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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと


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第76話 あんな奴から影響を受けないでくれ

 万化亭ばんかていだけでなく暗渠街あんきょがいの大型組織すべての敵と言っても過言ではない隠世堂かくりよどう

 その主目的である死を遠ざける宝玉、反魂楽土はんごんらくど

 反魂楽土を有している糀寺柚良こうじゆら


 そんな柚良は戦闘中に現れた隠世堂の浩然ハオランに興味を持っている。

 これらの要素が嫌な繋がり方をしそうで、蒼蓉ツァンロンはここしばらく押し黙ることが増えていた。もちろん情報を売り物にし武器にもしている万化亭の若旦那が黙ったままでは困ったことになるため、普段の蒼蓉と比べれば、だが。

 万化亭の廊下を歩きながら蒼蓉は考える。


(まあ……そこまでの心配はいらないはずだ。糀寺さんはウチに里心が付いている。学校の生徒たちを見捨てることもない。それでもボクが必要以上に警戒しているのはきっと――)


 単純明快な嫉妬心と、それによる焦燥感が原因だ。

 以前の優等生の皮を被り、恋心を隠して『ただのクラスメイト』として接していた時なら抑え込めていたものである。

 しかし手の中に堕ちてきた柚良を独占し続け、婚約者にまで上り詰めた夢のような経験が更に柚良を手放し難くしていた。


 蒼蓉はそう結論を出している。

 きっと昔なら柚良にパートナーが出来ても見守るだけだった。

 しかし手に入らないものを見続けるのと、手に入ったものを奪われるのは違うのだ。

 それでも蒼蓉の中には「糀寺さんなら心配いらないだろう」という考えも確かにあった。それは彼女の性格を鑑みたものだ。


 無論、こと恋愛が絡むと人間は性格が変わる場合があり、まだ恋情を理解しきっていないレベルの柚良だと予測もできないという懸念はあるものの――今は心配ないという考えを採用しよう。

 蒼蓉はそう決めながら柚良の部屋の前まで辿り着く。


 ノックをするとすぐに返事があったので、蒼蓉はそのままドアを開けた。


「糀寺さん、学校に関してなんだが……、……」

「あっ、こんな格好ですみません、蒼蓉くん!」


 机に向かい、イスに座ったまま振り返った柚良はマスクにゴーグル、そして厚手の手袋という出で立ちだった。

 先ほどまで考えていた案件とは別の理由で閉口した蒼蓉は咳払いをする。


「糀寺さん、それは一体何をしてるんだ?」

「調薬の練習です!」


 柚良はフラスコに入った摩訶不思議な液体を揺すった。

 液体は金属質な光沢を放っているが、中身の流動により色が変化し、時折完全に透明な液体に見える。内側に浮かぶ謎の結晶がまるでグリッターのようだ。

 薬どころか飲み物にすら見えない。

 その向こうには数本の試験管に分けられた液体が並んでおり、それぞれ派手な蛍光色をしていた。しかもどろりとしている。

 こちらも薬どころか飲み物にすら見えない。


「調薬……調薬か……」

「いやー、私の苦手分野でしたからね。それなりのものは作れますけど、良い品質のものを安定して作れなきゃ決して上手いとは言えませんから。少しでも弱点を克服することで今後のリスクも減らせるかなと思いまして」

「まさかあの浩然の影響じゃないだろうね」

「……! よくわかりましたね!?」


 蒼蓉が柚良をじっと凝視しながら問うと、大当たりだった様子で柚良は目をぱちくりさせた。

 そしてマスク越しでもわかるほどの花が咲いたような笑みを見せる。


「あの苦手分野を究めて長所にする選択、まさに見事でした。それに触発されまして、へへへ」

「あいつから良い影響を受けるのは困るが、……それはそれとして何を作ってるんだい」

「あ、回復薬です。ただ臭いが凄くて……でも今は無臭になりました!」

「それは鼻が麻痺してるんだよ、糀寺さん」


 蒼蓉が手を叩くと璃花リーファが現れテキパキと換気を行なった。

 元から窓は開けていたものの、その上で更に風の流れを把握した見事な換気だ。


「――思うところはあるけれど、君の行動を縛るのは本望じゃない。今度庭の方に調薬用の簡易施設でも作ろうか」

「あっ……! すみません、室内で調薬はマズかったですね。隠れ家だと普通にやってたせいで感覚がおかしかったです……」

「いや、そこじゃない。気にしなくていいよ」


 あんな奴から影響を受けないでくれ。


 そんな気持ちを素直に伝えるのは、柚良が相手なら気を引く武器になるだろう。

 しかし浩然を初めて見た時の騒動で、蒼蓉は自分でも自覚できるほど「らしくない」反応をしてしまった。具体的に言うと他勢力の頭領の前だというのに戸惑って感情を表に出してしまったのだ。まるでただの十七歳のように。

 万化亭の若旦那として宜しくない反応だっただけでなく、単純に蒼蓉は柚良に情けない姿を見せてしまった気分になっていた。


 その上塗りをしたくないからこそ飛び出た言葉、寛容さを無理やり押し出した言葉である。


「……? じゃあ素直に受け取りますね。ありがとうございます!」

「ああ」

「これもあとは丸薬にするだけなんで、もう終わりますよ」


 そこで柚良は「あ」と声を漏らした。


「そういえば、ええと、学校について何かお知らせでも?」

「聞こえてたか。――今回の隠世堂に関する件はすでに表沙汰になっているのは知ってるね?」

「朱さんたちが張り切ってましたしね~……」


 浩然に逃げられた朱は頭首として大々的に動いて情報を集めていた。万化亭とは正反対の力技ゴリ押し情報収集である。

 それ故に隠世堂の存在を把握した組織は増え、その中には各地区のまとめ役――コンロン地区の万化亭、キサラギ地区の天業党てんぎょうとうのような強大な組織も含まれていた。

 その影響で夏の中頃から後半頃に大きく自体が動きそうだ、と蒼蓉は予測しているという。


「隠世堂がどう動くかによるから、本当に予測の域を出ないけれどね。今ある情報を纏めるとそんな感じなんだ」

「それと学校に何の関係が……ハッ!」

「そう、ウチの学校の夏休みと被るんだよ」


 私立万化魔法専門学校しりつばんかまほうせんもんがっこうに長期休暇はほとんど存在しない。

 しかし唯一の例外が一ヵ月半ほどある『夏休み』である。これは精神面の影響も大きい魔法という力を扱う未熟者の多い施設には必要だろう、とリフレッシュ目的で用意された休みだった。

 それが効果的かどうかはまだ実験段階であり、これから調整していこうと蒼蓉は考えていた。歴史が浅いからこそ調整も楽なのだ。

 しかし今年はイレギュラー中のイレギュラーが起こってしまったのである。


「と、いうわけで、夏休みは急遽大幅に前倒しすることになった」

「遅らせるんじゃなくって前倒しですか?」

「先になるほど予想できなくなるしね。夏休みはボクの通う学校にもあるから、できるならその期間中に一気に追い込みたいところだけれど……」


 そう上手くいくはずがないと蒼蓉は肩を竦めた。


「だからといって専門学校の休みを削るのは方針に合わない。そして守りを固め情報を集める『今』という期間中はなるべく君を手元に置いておきたい。なにせ隠世堂の目的に君も含まれているんだからね」

「ははあ、なるほど。わかりま……、ん? 今?」

「糀寺さん、夏休みは三日後からに決定した」


 ついさっきね、と蒼蓉は微笑む。

 目をぱちくりさせていた柚良は再びあることを思い出してハッとする。


 夏休みに必要なのは、夏休みの宿題である。

 生徒にとっては突然湧いて出るものであり、まるで無から生えているかのような代物だが、教師にとっては違う。


 なにせ問題を作り。

 纏め。

 文字にし。

 人数分刷り。

 そして配布するのは――教師自身なのだから。

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