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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第98話 お前も大概イカれてる

 クメスレツカならそこにいる。

 自分が彼を殺したと自負するクメスフォリカでさえ隙が出来ることを承知でそちらに視線を向けてしまったのは、自信ありげな蒼蓉ツァンロンの声に背を押されたからだけではない。


 今、そちらの方向になにがあるのか理解しているからこそだ。


 視界に飛び込んできたのは人間ではなかった。

 受け渡し後にその場に放置されたままの、紙幣の詰まったケースである。

 クメスフォリカはたしかにそれを受け取った。中身は簡単にしか検めていないが、人間が入るスペースはない。

 しかし半強制的に趣味の悪い予想をすることになったクメスフォリカは初めて冷や汗を流した。


「お前も大概イカれてんなァ、若旦那! アイツの死体を見つけ出してアレに加工しやがったな!?」

「ご名答。随分と苦労したよ、ご丁寧に隠されていた上にもう一部の骨しかなかった。だからこそ『クメスレツカ』と呼べるものはこの世にそれだけしかなくて、あのサイズに収まったわけだが」


 万化亭ばんかていの基本の規定では、クメスレツカを引き渡したと言うには『現時点の対象の八割』が必要だった。

 これは対象者が亡くなっていた場合や肉体に欠損があった場合に問題が出るからこその予防策だ。体が欠けているから残り二割がない、契約不履行だ、などと難癖をつける輩は確実に存在する。


 生きており、且つ五体満足でなければ認めないという場合は契約の段階で盛り込まなくてはならない。

 万化亭と契約を結ぶ際はそういった細部にまで気を配る必要があったが、暗渠街のルールを破るような暮らしを続けていたクメスフォリカはそんなことを考えもしなかったのである。


「甘かったね、こういうことはガチガチに固めて契約を結ぶべきだった」

「だからってこんな頭おかしい策を三日で仕込んでくるとは思わねェだろが」

「最初は本人を縛って連れてくるつもりだったんだよ、けれど我々の情報網で探し出したら骨だけだった。……お前はそれを知っていて契約した」


 とても大きな落ち度だ、と蒼蓉は口角を上げる。


 その姿にクメスフォリカは不意に浩然ハオランを思い出した。

 自分の属する組織が悪辣なものであるという自覚はあるが、そんな隠世堂かくりよどうに敵対する組織が反対の属性――善性極まる正義の味方ではないと改めて思い知らされる。


 隠世堂も隠世堂なら、万化亭も万化亭だ。


「趣味の悪い争いに首突っ込んじまったな……ははは、いいぜェ! ならここからはシンプルな殺し合いだ! アタシを罠に嵌めたことを後悔させてやる、どっちか倒れるまでやり合おうぜ!」

「蒼蓉くん! この人、血の気の多いこと言ってますけどヘルさん攫って逃げる気ですよ!」


 柚良ゆらの場違いなほどストレートな物言いにクメスフォリカは「秒でバラすなっつの!」と背後から黒煙を噴出させて視界を奪う。

 即座に柚良が風を巻き起こして煙を消し去ろうとしたが、煙は散るどころか微動だにしない。幻覚である。

 即座に風のコントロールを切り替えた柚良は、物体に当たることで流れを変えた風を感じ取り、その場にいる人々の位置を割り出した。


 その中から高身長な女性を割り出し、足元に氷の槍を生やす。

 黒い視界の向こうからクメスフォリカの声だけがした。


「適応早すぎだろ!」

「戦場では臨機応変でなきゃ怪我しちゃいますから!」


 国のお抱え魔導師の仕事はデスクワークだけではない。

 他国との諍いが起こるたび派遣されることも多かった柚良は戦い慣れている。


 イカれた若旦那にお似合いだな、と笑ったクメスフォリカは柚良の攻撃から逃れながら煙の中を走った。

 本気を出せばもっと色々な幻覚で翻弄できる。

 しかしそれをしなかったのは、本気を出すべきことが他にあるからだ。


(洗脳用に使ってるヤツを高出力でヘルにぶつけりゃ、洗脳はできなくっても一週間は目覚めない状態に持っていける)


 脳に直接影響を与えるためオルタマリアの父のように洗脳するには繊細な微調整が必要だが、成功させる必要がないのなら加減を無視することで相手の意識を奪える。

 普段はゆっくりと望む形に捏ねている粘土に棒を突っ込み、力任せに掻き混ぜるようなものだ。

 そのぶん魔力の消費も激しくなるが、この場でヘルを生きたまま攫うには一番良い手だとクメスフォリカは考えていた。


 それでも柚良の攻撃は高精度で打ち出される。

 なら偽の風を混ぜてやると幻覚を追加しても音の反響を使って探し出し、幻覚の音を混ぜれば今度は素直に索敵専用の魔法を使う。

 幻覚は多人数相手に追加するたび魔力を食うため、ヘルに使う分を残しておくには節約が必要だった。


「面倒な奴だな……!」

「よく言われます」


 柚良の声は真後ろからした。

 クメスフォリカは飛び退きながら刃を一閃させたが、砕け散ったのは氷の盾である。肉薄される前に大量のカラスの幻覚を割り込ませたクメスフォリカは再び走り出した。

 物理的に存在する、と脳に思い込ませるほどの幻覚だ。

 偽物だとわかっていても柚良の体は物理的なものがそこにあると判断し、ぶつかって止まる。


 クメスフォリカの視界はクリアなため、ヘルの位置は把握していた。


「邪魔は邪魔だが、近づいてきてくれたおかげで足止めしやすかったぜ」


 数秒でも止めていられれば十分だ。

 クメスフォリカはそう笑うと魔法をヘルの脳に叩き込むべく両手を伸ばす。

 その時、再び柚良の声が飛んだ。


「ヘルさん、十二時の方角です!」


 対応が間に合わないから指示を出したのか、とクメスフォリカは目を細める。

 しかし指示を出してもヘルの実力ではたかが知れているとクメスフォリカは足を止めなかった。初めに見せた炎の鎖鎌は凄まじい熱気ではあったが、幻覚魔法以外を不得意としているクメスフォリカのバリア魔法であっても防ぐことができるだろう。


 それも長時間は不可能だが、ほんの一瞬ヘルの頭に手が触れればいい。

 クメスフォリカは瞬時にそう判断したのである。


 しかし、ヘルは臆することなくクメスフォリカのいる方角を見つめていた。

 まるで柚良の指示に応える自信があるかのように。


「――!」


 刹那、ヘルの手のひらから作り出された炎の鎖鎌は一度目とは比べものにならないほど巨大で、それは彼女の身長に匹敵していた。

 風により酸素が送り込まれ大きく燃え上がっている。


 ただ空気を取り込んだだけでは魔法による炎は強まらない。

 これは同じく魔法で作り出された風による強化であり、的確なコントロールが必要な技術だった。


 大きいだけならこけおどし同然。

 しかしクメスフォリカがそう軽んじるより先に、振りかざされた鎖鎌が炎の軌跡を残して宙を薙いだ。産毛で気配を感じることはできても目で追うことは叶わない、そんな凄まじい速さである。

 火と風の属性が完璧に合わせられていた。


 ――糀寺こうじ柚良と同じく、己の姪も油断できない存在である。


 そう理解するのに時間をかけすぎたな。

 クメスフォリカがそう口元を歪めたのは脇腹に強い衝撃が走ってからだった。

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