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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと
第四章 ヘルパーニュの悪い夢

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第91話 その提案、とっても素敵ですわ!

 どのような場所にも夜はやってくる。


 闇に包まれた暗渠街あんきょがいの一角、万化亭ばんかていの一室に灯ったままの明かりがあった。

 その中のひとつ、自室で机に向かっていた柚良ゆらは一心不乱に走らせていたペンをぴたりと止めて大きく伸びをする。


『まるで先生ですわね』

「わ、オルタマリアさん! まだ起きてたんですか」


 騒動ののち、療養のため誰も彼もいなくなったニェチェ邸にジャクシモドキ姿のオルタマリアひとりで戻るわけにもいかず、エイルジークたちが落ち着くまで万化亭で保護することになっていた。

 そして初めは蒼蓉ツァンロンにより客室を用意されたが、この姿では不便なことも多いだろうと柚良が自室に招いたのである。


 ――これにより蒼蓉は柚良と一緒に眠る日課を一時的に封印することになったが、蒼蓉は蒼蓉でこの三日の間にやるべきことが多いのもあり、不服な気持ちを顔に出すことはなかった。

 しかし「三日より延びたら嫌だけどね」と蒼蓉が呟いているのを柚良は聞いたので今後常に顔に出ないわけではなさそうだ。


 ドール用かと見間違えるほど小ぶりなクッションの上にのったオルタマリアはジャクシモドキの尻尾をぺちぺちと動かす。


『不思議なものですわ、この体になっても昂ると眠れないだなんて』

「ホットミルクでも持ってきましょうか?」

『……なんだか顔から突っ込みそうなのでやめておきましょう。それより作業を続けてくださいな』


 邪魔してごめんなさいね、と言ったオルタマリアはクッションにうずまり直す。


 しかし思わず話しかけたのも眠れぬ夜と不慣れな体に不安を抱いたからだろう。

 そう察した柚良はイスをオルタマリアと向き合うように動かして微笑んだ。


「ちょうど休憩しようと思っていたんでお喋りしましょう、オルタマリアさん!」

『いいんですの?』

「もちろん。部屋も両隣と距離があるんで、夜に話してても平気ですよ」


 一室一室が広い上、柚良の部屋は蒼蓉の一族が住む区域のため使用人が寝起きしていないのである。よって警備はいるものの夜は静かだった。

 柚良は文字がびっしりと書かれた紙を摘まみ上げる。


「これはヘルさんの特訓メニューとそれに必要なものを書き出したメモです。それに加えて本当に学校で講師をしているので、オルタマリアさんの感想は当たりですね」

『まあ、学校で? 家庭教師や師匠的な意味で言ったのですけど……そもそも暗渠街にまともな学校なんてありましたっけ?』

「あれ? あっ、そうか、もしかしてオルタマリアさんが外出を禁じられるようになってから作ったのかな」


 柚良は蒼蓉が設立した万化魔法専門学校ばんかまほうせんもんがっこうについてオルタマリアに説明した。


 学びの場は腐れた世界にも必要だ。

 そして魔法は暗渠街で生きていくのに大いに役立つ。


 もちろん武術や剣術など肉体的で物理的な事柄も役立つが、応用の幅広さは魔法に軍配が上がるだろう。

 ただし、魔法は才能のない者は欠片たりとも使えない。

 それ故に魔法のほうが専門性が高く、そこに有用性も加わったことで蒼蓉は専門学校を設立することに意味を見出したのである。


 そうして蒼蓉は資金を稼ぎながら傘下や友好的な組織、もしくは今後大きくなるであろう組織の次世代を生徒とすることで学校という新たな地盤を固め始めたのだ。

 それを聞いてオルタマリアは『さすが蒼蓉様ですわね! とっても素敵ですわ!』と感激した様子だった。そしてハッと柚良を見る。


『話の流れから察してはいましたけれど――そこで講師……先生をしているということは、柚良さんも魔導師なんですの? お家であの変な女の人に対してもなにか魔法を使ってましたわよね?』

「はい、特技を活かして生徒たちに色々と教えてます! 暗渠街に落ち延びた私を拾ってくれた蒼蓉くんのおかげですね」

『……その、今ここで訊ねるべきではないかもしれませんけれど……』


 オルタマリアにしては遠慮した雰囲気でちらちらと柚良を見上げ、しかし訊ねないという選択肢を取ることはもう出来ないのか柚良にある質問をした。


『柚良さんと蒼蓉様、面会した時と随分と雰囲気が違うんですのね?』


 イチャイチャを見せつけてお断りしよう作戦の時のことである。

 オルタマリアがジャクシモドキの姿になって助けを求めに来てからは柚良たちは演技をしていなかった。それどころではなかったのだ。

 つまり、あの時ほど距離感は近くはない。

 先ほど柚良が蒼蓉に言及したことでそれについて思い出したようだ。


 それでも『随分と』なんて言われるほどかな、と柚良は思ったが、オルタマリアにとっては大きな差なのだろう。


 柚良は頬を掻いてどう返答すべきか迷った。

 蒼蓉が敢えて演技をしなかったのはそんなことをしながら進めてなどいられない事態だったからだ。そして今もその状況は続いている。

 ――もしくはジャクシモドキの姿になってはさすがのオルタマリアも婚約者だと主張するには無理があるだろうし大丈夫だ、と判断したか。


 なんにせよ、今は二の次にしていることは間違いない。


 しかし素直にすべて明かせばオルタマリアが暴走し、課題がひとつ増える可能性もある。

 蒼蓉とは表の世界での同級生であり、暗渠街に堕ちてから拾ってもらい職を紹介され、一緒に寝起きしてプロポーズに近いこともされたが『自分の気持ちが未解明なので』という理由で保留にしつつ婚約者として生きている――などという話はオルタマリアにとっては受け入れ難いだろう。


 柚良は腕組みをして唸るとカッと目を見開いて答えた。


「私たちにも色々とありまして、海よりも深く山よりも高い理由があるんです!」

『まあ!』

「でもこれは全部落ち着いたら話しますね。本当は伏せておいたほうがいいこともあるんですけど、……私、オルタマリアさんのことも色々と知りたくなったので」

『わたくしのことを?』


 純粋に疑問に思っている顔をしたオルタマリアに柚良はこくりと頷く。


「知りたい相手に自分のことを知ってもらうのって大切じゃないですか。オルタマリアさんのことを知りたい、そう思ったからには……あまり隠し事をしたくないなと感じたんです」


 私だけのことじゃないので自分勝手な約束ではあるんですが、と柚良は苦笑した。

 目をぱちくりさせていたオルタマリアは尻尾をぱたぱたと揺らす。


『不思議ですわね、わたくしもあなたのことを知りたくなってきましたわ。年の近い同性にこんなこと思ったの久しぶりですわよ』

「ふふ、じゃあ……オルタマリアさん、よかったら私とお友達になりませんか?」


 柚良の誘いにオルタマリアはきょとんとした。


 オルタマリアには生来のパワフルな性格が災いし、今まで友人と呼べる相手がいなかった。ビジネスライクな付き合いはあったが、それは柚良の言う『お友達』ではない。決してない。

 柚良という存在は今なおオルタマリアにとって複雑なものだったが――しかし、それはこの誘いを断る理由にはならなかった。


 オルタマリアはふわっと浮いて柚良の両手の上に着地する。

 そして飛び跳ねながら嬉しそうな声を出した。


『その提案、とっても素敵ですわ! ええ、本当に――とっても!』

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