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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第92話 ヘルの訓練、ヘルの勉強

 普段、柚良ゆらはスパルタにしようと思ってしているわけではない。


 厳しくいこうと考えていても手心は加えている。

 ただし一般的な魔導師の卵と実力差が凄まじいため、第三者から「スパルタだね」と言われるほど過酷な訓練になっているわけだ。炎の鞭のコントロールが上手くいかなかったソルに水をぶっかけた時もそうである。

 あの時柚良はスパルタ呼びを否定はしなかったが、本人の感覚では『ちょっと厳しいかも』程度だった。


 しかしヘルの参戦は急であり、訓練は限られた時間の中で行なう必要がある。

 加えてヘルの命にも危険が及ぶ事柄のため――柚良は初めからスパルタでいこう、と意識して指導していた。

 つまり一日が終わる頃には倒れて動けなくなっているほど過酷だ、ということだ。


 ヘルはすでにバリア魔法を含む基礎が固まっており、基礎魔法の応用や魔力を多く溜め込む訓練をしていたが、今回そちらは一旦保留にし新しい魔法の会得に集中することになっていた。

 前日の訓練で倒れたまま眠ってしまい、ソルに五回起されるまでしっかりと目覚めなかったヘルは緊張した面持ちで柚良の言葉に耳を傾ける。


「さて、ヘルさんの属性は火と風です。基礎のコントロールはまずまずなので、今日はふたつを同時に使って攻撃力を増す魔法を試しましょうか」

「ゆ、柚良さま。ふたつの属性を同時に使うと魔力が持ちません」

「今回は長期戦にならないと思いますよ?」

「……」


 柚良の指す『長期戦』とは週単位で続く戦のことだ。

 しかしクメスフォリカとの戦闘どころか契約が満了して急襲する瞬間だけ持てばいい、そう考えられているとヘルは察した。


 ――ヘルは柚良の奴隷であり、柚良はヘルの主人である。

 そして恩人だ。


 自分の手で守りたいと周囲が剣呑な雰囲気になってからも考えており、今回の件でより明確になった。

 だがあのような判断をされるということは、柚良は自分自身が守られるより『ヘルがヘル自身の身を守れること』を重視しているということだった。

 それだけ未熟な魔導師だというのに高望みをしている。


 しかし、それを諦めたくない。


 そうヘルは「魔力が持たなくなるから難しい」と考えて先ほどの言葉を発した自分を恥じた。

 魔力に関しては持たなくはなるが、無理だというわけではない。もちろん魔法を会得できるかどうかはともかく、だが。

 柚良はそれを見通している。つまりヘルの実力も把握しきっている。

 この未熟な実力を。


 己の実力を柚良の言動を通して再認識したヘルは自分の頬をぺちんと叩いた。


「余計なことを言いました。やります」

「良い意気込みです! 急ぎの訓練ですけど順を追ってやりましょうね」

「はい」

「風で炎を膨らませたり飛ばしたり防御に使ったり……上手くはまれば使い勝手の良い魔法ですよ。慣れたら補助用に差し上げたバレッタを一旦外して試してみましょうか!」


 柚良は目を輝かせて握ったこぶしを突き上げる。

 ヘル本人よりやる気満々であり、魔法を教えることを心底楽しんでいる目だった。


 ああ、また倒れることになるだろう。

 そう確信しながら、しかし嫌な気持ちひとつ湧いてこないことに心の中で笑い、ヘルは柚良の指導に従って魔力を練り始めた。


     ***


 柚良の挙げた風で炎を膨らます場合は炎主体。

 逆に飛ばす場合は風が主体であり、初めから火球の魔法を使うより攻撃力は劣るが速度が速いため、入り混じらせて使うと撹乱になると柚良は説明する。


 魔力は主体側に多く配分し、補助側は少なくてもいい。

 この配分を上手くできるようになればコントロールもしやすくなり、加えて消費する魔力も抑えられる。


 ヘルは少しでも長く戦いたい。

 しかし基礎を始めた頃からコントロールは苦手分野であり、補助具を付けた訓練により人並みにはできるようになったものの他の部分に後れを取っている。

 なら克服すべき点はここだと重点的に鍛えた。


 しかしそう上手くはいかないのが魔法である。


 柚良の指示で補助具のバレッタを外して挑んだところ、十回連続で失敗してしまった。この中で命を失いかねないと柚良が相殺や防御の手助けをしたのが七回である。

 それによりに生まれた緊張感はヘルの集中力を更に強化したが、それでも成長は亀の歩み。


 最後まで諦めはしない。

 諦めはしないが、しかしこんなことで間に合うのだろうか。

 そう不安に感じたヘルは本心をそのまま柚良に打ち明けたが――


「亀の歩みでも前へ進んでいるならオッケーです!」


 ――と、柚良はヘルを大層褒めた。

 不安に思うのは自分の力量を自覚しているからだ。その上で諦めずに進めるところを気に入ったのである。


 そうして昼を過ぎた頃、体力は残っていても魔力が尽きてしまった。


(休憩を挟みながらやってきたからここまで持ったけれど、ついに……。……? ついに底をついたというより、このタイミングで切れるように柚良さまが調整した?)


 はっと気づいたヘルが視線を上げると柚良はニコニコとした笑顔で汚れた手を払いながら言った。


「ヘルさん、お昼ご飯がてら少しお出掛けしませんか? 護衛付きですけど蒼蓉ツァンロンくんから許可も貰ってますよ」

「お、お出掛け、ですか?」

「ふふふ、こんな時になにを悠長なって思ってますね?」


 柚良はにんまりと笑ってヘルを洗い場まで連れて行き、手を洗いながら説明する。

 その傍らにはいつの間にか璃花リーファが待機しており、出掛けるための着替えが用意されていた。

 ヘルの分は落ち着いた黒のワンピースで、首元にレースの就いた同色のリボンがあしらわれている。


「ちょっと並行してやりたいことがあるんですよ。詰め込み学習になってますが二属性訓練は負担が大きいので、回復させている間に別のことをするのもいいかなと!」

「なる、ほど……」

「護衛もイェルハルドさんなので気にならないと思いますよ。あの人、隠れるの上手ですから」


 息抜きだけが目的ではないようだと感じ取ったヘルはこくりと頷く。

 喜んだ柚良はヘルと共にいそいそと着替え、色の揃ったワンピースにカーディガンを羽織った姿になるとすぐに万化亭ばんかていから出発した。


 そうして向かったのが暗渠街あんきょがいの違法飲食街――以前柚良がアルノスと訪れた百年ももとせみちである。


 百年の路に初めて訪れたヘルは物珍しげにきょろきょろと視線を彷徨わせていたが、柚良が「あったあった、あのカフェです!」と指をさしたのにつられてそちらを見た。

 お洒落なオープンカフェだ。

 暗渠街では不用心に見える店だが、ちらりと見えた店内では傷だらけで強面の店長が皿を洗っていた。相当の手練れらしい。

 しかしそんな店長が霞むほど筋骨隆々なシルエットが外の一席にあった。


 先日話に出た天業党てんぎょうとうの跡取り娘、ほのかである。

 ヘルが慌てて柚良を見上げると眩しいほどの笑みが返ってきた。


「さあ、美味しいものを食べながらお勉強しましょうか!」

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