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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと
第四章 ヘルパーニュの悪い夢

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第80話 イチャイチャを見せつけてお断りしよう作戦

 招かれざる客人は名前をオルタマリア・ニェチェといい、蒼蓉ツァンロンより二つ年上の女性だという。

 彼女はギリシァ地区アテナイに本拠地を構える大型組織『エリオン』の一人娘で、この組織は数代前から万化亭ばんかていと懇意にしていた。

 そのため蒼蓉が生まれた時にも直接祝うために来訪し、そして――


「生まれたばかりのボクを見て、オルタマリアは婚約したいと言い出したんだ」


 ――二歳でよくやるよね、と蒼蓉は肩を竦める。

 しかし五歳の頃から柚良ゆらに一目惚れし、とてつもなく重い感情を向けていた蒼蓉も似たり寄ったりだった。

 説明を受けた柚良はふむふむと頷く。

「なるほど、それで自称婚約者ですか」

「当時は組織として良好な関係を保っておきたかったから、それなりに前向きに検討してたらしいけど……いわば未来の万化亭の主の妻という立場だ、そんな簡単には決められないと保留にしてたみたいだよ」

 お互いに子供が成長してから素質を見極めて決めよう、ということになったと蒼蓉は言う。


 しかしオルタマリアはあまりにも猪突猛進で一方通行な性格をしており、良く言えば素直で一途、悪く言えば思い込みが激しく夢見がちだった。

 保留だが検討してもらえたということは拒否はされていない。

 自分磨きを続けて結果を出すことができれば婚約は確定される。

 それを自分なら成し遂げられる。

 そうした思考のジャンプを繰り返し、ついに『今の自分なら婚約者に相応しいので決定したも同然!』という域にまで達してしまったらしい。


 悲劇だったのは蒼蓉の父、申佑シェンヨウからすればまだまだ役者不足だったことだ。


 成長したオルタマリアは何度となく未来の妻として万化亭に押しかけ、仕事を教えてもらおうとしたが――情報を武器にしている万化亭に対しては悪手中の悪手、大悪手だった。

 程なくして「行動力のある馬鹿娘をウチに近づけさせるな」と申佑からエリオンの長、つまりオルタマリアの父であるエイルジークにお達しが出ることとなり、万化亭との関係悪化を恐れたエイルジークは娘を家に閉じ込めたのである。

 それを聞いた柚良は眉を下げた。


「何もそこまでしなくても……」

「本気で閉じ込めないとウチの結界に焼かれながら壁を乗り越えようとしてくる子だよ?」

「思ってたよりパワフルですね!?」


 だろう? と言いながら蒼蓉は苦笑する。

 彼にとっても迷惑な行動力の高さだったようだ。

 蒼蓉は「ボクからすれば幼馴染のようなものだが、自分に向かって突進してくる猛獣の如き光景を何度も見てきたから、あまり良い感情は無いんだよね」と瞼を伏せる。


「……エイルジークには父もボクも念を押してあったし、さすがのオルタマリアも父には敵わない。なのに何故抜け出せてこれたのかよくわからないんだが……」


 そうして少しばかり訝しんだ後、蒼蓉は柚良の肩を抱き寄せて耳元で囁いた。


「――まあキッパリと断るチャンスだ。いいかい、糀寺こうじさん。今から少しの間だけでいい、ボクのことを心から好きな演技をしてくれ」


 演技でもボクは嬉しいから。

 そう言いながら緑の瞳で柚良を見つける。

 視線を受け止めた柚良はカラッとした笑顔で頷いた。


「あぁ、イチャイチャを見せつけてお断りしよう作戦ですね!」

「そうだけど頬のひとつくらい赤らめてほしかったな」

「いやぁ、そういうこと考える前に自分の演技力の方が心配になりまして……」

「ボクも心配になってきたよ」


 咳払いをしつつ蒼蓉は柚良の腕を引く。

 どれだけ心配だろうが時間は有限だ。

 他にもやるべきことは数多とあるのだから、二人で早く片付けてしまおう、と。


     ***


 客室でピンと背筋を伸ばして待っていたのは、美しい金髪をポニーテールにした令嬢――オルタマリアだった。

 濃い紫の瞳は熟したオリーブのようで、組織名を彷彿とさせる。

 肌荒れなど一度もしたことがないのではと思わせるほど綺麗な肌をしているが、蒼蓉の言葉が本当なら確実に一度は結界に焼かれた人物である。


 柚良はそんなオルタマリアをしげしげと眺めていたが、蒼蓉に促されて彼の隣に座った。

 丁度オルタマリアとは向かい合う形になる。


「蒼蓉様、ごきげんよう! もう何年振りでしょう、成長した蒼蓉様にお会いできて、このオルタマリアとってもとっても感激ですわ! とっても!」


 とってもって三回言った……ときょとんとしている柚良をよそに、蒼蓉は「ボクは早い段階で数えるのをやめたよ」と暗に存在を思い出さなかった旨を伝えた。

 しかしオルタマリアにはまったく効いていないようで、会えなかった分の時間をこれから取り戻していきましょう! と張り切っている。

 それを手の平で制して蒼蓉が訊ねた。


「ところで本題を切り出す前に訊ねたいことがあるんだが」

「まあ、なんですの?」

「エイルジークはどうしたんだ?」


 父ですか? とオルタマリアは目を丸くして首を傾げる。


「そうですわね、随分と過保護になってわたくしを地下の別室に匿ってくださっていたのですけれど……最近ちょっとボンヤリしていることが増えたので、隙を突くことができました!」

「ボンヤリ?」

「心ここにあらずという雰囲気ですわ。父も寄る年波には勝てないというわけですわね。そんな父の隙を突くなんてとっても悪い子ですわ、オルタマリア! でも愛のためには必要なことで――」

「よし、とりあえずわかった」


 後で探りを入れるからもういい、の意である。

 蒼蓉は柚良をちらりと見ると口を開いた。


「じゃあ本題に移ろう。オルタマリア、君はボクの正式な婚約者ではないことを理解しているかい?」

「ええ、けれど親の了承がなくてもわたくしたちが大人になれば問題ありませんわ! それにわたくしも成長しましたもの、とっても!」

「そう、親は関係ない。そしてボクはボクの意思で婚約者を選んだ」


 蒼蓉は柚良の方へと手の平を倒し、オルタマリアに聞こえるようはっきりとした口調で言う。


「ボクの婚約者、――糀寺さんだ」


 オルタマリアは目をぱちくりさせる。

 演技力は心配だが、それなら事実をよりストレートに伝えて補助しようという意図である。

 すると柚良は八重歯を覗かせて笑みを浮かべ、むぎゅっと音がしそうなほど勢いよく蒼蓉を抱き締める形で胸に抱いた。蒼蓉は口を半開きにしたまま固まっている。


「もう、蒼蓉くん! ちゃんと下の名前で呼んでくださいよ~!」


 柚良はそう言ってよしよしと頭を撫でた。

 意外と演技力はある。

 ただし演出が過多である。

 しかし思い込みの激しいオルタマリア相手ならこれくらいした方がいい。

 そんな様々な考えが蒼蓉の中に湧いたものの――結局、一瞬とはいえオルタマリアと同じようにきょとんとすることは不可避であった。


 こうして多少の不安要素を含みつつ、イチャイチャを見せつけてお断りしよう作戦が始動したのである。

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