第85話 むにむにジャクシモドキ
本物のオタマジャクシとの相違点はサイズ以外にもいくつかある。
ひとつ、デフォルメされており生々しさはあまりない。
ふたつ、口元がオタマジャクシではなく犬猫のマスコットじみている。
みっつ、水がなくとも呼吸しており乾燥もしていない。
よっつ、浮遊する。
そう、柚良の部屋で目覚めた謎のオタマジャクシはハッと我に返るなり空中に浮き上がったのである。
そのまま水の中を泳ぐようにヒレを動かし、突然のことに口を半開きにしてぽかんとしている柚良とヘルの目と鼻の先まで迫った。
そしてハキハキとした快活な声で言う。
『緊急事態ですわ! 助けてくださいまし!』
相違点の五つ目は喋るということだった。
柚良は数秒間オタマジャクシを凝視した後、おもむろに両左右から鷲摑みにすると様々な角度から観察し始める。
「デフォルメされたオタマジャクシのような体……浮遊能力……西のごく一部に生息するっていう魔種のジャクシモドキ? ははあ、たしかに魔種なら人間でも召喚獣でもないので結界は素通りできますけど……」
『ちょっ、はな、話聞いてました!?』
「けれど人語を操るなんて話は聞いたことないですね、新種という可能性も――……んっ!? その声、もしかしてオルタマリアさんですか!?」
完全に研究者の目で確認を続けていた柚良は一拍遅れて驚いた。
聞き覚えのある声だ。
つい先日耳にしたばかりの声である。
それが魔種、ジャクシモドキの口から発されている光景に目をぱちくりさせながら柚良はジャクシモドキ――オルタマリアの小さな口元をむにゅっと開かせた。
「この体で元の声をどうやって出してるんですか!? 声帯に特殊な変形を加えてるんでしょうか……!? ああっ、器具無しじゃさすがに見えない……!」
『最初に気にするところがそこですの!? こ、声は変身に伴って良い感じに調整されるんですのよ、それより話を聞いてくださいまし! そっちの使用人も好奇心丸出しの目を仕舞いなさい!』
柚良の隣で待機していたヘルもいつも通りのポーカーフェイスに見えて、喋るモチモチなオタマジャクシの出現に目を輝かせている。
オルタマリアはぴちぴちと跳ねて元々寝かされていたハンカチの上に着地すると小さな目に力を込めて言った。
『我が家の大ピンチですわ、恋仇との勝負は一旦保留にして……万化亭に助力を要請します!』
「大ピンチ? ……オルタマリアさんがそんな姿に変身してまで急いで来たなら只事じゃないですね。蒼蓉くんはお仕事中なので、まずは私たちに説明してくれませんか?」
落ち着きを取り戻した柚良はオルタマリアのいるテーブル前にイスを持ってきて腰を下ろす。
オルタマリアとしては蒼蓉に早く話を通したいところだが、柚良が先ほどまでの雰囲気とは反対に真面目に話を聞こうとしているのが伝わってきた。
そしてオルタマリアは蒼蓉と柚良のラブラブっぷりを見ている。
これは蒼蓉発案による演技だが、そうだと気がついていないオルタマリアにとっては自分の目で確認した事実だ。
よって、柚良を間に挟んだ方が蒼蓉に聞く耳を持ってもらいやすいのではないか、という思考に辿り着いたオルタマリアはこれまでの経緯を話し始めた。
家に帰ったら謎の女がおり、父の様子がおかしかったこと。
地下牢に閉じ込められたこと。
女は名前をクメスフォリカといったこと。
特殊な変身体質により、デメリットはあったものの助けを求めに行くことを優先したこと。
それらを話し終えたオルタマリアは伏目がちに言う。
『わたくしはもう元には戻れませんけれど、おかしくなってしまったお父様はまだ戻れるかもしれませんわ。……どうか我が家を助けてください』
「――わっかりました! どうにかしましょう!」
くわっと勢いよく立ち上がった柚良は、今度は優しい手つきでオルタマリアを抱き上げた。まるで傷つきやすい壊れ物に触れる時のような手つきだ。
隠世堂がどう動くかわからない状況下で抱えるには不穏すぎる案件である。
しかし『だからこそ』だった。
「その得体の知れなさ、今私たちが敵対している組織と関りがあるかもしれません。蒼蓉くんは渋るかもしれませんけど、その予想が当たっているか調査するというお題目ならきっと動けますよ」
『た……助けを求めたのはこちらですけれど、随分と安請け合いするんですのね?』
「そうですか? こっちの思惑と吊り合っていると思いますけど……あっ、そうだ」
柚良は廊下へと足を踏み出しながらオルタマリアに微笑みかける。
「そういう意味ではこれは私の一存ですが……オルタマリアさんが元の姿に戻れないという問題も、どうにかできないか考えてみますね」
『……! あ、あなた……』
「ふふふ、その代わりジャクシモドキボディをトコトン調べさせてもらいますよ! レアな魔種ですし、それに変身体質による特殊な変身の結果というのも至極興味があるので!」
『まさかそっちが主目的ですの!?』
手の上でピチピチと跳ね回るオルタマリアに「くすぐったいですよ~」と笑いながら柚良は彼女を手のひらですっぽりと覆った。
暗くなる。
動きが制限される。
それはオルタマリアに地下牢での拘束を思い出させたが――
『……た、大言壮語ではないことを祈りますわ』
――似て非なるものだと感じさせるには十分な温かさだった。




