第82話 白羽の矢が立ったのは
オルタマリアについて話を聞こう。
そう決めた柚良は万化亭の中をズンズンと歩いていた。
まず在籍している時間の短い構成員は聞き込み候補から外す。
オルタマリアと蒼蓉は古い付き合いのようだが、彼女はしばらく万化亭からの要望で実家の部屋に閉じ込められていたためだ。
つまり、蒼蓉が自ら口にしたように万化亭に長く勤めている人間でなければ存在を知らない可能性がある。
蒼蓉の操る『影』の面子なら知っている人物も多いだろうが、彼らの大半は現在療養中で、動けるメンバーも体勢を立て直している最中である。
療養に関しては柚良も回復薬をいくつか送ったが、仕事に合わせて肉体を弄っている者も多いため使用には慎重になっていると聞いていた。
強力な薬で下手に回復を促すと弄った部分ごと治って『なかったこと』になってしまったり、予期せぬ変化があったりするためだ。
そんなところへ突然出ていって問うのは申し訳ないと柚良でも思う。
(回復薬って基本的に健常者基準で作ってるけど、暗渠街だとこういう弊害もあるなんて調整し甲斐があるなぁ)
個人個人のオーダーメイド形式での回復薬や直近の傷しか治さない回復薬など、ぱっと思いついた案をどう実現しようか考え始めた柚良はハッとして頭を振った。
まずはオルタマリアについての聞き込みが優先である。
「……とりあえずイェルハルドさんはいつも通り働いてるけど、できるなら彼より古くから万化亭にいる人が良――あれ?」
廊下の突き当りを歩く凸凹なふたつの人影。
箱に詰まった在庫を運んでいるソルとヘルのふたりだった。
ソルは三箱分。ヘルはそれより小振りな一箱だが足取りを見るに重そうだ。
「ソルさん、ヘルさん、こんにちは! 随分重そうですね、大丈夫ですか……?」
柚良に声をかけられたソルは箱を落とさないようにしつつ慌てて頭を下げる。その拍子に盛大に眼鏡がずれた。
その隣でヘルが冷静にぺこりと頭を下げる。
「姐さん、こんにちは! オレは大丈夫っすよ、むしろ今日は少ないくらいですし」
「こっちも大丈夫です。最近鍛えてます」
むんっ、とヘルは得意げな眉をして力んでみせたが、ふらふらと転びそうになるのを耐えているようにしか見えなかった。
万化亭は情報以外にも様々なものを扱っている。
もちろん軽量なものばかりではない。ソルは抱えた箱に視線をやった。
「これは次の取り引きに使う商品らしくって、璃花様に頼まれて運んでる最中なんですよ」
「いやはや、毎日お疲れさまです。……あっ!」
「? どうしま……」
「そうか、璃花さんなら訊ねるのにうってつけですね! ヒントをありがとうございます、お二人とも!!」
謎の感謝をされたソルとヘルは首を傾げたが、突然柚良が風の魔法で箱を持つ補助をしたことで目を瞬かせることになった。
下方だけでなく上下左右からの風により箱のバランスが保たれ、持つのに必要な力が半減する。とんでもない芸当だということは魔法を学んだからこそふたりにも一目でわかった。
「こ、これ」
「呼び止めたから余計に疲れましたよね、そのお詫びとお礼ということで!」
箱を下ろしたら自動解除されますよ、と。
そう言って柚良は手を振って立ち去り、璃花のもとへと迎う。
残されたふたりは室内だというのに風でふわりと舞う各々の髪を見遣り、自分たちの主は相変わらず凄いなぁと頷き合った。
***
璃花は在庫をひとつひとつチェックし、リストに印をつけているところだった。
場所は万化亭の敷地内にある倉庫の中。
万化亭が所有する倉庫は様々な場所に点在しているが、本部とも言えるここに保管されているのは特に重要なものか、仕入れてすぐのため重要度の判定待ちをしている商品である。
璃花はその判定中だったが、柚良に気がつくと柔和な笑みを浮かべた。
「柚良様、どうしました?」
「お仕事中にすみません、お話を聞かせてもらっても大丈夫ですか?」
「ええ、丁度この商品を最後に一旦休憩に入ろうと思っていたところなので」
話し相手になってください、と璃花は微笑み、リストに最後の印を付けると柚良を連れて倉庫を出る。
そのまま休憩室へと向かうと柚良にイスを勧め、ふたり分のお茶を淹れて戻ってきた。香りの良い温かなお茶だ。
「わわ、わざわざすみません」
「いえいえ、お気になさらず。ところで……もしやオルタマリア様のことで気になることがおありですか?」
「!? よくわかりましたね!?」
訪問されたことは把握していますから、と璃花は微笑む。
柚良は蒼蓉の婚約者である。なら自称婚約者が突然現れれば気になることのひとつやふたつあるだろう、と予想するのは璃花にとっては簡単なことだった。
柚良は「では早速オルタマリアさんについて質問を!」と前のめりになる。
「オルタマリアさんご自身について教えてください! どんな方ですか? 溌剌とした性格は生来のものですか? 勢いが凄かったけど姿勢が良くて根は善良な人なのは昔からですか?」
「……随分と、その、オルタマリア様のことだけなんですね?」
璃花はもっと蒼蓉を中心に訊ねられると思っていた。
この点に関しては予想が外れた形になる。
柚良は「蒼蓉くんのことはこれからも自分の目で見ていけるじゃないですか~」と笑いながら手をパタパタさせて璃花の回答を待った。
咳払いをして仕切り直した璃花はオルタマリアについて話し始める。
璃花は蒼蓉が生まれた頃からすでに万化亭に仕えており、オルタマリアの幼少期や人となりについてもよく知っていた。
幼い頃のオルタマリアは性格の基礎はほとんど今と変わっておらず、しかしまだ幼く未熟だったためインパクトは桁違いだったという。
なにせ赤ん坊の蒼蓉を目にして十分と経たないうちに「おとうさま、わたくしこの子とケッコンしますわ!」と言い放ったくらいだ。
「ふむふむ。でもその時は蒼蓉くんのお父さんも乗り気だったんですよね? なんで婚約が正式に成立しなかったんですか?」
「乗り気というよりもメリットを審査する時間を設けた感じでしょうか。ただオルタマリア様は合格できなかったようでして」
合格できなかったという点は柚良が蒼蓉から聞いた話にも近いものがあった。
蒼蓉の父、申佑は蒼蓉と同じく損得に対してシビアなようだ。
そのため慎重になるような要因があったのだろう。巨大組織と縁を結ぶことよりも婚約不成立を取るほどのことが。
柚良がそう考えていると璃花が少し歯切れの悪い様子で言った。
「ただ、これには他にも理由が――いえ、私の口から伝えるには過ぎたことでした」
「ええっ!? そこでやめられると気になるんですが!?」
「オルタマリア様ご本人にはどうしようもない理由があったのです。もちろんそれひとつで婚約が成立しなかったわけではないでしょうが……」
そういうことなら無理に聞き出すのは宜しくない。
柚良はそう判断し、半分浮かせた腰を下ろした。
璃花は「他の思い出話程度ならお話しできますよ」と柚良に茶菓子も勧める。
芝麻餅といい、要するに胡麻のビスケットのような菓子だ。胡麻の良い香りに顔を綻ばせつつ柚良は頷いた。
「はい、宜しくお願いします!」
「では小さかった頃の若旦那についても沢山話しますね。これはオルタマリア様について話すには必要不可欠なので。ええ、つまりは不可抗力というものです」
「はいっ、宜し……んん? えっと、宜しくお願いします!」
謎の圧に首を傾げつつも柚良は頷く。
そして話が終わる頃には、意図的かどうかはさておき――柚良の知らなかった幼少期の蒼蓉のエピソードのほうがオルタマリアに関する情報よりも大分上回っていたという。




