!そしたら高いところから落ちちゃって」
「お母様が体の中に入ってきて、それからどうしたの?」
スコーンがミランジェに質問する。話しかけられた方をみる。
「おばあさん、だぁれ?」
「はじめまして。私はお父様のお友達よ」
ミランジェはジークを見、視線で本当?と聞いた。ジークは頷くと安心したように笑顔を出して答えた。
「お母様にあげたよの」
「何を?」
「体を頂戴っていうから、いいよっていったの。そしたら、眠くなっちゃって」
「今は?どんな感じ?」
「今?眠い・・・・お布団に入ってお昼寝したい」
「ミランジェ!」
ジークは走りミランジェをかき抱いた。このまま消えていなくなりそうで愛おしいものを何度も失う感覚を覚える。二人の抱擁ははたから見ると男女のカップルにしか見えなかった。
リョウは放心状態で言葉を発することが出来なかった。
夫人が娘の体を乗っ取った?現実的にそんなことがあり得るのか?!
だが目の前にいる彼女はアキでもマドレーヌでもない。ジークの娘だと言っている。
それもまた嘘ではない。行動がそれを物語っている。
あぁもぉ!
なんなんだ、いったい。何が何だか全くわからない。
エクレア村に存在すると噂されていた魔女は、マドレーヌだったのか。
アキ・・・戻ってこい。ここへ。
俺がいるこの場所に。
「アキ!」
ジークに抱きしめられているアキに向かって叫んだ。リョウに視線が集まる。
「戻ってこい!お前の居場所はここだ。俺のところに帰ってこいっ」
アキの頬から涙が一粒伝い落ちた。ジークの肩から見せるアキの表情はとても美しかった。
―― アキだ・・・・アキの顔だ。俺はこの表情を生涯忘れない。
「りょ・さ・ま」
ジークに回していた腕をほどくとジークから体を離した。視線はリョウを真っすぐに見、外されることはない。ゆっくりと立ち上がった。リョウが腕を広げる。その瞬間、アキはリョウに向かって走り出し胸に飛び込んだ。
リョウ様の匂い・・・戻ってこれた・・・・私の意識をやっと前に出せた・・・
「お帰りアキ」
「・・・ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありません」
スコーンは二人を見ながら本日何度目になるかわからないため息をつきながら呆れていた。
まるで二人の世界だね。三文芝居!見てるこっちが恥ずかしいわ。
いつまで続くんだ、この茶番劇!! 猿芝居はっ!
一番の貧乏くじはジークさんだね。あぁあ、あの表情・・・見るに堪えないわ。
「そこのお二人!」
声を掛けられたアキはハッとしてリョウから離れようとした。しかしがっちり包まれているためリョウの腕からは逃げ出せない。他者に意識が向くようになると恥ずかしさが込み上げてくる。
やだ、私ったらはしたない・・・皆さんが見てるのにどうどうと抱き着いたりして。
「感動の再開はわかりますけどね。少しはジークさんの気持ち汲んでやりなさいな。アキさんが戻ったのは良かったけれど、結論出ていないでしょう」
アキを見据え、本来の目的を思い出せと目で語る。
「スコーンさん・・・・こうなった経緯がわかりました」
ゆっくりと一人ずつ目を合わせながら答えた。
「出たの?三人の記憶が融合したのかしら?」
事故現場に来たことで全ての記憶が繋がった。なぜ、私の体にジーク様の奥様、お嬢様が存在するのかも。ジーク様のお嬢様が私の中に来た時にすべてが繋がりました。
「融合?」
融合・・・そうかもしれない。今はマドレーヌ様もミランジェの意識が私の中には感じられない。さっきは一つの体に三人が共有している気がしてたけど。
「融合なのかもれません。ジーク様。マドレーヌ様は特殊な能力をお持ちだったようですね」
「特殊な・・・能力?」
ジークは過去を思い起こすが、妻に特殊能力があると思ったことなど一度もない。目にしたことも、そのような素振りさえもマドレーヌから感じたことはなかった。
「アキ、何が特殊だというんだ?」
リョウがアキに近寄りながら質問をする。
「意識を他人に移せる能力です。それはおそらく、体が死の直面に接したときに近くにいる人に意識を移せる。そしてその条件は、女性であること」
「そんな突拍子もないことが起こりえるのか?!いや・・・実際に起きているんだが・・・」
リョウとジークの人生経験上、あり得ない話だった。いや、誰もそんな経験を持ち合わせている人間はいない。実際にその「突拍子もないこと」が起きているのだ。
「信じないわけにはいかないですね。説明できないことを目の当たりにしてるんですから」
ジークは頭を抱えながらアキに話の続きを促す。
マドレーヌ様とミランジェが体に入ったからかしら。ジーク様の仕草や声が懐かしい。私が持っていなかった愛情が芽生えているのがわかるわ。愛おしさが募ってくるもの。
私が図々しくもリョウ様に思いを寄せるのと似てる。
―― 私は、私でいられるのかしら。
過去の自分とここでの自分、そして二人の感情が入り混じるこの体で。
「アキ」
「リョウ様」
呼びかけられ振り返るとすぐそこに、リョウが立ち、ゆっくりと手を差し出す。私は引き込まれるように差し出された手を握る。ぎゅっと握り返され、一人ではないことを感じてくれる。
話始めてから微かに震えていた手が握られたことにより、安心を得たのか止まった。
―― そう、一人じゃない。私には寄り添ってくれる人がいる。
「はい。また二人の世界に入ってますよ。それは二人の時にお願いしますね~」
すぐマドレーヌから突っ込みが入る。はっとして手を離そうとするが、離されることなくさらに強く握られた。引き寄せられ、肩を抱かれる。
―― すごい。。。安心する。すごい、リョウ様ってすごい。
アキは心から安堵し話の続きを始めた。
「ここで襲われた奥様は息を引き取る直前、ミランジェに精神を移しました。そして、ジーク様の邸宅でミランジェが他界した時に私に精神を移したんです。先ほどお話しした通り、奥様は特別な能力をお持ちでした。なぜなら・・・・スコーンさんのお嬢様ですよね。マドレーヌ様は」
娘?!
展開について行かれないリョウとジーク。言葉が出てこない。一挙手一投足をスコーンにに向けた。アキと繋がる手に力が入る。
「すごいね。よくわかったね。それに性格も変わった?そりゃそうだ。多くの人格が入ってるんだものね。ジークさん、探していた魔女は私のことよ。噂・・・・・聞いたのよね?私の噂を」
「スコーン夫人が魔女・・・じゃあ娘というのは・・・・何がどうなってるのか。順を追って説明してくれないか夫人。俺と、ジークと、アキに」
スコーンは申し訳ないと思える表情の笑みを浮かべた。
「ちょっと長くなるけど、いいかしら・・・・」
そう言い、ポツポツ自身の話を始めた。
簡単に終わる話ではないと思っていたがやはり想像を超える話だった。魔女という存在が実在したこと。そして精神を他者に移すことができるという話だけでも空想の絵空事とも思えた。
スコーンは子供を身ごもり出産した。しかし体が病に侵され長くはもちそうもなかった。そんなある日、自宅付近に馬車が通りかかった。馬車には幼い女の子が乗っており、湖付近で休憩をとっていた。
―― あの子の体を使おう。
スコーンは魔女という能力を利用し、我が子の精神をその幼き少女に移した。そう、それがマドレーヌだ。そうと知らない幼き少女の両親は実の娘と思い育てそしてジークと出会い恋に落ちた。
身体を変えた為、魔女の血はすでにない。
「魔女の血は耐えたけれど、私の能力を分け与えたのよ。だから、死に直面した時、ミランジェに意識を移し、そしてミランジェが他界する前、傍にいたアキさんに映った。ただ、アキさんは私が別世界から連れてきた女性で、精神をうまく移すことが出来ず、マドレーヌとミランジェが表面に現れたのよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。別世界まで話が飛ぶとは・・それは想定外です」
「アキを別世界から連れてきた理由はなんだ?」
「私が一番気になっていたところはそこです。スコーンさん。教えてください」
立ち話もなんだからとスコーンは自宅へ招き入れることにした。スコーンの家までは距離があるが、彼女は魔法陣など書かずとも無詠唱で瞬時に移動する手段を持っていた。
気づけば、森ではなく整理された家の前に立っていた。