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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと
第四章 ヘルパーニュの悪い夢

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第86話 エリオンの本拠地へ

 オルタマリアは再び万化亭ばんかていを訪問するだろう。

 しかしまさかこんな姿で現れるとは思わなかった。


 蒼蓉ツァンロンはそう口にこそしなかったものの、オルタマリアと柚良ゆらの話を聞いている間ずっと眉間に指を当てていた。表情は心情を如実に物語っている。

 一方、一緒にオルタマリアを発見したということで同行していたヘルはヘルで何かを考え込んでいる様子だった。

 そわそわと返答を待っている柚良だけが明るい雰囲気を纏っている。


「……なるほどね、経緯は把握した。だが柚良さん本人が出ていくのはお勧めしないな」

「正体が隠世堂かくりよどうだったら困るのは承知です。けどオルタマリアさんはこんなにも大きなリスクを背負う覚悟で助けを求めに来たんですよ」

「ああ、そうだ。そして……うん、その様子だと止めても散々食い下がられてボクが妥協するのは目に見えている。だからさっさと折れるよ、時間の無駄だ」


 お勧めしないが回避するルートは望めない。

 早々にそう諦めた蒼蓉を見てヘルが小声で理解が早いことに感動していた。

 蒼蓉は降参を示すように両手のひらを天に向けると「だがまずは偵察からだ」とイェルハルドを呼び出した。


「無傷で残った奴を班長にして怪我のマシな順に四人ピックアップしてくれ。まだ使えそうな面子が居ただろ」

『わかりました』

「あっ、ならイェルハルドさん、試作の中でも安定してる回復薬を影の皆さんに持って行ってくれませんか?」


 そう申し出た柚良の言葉で蒼蓉の脳裏に浮かんだのは、例の飲み物にすら見えないケミカルな薬の並ぶ様子だった。

 しかし柚良が安定していると言うからには効果はあるのだろう。

 そして蒼蓉の指揮する影の人間たちは味を無視して様々なものを経口摂取する訓練を受けている。暗渠街あんきょがいで長期に亘り密偵などをこなす場合、毎回『人間の食べ物らしいもの』しか飲み食いできないようでは仕事にならないためだ。

 蒼蓉は指示を待つようにじっと視線を寄せるイェルハルドに「いいよ」と許可を出す。


「だが一応訊こう。副作用はないんだね?」

「はい、ただ錠剤版は手元にないんで、見た目がギラギラしてて喉越しが若干悪い液体版になりますが……。あっ! あと一度に水筒一杯分ほど飲む感じです。味はちょっと青臭いヨーグルトですね」

「あいつらには覚悟を決めてもらおうか」


 影でもちょっと荷が重いかもしれない。

 しかし多分大丈夫だろう、という態度の蒼蓉から「あとで柚良さんから受け取るように」と指示されたイェルハルドは頷くなり姿を消した。


「さて、オルタマリア。万化亭に助けを求めたということは無償じゃない。それはわかってるんだろう?」

『もちろんですわ。いくら婚約者でも筋は通しませんと!』

「なら依頼として受け付けるよ。こちらの事情も絡んでるから、その分を考慮して……依頼料はこれくらいで」


 蒼蓉は素早くそろばんを弾く。

 横から見ていた柚良はその金額に呻いた。


「それから成功後は必要経費を足して請求させてもらう。最少額で大体これくらいかな、参考にしてくれ」


 金額の桁がさらっと変わったのを見て柚良が再び呻く。

 柚良はお抱え魔導師だったが与えられた金を使うのはもっぱら魔法の研究費や学費、そして生活費で残りはほとんど貯めていたため、その総額はともかく金遣いの感覚は一般人に近かった。

 それ故の呻きだったが、オルタマリアはジャクシモドキの体でもわかるくらい澄ました顔で頷く。


『工面しますわ、私財で足りない分は私物を売って何とかしましょう』

「なら買い取りはウチが担当しようか」

「ははあ、オルタマリアさんもやっぱりお嬢様なんですね~……そして蒼蓉くんはちゃっかりしてる……」


 当たり前じゃないか、と笑いながら蒼蓉は立ち上がった。


「さあ、仕事として受けたからには――この依頼、最後まで果たしてあげよう」


 そうして蒼蓉は柚良たちの見ている目の前で部屋を横切り、壁際に飾ってあった大きな壺を掴むと有無を言わさず叩き割った。


     ***


 『エリオン』の本拠地はオルタマリアの生家である。

 表の世界なら寝起きする家と本拠地を別々にしている組織は多い。しかし広大とはいえ土地の限られている暗渠街ではひとところに纏める傾向が強かった。警護する範囲も少なく済むという利点もある。


 逆に万化亭では本来なら分けてもいいが受け継いできた文化により今も続けているといった側面が大きい。

 暗渠街の裏に根を張り巡らせている万化亭も初めは他所から渡ってきた者が開いた店であり、創始者の暮らしていた文化圏ではプライベート空間と仕事の空間を同じ家屋の中で分けるのが『普通』だっただけだ。


 そしてギリシァ地区アテナイの西に位置するエリオンの本拠地もまた、それと似た由来を持っていた。店を出す場合は専用の区画に出店するが、エリオンの祖は学者である。

 学者は家を中心に活動しており、暗渠街に移ってきた後もその知識を活かして人と仕事を集めた。

 今は土地の管理や売買の仕事を家業にしているが、それでも本拠地の場所は変わっていない。


「――ここがエリオンの本拠地……縦にも横にもおっきいですね、それにエレガントです!」


 頑丈な作りの門扉、その向こうに広がる庭を隔てた場所に屋敷があった。

 まさにお屋敷といった様子で、暗渠街だというのに優雅な雰囲気さえ漂っている。それを物陰から眺めながら柚良は音が出ないように拍手した。

 オルタマリアは「初代の趣味ですわ!」と得意げにしている。


 あれから影による偵察が終わり、ひとつの報告が蒼蓉のもとに上がった。

 しかしそれは『エリオンの人間は平時と変わりなく働いている』というものだったのだ。


 オルタマリアが捕まったのは内部抗争や、行き過ぎた親の躾の可能性もある。

 なにせ理由があったとはいえ実際に何年も軟禁されていたくらいだ。しかしそれでは説明できない部分も多いため、蒼蓉たちは実際に赴いて調べることにした。

 そしてエリオンの本拠地に出向くには相応の理由が必要になる。

 蒼蓉の従兄弟である焦榕はともかく、オルタマリアのように大きな組織の人間がホイホイと軽い理由で異なる組織に足を運ぶのは何かあるのかと勘繰られても致し方のない行為だ。

 昔馴染みの組織同士でも双方規模が大きすぎる。


 そこで蒼蓉は正面切って正当な理由で訪問を取り付けたのだ。

 そちらから脱走してきた娘が約束を破った上に、個人としてももはや我慢ならないほど迷惑をかけられたので抗議に行くぞ、と。


 オルタマリアが物申しそうな内容だったが、それは「真実味を増すために抗議の材料を増やすよ」と蒼蓉がわざと割った壺の弁償を含めたことで「なるほど、迷惑という点もハッタリですわね!」と勝手に納得していた。

 蒼蓉はうんざりした顔をしたものの、慣れてきた柚良の感想としては『前向きで可愛らしいな』である。


 今回の訪問は屋敷の周囲に影の面々を配置、屋敷に入るのは蒼蓉、柚良、オルタマリア、そしてヘルとなっている。


 柚良は狙われているものの本人の戦闘力が高く、離れた場所に待機させておくより連れてきた方がいいと蒼蓉が判断した。

 すでに万化亭にいることは隠世堂の知るところなのだからいい、そしてもし今回の件に隠世堂が関わっていた場合、件のクメスフォリカの姿を柚良に認識させておくのも重要だと考えたためである。

 姿形を知っていれば事前に取れる対策も増えるだろう。


 そしてオルタマリアはジャクシモドキの姿をしている。

 この姿は敵方に知られていない。そして変身先はランダムのため予測される危険も低い。

 また、屋敷内の構造や組織の面子を熟知しているため同行させて損はないだろうということになり、柚良の護衛召喚獣として振る舞うことになっている。

 本来は召喚獣と魔種は区別されるものだが、ジャクシモドキは稀少なため見分けがつかないだろうとのことだった。


 ヘルは自ら同行を申し出た形になる。

 柚良と比べれば実力不足だが魔導師としての頭角も現しつつあり、柚良の傍にいても違和感の薄い護衛として蒼蓉が許可を出した。

 戦闘になった際に役立つかは怪しいが、倉庫で劉乾リュウチェンと一戦交えた際にアルノスの一撃が功を奏したことを鑑みて「同行して損はないだろう」ということになったわけだ。

 柚良だけは心配していたが、ヘルは「お任せください」とやる気だった。


「驚くべきことにエリオンへのアポは取れた。一体何が待ち構えているのか気になるところだが――」

「行けばわかる、ですよね」

「そういうことだ」


 じゃあ行こうか、と差し出された蒼蓉の手を柚良は頷きながら握った。

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