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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第94話 息抜き、順調に消化中!

 魔法は感覚的な面が大きいが、調薬はいわば数学のようなものだ。


 きちんと覚え、きちんと再現できれば自ずと成功する。

 そこから更なる高みを目指すと他の要素が加わり失敗する確率が上がるが、今のヘルにそこまで詰め込み教育じみたことをする必要はないと柚良ゆらは判断した。

 基礎の範囲内ならしっかりと覚えれば問題ない。


(私はすぐにアレンジする癖が付いちゃってるんだよなぁ、効果を高めるなら魔法や材料をとっかえひっかえすることになるし……)


 その結果がほのかの言っていた独自ブレンドの新薬である。

 柚良は決められたレシピに沿った調薬ではなく、普段から新薬開発を行なっているようなものだった。

 かつて『調薬に似ている』と称した料理に関しては高みを目指していないからこそ下手なアレンジをせず、そのおかげで早々失敗しないのである。


 逆に仄は派手な効果を狙った薬よりも安定した堅実な効果をもたらす薬を好み、レシピ通りに作成する気質だ。

 効果の向上も調薬時に使用する魔法や材料の種類を弄るより先に、使用している薬草の質を上げることから始めるタイプだった。


 ただ、仄もそろそろ今より取り扱い危険物とされる材料を使用し始めてもいいんじゃないかな、と柚良は考えている。

 表の世界なら免許が必要だが暗渠街あんきょがいなら自己責任の範囲で使いたい放題だ。


糀寺こうじ先生? 食べすぎちゃいましたか?」


 そうやって柚良が様々な考えを巡らせていると仄が心配そうに覗き込む。

 無言で思考していた姿が気分が悪そうに見えたらしい。


 カフェでの昼食が終わった後、三人は百年ももとせみちを観光者のようにぶらぶらと歩いていた。

 この通りに立ち並ぶ店はほとんどが食べ物屋だが、中には食器屋や調理器具を扱う店もある。それらを見て回っている最中だ。

 柚良は「まだデザートが入るくらい余裕ですよ~」と笑う。


「ただ、その、仄さんの今後の教育プランについて考えてました」

「わ、私の? ありがとうございます……!」

「魔法を用いた調薬は仄さんにはまだ難しいですが、視野に入れてもいいと思うんですよ。魔石で調整してもいいですし、あとは……幽さんに協力してもらうとか!」


 姉妹による共同調薬です! と柚良がきらきらした目をすると、仄も惹かれるものがあったのかこくこくと頷いた。

 その時ヘルの足が止まっていることに気がつき、ふたりも同時に足を止める。


 ヘルの視線の先には屋台風のチョコバナナ屋があった。


 屋台の骨組みそのものは表の世界から持ってきたもののようだが、畳むことはなくずっとここで営業しているのか随分と年季が入っている。

 ただし並んでいるチョコバナナが不衛生かというとそうでもなく、綺麗にチョコでコーティングされ、カラースプレーのまぶされたチョコバナナ一本一本に袋が被せられていた。

 食の信頼性はしっかりと『百年の路の食べ物』に準じているらしい。


 柚良と仄の視線に気がついたヘルはハッとする。


「申し訳ありません、少し余所見をしてしまいました」

「……ヘルさん、名案です!」

「めい、あん?」

「このチョコバナナ、オルタマリアさんのお土産に買っていきましょうか」


 柚良はにっこりと笑うと屋台でチョコバナナを四本購入し、その中の一本をヘルに差し出した。

 眺めているだけだったというのに突如目と鼻の先に差し出されたチョコバナナにヘルは目をぱちくりさせる。何度瞬きしてもチョコバナナはなくならない。


「これはヘルさんの分。この場で食べても持ち帰ってもいいですよ」

「え、えと、いいんですか?」


 もちろんです、と柚良が返すとヘルは嬉しそうにチョコバナナを受け取る。

 柚良は仄にも一本手渡し、三人ともまだ胃に入りそうだということで屋台の脇で食べることになった。


 時期的には少し早いが、表の世界では夏の醍醐味のひとつである。


「いやー、前に来た時も思いましたが、暗渠街にもこういうのあるんですね。色んな食文化が入り混じってるんでもしかしてとは思ってましたが」

「あの、私、イチゴやブドウにチョコをかけたものを扱う店も知っているので、今度案内しましょうか?」

「ホントですか!? やりましたねヘルさん、次の予定が決まりましたよ!」


 柚良がそうはしゃぎながら視線を移すと、ヘルは目を細めてチョコバナナを味わっていた。大満足な様子だ。

 調薬の基礎はこの後に本物の薬草を用いて説明し、実践し、魔力が回復した後は再び訓練に戻る予定だが――息抜きという予定もまた、順調に消化できているようだった。


     ***


 黒い鳥が蒼蓉ツァンロンの手元に滑り込み、折り畳まれた紙を残して去っていく。


 イェルハルドからの定時連絡である。

 普段はもっと間隔を開けるが、今現在万化亭(ばんかてい)は警戒モードだ。

 念には念を、と百年の路に赴いている柚良たちの報告を普段より厳しく行なうよう言いつけてあった。

 それでも期間中は万化亭に閉じこもるように強要しなかったのは、柚良にも考えがあっての外出だと蒼蓉も理解しているからこそである。


「なるほど、平和に羽を伸ばせてるみたいだね。……柚良さんはここを気に入ってるのか」


 柚良が息抜きとして向かったのは過去にアルノスと共に行った百年の路。

 蒼蓉としては「ボクと一緒に行ったペルテネオン通りじゃないのか」といった気持ちだ。しかしヘルと仄を連れているなら歓楽街よりグルメ街のほうが向いているということも蒼蓉には理解ができる。


 できるが、少しばかり悔しい。


(今度ボクからも百年の路に誘ってみるか。まあ、しばらくはあいつら……隠世堂かくりよどうのせいで色々と煩いからタイミングがなさそうだけれど)


 そこへノックの音が響き、蒼蓉が応じると璃花リーファが入ってきた。

 そして何事かを蒼蓉に耳打ちしてから一礼して部屋から出ていく。

 蒼蓉は隠世堂の件以外にも舞い込んでくる仕事の処理を続けながら笑った。


「色々と面倒事は多いが――探し物も見つかったし、こちらも順調だ。これだけは幸いかな」


 それはとても万化亭の若旦那らしい、仄暗い笑みだった。

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