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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第96話 ヘルの居場所

 ヘルの足取りは早くはないが、遅くもない。

 一歩一歩前へと進む彼女の頭の中には、僅かな期間だが共に過ごした母の顔が浮かんでいた。


 ヘルの母は茶色い髪をしており、青い目は娘とそっくりだった。

 面立ちは美しい部類で、暗渠街あんきょがいの金持ちに買われていったのもそれを評価されてのことだった。

 買った人間には娘のヘルの存在も知らされていたが、子供は趣味じゃないと言って連れていったのは母だけである。最後に見たのは背中だけだった。


 そんな母はよくヘルの父――クメスレツカへの恨み言を口にしていた。


 甘言で近づき、己の強さを誇示し、骨抜きにしたヘルの母に金を稼がせて日々を過ごしていたそうだ。

 その目は白目が黒い特異なもので、一族の本家は全員その目を持っているという。

 故郷では名の知れた一族だったが独自の文化を持っており、クメスレツカはそれを嫌って出奔したそうだ。


 暗渠街で頼れるのはヘルの母だけ。

 よくそう言って金を無心していた。


 しかしヘルの母が働いていた店が強盗に遭ったことで潰れ、なかなか再就職が叶わず、ついに金も尽きてしまった。

 そこでクメスレツカはヘルの母を「金が溜まったら買い戻すからさ」と騙して許諾を得て奴隷商へと売り払ったのである。しかしその約束は守られなかった。


 初めは心配していた母だったが、新たに奴隷商へと売られてきた人間から情報を集めた結果、クメスレツカらしき人物が毎日酒を浴びるように飲んでは他の女に金をねだっていることが判明する。


 ここでヘルの母は初めて目が覚めた。


 その頃、本人も気づかないうちに身籠っていたヘルを出産。

 母の顔の良さから良い商品になる可能性があるとして、店主のヘラルデの判断によりヘルが五歳を過ぎる辺りまで共に過ごした。

 クメスレツカへの恨み言はその頃に聞いたものだ。


(髪はアイツに似たけど、目は似なくて良かった……)


 ヘルはそう母に言われた言葉を思い返す。

 まったく系統の異なる女性との間に生まれた影響か、ヘルは父と同じ黒い白目は持っていない。母は濁りのない白い白目をじっと見てはそう呟いていた。

 恐らくあの反転したように黒い白目は近親による婚姻で保たれていたのだろう。


 そんな話に聞かされていた『不可思議な目』が、今は視線の先にある。

 暗闇の奥から見つめるように紫色の瞳がヘルを見ている。


 黒い髪は同じ髪質だった。

 クメスフォリカもヘルと同じように寝癖が最悪である。

 しかし、それでもヘルには彼女が親類には思えなかった。――思いたくないのだとすぐに自覚し心の中で自嘲する。


 ヘルは作戦決行前に蒼蓉ツァンロンからあることを聞かされていた。

 どこまで当たっているのかはわからない。それを判断する力はヘルにはない。

 しかし蒼蓉が言うなら本当のことなのだろうという信頼はあった。彼は嘘をつく人間だが、ここでヘルに対して嘘をつくメリットがないと理解した上での信頼である。


(その時、とても強く思った……もし目の前のこの人と血が繋がっていても、私にとっての居場所は万化亭ばんかていだと)


 柚良ゆらと蒼蓉のいる万化亭。

 そんな場所を守れるなら、ヘルは作戦の歯車になることも辞さない。

 これからどれだけ危険な瞬間が訪れようとも。


「よォ、名前はヘルだったな?」

「はい」

「お前、ファミリーネームの概念はわかるか?」


 目前までヘルが足を進めた時、クメスフォリカがそんなことを訊ねた。

 帝国は様々な文化が入り混じっており、その中でも混沌を極める暗渠街には苗字を持つ者と持たない者が混在していた。

 柚良は漢字を用いた苗字のあるもので、これはマホロバ地区に多い。

 蒼蓉は同じく漢字を用いているが苗字がなく、これは表ならトウゲン地区、暗渠街ならコンロン地区に多いものだ。


 あざなやセカンドネーム、洗礼名など細かなものも見られ、苗字も地域によって付け方が異なる。

 しかしヘルはそのどれも持っていなかった。

 奴隷商ベルゴの里で生まれ育ち、柚良に買われるまで名前すら認識番号以外はなかったのだから当たり前である。

 それに加えて母もファミリーネームは持ってはいない。


 素直にそう答えるとクメスフォリカは肩を揺らして笑った。


「アタシの名前はクメスフォリカ・ヘルパーニュだ」

「……!」


 クメスフォリカはぬうっと右腕を伸ばしながら言う。

 すでに手を伸ばせば届く距離まで近づいていた。


「ヘルパーニュの名は地獄という意味から生まれたモンだ。お前の名前を知って爆笑したぞ、どこで生まれてもアタシら一族の血からは逃れられないなァ?」

「……この名前は柚良さまがくれたもの。そして――育ての親から取られたもの。意味は同じでも、在り方は同じじゃない」

「言うねぇ、ただ」


 ヘルが凝視する先には素手しかない。クメスフォリカは何も持ってはいない。

 ただ単にヘルの腕を引こうとしている。

 しかしその目つきは姪の腕を引こうとしている叔母のものではなかった。 


「アタシにとっては血縁者に違いない。――困ったことにな」


 ああこれか、とヘルは理解するする。

 蒼蓉は言ったのだ。あの日、オルタマリアの生家で相対した時、クメスフォリカがヘルに向けていたのは明らかな殺意だったと。

 それも柚良や蒼蓉もいたというのに、それらを差し置いてヘルにだけ向けられた特別な殺意だ。


 クメスフォリカは兄の血を引いた姪を家族として引き取りたいのではない。

 兄の血を引いた姪を自分の手で殺したがっているのである。

 ヘルはそれを身を以て理解し、


「……私にとっては、血縁者でも関係ない」


 そうはっきりと言い放ち、手が触れた直後に炎の鎖鎌でクメスフォリカを斬りつけた。

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