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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第79話 蒼蓉の招かれざる客

 柚良ゆらなら召喚獣の確保も簡単なのではないか。


 それは蒼蓉ツァンロンだけでなく柚良を知る誰もが思うことだった。

 現にドロスの三姉妹を新たに手に入れたところである。しかし柚良曰く、あれは特殊な例であり普段は自分が召喚獣を得ることはとても難しいことなのだという。


「意外だな、調薬以外にも苦手分野があったのか」


 イスに腰かけ新規召喚の準備に勤しむ柚良を見下ろしながら蒼蓉が感想を漏らす。

 柚良は明るく笑いながら前髪に隠れた目を指した。


からすの邪神と契約してる形になるんで、新規に契約しようとすると相手が怯えるんですよ」

「ああ、なるほど」


 蒼蓉は柚良本人から聞いた報告を思い返す。

 蜻蛉かげろうの邪神ですら柚良にちょっかいかけていると鴉の邪神に誤解されることを恐れていた。ならばごく普通の召喚獣では怯えるどころではないだろう。

 ドロスの三姉妹は特例中の特例、上書き契約だけでなく契約消失の瀬戸際だったためドロスの三姉妹たちも切羽詰まっていたという。

 柚良は「三羽ともレイラーさんを気に入っていたそうで、正気に戻ったから仇討ちをしたいそうですよ」と微笑む。


 兎にも角にも強すぎるのも問題なんだな、と納得しながら蒼蓉は柚良の手元を覗き込んだ。


「じゃあどういう手段で新規契約を取り付けるんだ?」

「契約できる人の中にもいるんですよ、自分の命より報酬や名誉を優先したがる性格の人が。そういう相手を狙い撃ちしてゴリ押ししようかなと」

「はは、悪質なセールスマンみたいだね」


 自由意志なのにそれに乗る相手も相手ですよ~、と笑いつつ柚良は魔法陣を紙の上に構築していく。

 一般的な鉛筆から作り出されているとは思えないほど繊細で込み入った魔法陣だった。


「そんなに対象を選べないのが問題ですが、少しでも一緒に戦える子が欲しい状況ですからね。ドロスの三姉妹は表立って使えませんし」


 ドロスの三姉妹は偵察に特化しているが、劉乾リュウチェン戦で猛威を振るったように戦闘もこなすことができる。しかし使役しているところを誰かに目撃されれば柚良の濡れ衣が増えてしまうのが難点だった。

 説明すれば納得する者も多いだろうが、同じように説明しても納得しない者は必ずいる。

 レイラー・エリヴァイが率いていた九つの会の関係者ならまず確実に柚良を敵視するだろう。


 そのため、戦闘に適した召喚獣を一匹か二匹確保しておきたい、というのが柚良の目的だった。

 契約の魔法そのものは柚良にとっては簡単なこと。

 ただし契約相手を探すのが大変なので、この長期休暇中にやってしまおうという算段である。

 蒼蓉は肩を竦めた。


「いやァ……改めて魔法というものは恐ろしいね。一般人は信頼できる戦力を増やすのにもっと時間を費やす必要があるというのに」

「契約ほど信頼できるものはないですもんね」

「ああ。だが、恐ろしいからこそ学ばせ甲斐がある」


 蒼蓉は学校のある方角を見ながら言う。

 あの施設は信頼を勝ち取る手法を学ばせながら、信頼できる人間を見定める場所としても機能していた。

 しかし、それはつまり信頼するに足らない人間にまで魔法を教える危険性があるということだ。

 それをわかっている柚良は頬を掻く。


「怖さを知ってるからこそ魔法専門学校を作ったわけですか、……でもあそこに学んだ人が必ずしも万化亭ばんかていに益をもたらすわけじゃないですよね?」


 蒼蓉は目を半月のように細めて笑い、長い指を組んだ。


暗渠街あんきょがいには一定の秩序が必要だが、落ち着ききっても問題だ。手練れが増えれば適度に引っ掻き回されて――ボクらの仕事が良い意味で増える」


 万化亭は正義の組織ではない。

 生活基盤のために秩序を守れど、過度に守りはしない。

 それをありありと表している言葉だった。


「……戦争で暗躍する武器商人みたいな言い回し……!」

「そして各地に散らばった手練れたち。そんな手練れたちの過去の情報とはいえ、学び舎で得た様々な情報は各方面に高く売れるんだ。ボクは未来の種蒔き中なんだよ」

「戦争で暗躍する武器商人だ……!」


 悪質なセールスマンと暗躍する武器商人のカップルというわけである。

 柚良が感心していると棚の陰から突然イェルハルドが現れた。手に持ったメモ用紙を蒼蓉に見せている。

 何か仕事の報告かな、と柚良が見ている目の前で蒼蓉が眉根を寄せた。

 ――焦榕ジァオロンが訪問した時の様子に似ていたが、あの時とは若干違うようだった。


「帰れと伝えたか?」

『三十回ほど』

「前より増えたな」


 蒼蓉はしばらく考え込む仕草を見せた後、柚良の方をちらりと見てから口を開いた。


糀寺こうじさん、君はボクの婚約者だよね?」

「はい!」

「良い即答だ」

「感情はまだ保留中ですが!」

「その情報は言わなくていいよ」


 蒼蓉はもう一度考え込んだが、先ほどよりも短い沈黙だった。

 そのままイェルハルドの方へ向き直る。


「なら、そうだな。今一度断るのも手か、この時期にゴタゴタが増えるのは勘弁してほしいしね」

『では客室にお通しします』

「ああ。ボクらは打ち合わせをするから十分後に向かう」


 イェルハルドは頷くと再び暗闇へと溶けるように消えていった。

 目をぱちくりさせた柚良はただ事ではない雰囲気に鉛筆を一旦置く。

「誰かお客さんですか?」

「招かれざる客というやつだ。――君には知られたくなかったんだが……」

 そう小さく溜息をつくと、蒼蓉は眉間を押さえながら言った。


「自称、ボクの婚約者だよ」

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